エクレアとメドゥーサブラッドのネックレス
キッチンにはオーブンから香る生地の香りに満たされていた。
今日はリリーフが遊びに来るのでエクレアを作って振る舞う予定だ。
材料は軟質小麦粉、卵、バター、牛乳、水、砂糖、塩、レスペクトのミルク、チョコレート。
鍋に牛乳、水、バター、砂糖、塩を入れて沸騰させたらふるいにかけた軟質小麦粉を投入して火を止める。
木ベラで混ぜて塊になったらもう一度火にかけて練ったあとでボウルに移す。
そして卵を少しずつ入れて硬さを見ながら混ぜて、絞り袋に詰め、天板に乗せた耐熱ペーパーシートの上に線を引くように絞っていく。
生地の表面に卵を塗ったものが今オーブンで焼いている状態だ。その間にカスタードクリームを作りを始める。
出来上がったカスタードクリームを冷ましつつ、ポケットに入れている形見の懐中時計で時間を確認する。
そろそろ焼けたはずだと思い、オーブンを開けると手の上には綺麗に膨らんだエクレアの生地達が並んでいた。
生地も冷ましている間に上にかけるチョコレートの準備をする。
チョコレートを湯煎で溶かし、冷ました生地の上部に塗ればエクレアっぽくなってきた。
あとは切り込みをいれて中にカスタードクリームを入れたら完成。
今回は少しアレンジをして中身を生クリームだったり、チョコカスタードクリームにしてみたり、他には抹茶も余ってたのでチョコレートでコーティングしていない生地の上部にふるってみたりした。
色んな味があって見た目も違いがあり少し華やかになったかもしれない。
『イルー! 美味しそうだねー。ねー。早く食べたいー! いー!』
「じゃあ、一個だけ味見しちゃおっか?」
『ほんとー!? とー!?』
テーブルの上で待っていたプニーが興奮するように飛び跳ねた。
完成したばかりのエクレアをひとつ手に取り、プニーに渡すとその手ごと飲み込む。
プニーの体内と言えばいいのかわからないけど、相変わらずこの感触がクセになる。ひんやりとぷにぷにしていて気持ちいい。
何度も思うわけだけど、じわじわとエクレアだけが消化される感覚は最初こそ怖かったものの、今はどこか擽ったさがある。
『おいしー! しー!』
「良かったー」
手を離したあと嬉しそうに美味しいと言ってくれたため、今回も上手く出来て良かったと安堵する。
今日もプニーは可愛いなぁと思いながら私も一口食べた。
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レベルアップしました。クリーンを覚えました。
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もぐもぐしながら目の前に現れたステータス画面を見ると、思わず動きが止まりその文字へと釘付けになった。
「こ、これは……!」
ごくんと飲み干したあと、食べかけのエクレアを片手に空いてる手を使い魔法の詳細を確認する。
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・クリーン
汚れたものを清潔にすることが出来る。
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これは! これはこれはこれは! 誰もが絶対に一度なら欲しいと思っているであろう生活魔法クリーン!
これさえあれば掃除が楽になる! というかしなくてもいい!
