疑念と進まないパーティー結成
応急処置程度のドアを開けると、まだイルは帰っていなかったので先に夕飯の準備を始める。とはいえ、そんなに時間はかからない。
イルが帰ってくるまでコーヒーを飲みながらプニーと話をするなどをした。
プニーはなんでも話してくれるので俺から話を振ることは少ないが、向こうは全然気にする様子もないので俺も気兼ねなく話せる。
プニーは自身の生い立ちや知っているもの、知らないもの、好きなものは好きと、嫌いなものは嫌いとはっきり言える子だ。
彼しか知らない話、例えばスライムの生活なども聞けてそれはそれで面白かったりする。
それにしてもスマホやパソコンもないこの世界の生活はとっくに慣れたが不思議と不便はなかった。
いや、確かに最初は情報収集やマップなどがないのは困ったが、魔法の存在が強くてあまり気にならなかったのかもしれない。あんなに毎日触っていた電子機器だというのに。
その分、魔法や魔道具もあるし、この世界ではこの世界なりの生活がある。
それに常に仕事のことばかり考えなくていいし、こうやってコーヒーの香りを楽しむ余裕を持ちながらゆっくりとした時間を過ごすのはとても気持ちのいいものだ。
……女神に感謝するつもりは毛頭ないが、今の生活は俺にぴったりである。
「ただいまー」
一時間経った頃、イルが帰ってきた。ダイニングテーブルの席で待っていた俺とプニーは彼女の声を聞いてすぐに立ち上がり、出迎えた。
「おかえり」
『イルー! おかえりー! りー!』
「遅くなってごめんね。ちょっと話し込んじゃって」
職場の人と話をしていたのだろうか。
イルの職場には行ったことがないので職場環境はよくわからないが、イルはいつもその日あったことを話してくれるし、仕事が辛いという話も聞かないので本人なりに仕事場に馴染んでいるのかもしれない。
最初は自身の運の数値が低いことを気にしていていつ首が飛ぶのかビクビクしていたが、その心配はなく楽しんでいるようだ。
思うにイルはそんなに不運だとは思わないが、俺が知らないだけか?
俺の運の数値は平均より高いらしいから俺といると少しは緩和されるとかあるのだろうか。それならイルの助けになるからいいのかもしれない。
「そうだ、レイヤってランクアップしたいんだよね?」
「え? あぁ、そうだな」
「さっきね、ラートさんとばったり会って話を聞いたの」
待て。待て待て待て。なぜそこでラートさんが出てきた? ……嫌な予感しかしない。
「イル、お前もしかして……」
「私もパーティーに入るからギルドポイント稼ごうね!」
やる気に満ちた表情でどこか活き活きとしているようにも見える。嫌な予感が的中してしまった。
これも全てラートさんの作戦なのか。ばったり会ったと言うが、向こうは偶然を装った可能性が高い。さらに俺が昇級試験に受けたいという話から手っ取り早くポイントを貯める方法をわざわざイルに話したんだ。
多少は俺の意思を尊重してくれると思ったが、彼の狙いがイルなのは明らかだ。
目的がわからない。冒険者ギルドからの回し者なのか? いい人だと思っていたが、ギルド長とは知り合いだとイルも言っていたし、何かを企んでいる可能性もある。
「待ってくれ、イル」
「レイヤは私に気を遣ってくれたんだよね? そんなこと気にしなくていいから頼ってよ。レイヤのためになるのならそのくらいの協力は惜しまないしね」
「いや、イル。頼むから断ってくれ。危ない依頼を受けるかもしれないし、そんな目に遭わせたくない。また怪我でもしたら……」
「レイヤ。心配しなくてももう無茶はしないって約束したし、お互いに遠慮もせずに頼っていこうって話したでしょ?」
確かにクイーンキラービー討伐直後にそんな話をした。
したが、イルには心身ともに傷ついてほしくないし、冒険者としてではなく普通の民間人として過ごしてほしい。
そう願っているのにどうやらイルは俺が遠慮しているのだと勘違いしている。
「それに私とレイヤとラートさんのメンバーだったら受託出来る依頼もランクCのものだろうから大丈夫だよ」
……確かに。ラートさんの実力はランクA相当ではあるが、昇級試験を受けないため冒険者ランクはEのままだ。
そうなると、この三人の中で一番高いランクの持ち主はランクCのイルである。
「でも、ランクCの依頼って前にラミアと戦闘したくらいのものだろう? やはり危ないじゃないか」
エルフの村からスタービレに帰る最中、ゴブリンによる馬車強襲事件があったため足止めした際にゴブリン退治の依頼を受けたことがあった。
まさかラミアが陰で糸を引いていたとは思わなかったし、あの戦闘もかなり危険だったんだ。あのレベルと思うと安心出来ない。
「ラートさんもただついてくるだけでいいって言ってたし、レスペクトも来てくれるよ」
「レスペクトも?」
話を聞くとラートさんが「カトブレパスと一緒ならレイヤちゃんも安心するんじゃない?」と言われたらしく、先程こっちに帰ってくる前にレスペクトの所へ話をしに行ったらしい。
最初は断られたものの、結局同行することになったのだとか。
