抹茶団子ともう一匹のメドゥーサ
沢山の白蛇に巻かれ引き込まれた先は二階のとある一部屋。
「ぐっ!」
中に入ると扉は勢いよく閉められ、床に叩きつけられた。白蛇から解放されるのはいいがあまりにも手荒な扱いである。
「くそっ……」
一瞬、自分の身に何が起こったかわからなかったが、今なら断言出来る。俺はもう一匹のメドゥーサに捕まったのだと。
なぜならすぐ後ろに蛇の鳴くような声が沢山聞こえるからだ。後ろを振り向きたいが、目を合わせたらすぐに石化してしまう。ラートさんのような石化防止の指輪すらしていないから考えなしで振り返るのは危険だ。
……“我ら”なんて言うから一匹じゃない気がしたが、すぐに警戒しなかったことが悔やまれる。
イルは無事だろうか……。ラートさん達がいるから大丈夫だとは信じたいが、メドゥーサがまだいる可能性だってあるかもしれない。
(早く、倒さなければ……)
柄を持ち、鞘から剣を引き抜く。敵に背を向けたままなのは危険だということはわかっている。理解している。
しかし、本当に目を合わせずに戦闘なんて出来るのか? ただでさえ冒険者ランクAが相手する魔物だ。ランクDの俺がどこまで太刀打ち出来るのか未知数である。
「どうしたのじゃ? 我が怖いか?」
背後から耳打ちをされる。その瞬間ぞくりと背筋が凍った。
いつの間にそんな近くにいたのか。足音も気配も感じなかった。
そいつのものと思われる白蛇も耳元からその姿を見せてくるし、どう動けばいいのか全くわからず息を飲んだ。
「そう緊張するでない。我はあの姉と違い、すぐには石にせん。安心するのじゃ」
先ほどのメドゥーサとは姉妹関係だったのか。その姉が手にかけられたというのに冷静な妹がいるものだ。
「……その言葉をどう信じろと?」
「我はお前さんと言葉を交わしたいだけじゃ。すぐに石にするのもつまらんじゃろう。ほれっ」
「っ!?」
横からひょこっと俺の視界に入ってきた女に驚きながらも剣を構える。
白蛇を頭に飼い、白のワンピースを身に纏う別のメドゥーサ。目を合わせたら石化してしまうと警戒するものの、そいつの目は伏せた状態だった。
「……」
「のぅ? 我が目を閉じておるからお前さんは石化する心配をしなくていいんじゃ」
「じゃあ……何が目的だ?」
「話をしたいと言ったじゃろう。我が引き込んでも騒いで逃げようとせん人間はそうそういないのでな。少し話がしたいんじゃ」
目を閉じたままにっこり笑う白蛇メドゥーサ。先ほどの緑蛇メドゥーサとは違い、こっちの蛇は威嚇もしていない。
友好的に見せているのかは知らないが、こいつも人を攫っては石化している魔物。
最初は気が動転していたこともあり周りがよく見えてなかったが、どうやらこの部屋はメドゥーサのコレクション部屋なのだろう。
数多く並ぶ男達の石像がそれを物語っている。
「終わったらそこの奴らと一緒に石にされるのに話が出来ると思うのか?」
「余計なことさえせんかったら石になるのが先延ばしになるだけじゃ」
結局石にするのは変わらないじゃないか。
しかし下手なことが出来ないのはわかる。今ここから逃げ出そうとしても戦おうとしても難しいだろう。
「そんなに警戒せんでもいいじゃろう。我は情けない人間ばかり見てきたからお前さんのような落ち着いた男は初めてでな。結構気に入っておるんじゃぞ」
「……石化したみんなを返せ」
「つまらん話をするな。我の観賞ルームの作品じゃぞ。人間の雄の石像はいくらあっても足りんくらいなのに返すわけないじゃろう……ん? お前さん何か食い物を持っておるな?」
突然、メドゥーサが鼻をスンスンさせながら俺の腰に引っ提げていた皮袋へと顔を寄せた。
そこには多少の金銭とイルが昨夜作ってくれた抹茶団子が入っていた。するとメドゥーサが勝手にその袋を引きちぎり俺から奪い取る。
「何するんだ! 返せっ……いつっ!」
人の物を強奪するメドゥーサから取り返そうと手を伸ばせば、彼女の飼い蛇達が俺の手に噛みついて指一本も触れさせないように攻撃をする。