だってだって、一瞬にして綺麗にしてくれるんだよっ? それにこの清潔魔法は結構珍しいレアなものらしく、使用者があまりいないらしい。
だからなのか、クリーンを使える人はハウスクリーニングとして仕事にしているのだそうだ。つまり私も一瞬にして清掃仕事を終えることが出来るということ。
もし、パティスリー・ザーネをクビになったらハウスクリーニングとして起業してもいいのかもしれない。うん、これならもしものことがあればなんとかなりそうだ。
私が社長になるようなものだし、クビにされる心配はない。ない、のだが……軌道に乗った矢先に不運効果が発動してしまいそうな気もする。怖いなぁ。
いやいや、起業だのなんだのは仕事を辞めることになったら考えよう。
「とりあえず効果を確かめなきゃ」
キッチンにはエクレア作りのあとだったこともあり、洗い物や汚れが残っている。
「クリーン」
どこまでの範囲まで効果があるかわからないけど、とりあえず家全体を視野に入れてイメージをしながら魔法を発動する。
シンクにあった鍋やボウルの汚れはもちろんのこと、クリーム作りの際にコンロ近くに落ちたクリームもなくなり、何もしていないのに一瞬にしてピカピカ状態となった。
「す、凄いっ」
『イルー! お家が綺麗になったよー。よー』
キッチンにしか注目しなかった私はプニーの言葉を聞いて家の中を見回すと、確かに黒ずんだ汚れや手垢などといったものはなくなっていて、まるで新居のような輝かしさを感じる。
新しい魔法に感動を覚えているところで家の扉がノックされた。
「遠目で見たときから思ったんだけど、なんだか随分と綺麗になったわね。大掃除でもしたの?」
遊びに来てくれたリリーフが綺麗になった我が家を褒めてくれた。
どうやら家の中だけでなく外壁や屋根などもピカピカになっていたらしい。クリーン凄い。大好き。ありがとう。
「クリーンを覚えたからさっき試してみたの」
「……あたし、魔法なくても生きていけると思ってるけど、今回ばかりはあんたが羨ましいわ」
ご覧の通り魔力0のリリーフでさえもクリーンは喉から手が出るほど欲しい様子。そして何やらぶつぶつと「毎日うちのパンを提供したら清掃魔法をかけてくれるかしら……」と呟いていた。
リリーフの頼みならそんなことしなくてもいつでも請け負うよ? と、言ったらキッと睨まれてしまう。あ、まずい。怒られるやつだ。そう思ったときにはすでに遅かった。
魔法は武器でもあり商売道具でもある。簡単な魔法ならまだしも、利用価値のある魔法をそんなほいほいと見返りなしにやっていいものではない。
友達だからタダでお願いなんて言う方もどうかしてるけど、貸し借りなしで請け負う方もどうかしてる。
もし、そんなことをしている所を他の人に知られたら自分も友達だろう? とか、知り合いでしょ? とか詰め寄って来る可能性もあるんだから対価は貰いなさい。
と、お叱りを受けました……。リリーフは相変わらずしっかりしているというか、線引きをちゃんとしてる。
そんなリリーフの言い分にうんうん頷きながら魔法の安売りをしないことを約束した。
まぁ、小言を受けるのはよくあることなのですぐに気持ちを切り替えてお茶会を始める。
違う種類のエクレアをお皿に用意し、本日はリリーフとプニーの三人で話に花を咲かせた。
ちなみにレイヤはギルドにて依頼探しに出かけている。そのあとは配膳仕事なのだけど、戦闘訓練施設にも行ったりするし、彼はいつも忙しない。
「このエクレア美味しいわね」
『うん! おいしー! しー! 僕も好きー。きー』
「プニーは嫌いな物がなさそうで偉いわね」
『わーい! 僕、偉い! い!』
「クラフトさんのお土産用にもあるから帰ったら渡してあげてね」
冷蔵庫で眠っているクラフトさん用のエクレアを忘れないようにリリーフに伝えると、彼女はふぅ、と小さな溜め息をついた。
「パパの分まで用意しなくていいわよ。ただでさえ最近お腹が出てきてだらしないんだから」
クラフトさんのお腹が出てきた……?
想像してみるが、そんなにだらしないだろうか? ちょっとぽっこりしたとしてもクラフトさんの逞しさは変わらないし、むしろ愛らしさが増していて可愛いと持て囃されるのでは?