なんだかんだレスペクトもイルを大事に思っている様子だから断ればイルも危ないことに首を突っ込むことはないだろうと考えたのかもしれない。
しかし、イルは従魔と共に行かなくても参加する意思は変わらなかったため、レスペクトが折れたのだろう。
……なんだかんだ彼もイルには弱いな。
『イルー! 僕も行く! く!』
「プニーも来てくれるなら心強いね。ねっ? レイヤ?」
プニーがイルへと飛びつくと、彼女はしっかりとキャッチして嬉しそうに抱えながらくるくると回る。
レスペクトもプニーもイルの味方となった今、反対するのは俺だけなので明らかに分が悪く、俺も仕方なく折れるしかなかった。
「……あぁ」
何事もなく終わればいいが、やはり不安でしかない。
「それじゃあ、早速明日行こうね」
「え、明日?」
「ラートさんも早い方がいいって言ってたから」
急すぎるだろ。しかし、イルは行く気満々だったので俺もただ頷くしか出来なかった。
「あらぁ、本当にカトブレパスも来てくれるのね! 気難しいって聞いてたから正直期待はしてなかったのよ」
翌日、自宅まで迎えに行くとのことで家の前で待機しているとラートさんがやって来た。
勢揃いの俺達を見た彼は驚きながらもラッキーと嬉しそうに口端を高く上げて笑う。
「……ラートさん、俺お断りしましたよね?」
昨日からずっとモヤモヤを抱いていたラートさんの行動に何が目的なのか問いただすため、彼の元へ不機嫌をあらわにして歩み寄る。
「そうだけど、たまたまイルちゃんと会ったからその話をしただけよ~。そしたら彼女は快く引き受けてくれるって言ったからお願いしただけ。それに結局レイヤちゃんも説得出来なかったからこうしてパーティーを組むことにしたんでしょ?」
たまたまだなんて白々しい……と思うが説得出来なかったのも事実なので言い返せない。
「レ、レイヤ、私が行くって決めたからそんな責めないであげて」
あまりに機嫌が悪い俺にイルが宥めようとする。指導員とその教え子という関係を悪化させたくないという気持ちがあるのかもしれない。
……イルが行かないでくれたらここまでラートさんに突っかかることもなかったと思うけど、とはさすがに言えないので黙っておく。
「ほぉら、イルちゃんもこう言ってくれてることだし、もういいじゃない?」
『……さっきからなんなんだ、この見た目に違わず死神のような人間は』
まるで盾にするかのようにイルの後ろに回り込んで両肩を掴むラートさん。
さすがのレスペクトも何か思ったのだろうかぼそりと呟いていた。
「……」
目的がわからない。絶対に何か企んでいるはずなのに。
そんな俺の不審に思う視線に気がついたのか、ラートさんは俺の元へ近づき、こそっと耳打ちをした。
「そんな疑惑の目を向けなくてもちゃんとイルちゃんの安全は保障するわ。詳しい話もちゃんとこのあとでするし、ただ人手が欲しいだけよ」
「信じていいんですか……?」
「えぇ。悪いようにはしないわ」
ウインクをひとつ向けられた。元々ラートさんは悪い人ではないことは知っているのでその言葉を信じたい気持ちもあるが、イルを巻き込んだことを考えると必ずしもいい人ではなさそうにも思える。
「さて、それじゃあ本題に入るわよ。今回、アタシ達のパーティーが引き受ける依頼は『メドゥーサ討伐』」
ギルドの依頼掲示板から取ったであろう依頼書を見せながら説明を始めた。
メドゥーサ……名前は聞いたことがある気がする。あの頭が蛇の女……だったか? ラミアといい、また蛇女を相手にするわけか。
するとイルの表情がみるみるうちに強ばったものに変わった。
「あ、あの、ラートさん……メドゥーサって結構ランクの高い魔物だと思うんですけど、それって本当にランクCの依頼なんですか?」
「あら? ランクCの依頼だなんて一言も言ってないわよ。この依頼ランクはAだもの」
「!?」
話がおかしい。依頼のランクは冒険者ランクと同等のものしか受託出来ないはず。
俺はランクD。ラートさんは昇級試験を受けないため実力があっても公式ではランクE。イルが三人の中で高いランクであるランクC。
A級の依頼を受けられるわけがない。
「アタシ、ランクEではあるけど、ドルックちゃんの計らいでAランクまでの依頼を受けてもいいっていう特別対応を得てるのよ」
「なっ……聞いてませんよそれ!? そんな危ない依頼なんて受けられるわけないじゃないですか!」
「そりゃあね、アタシだってソロで参加したかったんだけど、この依頼はパーティー専用の依頼なのよ」
溜め息混じりで依頼書をヒラヒラさせていたが、確かにその紙切れに書かれた条件としてパーティーでの参加必須と記載されていた。ソロでは危険だと判断したのかもしれない。
「その依頼に固執する必要ないじゃないですかっ。せめてイルのレベルに合わせてもらわないと!」
「固執する必要はあるわよっ。メドゥーサ退治なんてそうそうあるものじゃないし、アタシにはあいつの血が必要なの!」
まさかの返しに言葉を失った。血……? なんだか危ない気配しか感じない。おかしな黒魔術でも行おうとしているのか?
