側近の企みと魔王の伴侶について
先代魔王アイントラハトに忠誠を誓い、実力を買われてアイントラハト様直属の幹部となった私は人魔族大戦とも呼ばれる何百年も続いた人間との戦争にも大きく貢献した。
腕力こそは劣るが魔力や高い魅了スキルを持つ夢魔の力は誰にも負けないと自負しているので、さほど苦労はなかった。
インキュバス族の中でもさらに強い魅了スキルを持つ私に落ちない相手はいない。それこそ男女性別関係なくだ。
本気を出せば先代魔王様だって魅了出来るだろう……いや、実際に試したことはないし、試そうだなんて思ったこともない。
アイントラハト様に忠誠を誓ったこの私にそんな反逆者と呼ばれるようなことをするわけがない。そんなことをしてみろ。あの方が本気を出して私をすぐに消滅させるだろう。
戦争中、人間界と呼ばれる人間の領土を手に入れるため私は沢山の人間を虜にした。
戦闘よりも諜報活動をしていたが、機密情報を手に入れるのは笑いが止まらないくらい容易く、私も調子に乗っていたその頃、アイントラハト様が終戦を宣言した。
あのときは魔族が皆驚いただろう。もちろん私もだけど。
まさか人間が作る甘味が切っ掛けだなんて今となっては笑い話みたいなものだが、当時は大混乱だったし、先代様を打ち倒して新しい魔王になり変わるべきだと謀反しようとする者も現れたが、アイントラハト様に敵うわけがなかった。
まぁ、その混乱も最初だけ。彼のカリスマ性にかかれば魔族みんな彼についていくのはわかりきっていたことだ。
私は元々アイントラハト様がどんな道に進もうとも彼の後に続くだけなので反対なんてするつもりはなかった。
あぁ、でもまさか魔王を引退し、早々に自分の子にその座を渡すとは思わなかったな。
あまりにも早い彼の隠居生活には戸惑わずにはいられない私も幹部の任を解かれてしまった。
しかし、同時に新たな任務も与えられた。
「アドよ。お主はデジールの側近となり、我が子の成長の手助けをしてやってほしい」
「御意」
和平条約を結んでチョコレートの生産を始めるため、アイントラハト様はデジール様に王の座を譲ったが、何も自分のためだけではなく、自身の子にも早々に魔王として見聞を広めてほしいためでもある。
何分、デジール様は周りに甘やかされたせいで少々、いや、かなり我儘な性格になってしまったので、今後の人間との関係に亀裂を生じさせないため、人間についての研究や勉強を与えることになった。
つまり、人間の生態をよく知り、和平条約を破らないような威厳のある魔王になれ、ということである。
そういうわけでデジール様の側近として過ごすことになったが、イルさんという人間を通して少なからず成長をしている……と思われるあの方ではあるが最近は何やら様子がおかしいようだ。
いつも心ここに在らずな状態で、気づけば意味もなく溜め息を吐いていた。そのせいで魔王としての業務は滞るばかりで何度も注意をするが、少し時間が経つとすぐにペンを持つ手が止まってしまう。
そしてボケーッと明後日の方角を見ていて、別のことに囚われているかと思えば、突然そわそわしながら観察対象であるイルさんの自宅前を映す水晶を覗いたりと落ち着きがない。
つい最近まではスイーツスイーツと喚いていたのに最近はそこまで騒ぎ立てないので絶対に何かあることは間違いないだろう。
「デジール様。最近集中力がよく途切れるようですね。そろそろイルさんの元へお邪魔して、スイーツをいただきに行きましょうか?」
思えば発作のように「イルのスイーツを食べに行くぞ!」と言い出さなくなった気がする。
飽きてきたのだろうか? いや、それは困る。まだイルさんを私の手中に収めていないのだ。
魅了耐性持ちな上にこの顔にも靡くことのないという理由で見逃すわけにはいかない。
インキュバスのプライドが刺激するのだ。何がなんでも彼女に恋愛感情を抱かせたい。今まで失敗なんてしてこなかったのだから狙った相手は絶対に諦めたくないのだ。
そう。これは意地だ。無敗を誇りたいがために。例え手強くても諦めさえしなければ負けではない。
