不気味な洋館とメドゥーサ退治
「メドゥーサはね、ここからだと7、8キロ先の廃墟となった洋館に住んでると言われてるわ」
本来ならば馬車に乗って向かうような距離だが、従魔とはいえレスペクトという大きな魔物がいるため乗ることが出来ない。仮に乗せることが出来たとしてもカトブレパスの姿を見たら誰もが乗車拒否するだろう。
そのため目的地に向かって歩いていると、ラートさんが今回討伐するメドゥーサの情報を話し始めた。
知性のある魔物は廃墟や廃村といった人のいない場所を住処にするらしい。または村や町を襲って占領することもあるのだとか。
「は、廃墟になった洋館……ですか?」
「えぇ。なんでもここ何ヶ月か、古ければ数年前かしら? 近隣の村や町に住む男性が行方不明になる事件が起きていてね。最近になってメドゥーサの仕業だってことがわかったの」
元々廃墟の洋館は心霊スポットとして有名だったらしく、肝試しする人間が多かったそうだ。しかし、決まって男だけが消えていき、女は取り残されるため、恐怖のあまり逃げ出してしまう。
ところがあるカップルの女性がつい先程まで隣にいた彼氏が忽然と消えたことに驚きながらも隅々まで彼を探したそうだ。
そして彼女は見てしまう。とある部屋に石化となってしまった男性達と彼氏の姿を。それだけでなく部屋の奥には多数の蛇を頭に持った女の後ろ姿を目にして、彼女はようやく自身の手には負えないものだと察して命からがら逃げてきたそうだ。
その彼女の聞き取りにより、魔物による誘拐事件だということが判明され、冒険者ギルド案件となった。
『ねぇ、ラート。メドゥーサって怖いのー? のー?』
「そうねぇ。メドゥーサって目を見た者を全て石化する力があるから怖いと言えば怖いかもね」
『! 石になるの!? やだ! だ!』
「目を見なきゃ大丈夫よ。まぁ、そういう所はレスペクトちゃんと似てるわよね」
『フン。石にするだけで能力が解けたら石化も解除されるアレと私を一緒にするな。殺傷能力なら私の方が遥かに上だ』
「そういうことを自信満々に言うと余計に危険視されちゃうよ……」
「あらぁ、頼もしくっていいじゃない。さっすがレスペクトちゃんだわ」
もしものときに会話が通じないと大変ということでイルのシェアという魔法により、彼女の言語理解スキルを俺とラートさんに共有してもらった。
久しぶりに聞いた言葉がこんな物騒でいいのかと思ったが、対するラートさんは彼の言葉を気にすることもなく、むしろ楽しげであった。
「でも、メドゥーサはレスペクトのように目を隠してるわけじゃないですよね? やっぱり危険なんじゃ……」
「大丈夫よ、イルちゃん。アタシこれでもメドゥーサを狩ったことがあるから対抗策はあるのよ」
「そうなんですね! ラートさん凄いですねっ」
退治したことがある魔物ならラートさんに任せても確かに問題なさそうだ。だからといってイルを巻き込んだことはやはり許せそうにはないが。
道中、リザードマンという二足歩行のトカゲのような恐竜のような魔物が現れたり、筋肉質な人型をしたオークという魔物が現れたりした。
ラートさんは「レイヤちゃん、ここの雑魚はあなた達に任せるから技の練習も兼ねるのよ」と言って彼が後ろで見ている状態の戦闘である。
プニーの消化液、レスペクトの邪視、イルの魔法、俺の武器により、魔物達は難なく倒すことが出来たが技の練習にはならなかった……というより、技に繋げる前に敵が倒れるからだ。
イルが技の威力を試してみたいということでストームとレイザーの魔法を使ってみたのだが、これがなかなかに激しかった。
風魔法であるストームはその名の通り嵐を起こし、対峙する魔物全てが激しく吹く風に身動きが取れないままイルは光魔法であるレイザーを撃ち込む。
SF映画で見るような真っ直ぐな光線が魔物の身体を貫いて倒すのだが、それは一瞬の出来事。まさに光の速さである。
発動した本人も新しく使用した魔法の威力に驚きを隠せないようだった。レベルも上がっているから威力も比例しているだろうし、無理もない。
「ざっと見た感じ、イルちゃんは自分の魔法に困惑する姿が見受けられたわ。動きからして戦闘慣れしてない証拠ね。なのに魔法の威力が高くてレベルもそれなりにあるから不思議だわ。何もせずにレベルが上がってるような不正さを感じるわね……」
「あ、えっと……」
あの人鋭いな。いや、実力があるから簡単に見抜けるのかもしれない。元々イルの戦う様子を他人に見られることがなかったからベテラン冒険者から見たらイルの戦闘状態は違和感があるのだろう。
とはいえ、女神の力でこうなったとは言えないだろうしな……どう誤魔化せばいいのか。
「ふーん? 訳あり、ってことね? 気になるわね~。なんなのかしら? 怪しい薬でも飲んじゃったとか?」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「ラートさん」
イルに近づき、彼女の秘密を暴こうとするラートさんをジトッと睨みつけると、彼はやれやれといった表情で鼻から溜め息を吐いた。
「わかったわよ。プライベートなことは聞かないわ。訳ありの人間なんてあちこちにゴロゴロいるもの。不思議じゃないわ」
「俺からするとラートさんも十分訳ありかと思いますが……」
「あら、そうかしら?」
「……」
いくら実力があるとはいえギルドからの待遇が良すぎる。イルもそうだが、この人も相当だと思う。
やはりあれだろうか。ギルド長という権力者の繋がりが大きいからか?