「っ……」
「食い物如きで騒ぐでない。ひとつくらい食ってもいいじゃろう」
皮袋から抹茶団子が入った紙袋を取り出すと、許可なく袋に手を突っ込んで団子をひとつ摘み取った。
「なんじゃ? この指に引っ付く緑のやつは? 匂いからして香草焼きかと思うたがカビみたいなもんじゃな。不味そうじゃ」
怪訝な表情でそう悪態つくとメドゥーサは持っていた団子を床に投げ捨てた。それだけじゃなく、抹茶団子入りの紙袋も下に落とし、そのまま足で踏みにじる。
「お前! その足を退けろっ!」
我慢ならなかった。許せなかった。イルの作ったものを捨てるだけじゃなく踏み潰すなんて。
感情のまま剣を振るおうとするが、メドゥーサはにんまりと口端を上げて笑い、頭の白蛇を俺に襲わせた。
伸縮自在の蛇の胴体がしなる鞭のように剣を弾き飛ばす。一方では足に絡みつき、勢いよく引っ張っては横転させられた。
それだけじゃなく腹部にサッカーボールの如く一発蹴りまで入れられる。
「……っ!」
「ふふふっ。なんじゃなんじゃ? 随分と食い意地の張った男じゃな。逃げる人間とは違い活きが良く見ていて飽きんが、我に手を出そうとするのは褒められたものではないぞ?」
踏みつけた紙袋を床に伏せる俺の顔前まで足蹴にした。
中から飛び出た団子や袋に入ったまま潰れた団子達を前にして苛立ちが込み上げて、手を強く震えるくらいに握りしめた。
前日、熊肉のトマト煮込みをイルから教えてもらったあとに続けて作ってくれた抹茶団子。
香りも良く味も良く、みんなで食べるとさらに美味く感じた。
『今回はね、ナイトビジョンっていう闇魔法を覚えたの。暗視出来るようになるから以前のラミアのときみたいにダークネスの魔法を使っても暗視さえあれば問題なく動けるようになるよ』
覚えた魔法を説明するイルは「またどこかで使えるといいね」と明るく答えるが、その使用方法は主に戦闘面についてだ。
本当は戦わせたくないのに。イルの好きなことをして過ごさせたいのに。
俺に任せろと豪語出来ない自分の弱さにも腹立ってしまうのはこれで何度目だろう。
強い魔物を前にしても今の自分の実力では歯が立たないのが悔しい。
何がなんでもあいつを倒したい。食べ物を粗末にするなんて作ってくれたイルにも侮辱している。
「……」
ゆっくり身体を起こし、踏まれた紙袋へと手を伸ばす。
潰れてしまった抹茶団子をひとつ手にして、こんな姿にさせてしまったことをイルに申し訳なく思いながら口に入れた。
「ぷふっ! なんじゃお前さんは! 落ちたゴミを漁って食うなんて野良犬のようじゃな!」
団子ゆえに嚥下するのに少々時間がかかるが、ごくりと音を立てて飲み込んだ。
「そんなにゴミの拾い食いがしたいのなら我がお前さんを飼ってやろう」
「ゴミじゃない」
「えっ━━」
相手の言葉よりも先に動いた俺は無礼な魔物に足払いを仕掛けて転倒させた。
その隙に落とされた剣を手にして、尻もちをつく相手の側頭部を掴み、強く殴打する勢いで床へと押しつける。開眼し視線がかち合うのだけは避けたいため顔を合わせないように。
相手は少しだけ呻き声を上げた。もちろん致命傷になりはしない。それに髪代わりの白蛇達も大人しくはしなかった。
主の危機を察し、敵意剥き出しで手を、腕を、腹部を、首へといっせいにその身を伸ばしてきた。
噛みついたり、締めつけたり。しかし、痛みなんて感じなかった。鋭い蛇達の歯が食い込んでくる感触がないからだろう。それだけステータスの防御力が上がっていると思われる。
例え踏まれようとも落とされようとも、イルのスイーツを食べて得た一時的なステータス上昇効果は健在だ。
「な、んじゃ貴様っ! 我の可愛いペット達にもなぜビクともせんのじゃ! 動きといい、先ほどまでと全く違うではないか!」
まるで別人だと言いたげなメドゥーサは這った状態から起き上がろうと必死な様子だった。
けれど頭が上がらなければどれだけ床に腕を立てようと足をばたつかせようとも起こすことは出来ない。
