求婚と両性体魔王
テーブルに並ぶメドゥーサブラッド。惹き込まれるような紅玉は素人目から見ても上質な物だと断言出来る。
その名の通り血で出来たコーラルでラートさんの話によると新鮮な血ほどその質は上がるそうだ。だから彼は討伐早々にメドゥーサを運んで海に行ったんだね。
コーラルにする作業を見ていないのでどんな感じだったのかはわからないけど、海水に血を垂らすことは間違いないので致命傷になった傷口から血を落としたんだと思う。
もし、血が止まっていたらそのときはまた傷をつけて……って想像するとちょっとグロテスクなので考えるのはやめよう……。
ネックレスの紐にメタルスパイダーの糸を準備する。これはラートさんから「アクセサリーにするならこの紐を使いなさい」といただいたもの。
メタルスパイダーから吐き出される糸は金属糸であり、強度もあるため簡単には切れることはないそうだ。
「それじゃあ、デジールの分を作るね」
大小様々なメドゥーサブラッドのひとつを手に持ち、指先を当てる。
「レイザー」
光魔法であるレイザーを放ち、一瞬にして紐を通す穴を開けることが出来た。
「……攻撃魔法で穴を開けたの?」
「うん。自分で出来るかなって思ったら出来たの」
光線を放つことが出来るレイザーだけど、光線を小さく細くすれば紐を通す穴を開けることが出来るんじゃないかと考えて試してみたのが始まりだった。
最初はイメージに失敗して宝石は砕けてしまったけど、二度目には成功したので問題なく穴開け作業をしたわけである。
ただ作業としてはちょっと地味なんだけど、集中しないとコーラルは砕けちゃうし、出力を抑えないと家の中まで破壊しちゃうので気をつけなければならない。
……実はテーブルの隅に少しだけ焦げた跡があるのは内緒である。
穴を作り、金属糸に通し、を繰り返してデジールの分のネックレスはあっという間に完成した。
「出来たっ」
『出来た! た!』
「攻撃魔法を生活魔法用に応用することは出来なくもないけど、珍しい光魔法でさらに攻撃魔法に分類されるやつをただ穴開けるだけに使わないわよ普通」
そうは言われても使ってしまったのだから仕方がないし、成功出来たので使えるものは使っておきたい。
するとそこへ出入口の扉がドンドンと叩かれた。
「イル! 余であるぞ!」
なんといいタイミング。いつもより少し遅い時間ではあるけど、ネックレスも完成した今早く手渡したいのでちょうどいい。
リリーフと顔を見合わせてくすりと笑い合い、私は急いで家のドアを開けた。
「いらっしゃい、デジー……ル?」
デジールを見た瞬間、固まってしまった。なぜならいつもより着飾っているからだ。まるでパーティー会場にでも行くような……いや、玉座に座る主役が纏うような素敵なドレス姿。
赤ワインをこぼしたようなドレスは誇らしげに咲く薔薇の如く自信に満ちたデジールによく似合うものだった。
しかし、似合うとはいえ私の家に遊びに来るような格好ではないので戸惑ってしまう。
後ろに控えるアドラシオンはいつもの通りではあるが、なぜ彼女だけ?
レスペクトも毎度のように二人の後ろに佇んで警戒するが、デジールに関しては何か言いたげな様子だった。
「ど、どうしたのデジール? すごく綺麗なドレスだけど……」
「ふっふっふ。今日は特別な日になるのでな。正装姿で失礼するぞ」
「特別な日?」
「すみません、イルさん。少しばかりうちの主君の目的にお付き合いいただけますか?」
「え? あ、はい?」
目的? いつものようにスイーツを食べに来たのでは? と思いながら二人を招き入れる。
リリーフも普段見ることのないデジールの姿に驚いて席から立ち上がった。
「デジール……? どうしたのよ、その格好? どっかのパーティーにでも行くつもり?」
「リリーフ」
意を決したような面差しでリリーフの前に歩み寄るデジール。リリーフに何か用でもあったのだろうか。
テーブルの上のエクレアには見向きもしていないので逆に病気なのではないか心配になる。
「そなたの美貌もさることながら友や弱き者を思いやる姿に余は感銘を受けた。それだけでなくとも身分の上である余にも恐れることなく対話出来るとは魔王の隣に立つに相応しい者である」
「?」
デジールがなんの話をしているのかはよくわからないけど、友人が褒められていることはよくわかった。しかし、魔王の隣に立つとは……?