『見えてきたぞ。寂れた建物がな』
レスペクトの言葉により視線を前へと向けると、確かに一軒の建物が見えてきた。まだ遠目ではあるが確かに洋館である。
しかし、近づけば近づくほど廃墟という名に相応しい佇まいだということに気づく。
二階建ての洋館はレスペクトの言う通り寂れていて外壁には蔦が纏わりついている。
窓は割れていてもちろん電気はついていない。本日の天候が曇りということもあり、より一層曰く付きの洋館さが漂っていた。
「なるほど、肝試しにぴったりな家だな」
『ボロボロだー。だー』
「ゆ、幽霊とか出てきそうな雰囲気だね……」
イルの声が若干震えている。こういう心霊スポットとか苦手なのかもしれない。
「イル。外で待つか?」
「だっ、大丈夫! 中までちゃんと入るよ!」
声が裏返ったけど、本当に大丈夫なのだろうか。
もう敵の本拠地のようだし、イルはレスペクトと一緒に外で待つ方が安全だとは思うが。
「建物の雰囲気がおぞましいから外で待つのは……」
「中の方が怖くないか?」
「レイヤ達と離れるのは心細いよっ」
「っ……」
恐怖心を隠さずに怯える様子のイルに不意打ちを食らってしまったような気がした。
具体的に何が、とはわからないが心臓を打ち込まれた感じだ。イルの恐怖心が移ったのか、俺の方も緊張してきた気がする。
「ほら、行くなら早く行くわよ」
ラートさんが先に玄関の扉に手をかける。鍵がかかってないのは最初からなのか、それとも肝試しするために誰かが壊したのか、どちらにせよ重たげな大きな扉が開かれた。
レスペクトくらいの大きさの魔物も問題なく入れる洋館に足を踏み入れると、年代物ゆえなのか床がギシッと音が鳴る。
中は広い玄関ホールで吹き抜けになっているため広い空間であった。表よりも薄暗く、外の明るさを頼りにしなければならない感じだ。
奥には大階段。その途中の踊り場から左右に分かれた両階段があり、二階に通じている。
床にはガラスの破片が散らばっていた。おそらく割れた窓のものと天井にぶら下がっている大きくて立派なシャンデリアのものだろう。
「広いな……」
小さく呟く声さえもホールに響くくらい静寂としていた。
「なんだか、外より肌寒い気がする……」
『フン。小心者め……はぐれたくなければそのまま離れるな』
『イルー! 僕が守るよ! よ!』
「レスペクト、プニー……ありがとぉ」
やはり怖いのだろう。イルはレスペクトにぴったりとくっついていた。
プニーも自信満々でイルの肩上で頼りあることを告げているようだ。でもその方が何かあったときのことを考えると二匹が一番先に動けるだろうからイルの身は安全だな。
「とりあえず一階から回りましょうか。あなた達は付かず離れずの距離にいなさいよ。戦闘に巻き込まれないためにも」
「は、はいっ」
ラートさんは先頭に立ち、ズンズンと洋館内を散策する。思っていた通りではあるが、彼は女性的な性格だけどとても逞しい。
一階の部屋をひとつずつ扉を開ける際も堂々とした態度で勢いよく開けていった。俺達はラートさんに言われた通り、彼の後ろを付かず離れずの距離を保ちながらついて行く。
洋室、食堂、バスルーム、物置、順番に見ていくが魔物どころか人の姿すらない。いや、魔物以外を見つけたらそれはそれで別の意味で大変なのかもしれないけど。
「次はここね」
同じような扉ばかりなので見ただけではなんの部屋かまではわからない。
次の部屋の扉を開けると、中は本がびっしりと並んだ本棚があちこちあるようでおそらく書斎部屋だと思われる。
俺達は入口で待ち、ラートさんは一人で書斎の探索を始めた。
入口からでもわかるインクと古い紙の匂い。古本屋のようである。
「書斎ってわくわくするわよね。こういう廃墟になった屋敷にある本ってたまに価値あるものだったり、貴重な資料だったりするのよ」