「スイーツ……いや、まだそのときではない……」
とにかく今はこの主君だ。せっかくこちらから提案したというのに明らかに反応がおかしい。
毎日でもスイーツが食べたいと口にしていたあのデジール様が「まだそのときではない」と言い出すのだからもしかして病気なのかと疑ってしまう。
「デジール様……もしかしてお腹でも下しましたか?」
「なぜそうなる!?」
あぁ、良かった。返答はいつものデジール様だ。
「そう思っても仕方ないでしょう? 最近のあなた様の様子はおかしいを通り越して異常とも言えますから」
「そこまでではなかろう!」
「だったらなぜ物思いに耽るのですか? このままだと医師を呼んで徹底的に検査させますが」
「うぬぅ……別に大したことでは……」
「業務が進まない時点で大したことなんですよ。観念して話してください」
「うう……その……の、ことを……」
肝心なところが聞こえない。ここにきてらしくもない弱々しい声に若干苛立ちを覚えるが、顔に出さないように気をつけながら「聞こえませんが」と一言告げる。
「~~っ! だから! リリーフのことを考えておったのだ!」
「はい? ……リリーフさんですか?」
「そうだ! 悪いかっ!?」
顔を真っ赤にさせながらやけくそになった態度で開き直るデジール様の調子はいつも通りだが、何か引っかかる。それになぜこの人がリリーフさんのことを?
「悪いとは口にしてませんが、なぜ彼女のことを考えていたんです?」
「……その前に貴様はリリーフのことをどう思う?」
どう思うとは? 言葉の意図が読めないが特に隠す必要もないので思っていたことを伝えることにした。
「リリーフさんはデジール様の膨大な魔力量に当てられても怯むことなく、貴族と勘違いしているとはいえ萎縮するどころか叱るときには叱れる人ですね。強い意志を持っているようですし、友達思いなので身も心も美しく思います」
「そう。そうなのだ。リリーフは暴力的で恐ろしい奴ではあるがよく見ると美しい顔をしておる。血の海のように波立つ赤い髪、他人の生気を吸い取ったかのような健康的な肌、セイレーンの如く人を惑わせる魔声。上げればキリがないが、恐ろしいほどに美しい娘よ」
本人は褒めているつもりだろうが、どうもそのセンスがどこかズレている。いや、それよりこれで確信したことがある。
「もしかしてデジール様……リリーフさんを好いておられるんですか?」
元々、人魔族大戦の影響で人間は悪だと教えこまれたデジール様は他の魔族同様に人間を見下していた。
終戦後は人間とは対等にと教育を変えてもデジール様含め、魔族はそう簡単に考えを改めることが出来ないので先代であるアイントラハト様の活躍を語り、その結果生み出したチョコレートと人間の技術力を30年くらい使ってとくと説明した。
そのおかげで少しずつ人間に対する魔族の考え方も変わりつつあるようだが、それでもごく一部。何百年も敵対していた種族なのだから仕方ないことではある。
デジール様は今でこそ人に興味を持ち始めたが、やはり根っこの部分では人間を下に見ているところがあるのは間違いない。昔の魔族ならそれで良かったのだが、アイントラハト様の終戦宣言により時代は変わってしまった。
敵意を持ってしまうとまた戦が始まり、アイントラハト様やデジール様を虜にしたチョコレートも滅ぼされてしまう。先代魔王はそれを危惧して人間に対する魔族の考え方を改めるために今も頑張っておられる。
まぁ、私はアイントラハト様の意に従う柔軟な思考の持ち主なので頑固者より楽に生きていけるわけだけど。
と、話が逸れてしまったが、そんなデジール様が一人の人間にここまで褒めるだけでなく好意を持つとは思わなかった。
思えば兆候はあったのかもしれない。
最初は苦手意識が強かったのにクイーンキラービーの件以来デジール様はリリーフさんに対する印象が変わったのだろう。
そしてここ最近の様子を察するに恋煩いというわけか。