「床に這ってる姿が随分とお似合いだな。どうだ? お前の言うゴミと同じ目線は?」
「ゴ、ミ……ゴミだと!? 我をゴミ扱いする気か!? 許さんぞ貴様ぁぁっ!!」
ヒュッ。メドゥーサのばたついていた足が上に上がった。
まるで蠍のしっぽの如く、海老反りした足の爪先が俺の顔面に向かってくる。いくら蛇を頭に飼っているからって身体まで蛇のような柔軟性を持っているのかこいつは。
少し焦ったが反射的に剣を振り、足首を斬りつけて間一髪メドゥーサの攻撃を躱すことに成功した。
「うぐっ!」
相手の動きも素早かった。ステータスアップ状態でなければ反撃することや躱すことも出来なかっただろう。
「腹立たしいよな? 俺も大事な物をゴミ扱いされた上に踏みにじられたんだ。こっちも凄く腹立たしい」
「貴様のことなぞ知らんのじゃ! ゴミをゴミ扱いして何が悪い! 我にこんな侮辱を与えた罪は重いぞ!」
「……反省の色なし、か」
「人間なんぞに反省などするかっ! 貴様は絶対に石化して粉々に砕いて殺してやる!」
メドゥーサの怒りに比例するように、未だ噛みついたままだったり締めつけたりする白蛇の力も増した気がした。
肉を引きちぎる、または骨を折るつもりかもしれない。その証拠に歯は肉を食い込み始め、僅かに血が出てくるし、締めつける蛇からは圧迫感も抱き始める。
それだけじゃなくメドゥーサ自身も抗おうと頭を押さえる俺の手にも掴みかかった。
「貴様だけじゃなく、連帯責任として共に来た人間皆殺しじゃ! 泣いて謝っても許してやらんからな!」
ぴくりと反応した。
激昂しそうになるが、怒りのあまり逆に頭が冴えてくる。これ以上こいつの暴言を聞いていられず、剣を持つ手を振り上げ、奴の背中へと突き刺した。
「━━が、あっ!!」
深く、深く突き刺した。いや、今の俺だから突き刺せた。心臓に達したかはわからないが、白蛇達が一匹、また一匹と力尽き倒れていく。
俺の手を掴みかかっていたメドゥーサの手も力なく床に落ちた。
メドゥーサの腹部から血が広がり、一ミリも動かなくなったが、俺もまだ動けないままだった。
死んだ振りだったら? と、警戒する。油断は出来ない。格上の相手だからこそ気を抜いてはいけなかった。
「ここは……どこだ?」
ふと、声が聞こえた。ハッとして周りを見回すと石化していた人達が元の姿に戻って自分の置かれた状況を把握しようとしているようだ。
そこでようやくメドゥーサを退治出来たんだとホッと安心して深く刺していた剣を抜く。
すると部屋の扉が勢いよく開かれた。
「レイヤちゃん無事……!?」
ラートさんが探しに来てくれたようだ。しかし、部屋の状況を見て絶句していた。
「……レイヤちゃん、あなた一人でメドゥーサを倒したの?」
「えっと、はい。なんとか……運良く」
さすがにイルのスイーツのおかげでステータス底上げして勝ちましたなんて言えないしな……。
「書斎の奥に最初のメドゥーサによって石化され捕まっていた人達を見つけたの。力はすでに解けてたから事の経緯を説明しながら避難させたおかげで来るのが遅くなっちゃったけど、まさか一人でやっちゃってたとはね。石化されず攻防すればいい方だとは思ってたのに」
不思議そうにメドゥーサの死体を眺めたのち、ラートさんはパッと明るく笑った。
「まぁ、運も実力の内って言うわね。今回はラッキーだったじゃない。レイヤちゃんがメドゥーサ相手にどこまで持つか試したかいがあったわ」
待て。聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。
「試した……?」
「えぇ。レイヤちゃんがメドゥーサに狙われたことにわざと気づかない振りしてたの」
「な、なんでそんなこと! 相手はAランクの魔物相手なんですよ!」
「レイヤちゃん、勘違いしないで。依頼としてはAランクではあるけど、メドゥーサ自体のランクはB程度よ。元々今回のメドゥーサは複数討伐だったからランクも高くなってパーティー必須の依頼になっただけ」