「ラートさん。目的を忘れないでくださいね」
「わかってるわよ、レイヤちゃん。というか、ここがその目的の場所みたいね」
「えっ、それってつまり……もしかして……?」
「いるわよ。この部屋に」
『いるな、確かに』
ラートさんだけでなくレスペクトも気づいていたらしい。どうやらこの書斎にAランクの魔物、メドゥーサがいる。
「さて……かくれんぼしてないでとっとと出て来なさい。いるのはわかってるのよ」
書斎の奥に向けてラートさんが呼びかける。奥は本棚がさらに多いため余計に薄暗くて先が見えない。
そんな彼の呼びかけに答えるようにクスリと少し低めの女性の笑い声が奥から聞こえた。
それに驚いたのか、イルは大きく肩を跳ねさせて声にならない声でレスペクトの首周りにぎゅっと抱きついていた。恐怖のあまり声が出ないようだ。
「随分と威勢のいい人間よなぁ」
声と足音が近づいてくる。同時にシャーッと威嚇をするような別の生き物めいた声も聞こえた。
部屋の奥から赤い小さな光がいくつも見えるが、それが奴らの目だと気づき、イルに小さく声をかける。
「イル……石になるから絶対に目だけは合わせるなよ」
「う、うん……」
暫くして女は姿を現した。波のようにうねる髪は全て緑蛇で一匹一匹意志を持って生きている。黒の落ち着いたドレスを身にまとった彼女は間違いなく、メドゥーサだろう。
目を合わせないように視線を何匹飼っているかわからない蛇へと向ける。彼らも牙を見せつけるように口を大きく開けて俺達に敵意を剥き出していた。
「度胸試しに来た人間ではなさそうよのぅ。盛り上がりに欠けてつまらぬがせっかく我が屋敷に訪れた客人だ。雄は我のコレクションになるがよい」
「その様子だと本当に男性だけを攫ってるようね」
「雌には興味ないのからのぅ。お主は雌の口調ではあるが雄の匂いがするのでギリギリ合格で……ギャアアアアアアッ!!」
瞬間、女の悲鳴が響いた。俺もイルもびくりとしただろう。あまりにも一瞬のことで脳の処理が追いつかなかった。
メドゥーサが喋っている間にラートさんがレッグホルダーからナイフを取り出して、瞬間移動の如き素早さで懐に潜り込み、ただ一振ナイフを横に振ったのだ。
石化能力のあるメドゥーサ目を潰すために。
「あ、ああっ……我の目をっ、目を!」
「あらあら。話を遮ってごめんなさいねぇ? でも、長々と話をしようとしてるのが悪いんじゃない? アタシ、興味ない話を聞く趣味はないの」
目元を押さえながらその場に座り込むメドゥーサ。その指の間からは血が流れているので間違いなくラートさんの攻撃は当たったようだった。
頭の蛇達は彼女に気遣う者もいれば、狼狽える者、ラートさんに威嚇し続ける者など様々である。
「そもそも! なぜ貴様は石化しない!? 確かにあの瞬間、我と目が合ったはずだ! なぜ動ける!? なぜ喋れる!?」
「あら、そんなこと? 簡単な話よ。アタシ、石化防止の指輪を装備してるんだもの」
いつの間にそんなものを。だが、メドゥーサ退治をするのだから対策を取るのは当たり前のことだろう。
ラートさんは自慢げに自身の指輪を見せつけていたが、相手はすでに目が見えない状態なのですぐに彼は「あ、見えないわね」と呟いた。
「おのれ……おおおのれぇぇぇぇ!! それで勝った気でいるなっ、にんげ━━」
「はいはい」
またも相手の話を遮ってメドゥーサの頭に蹴りを一発入れた。
埃舞う床に倒れたメドゥーサの横腹を逃げられないように足で力強く押さえつけると、ラートさんはポケットから小さな袋を取り出してその中身をメドゥーサの顔面目掛けてひっくり返した。
中身は白い粉。手で握って取れるくらいの量だろうか。その粉が降りかかると頭の蛇達が次々と倒れていった。
「な、何をした貴様っ!」
