ストロベリーパフェと女神の訪問
冒険者ギルドの依頼掲示板を覗いて俺が出来そうなものを探してみる。
ギルド職員の話ではスタービレ周辺は基本的にランクの高い魔物は多くないので、初級から中級ランクの依頼が多いそうだ。
それでも魔物を相手にすると、いつなんどき緊急依頼が発生するかわからない。
キラービーのようにランクの高い魔物が町に侵入してしまう可能性が今後もないとは限らないだろうし。
とはいえ、ギルド内は緊急討伐の案内もなく静かだったし、掲示板もざっと見ると深刻そうな依頼はないので今は平和な証拠だろう。
(ひとまず俺に出来そうな依頼をいくつか受けておこう)
張り紙をされている依頼の条件をよく読んで何枚か手にする。
依頼締切日数、依頼受託可能ランク、生息地などなど。
締切日は手強い魔物ほど日数は短い。
日数を長めに設定すると依頼を後回しにして真剣に取り組まない冒険者も中にはいるため討伐に時間がかかり、そうしている間に魔物被害が大きくなるからだとか。
もちろん、締切日を過ぎると依頼不達成として違約金などを支払わなければならない。
依頼受託可能ランクは自分の冒険者ランクより上の依頼を受けるとことは出来ないので、仮に上ランクの依頼を手続きしても職員に跳ね返されるだけ。
生息地もかなり大事だ。たまにどこかわからない遠い場所にいる魔物の討伐依頼もあるようなのでそこは避けたいところ。
遠距離だとその日の内に帰ることが難しいから出来るだけ近場がいい。
俺には帰る場所があるから。
そりゃあ死ぬ前にも帰る場所はあった。あったが残業ばかりの俺にとっては帰って寝るだけのねぐらだ。もちろん、俺を待つ人なんていない。特に欲しいとは思わなかった。関わるのが面倒でしかなかったし。
しかし、今は違う。帰れば迎えて入れてくれる誰かがいる。いなくても俺が迎え入れる側に立てる。なんてことないだろうけど、それが俺にとっては心が温かくなるひとつだ。
だから夜にはイル達の元へ帰りたい。
その日の内に達成出来そうな依頼を二つ受けた俺はギルドの受付に向かい、報酬を受け取る。
受けた依頼は『リトルブラッディベアの討伐』と『ゴブリン討伐』だ。どちらもオルールの森での討伐だった。リトルブラッディベアはランクD、ゴブリンはランクE設定の依頼。
リトルブラッディベアは人間の子どもくらいの小熊だが、一匹でもかなりの獰猛さで簡単に人を傷つけるそうだ。
余談だが、依頼掲示板のひとつに『ブラッディベアの討伐』もあったが、あちらはランクCなので今の俺では受注出来ない。やはり大人の魔物の方が強敵なのだろう。
ゴブリンは退治したこともある魔物なので特に問題はなかった。数も十匹くらいだったし。
討伐証明としてゴブリンは片耳を切り取り、死骸は魔物の住む場所ならそのまま放置。他の魔物が食べるらしいので後始末はしなくていいそうだ。
だが、人道など人の通り道になる場所は燃やなさいといけないらしい。
以前イルとゴブリン百匹ほど退治したときは馬車の通り道にもなる所だったのでが、ラミア退治の帰りにマッチの火で燃やした。イルは魔力切れ寸前だったので魔法を使わせないように。
リトルブラッディベアは毛皮も買い取りをしてくれるそうなので麻袋に亡骸を詰めて引きずりながら町へと戻った。
「すみません、買い取りをお願いします」
報酬を受けたあと、すぐに買い取りカウンターへと向かい、リトルブラッディベアが入った麻袋を担当者に差し出した。
「お。レイヤの坊ちゃんだな。今回の獲物はなんだ?」
買い取り担当の一人であるフォルスさん。俺なんかよりも強そうな冒険者としていてもおかしくはない風貌である。
気の良さそうな豪快な人で悪いイメージはない。……ただ、坊ちゃん呼びだけはどうにかならないものだろうか。
「リトルブラッディベアです」
「リトルか。待ってな、すぐに状態を確認するぜ」
「はい」