「えっと、血……ですか?」
さすがのイルも戸惑いを隠せないだろう。そうだよな……食材や素材ならまだしも血も何かの素材になるというのか。
「メドゥーサの血を海に落とすとコーラルが出来るのよ。アタシはそれが欲しいの。コーラルのネックレスとか、細かく粒子状にすればフェイスパウダーの材料にもなるし服の装飾品にもしたいわね」
「血が宝石になるんですか? 凄いですね」
「でっしょ~? メドゥーサなんてレア物を逃したら次会えるのがどのくらい先になるかわからないもの。だから誰かにこの依頼書を取られる前にアタシが先に手に入れたいわけよ!」
……そうか。それがラートさんの目的か。自分の美という欲のために。そのために俺達が巻き込まれたわけだ。実に彼らしいと言えば彼らしいがあまりにも危険が過ぎる。
「ラートさんの目的はわかりました。けど、それにしたって俺達の実力には見合わないですよ。ラートさんが他人を守りながら戦ったとしてももしものことがあるじゃないですか。イルだってさすがにこの依頼は受けたくないだろうし……」
「そうだね……確かにちょっと私にとってもハードルが高いというか……」
乗り気であったイルもさすがに考え直してくれたようだ。この依頼のレベルなのだから彼女も断る他ないだろうし、俺としても安心する。
「でも、今この依頼を放棄すると違約金を払わなきゃいけないわよ。もう、引き受けちゃったんだから」
「えっ? でも、パーティーで依頼を受ける場合は確か全員揃ってギルドで手続きしてもらうはずなんじゃ……」
イルの言葉を聞いて確かにそのようなルールだったことを思い出す。勝手にパーティーメンバーを指定したりしないように、とかだった気がする。
「そこはアタシとドルックちゃんの仲で受付にゴリ押ししたわよ」
「ルール違反だ……」
(受付の人誰だったのかな……大変だったんだろうなぁ)
「アタシは違約金なんてびた一文払わないわよ。その代わり獲物もしっかりアタシ一人でやっつけちゃうからメドゥーサはアタシに任せてあなた達はどこかに隠れてくれたらいいわ」
「……パーティー依頼の手続きでズルをするくらいならこの依頼をソロで出来るように説得した方が早くないですか?」
ギルド長と繋がりがあるから特別な待遇を受けているのだろうけど、実力もあるならパーティー専用であるその依頼も一人で受けるようゴリ押ししたらいいんじゃないのか?
純粋にそう思ったので少しトゲのある言い方をする。
「んふふっ。ついでだから言っちゃうけど、イルちゃんと、イルちゃんの従魔であるレスペクトちゃん、だっけ? あの子達の実力を一度お目にかかれたらいいなぁって思って」
「戦わせる気満々じゃないですか!」
「やぁね! メドゥーサはアタシが引き受けるけど道中に他の魔物が出るかもでしょ? そのときにでもちょこぉっと、ね? 凶暴化していたカトブレパスを従魔にした子であり、さらにドルックちゃんのお気に入りの子でもあるんだから気になっちゃうじゃない」
「……」
これは完全にイルに目をつけたってことじゃないか。頭が痛くなってくる。
「安心なさいよ。メドゥーサ以外の魔物だったらイルちゃんやレイヤちゃんにも対応出来るレベルよ」
「それなら安心だね、レイヤ」
(不安しかない……)
「さぁ、もう決まったんだからゴネても仕方ないし行くわよっ」
ゴネさせているのは誰のせいなんだ。そう口にしそうになったが、もう何を言っても意味はないのだろうと察した俺は小さく溜め息をこぼすしかなかった。
『レイヤ、レイヤ、僕がイルを守るから! ら!』
『フン。この私がいるのだから従者に危害など加えることは出来んがな』
プニーが任せてと言わんばかりに俺に声をかける。レスペクトの言葉はわからないが、おそらくプニーと似たことを話してくれているのだと思う。
けど、少しだけ安心した。俺よりも頼もしい二匹がいるのだからイルの身は安全だろうと。
しかし、俺はまだ知らなかった。ラートさんの本当の目的を。彼が俺の見えない所でほくそ笑んでいたことを。
(今回の依頼、頑張ってもらうのはあなたなのよ。レイヤちゃん)