「邪魔だから蛇ちゃん達に眠ってもらったのよ。あなたには効かない量みたいね。まぁ、いいわ。どうせ退治しちゃうもの」
横腹を押さえる足で横たわった状態のメドゥーサの身体を転がし、仰向けにさせたところで彼女の腹の上に馬乗りになった。
持っていたナイフの先をメドゥーサの胸元に当てる。
「まっ、待て! 我らは人間に危害を加えるつもりはない! ただ寂しくて人間を捕まえただけであって! 少ししたら解放するつもりだったのよ!」
命乞い、だろうか。確かに石化しただけなら命まで取ったとは言えないけど、もし本当の言葉だとしたら和解が出来たりするのだろうか。ラートさんの行動が気になるところだ。
「面白い話を教えてあげるわ。昔にもいたのよ、人間に危害を加えないと言い張るメドゥーサが。その子は人と友達になりたいって言う変わった子でね。アタシもその子を信じて命を奪わなかったわ」
「! な、なら話が早い! 我もそいつと同じで人間と親しくなりたいと思っている!」
「でも、その子は人間と目を合わせないように目を潰して、人間に怪我をさせないためお友達である頭の蛇を一匹残らず殺してたのよ。アタシが訪ねるずーっと前に自分でね? その子とあなた、本当に同じかしら?」
「なっ、なっ……」
ラートさんの声色が変わった気がした。ずっと飄々としていた彼から感じる僅かな怒りが。
「メドゥーサの頭の蛇って飼ってる本人にも痛みが伝わるらしいわね? これをみんな殺すのって気が狂いそうになるくらいの痛みがあるみたいだけど、そんな覚悟あなたにはあるの?」
「それ、は……」
「そうよねぇ。あるわけないわよね~。だって嘘だもの。本当だったら一番最初に犠牲になった人間をすでに解放してもいいはずよね? もう、三年は経ってるんじゃない?」
「くっ……! 調子に乗るな、人間風情がぁぁぁぁ!!」
逆上したメドゥーサは目が見えないにも関わらず起き上がってラートさんの首に掴みかかろうとしたが、彼女はラートさんに触れることはなかった。
ラートさんのナイフがすでにメドゥーサの胸を突き刺していたから。
「がっ……あ……!」
メドゥーサの息の根が止まったのだろう。彼女はゆっくり倒れ、それからぴくりともしなくなった。
「グッナイ」
語尾にハートがついてそうな、いつもの声の調子に戻ったラートさんはウインクをひとつ相手に向けるとゆっくり立ち上がり、俺達に向けてVサインを送る。
「ほら、楽勝でしょ?」
「す、凄いですラートさん! あのAランクのメドゥーサをいとも簡単に……!」
「メドゥーサなんて目さえ潰せば大幅な戦力ダウンするわ。だから結構簡単よ?」
「いや、ラートさんだからそう言えるんですけど……」
動きに無駄がないし。一撃一撃が急所を突いてるのだ。あのナイフで。
(そういえば……)
そこでふと思い出した。そういえばあのメドゥーサの会話の中で“我ら”って言ってなかったか?
『! イル! 伏せろ!』
「えっ? いだっ!」
突然、レスペクトが叫んでイルを自身の顎を使い無理やりしゃがませた。
『小僧、来るぞ!』
「!?」
レスペクトの言葉に慌てて後ろを振り返ると、目の前に白蛇が飛びかかって俺の胴体や腕に絡みついてきた。
ただの白蛇じゃない。その身体はとてつもなく長く、二階から伸びてきている。
「レイヤ!」
「レイヤちゃん! 早く武器を取りなさい!」
そうしたいのは山々だが、蛇の力が強くて自身の剣まで届かない。
それどころか身体が引っ張られる。踏ん張るのでいっぱいいっぱいになるが、ついに俺の身体は宙に浮き、二階へと引き込まれてしまった。
『どこ行くの!? の!?』
「レイヤ! レイヤーーっ!!」
遠くで戸惑うプニーの声とレスペクトに押さえられるイルの声が聞こえるが、今の俺には手も足も出なかった。