するとデジールは何を言い出しているのか理解出来ないと言ったリリーフの手を取り、その甲に口付けた。
「!?」
「リリーフよ、余の伴侶となってくれ」
「はあ!?」
驚いた。私もリリーフも。だって、友人が友人にプロポーズを受けているのだ。でも、リリーフもデジールも女の子である。
さらに言えばリリーフは平民でデジールは魔王。身分と性別の壁があり、なんだか唐突のことで混乱した私は傍にいたアドラシオンに顔を向けた。
「ア、アド。あれは大丈夫なのっ? 魔王様で女の子なのにリリーフに求婚なんて!」
「確かに魔族のトップが人間に婚姻を申し入れるのは前代未聞ではありますが……イルさんはひとつ勘違いをしておられます。デジール様は単性ではありません」
「え? それって━━」
どういうこと? と尋ねる前にリリーフが戸惑いの声を上げた。
「あんた、何言ってんのよ。いきなり伴侶だのなんだのって……それにわかってんの? 女同士なのよ?」
「む。この姿が気に食わんのか。それなら……アド! 衣装替えを頼む」
「かしこまりました」
デジールに呼ばれたアドラシオンが彼女に向けてパチンと指を鳴らした。
その瞬間、デジールのドレスは光に包まれながら粒子状となり、意志を持つような動きで形を変えて再び顕現するとドレス姿だった彼女は黒いマントとパンツスタイルに変わっていた。
ドレスの名残なのか赤ワイン色はベストと同じ色だ。
しかし、丈の長さといい、衣服は男物なのか彼女には到底合うものではない。
すると、今度はデジールが輝き出した。あまりの眩しさに私やリリーフが目を閉じ、しばらくしてから強烈な光が治まったのか確かめるため恐る恐る目を開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。
「えっ━━」
「これならば文句はあるまいな?」
リリーフの前にいたはずのデジールがいなくなり、いつの間にか見知らぬ男の人へと入れ替わっていた。
「デ、デジールが消えた!? テレポート!? 入れ替わりの魔法とか!?」
『進化ー? デジールは進化したのー? のー?』
「落ち着いてください、イルさん、プニーさん。デジール様は最初から消えておりませんし進化でもありません。デジール様のままです」
「えっ、えっ?」
『?』
それじゃあ、あそこにいる見知らぬ人はデジールだと言うの?
確かに先ほど変えたばかりの男物の衣服を纏っているけど、ぶかぶかだったのがぴったりになっていて背も高く体格も変わっている。それに声だって男のものだ。
しかもデジールと同じ魔族の証である赤い瞳と魔王の家系の証である金色の長い髪も健在である。
どう見てもデジールの要素を残した男の子だ。見た目も変わらず十五、六歳くらいだろうか。
「魔王の血を引くものは両性体というわけです。性すらも囚われることのない自由な存在なんですよ」
「えっと……デジールは男にも女にもなれるってこと?」
「その通りです」
そんなさも当然のように言われるなんて。だってずっとデジールは女の子の姿だったし、こっちもそう接してきたわけだし、何がなんやら……。
いや、私よりもプロポーズを受けたリリーフだって状況を理解出来ないはず。まず相手が魔王だってことも知らないのだから。
「……ちゃんと説明して」
頭痛がすると言わんばかりに頭を抱えるリリーフに私は慌ててデジール達が魔族でしかも魔王様だということを説明する。先ほど知ったばかりの両性体ということも添えて。
話を聞いている間、リリーフは驚きのあまり声が出ない状態だったけど、しっかり最後まで耳を傾けてくれた。
「つまり……ずっと自分のことを王だと自称していたけど、本当に王だったって言うの? しかも魔族の? なんで今まで黙っていたわけ?」
「それはもちろん混乱を防ぐためなんだけどね……」
表向きでは互いの地に足を踏み入れないことや侵略しないことが決まっているので、魔族が人間の大陸にいるなんて知ったら大変なことになるだろうし、私としても誰彼構わずに触れ回るわけにはいかなかった。
リリーフは大きな溜め息を吐いて男体化したデジールに目を向ける。
「……見た目は変わってるけど中身はちゃんとデジールのままなのよね?」
「もちろんだ!」
「でもずっと女の子の姿でいたんでしょ。恋愛対象は男にいかないの?」