「いや、それでも格上じゃないですかっ」
「メドゥーサは怒らせなきゃ石化するだけで死にはしないわよ」
あっけらかんと言うが、つい先ほどまでそのメドゥーサの怒りを買っていたんだけどな。……面倒臭いのでそれは言わないでおこう。
そして思い出した。この人は結構スパルタな指導員だということに。
……今回の依頼は俺の指導を兼ねていたってことなんだろうか。色々とめちゃくちゃだし、イルを巻き込むし、思う所はあるが一応俺のことを考えてくれてたんだろうな。
「じゃあ、アタシはメドゥーサの血をコーラルにする作業があるからその人達の説明任せるわ」
「は? え、ちょっと待ってください! イルは!?」
「イルちゃんは先に外で救助した人達に質問責めにあってるとこかしら?」
それじゃあ、すぐに戻るわね~。と告げられ、ラートさんはメドゥーサの両足を持って引きずりながら清々しいくらいの笑みで部屋を出て行った。
「ちょっ……! ラートさん!」
ラートさんを追いかけようとしたが、石化状態から解放された被害者達に囲まれて「ここはどこなんだっ?」「彼女はどこ!?」「俺はどうなったんだ!?」と質問責めにあってしまった。
イルもこんな目に合ってるのかと思うと静かな溜め息を吐いてしまい、面倒な役目を引き受けることにした。
その後、被害者達に今まであったことを簡単に説明をし、洋館から脱出。あとは各々自分のいた町へ帰って行った。
イルはというとすでに疲労困憊なのか、伏せた状態のレスペクトの身体に凭れるように休憩していた。
「イル、大丈夫か?」
「レイヤ! レイヤの方が大丈夫なのっ!?」
俺を見るや否やバッと立ち上がるイルが俺の元へ駆け寄る。
『レイヤ、良かった! 生きてるー! るー!』
『お前のせいで従者が一人で突っ走ろうとしていたぞ。引き止めるのに苦労した』
プニーが俺の頭に乗り飛び跳ねる中、不機嫌に愚痴をこぼすレスペクトの話を聞いて「ごめん……」と一言謝りを入れる。
おそらくイルのことだ。俺を助けようと動いたけど、レスペクトに止められたんだろう。彼女の服の裾を口で咥えて無理やり引っ張った様子が容易に想像出来る。
「みんなも心配かけてごめん。でも、俺は大丈夫だから心配は━━」
「こんなに怪我してるのに!?」
そう言って慌てた口調で俺の腕を引っ張る。確かに白蛇に噛みつかれた痕があるが、ちょっとしたものだから慌てる必要はない。
「そんなに痛くないから大丈夫だ。イルの作ってくれた抹茶団子の効果も出たから痛感はあまり感じなかったし」
「でも、沢山噛まれてるよっ。ほら、首にも!」
「っ!」
イルの手が首に触れる。外気に触れて少し冷えているのもあり多少冷たく感じたが触れた部分はなぜか熱く感じてしまった。
別に痛いわけじゃないのにびくりと反応してしまったから彼女はさらに勘違いしてしまう。
「あ、痛かったよね。ごめんね、治すからっ」
「いや、違っ」
「ヒール」
俺の話を聞くことなくイルは回復魔法を唱える。淡い光に包まれながらあちこちあった身体の怪我はすぐに消えてなくなった。
「うん。治ったね」
「あ……ありがとう」
「どういたしまして」
患部を確認して満足そうに笑うイル。大袈裟ではあるが、心配をかけたし何かしたくて仕方なかったかもしれない。
俺としては自分の怪我が治るよりもイルが無事だったことの方が一番の安心である。
それにしても、レスペクトには凄く睨まれている感じがするのだが、そこまで不愉快な思いをさせたのだろうか……。
その後、ラートさんは二匹のメドゥーサを引きずりながら戻ってきた。大きな袋を引っ提げて。
ほくほくとした表情を見ると、おそらくその袋の中には大量のコーラルが入っているのだろう。
そして一緒にスタービレの町へと帰るのだが、その間ずっとイルに触れられた首を気にしていた。未だに熱が引かないような気がしてなんだが落ち着かない。けれど悪い気はしないがむず痒い感じであった。