「大丈夫だよ、リリーフ! 私はクラフトさんのお腹が出ても問題ないし、むしろ触ってみたいと━━」
「人の父を邪な目で見ないで」
言葉を遮った上に胸に刺さることまで言われてしまった。未来の義娘は今日も手厳しい……。
「あ、そうだ。リリーフにプレゼントがあってね……」
空間魔法アイテムバッグに手を入れて、あれを取り出した私はリリーフに手渡した。紅玉が連なったネックレス。
「これ……ネックレスよね? この石は……」
「コーラルだよ。メドゥーサブラッドのネックレス」
血色のコーラルはメドゥーサの血を海に落として出来たもの。メドゥーサブラッドとも呼ばれている宝石で、もちろん魔物素材なのでお高い代物。
……ほら、その価値を知ったリリーフの表情はまた険しくなる。
「あんた人の話聞いてた? どういう経緯でこれを手に入れたか知らないけど、魔法にしろ高価な物にしろ安易にあげないでって言ったでしょ!」
「い、いや、これはこの前討伐したメドゥーサから手に入れたもので……」
「はあっ!? メドゥーサ!? イル、あんたまた危険な魔物を退治してきたの!?」
「今回はパーティーで行ったの! 私とプニー、レスペクト、レイヤ。それにレイヤの指導員であるラートさんと。それにほとんど付き添いで行っただけだから全然メドゥーサ討伐には関わってなくて……」
「ちゃんと一から説明しなさい」
凄んでくるリリーフに弱々しく「はい……」と返してメドゥーサ討伐の詳しい話をリリーフに伝えた。
レイヤのギルドポイントを上げるためなのと、ラートさんがコーラルを欲していたため、難易度高めの依頼を受けることになり、その条件がパーティー参加なので私も参戦した。
ランクの低い魔物を相手にはしたけど、メドゥーサに関してはラートさんに任せることになり、お化けが出そうな洋館に向かったのである。
メドゥーサに鉢合わせした早々にラートさんの手であっさりと倒されたんだけど、もう一匹いるのに気づかず、レイヤが攫われてしまった。
私は追いかけようとしたけど、ラートさんやレスペクトに止められて石化状態が解けた人達の避難と状況説明をする役を担うことに。
沢山の質問攻めにあってしまい目が回ったけど、中には石化されて三年経つ人もいた。とてもショックを受けていて、気の利いたことも言えなかったため私自身もとても印象に残っている。
その後、メドゥーサを二体引きずるラートさんが先に館から出てきたから慌ててレイヤのことを尋ねると「もうすぐ出てくるわよ」と機嫌良さそうにメドゥーサの血をコーラルにする作業に行ってしまった。
しばらくしてレイヤは出てきたけど、あちこち噛まれた痕があったから回復魔法をかけてラートさんの帰りを待ち、無事に町へと戻ることが出来た。
あとから知ったんだけど、レイヤは二匹目のメドゥーサを一人で倒したらしい。
てっきりラートさんが手助けをしてくれたと思ったけど、どうやら彼が助けにきたときにはすでにメドゥーサを倒したあとだったようだ。
私のスイーツを食べてステータスアップしたとしてもあんな恐ろしい魔物相手によく一人で立ち向かったよね。
という話をしっかりと詳しく丁寧に伝えると、リリーフが「ちょっと待って」と声を上げた。
「イルのスイーツを食べたらステータスアップってどういうこと?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳よ」
『僕は知ってるよー。よー』
話したつもりだったけどリリーフには話していなかったみたいだ。でも、思い返せば確かにそうだったかもしれない。
そもそもスイーツを食べてステータス上昇効果があるのはレイヤのみだったし、魔物討伐したよという簡単な報告はすれど詳細まで話す機会はあまりなかった気がする。
リリーフにレイヤの能力について話すと「なんで彼だけなの?」と、もっともな疑問をぶつけられる。
なんで、と言われると私にもわからなくて、正直にそう伝えるとリリーフは考える表情を見せた。
