落ち着いた青年と技の習得
翌朝、ゆっくり目覚めてベッドから身体を起こした俺はボーッとしたまま自分の胸の押さえて状態を確認する。
……うん、胸の鼓動は落ち着いたままなのでひとまず安心した。
多分あのときは嬉しい言葉を受け取ったことでテンションが上がったのかもしれない。
そうだよな、大事な人とか家族とか、友人に言われて嬉しくないわけない。
部屋を出て完全に目覚めるため顔を洗い、リビングに出るとすでにイルが朝食の準備をしていた。
ちょうどベーカリー・リーベで購入した食パンを網焼きでトーストしている所だ。
「おはよう」
『おはよー。よー』
「あ、おはよう。レイヤ。もうちょっと寝てても良かったけど、起きて大丈夫? 昨日は遅くまでドアを直してくれたし」
「言うほど遅くはないから大丈夫だ」
それに直したというほどのものじゃないしな、と呟いて応急処置程度の扉に目を向けた。
そこには扉の形に合わせてとりあえず塞いでいるくらいの木の板がある。風避けにはなるが鍵はかけられないので本当に応急処置だ。
木の板は前に仕事でお世話になったきこりの親父さんから購入させてもらった。遅い時間だというのに対応してくれてありがたい限りである。
「仕事前に大工さんの所に寄って修理を頼んでみるね。多分、扉修理だけならすぐに引き受けてくれると思うし」
「あぁ、頼む」
手間をかけるかもしれないが、家の持ち主はイルだし、詳しいのも彼女だからそのままイルに任せることにした。
それにしても……うん。会話もいつも通りだ。あの動悸もない。早合点するところだった。
「それで今日は帰ったら熊肉のトマト煮込みを一緒に作ろうね」
「あぁ」
昨日した約束も楽しみだと言わんばかりに嬉しそうに笑うイルを見てこくりと頷いた。
俺から頼んだのにこれではどっちがお願いした立場なのかわからない。
バタートーストと目玉焼きを食べ終えると、イルは職場へ、俺はプニーを連れて戦闘訓練施設へ向かった。
「模擬戦闘の度に思うのだけど、レイヤちゃんって技は使わないの?」
「? 技とかは何も知りません」
「あら、そうなの? それじゃあレイヤちゃんも剣技の一つや二つ覚えるべきね」
「え?」
基礎訓練を終えた俺は額に流れる汗を腕で拭うと、ラートさんが技習得の提案をしてきた。
プニーはというと相変わらずシールドを張る訓練をしている。
「冒険者ランクもDになったことだし、ここぞという技がないと不便よ」
「必殺技、ってことですか?」
「そこまでの凄い技を覚えるほどの技術はまだレイヤちゃんには足りないわ。あくまでもちょっとした特技レベルってことよ」
「それは今の俺に出来るものです?」
必殺技にしろそうじゃないにしろ、そんな漫画やゲームで披露しそうなものが俺に出来るとは到底思えない。
「むしろ今まで技のひとつもない方がびっくりだわ。初心者はすぐに技を教えろってがっつくんだけど、レイヤちゃんはそんなことなかったからてっきり何かしら技を持ってるものだと思ってたもの」
「そんな簡単に技って習得出来るものなんですか……?」
「技なんて動作の組み合わせコンボで成り立つものよ」
いまいちピンとこないが、ラートさんの話を聞くと技を持たないと大変そうだということはよくわかった。強くなることに繋がるのなら必要なものだろう。
それじゃあ、お願いします。そう伝えるとラートさんは「そうこなくっちゃ」とにんまりと笑う。
「技を覚えれば属性魔法と合わせてより強力なものに応用出来るのだけど、レイヤちゃんは魔法は使えないのよね?」
「はい」
「まぁ、魔法がなくても問題はないわ。あればラッキー程度だし。不器用な子なら魔法の発動と剣術を両立出来なくて逆に不便だったりするもの」
漫画やゲームには詳しくないが、イメージ的には武器も魔法もやってのけるのが当たり前だと思っていた。別にそうである必要はないようだ。
でも確かにそうか。ここの世界は魔法適性があれば魔法を覚えるらしいので当然ながら魔法を使えない人間も多い。
「さぁ、構えなさい。このアタシが直々に伝授してあげるわ」
「はい。よろしくお願いします」
言われた通りに剣を構える。伝授というが、どう教わるのだろうか。そう考えていたらラートさんが俺に手を向け、身体強化の技をかけた。
「?」
「身をもって体験するのだから強力なものをかけておくわね」
「え……?」
「それじゃあ始めましょ。どこからでも来なさい」
まさか実践して無理やり身体に叩き込ませる方法を取るというのだろうか。強化魔法をかけたとはいえ、大丈夫なのか気がかりだが、やってやるしかない。
模擬戦闘と同じようにラートさんに向けて剣を横から振るう。もちろん、彼はそんな一撃を食らうような人ではない。簡単に太刀筋を見極め一歩後ろに下がる。
「はあっ!」