しばらく待ってからリトルブラッディベアの買い取り金を受け取った。今回はリトルということもあり、状態が良くても毛皮にしろ肉にしろそこまで大きな金額ではない。俺としてはお金になるだけありがたい。
肉はもちろん食用になるので買い取りも可能だが、量はそんなに多くないので食材として引き取った。
熊肉はこの世界に来てから初めて食べたので俺のいた世界とは比べることが出来ないが、なかなかに旨みがあって美味いものだ。トマト煮込みが特に美味かったし、あれをまた食べたい。
「ありがとうございます」
「おう。それにしてもレイヤの坊ちゃん最近頑張ってんな。上級冒険者を目指してんのか?」
「そうですね。強くなりたいと思います」
「向上心があっていいことだな! 今はランクDなんだっけか?」
「はい」
「ルールとはいえ、依頼ポイントを溜めての昇級試験は大変だろ?」
こくりと頷く。確かにちまちまとポイントを溜めるのは大変だ。しかし、それが決まりなのだから仕方ない。
「だったらパーティーを組むのがいいぜ。一人でも冒険者ランクが上の奴がいりゃ依頼のランクも高いものを受けることが出来るし、ランクが高けりゃポイントも高ぇからよ」
「なるほど……」
パーティーなんて考えていなかった。ソロで活動するつもりだったし、知らない相手と組むほど他人を信用していいものか悩むし。
でも、フォルスさんの言う通り、手っ取り早く昇級試験を受けるためのポイントを得ることが出来るから悪くはない。
「まぁ、ソロが好きな奴もいるから無理にパーティーを組むことはねぇがな。一応、そういう方法もあるってことは知っておいて損はしねぇぜ」
「わかりました、少し考えてみます。ありがとうございました」
せっかく教えてくれたし、機会があれば一度試してみてもいいかもしれない。いい人達と出会えれば、の話だけど。
フォルスさんにお礼を告げた俺は帰る場所へと帰った。
「おかえり、レイヤ!」
『おかえりー。りー』
「ただいま」
家に帰ればいつものように出迎えの挨拶をしてくれる。最初こそは戸惑っていたが、今では当然のように受け入れ喜ぶ自分がいるのだから人は変わるものだ。
「今日、リトルブラッディベアを討伐して熊肉が手に入ったから引き取ってきた。その、前に食べたトマト煮込みのやつが食いたくて……」
「ほんと? じゃあ、明日は熊肉のトマト煮込みにしよっか」
「ありがとう、俺も手伝う。作り方も知りたいし」
「わかった。明日は一緒にご飯作ろうね」
『僕も手伝うー! うー!』
「それじゃあ、プニーもお願いするね」
『頑張るー! るー!』
ぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶプニー。魔物とは思えない無邪気さは見ていて微笑ましい。
夕飯を食べて、イルがその日作ったスイーツを食べることにした。どうやら今回はストロベリーパフェだった。
なんでもパフェにぴったりな器を見つけたからパフェにしたらしい。
確かによく見るタイプである逆三角の形をしたスマートなパフェグラスだった。
アイスとストロベリーソースが混ざりあっている様子がよくわかる。上部には花咲くように飾りつけられているイチゴと生クリーム。
レシピを見ながら作ったとはいえ、いつも上手く出来ている。元から料理は出来るみたいだから慣れているのかもしれない。
味も問題なく美味しい。そう伝えるとイルも嬉しそうに笑ってくれた。
「あ。魔法覚えたよ」
イルもストロベリーパフェに舌鼓を打つと、彼女の前にメッセージウィンドウが現れる。それを眺めながら指で操作する彼女は今回得た力を報告してくれた。
「今日は何を覚えたんだ?」
「ドードルバグ、だって」
「ドードルバグ?」
「砂の穴を作って対象者を引き込む地魔法だって」
「……蟻地獄か」
それはそれで結構強そうな魔法な気がする。砂に引き込まれると思うとなかなか恐ろしいものだ。