(女神の仕業なのは確かなようね……まるでイルを必要とさせる要素を与えたみたい。だとしたら、彼が言ってた女神がくっつけさせようとしているって言葉も嘘とは言い難くなる……)
「リリーフ? そんな考え込むこと?」
「そりゃあ気になるでしょ。まぁ、答えなんて分からないから考えても無駄だけど」
「でも悪いことじゃないし、そこまで心配することはないと思うよ。……ところでそのネックレスは受け取ってくれない、かな?」
メドゥーサブラッドのネックレスをテーブルに置いたままにしているリリーフは受け取ってくれたかわからない様子なので恐る恐る尋ねてみた。
「私、メドゥーサ討伐には全く関わらなかったし、付き添いだけだからコーラルは遠慮したんだけど、ラートさんが少しでも受け取ってくれないとレイヤに怒られるからって言うからちょっとだけ貰うことにしたの」
それでも両手ですくってもこぼれるくらいの量をいただき、それらは小袋に入れた状態でジャラッと音を鳴らしながらリリーフに見せる。
レイヤもいらないと断ってラートさんに譲ったけど、メドゥーサを一匹倒したこともあったので、ほぼ無理やりな感じで譲った半分を押しつけられていた。
「あんた達がちょっとでも受け取ってくんないとアタシが横取りしたみたいになるでしょ!?」
と、ラートさんなりの気遣いなのか、本当にそう疑われる心配をしたのかそのように語っていたことを思い出す。
結果的に人が一人入りそうな大袋の量のコーラルをラートさんが、両腕に抱えるくらいの袋の量をレイヤがいただくことになった。
レイヤは貰ったコーラルをそのまま私に譲ろうとしたけど、さすがにそれは貰えないのでいらなければギルドに売ってそのお金を自分のものにした方がいいよとアドバイスをすると渋々ながらその案に頷いてくれたのだった。
「私はレイヤと違ってタダで貰ったようなものだし、リリーフにもお裾分けしたくて。それにリリーフの髪色と似ていて綺麗だし」
「……」
「リ、リリーフ? ……ハッ。髪色と同じ装飾品はやっぱり合わないかなっ?」
黙ったままでネックレスを見るものだからやっぱりいらないのかなと思った矢先に気づいてしまった。
髪色と同じアクセサリーだと目に行きづらいだろう。せめて違う色ならまだ良かったかもしれない。
「そうじゃないわよ、まったく。用意したのなら突っぱねるわけにもいかないし……貰うわ。ありがと」
「ほんとっ? 良かったー!」
溜め息混じりではあるけど受け取ってくれたので何よりである。
『でも、まだ残ってるよー。よー』
プニーがコーラルの入った袋の上に飛び乗り、そのぷるるんボディで何度も跳ねる。
確かにまだ宝石達は残っているのでどうしようか悩みどころだ。
「そうだね……まだネックレスに出来そうだけど、これ以上大盤振る舞いしちゃうとリリーフがまた怒るから残りはギルドに引き取ってもらおうかな……」
「あの子にはあげないの?」
あの子? と首を傾げるとリリーフはすぐに答えてくれた。
「デジールよ」
おお。まさかのデジール。リリーフの口から彼女の名前が出るとは思わなかった。だけど……。
「デジールならもっと凄い装飾品を持ってそうだけど……」
何せ彼女は魔王様。お高い貴金属やお宝など抱えていても不思議じゃない。
そもそも普段のお召し物が良さげなんだよね。生地とか絶対いい物を使ってるはず。
「気に入るかどうかは別として受け取るくらいはするんじゃないの? 今のあの子なら」
「……そうだね。友達の証って言ったら受け取ってくれるかな」
リリーフの言うように確かに今のデジールなら傲慢な態度は取らない気がする。まぁ、もし投げ捨てるようなことがあればまたリリーフが怒るだろう。
「じゃあ、早速デジールの分のネックレスも作るよ」
「作るって……これ、加工してもらったものじゃないの? 穴開けなきゃいけないじゃない」
「大丈夫大丈夫。リリーフのも私が穴を開けたんだよ」
自信満々にリリーフに告げると、私は袋を開けてメドゥーサブラッドをいくつか手に取りテーブルに置いた。