「ん? 難しいことを言うのだな。余にしてみたら相手が男だろうが女だろうがなんでも構わんぞ。それに女の姿は父や他の者も何かと可愛がってくれるし、着る服も豊富なので気に入っていたのだ」
あぁ、なるほど。それだけ甘やかされたってことなのかな。傲慢な所もあったから何となく理解出来る。
「しかし、リリーフがあの身体だと不満があったようなのでこちらにフォームチェンジした。もちろん余はこちらの身体も気に入っておる。なかなかに格好いいだろう? それに金や権力だってあるのだからな! これなら余と添い遂げたいと思うだろうっ?」
ふふん、と得意げな顔を見せる彼女……いや、彼に対してリリーフは呆れるような目で返答する。
「思わないわよ」
きっぱりとはっきりと誰の耳から聞いても聞き間違うことなく答えた。
さすがリリーフというか、やはり彼女にはお世辞なんて持ち合わせていないということがよくわかる。
しかし、しかしだ。魔王様と知っても変わらないその態度は逆に尊敬に値するよ。私だって今でこそは慣れたけど、魔族の王だって知ったあとは機嫌を損ねないかビクビクしたし……。
「な、なぜだリリーフ! 余はそんなに魅力的ではないと申すか!?」
「魅力的も何もあたしはまだあんたのことそんなに知らないわよ。そもそも友達として接してたのにそれ以外の対象として見てないわ」
「うぐぐ……で、では余はどうすれば……」
人差し指同士で突きながらぽつりと呟くデジール。見た目が変わってもやはり中身はデジールのままだなぁ。リリーフを怒らせないように言動に気をつけているようだ。
そんな魔王様の元にアドラシオンが助け舟を出して上げたのかこそっと耳打ちをした。
「デジール様、あまり執拗すぎると逆効果ですので押しすぎないように。こういうのは時間をかけて少しずつ懐柔していくものですよ」
「聞こえてるわよ執事」
「これはこれは失礼致しました」
「ふむ……アドの言うことも一理あるか。リリーフに嫌われてしまったら元も子もないし。……よし、では余もお茶会に参加しても良いか? 友として!」
「……まぁ、友達としてなら別にいいけど」
求婚には断ったが、友人としてならば問題ないと判断したリリーフが許可を出した。拒絶されなくて何より。
「おお! ありがとうリリーフ! あそこにあるスイーツがずっと気になっておったのだ! 食べても良いかイル!?」
「あ、うん。沢山あるからどうぞ」
スイーツに見向きもしなかったと思ったらどうやらそうではなかったみたい。
私から許可をもらったデジールは目を輝かせながらいそいそと席に座るのが、先ほどリリーフにプロポーズしたとは思えない切り替えの早さだ。
そして彼はテーブルの上にあったメドゥーサブラッドのネックレスに気づいた。
「ん? これはメドゥーサブラッドではないか。しかもなかなか質のいいやつだな」
「それ、材料も作る工程も全部イルがやったのよ。友達としてあんたにプレゼントするつもりでね。あたしもさっき貰ったの」
「そ、そうなのかっ? これを余に!?」
「うん。デジールならもっといい物があると思うけど売るだけじゃ勿体なくてね」
「ありがたくいただくぞ! 献上品は沢山あれど友からの贈り物は初めてでな! しかもリリーフとお揃いなのだろう!?」
思いの外食いつきがいいなぁと思ったら、“友達の贈り物”と“リリーフとお揃い”ということに価値を感じたらしい。
……一応、自分用の同じネックレスも作ったから私ともお揃いではあるんだけど、水を差すみたいだしそれは言わない方がいいのかな。あんなに嬉しそうにしてるし。
こうして男の子にチェンジしたデジールとお茶会をしたのだけど、見た目に慣れなかったとはいえ、中身は変わらず彼女のままだったので話をしているとあまり気にならなくはなった。
ただ、ひとつ変わったことはリリーフに向ける視線が愛念こもったものだということ。
それにしてもリリーフは確かに美人さんなのに特定の相手を作ろうとしないんだよね。浮ついた話も聞かないし。興味がないのか、好みの人がいないのか。
仮にデジールと夫婦になったら魔王のお嫁さんになるわけだからそれはそれで凄いんだけどね。
まさかデジールがリリーフのことを……かぁ。考えもしなかったし、新たな事実を知ったのもあるからこの二人が一体どうなるのか物凄く気になってしまった。