「砂がないと発動しないから場所は限られるけどね」
「それを使用しないのが一番ではあるな」
「でも、備えあれば憂いなしとも言うわよね~」
……。
イルじゃない女の声が聞こえて言葉を失った。声の主の方へ勢いよく目を向ければそこにはあの恋愛脳女神……イストワールがあたかも最初からいましたと言わんばかりの笑みを浮かべて立っていた。
「お、お前っ!」
「イストワール様!」
『?』
イルと共に席を立ち、いつこの家に侵入したのかわからない女を睨む。
忘れもしないあの髪色、姿、間違いない。俺をここに落とした自称女神だ。
簡単には人前に姿を現さないとイルは言っていた。それなのになぜあの女が俺たちの前に姿を見せたのか。嫌な予感でしかない。
「久しぶりね、イル。怜也さん。元気かしら?」
「はいっ。お陰様で!」
「……」
イルはあの女神を信用している。確かに彼女からしてみたらあいつは救いの女神のようなものだろう。
けど、あれは身勝手な奴だ。俺だけでも警戒をしなければ。
『ねーねー。この人誰ー? れー?』
「プニー。この人は女神イストワール様だよ。この世界を生み出した神様なの」
『神様ー? すごーい! い!』
「ふふっ。よろしくね、プニー」
「……おい、あんた何が目的だ?」
プニーの頭を撫でて友好的な態度を見せるが目的が見えない。何も用がないわけはないはずだ。
「怜也さんはせっかちさんね~。あなたに朗報なのよ? 私は望みを叶えに来たの」
「望み……?」
いきなり何を言い出すのかと思えば女神はこそっと俺に耳打ちをしてきた。
「あなたとイルの間に進展がないから飽きちゃってね。だから怜也さんが最初に望んでいた転生をさせてあげるわ」
「は……?」
こいつ、何を言ってるんだ? そう口にしなかっただけよく我慢したと思う。
「なに、言ってるんだ……?」
「ふふっ。嬉しいでしょー? 怜也さん最初はそうしてほしいって言ってたものね」
俺の傍から離れてウインクを飛ばす女神に苛立ちを覚える。
そもそも転生させるだと? なんで今さら? 神の気まぐれにどうして俺が振り回されるんだ?
「? あの……一体なんの話ですか?」
「怜也さんを望む場所に送ってあげるって言ったのよ」
「えっ?」
イルが俺の顔を見る。その表情は寂しげで戸惑っている様子だった。
「レイヤ、家に帰っちゃうの?」
「イル……」
確かに最初は死んだのなら生まれ変わりたいって訴えた。訴えたが、なぜ今なのか。ようやく今の生活に慣れたっていうのに。
「さぁ、怜也さん。私の手を取って。詳しい話はあとでするから早速行きましょ」
女神がにこにこと笑いながら手を差し伸べる。他の奴が見たら女神の施しを受けているように見えるのだろうか。どう見ても女神の仮面を被った悪魔だというのに。
「……」
この手を取れば新しい人生を迎えることが出来る。すでに死んだ身なのだからそれが当然のことだろう。
俺はその手へと伸ばして━━。
パシン!
「!」
思い切り払い除けた。
あまりにも遅すぎる提案。こっちの気持ちも知らずに馬鹿にして俺を弄んでいるのが酷く気に入らなかった。
「レ、レイヤ……!」
「……痛いわ、怜也さん。何が気に入らないの?」
俺が振り払った手を撫でながら不思議そうに問いかける。その表情さえも苛立つ要素になった。
「全部だ。どこまでも人の神経を逆撫でにして楽しいのか?」
「私は怜也さんのためと思って言っただけなのに」
「だったらもう帰ってくれ。俺は今の生活で満足している。どこにも行くつもりはない」
「どうして? 嫌だったんじゃないの?」
やけに食いついてくる。ずいっと前のめりで聞き出そうとする女神の相手ほど面倒なものはない。
「だからっ、今の生活に慣れたんだって。俺はずっとこの土地で暮らしていく」
「うーん……もう一声っ」
「はあ?」
「理由が弱いわ」
なんだ。なんなんだこいつは。理由に強いも弱いもあるか?