もう一度、今度は上から振りかぶって剣を下ろした。ラートさんはひらりとかわす。
どれだけ間を空けずに猛攻を繰り返してもラートさんは涼しそうな顔で避けていくばかり。持っている剣で受け止めることも薙ぎ払うこともしない。
いつその技とやらを見せてくれるのだろうかと思っていたら、ラートさんは次に繰り出す俺の一振をようやく飾り状態だった剣で軽くいなした。
多少、自身の力が加わったことによりバランスを崩してしまうが、体勢はすぐに立て直せる。しかし、ラートさんはその一瞬の隙を逃さなかった。
「!」
「いくわよ! 蝶蜂突き!」
瞬時に懐に入ってくるラートさんの素早さに対応出来ずに息を飲んだ。
ラートさんの剣先が俺の胸へと力強い突きを入れる。強化魔法のおかげで本当に刺さりはしないが食い込む感覚はあるので誤って突かれるのではないかと呼吸をするのも忘れてしまう。
そして力に押し負けるかのように強化した俺の身体は吹っ飛ばされた。
「っ……!」
尻もちをついた俺は慌てて胸を触って身体の状態を確かめる。強く刺さったと錯覚してしまう光景だったが、胸は無事だった。
「と、まぁこんな感じかしら。簡単でしょ?」
「どう、でしょうか? でも、まぁ、突きを入れるくらいなら……」
「レイヤちゃん、違うわよ。突きだけじゃなく、隙を作るように誘導させてから突くのよ?」
誘導? そう問いかけるとラートさんは説明した。
最初に俺の攻撃を避けていた彼の動きは計算されたものらしく、狙った一振から攻撃を受け流して隙を作る前から技は発動していた。
懐に入れるような隙を待つのではなく、自分で計算して作るのだと。
「蝶のように鮮やかに、そして計算して避けながら隙を作らせ、蜂のように容赦なく飛び込み勢いよく突く。まさにアタシらしい特技だからアタシはこの蝶蜂突きのことをイビースラストって言ってるんだけどね。レイヤちゃんもそう言っていいわよ」
「いえ……大丈夫です」
イビー=ラートさんのことだし、ラートさんの名の技を使うのは少しだけ申し訳なさと羞恥があるのでお断りした。
「遠慮しなくてもいいのに。ま、とりあえずこの技を覚えてもらうから実践よ」
「はい」
こうして蝶蜂突きを習得するための訓練が始まった。
身体強化を再びかけてもらい、今度は俺が技を出すためにまずはラートさんの攻撃をかわす練習をするが、これがなかなかに読めないし、避けるのが難しく何度か剣が当たる。
魔法をかけてもらっていなかったら確実に死んでいるだろうな……。
「はぁ……はぁ……ラートさん、刀身で受け止めるのは……駄目なんですか?」
息も絶え絶えな状態の俺は避けるだけでは難しいと判断し、せめて防御したいことを伝えると彼は首を横に振った。
「駄目よ。これはレイヤちゃんの反射神経を鍛えるためでもあるんだし。そりゃあ、実戦のときはレイヤちゃんの判断に任せるけど、あまり刀身で受け止めすぎるとすぐにぽっきりと折れちゃうわよ? いい素材でいい鍛冶師が打った剣なら心配ないんだけどね」
「そうなんですか……」
なるほど。受け止めるより避ける方が武器にとってもいいわけか。
納得するしかない俺はラートさんの指導を続けた。
何度も繰り返していけば何十回に一度の割合で技を完成することが出来た。とはいえまだまだだ。しかし完全に習得する前に訓練終了時間を迎えてしまった。
「はい。今日はここまでね」
「ありがとう……ございました……」
『レイヤ凄く疲れてるー。るー。大丈夫ー? ぶー?』
プニーが座り込む俺の周りをぴょんぴょん跳ねながら心配そうに声をかける。小さく大丈夫だと伝えるとプニーは俺の肩に飛び乗った。
「すみません、ラートさん……せっかく教えていただいたのに上手くいかなくて……」
「技を覚えるってのはそんなものよ。まぁ、今の感じならあと二日くらいで完全に物にすることが出来ると思うわ」
「ありがとうございます」
ラートさんは俺にでも出来ると判断して教えてくれる技だからきっとそんなに難易度も高くないはず。
本当ならばすぐに覚えるべきなのだろうけど、ラートさんは「すぐに扱えるなんてよっぽどの天才じゃなきゃ無理よ。普通は時間がかかるものなんだから」とフォローしてくれた。
「あ、そういえばこの間友人のイルを助けてくれたり、色々良くしてくれたみたいで……ありがとうございます」
「あぁ、あれね。いいのよ。たまたまだったし、それにプニーちゃんを貸してくれたお礼なんだから」
少し前にイルがラートさんと偶然に出会ったそうで、色々あってファッション番組のような全身コーディネートをしてもらっていた。
慣れなくて戸惑ってしまったが、イルも喜んでいたので素直にそのことを伝えるとラートさんは満足気に笑った。
「そうでしょ、そうでしょっ! さすがアタシよね~!」