「なっ、ななな何を言っている! 余があの者を好いてるなど!」
真っ赤な表情で否定しても説得力がない。上に立つ者としてここまでわかりやすいのも困りものである。表情を殺すことも学ばせなければいけないか。
「では、リリーフさんに私の魅了をかけてもよろしいですか? それで魔界に連れて来ればイルさんもこちらに来てくれる可能性もグッと上がるわけですし」
「やめんか貴様」
はい、ビンゴ。そんな殺気を漂わせて睨みつけたら好きですと言っているようなもの。
やはり魔王の血が流れてるだけある。思わず私も身の危険を感じ、両手を軽く挙げて溜め息混じりに「申し訳ございません」と口にする。
「でしたら認めていただけるとありがたいですね。面倒ですので」
「うぐぐ……」
「それによろしいではありませんか。リリーフさんなら気が強くて魔王の伴侶に相応しいですし、あなた様にも良い影響を与えてくださるかと」
「は、伴侶だなんてそこまで考えておらんぞ!」
「おや? ただのお遊びでしたか? まぁ、火遊びも程々にしてください。歴代の魔王で女遊びが激しかったため妻から謀反にあって亡くなり、その彼女が魔王の座についた過去もありますので」
「物騒な話をするでない! そもそも遊びなんぞ余がするわけなかろう!」
「では本気ですね? そうと決まれば早く彼女を貰うべきかと。人間の寿命は我々よりも早いのですからもたもたしていたらあっという間に亡くなりますし、リリーフさんの美しさなら他の男に奪われることもあるでしょう」
「ううううっ……」
面白いくらいに葛藤しているようで見ているこっちとしてはなかなかに面白い。
それにリリーフさんがデジール様の伴侶になればこの方の教育も任せられるし、何よりイルさんも友人を追って来てくれる可能性があるわけなので私も彼女を口説き落とすことに集中出来るわけだ。
「魔王の家系が使用出来る秘術さえ使用すれば人間だって我々と同じように長寿にすることも出来るんですよ。手に入れたいのなら行動は早い方がよろしいかと」
「そうではあるが、魔王が人間を伴侶にするなんて前代未聞であろう? その、反対する者もいるだろうし、リリーフに危害でも加えられる恐れもあるやもしれん」
少し乗ってきているところを見ると、どうやらリリーフさんを妻にするのを悪くないと思っているようだ。
彼女の身も案じているし、昔なら有り得ないことだろうが、それだけ成長している証拠とも言える。
「もちろん、快く思わない者もいるでしょう。ですが、あなた様は魔王です。ここぞとばかりにその権力を振りかざしていいのでは? それにリリーフさんのような気高く美しい人なら時間が経てば支持する人もいるでしょう」
「な、なるほど」
さて、ここまで言えばさすがにこの人もその気が出るはずだ。
正直な所、まだまだ未熟なデジール様を任せられる婚約者すら見つからなかった上に本人は縁談すら興味も持たないから、父であるアイントラハト様はデジール様の好きにさせると言っていたため伴侶探しは止まっていた。
だが、ようやくこの方の心を動かす人物が現れたのだ。魔物だろうが人間だろうがこの際どうでもいい。
あれの教育係を押しつけられるのなら相手はなんだって構わないさ。
アイントラハト様がお相手ならまだしも、そうでないのなら私は側近という本来の仕事をしたいだけ。
私がそう考えているとはつゆ知らず、デジール様は水晶へと目を向けると声を上げて食い入るように見つめた。
「おお! リリーフがイルの家へに遊びに来ているな!」
「ちょうどいいではありませんか。今から求婚に向かいましょう。デジール様のそのお身体なら相手が男性だろうと女性だろうと関係ありませんからね」
「う、うむ。そうだな! ではアドよ、支度を始めよ!」
「かしこまりました」
胸を手に当て頭を下げる。……まぁ、成功するとは思っていないが、デジール様もリリーフさんも互いに認識を変えるいい切っ掛けになるだろう。それから恋愛へと育んでいけばいい。
全ては私のためにデジール様には頑張っていただかないと。