「もっと他に理由がないのかしら? そんなんじゃ納得出来ないわ。ほらぁ、誰かのために~とか、好きな人がいる~とかぁ」
「……」
全てを察してしまった。やはりこいつは恋愛脳女神だ。何が飽きちゃっただ。何一つ目的が変わっていない。
こんなにも魂胆が見え見えな問いかけをされるなんて俺はどこまでこの女に馬鹿にされるんだ。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、嘆息がこぼれる。
「あの、イストワール様っ」
すると、ハラハラした様子のイルが俺の前に立って女神と向かい合う。
「レイヤを連れて行かないでください」
「!」
「彼はどこにも行くつもりはないって言ってますし、私もレイヤがいなくなるのは嫌です」
『僕もレイヤがいなくなるのやだー。だー』
そう言って俺を守るように盾になるイルと彼女の肩に乗るプニーの言葉はこんなときだと言うのに嬉しく感じる。俺だけがここにしがみついてるわけじゃないんだ。
「あらあらあらぁ~! イルだけじゃなくプニーもなのね。でも、イルはどうして嫌なの?」
目を輝かせて興味津々な表情で今度はイルへ標的を変えた女神にイラッとする。
「レイヤは大事な人です。家族なんです」
「大事な人……家族……いいわ。うん、いい答えだわっ」
頬に手を当てながら恍惚とした女神を見て思わず拳を握る。
するとドンッ! と玄関から大きな衝撃音が響いた。まるで何かにぶつかったようにも思える。
慌てながら玄関を見ると扉は破壊されて、砕け散ったドアの先にはレスペクトの姿があった。……身体が大きいから頭しか入らない状態ではあるが。
「レ、レスペクト!?」
『怪しい気配を感じた。イル、すぐに離れろ』
イルからシェアの魔法をかけていないため、言語理解スキルを共有出来ていないので彼が何を話しているかはわからない。だが、怒っているのは間違いないだろう。
「だ、大丈夫だよ、レスペクト! この方は女神イストワール様なんだよ」
『知らん』
「創造神だよっ!?」
どうやらレスペクトは女神相手も態度が変わらない様子だと思われる。
対する女神は眉を下げ、困った表情を見せていた。
「う~ん、見つかっちゃったわね。あの子怖くて苦手なのよ。ちょっとはしゃぎ過ぎて神力を溢れちゃったかしら? ……よし。それじゃあ、私は失礼するわ! また会えたら会いましょうねっ」
にっこり笑いながら手を振る女神の周りに眩しいほどの白い光が現れた。そのまま白光に包まれた女神だが、あまりの眩しさに目を閉じてしまう。
「っ……!」
しばらくして光が収まったが、あの恋愛脳女神は消えてしまっていた。……逃げやがったな。
「……なんだか、色々びっくりしちゃったね」
「いい迷惑だ」
『逃げ足だけは早いようだな』
「レスペクト、扉を突き破ったけど怪我はしてない?」
『フン。こんなものかすり傷ひとつにもならん』
「さすが……。でも、心配して駆けつけてくれてありがとう」
イルはレスペクトの身を気遣っているようだが、俺としては破壊された扉の方が気がかりだった。
このあと修理出来るのか調べなきゃいけないと思うと、人知れず溜め息をこぼした。それもこれも全部あの恋愛脳女神のせいだ。
「レイヤもありがとう」
「え……? いや、お礼を言うのは俺の方で……」
「だってずっとこの土地で暮らしていくって言ってくれたでしょ? 町を好きになってくれたみたいで嬉しかったから」
ふふ、と嬉しそうに笑うイル。まるで自分のことのように喜んでいた。
「それに……もし、レイヤがイストワール様の手を取ったらもう二度と会えなくなりそうでちょっと焦っちゃったけどね」
確かに転生することになれば二度と会えないだろう。それにイルは俺のことを大事な人と、家族だと言ってくれた。
……悪くない響きだ。なのに安堵ではなく、高揚した気持ちになるのはなぜか。
胸が温かくなるという次元じゃなく、燃えるように熱くなる感じだ。
「レイヤ、顔赤いよ?」
「!」
視線が交わり、大きく胸が高鳴る。
言われるまで気づかなかった。確かに自分でもよくわかるくらいに顔は熱い。
「な、なんか急に暑くなってきて……」
(冬なのに……?)
イルが不思議そうな顔をする。あぁ、わかってる。言いたいことはわかる。わかるが、実際に熱いんだ。
病気なのかと思うほどこの動悸はずっと俺に何かを訴えかけている。
これじゃあまるで俺はイルのことを━━。
「……」
はた、と破壊され扉といまだに顔だけ突っ込んだ状態のレスペクトを見た俺は一気に冷静になり、最優先すべきことを思い出す。
「……ドア、直すか」
「あ、そうだね。今の時間じゃ大工さん呼べないし……でも上手く出来るかな……?」
「一晩さえ持ってくれたらいいだろう」
とにかく今は別のことへと集中しようと決めた俺は先ほどの動悸について何も考えないようにした。