『イル、キレーだったよー。よー』
「プニーちゃんにも気に入ってもらえて何よりだわ。イルちゃんにまたよろしくって伝えてね」
「はい」
「ところでレイヤちゃん。あなたまだまだ冒険者ランクを上げたいのよね?」
「もちろんです」
「それじゃあ、昇級試験も早く受けたいわよね」
「え? あ、はい」
「昇級試験に受けるための規定ポイントが手っ取り早く溜まる方法は知ってるかしら?」
「高ランクの冒険者とパーティーを組むことですか?」
ちょうど昨日、ギルドの買い取り担当であるフォルスさんから聞いたばかりだ。
「よく知ってるわね。レイヤちゃんはパーティー組んで依頼を受けることは考えてないの?」
「そうですね……確かにいい話だとは思いますけど、知らない人と組むのは抵抗があると言うか……互いに信用出来るかわからないですし」
「レイヤちゃんって用心深いのね。まぁ、確かにトラブルが全くないわけじゃないし、初級冒険者をカモにする悪徳パーティーもいるわ」
あぁ、やっぱり。そうなるとやはり人を見る目を養わなきゃいけないし、簡単に人を信じちゃいけないだろう。
特に俺なんかこの世界の常識に疎いから下手すればそこを付け入れられる可能性もある。
イルに教えてもらってばかりだから少しは自分でもこの世界の常識を勉強しないと駄目だな。
「でも、逆をいえばレイヤちゃんが信用する相手とならパーティーを組んでもいいってことよね?」
「そういうことになりますかね……でも、そんな相手なんて……」
そこでハッとした。イルはギルド長の推薦があり、2ランクも上がって今は俺よりひとつ上のランクCだ。
まさかラートさんはイルと組めというのだろうか。さすがにそれは困る。
イルなら頷くかもしれない。必要とされるならと言いながら。
けど、それがイルの本心とは思えない。元々冒険者でもなく一人の住人でしかない彼女が短い期間で沢山の力を得たことにより、いつの間にかギルドにとって欲しい人材となってしまっているんだ。
「ラートさん……まさか」
「あら、察しがいいわね。そうよ、アタシとパーティーを組みましょ」
「……へ?」
思いもよらぬ返答に間抜けな声が出てしまった。
「俺と、ラートさんと、ですか?」
「そうだけどあと一人欲しいのよ。パーティーは最低三人必要だから」
「それじゃあ、あと一人っていうのは……」
「イルちゃんね」
結局イルも必要とされるのか。でも、ラートさんは俺がイルを戦闘に出させたくないことは知ってるはずなのになんであえて彼女を……。
「もぅ、そんな眉間に皺を寄せなくていいわよ。ただの数合わせなんだから。何もせずにただ付いてくるだけでいいの」
「数合わせ、ですか。何も彼女じゃなくても……」
「アタシ、基本的にソロで活動してるから信用出来そうな冒険者は全然いないのよ。でも、教え子のレイヤちゃんとそのお友達のイルちゃんなら信用出来るし、レイヤちゃんとしても知ってる人の方が安心出来るでしょ?」
確かにそうだが、イルの手助けを必要としないために俺が強くなろうとしてるのにその過程でイルに協力を要請するのは違うだろう。
「……すみませんが、俺はイルを参加させたくありません」
「危ない目にはあわせないわよ? だってアタシがいるんだし」
「もちろんラートさんの実力は把握してます。……ですけど、俺の昇級試験を受けるためにイルを利用するのは嫌です」
「頑固で過保護ねぇ……まぁ、いいわ。レイヤちゃんがそういうならこの話はやめましょう」
「ありがとうございます……」
『レイヤー。イルは僕が守るよー。よー』
プニーが1メートルほどの高さのシールドを発しながら自信満々に跳ねる。
最初の頃に比べるとプニーの魔力も持続力も上がったし、シールドの範囲も広がっているからよく頑張っていると思う。
「それでも避けられることは避けておきたいんだ」
『……まだ僕のシールドは小さいの? の?』
「大きくシールドが張れるようになったとは思ってる。でも、イルはもう少し身長があるからあと少し頑張ればイルも安全かもしれないな」
『そっかぁ……僕もっと頑張る! る!』
プニーの頑張る原動力はイルだから彼が頑張ると言えば頑張るのだろう。本当に主人思いの従魔だ。
「でも残念ねぇ。せっかくレイヤちゃんの昇級試験規定ポイントに貢献しようと思ったのに」
「すみません、せっかくのご好意を」
「しょうがないわ。機会があったらまたよろしくね」
「はい」
ラートさんの申し出には感謝するがイルを巻き込みたくない。
確かに早く昇級試験を受けて合格出来るに越したことはないが、そもそも合格出来るとも限らない。
コツコツとポイントを溜めながらラートさんの指導を受けて少しずつ力をつけていこう。
だからこの話はこれで終わりだ。そう、そのはずだった……。




