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汁粉と始まる新しい生活

 小豆を受け取ったイルがキッチンで鍋を用意し、レシピ本を見ながら鍋に手をかざす。その動きが何を意味するかわからなかったが、答えはすぐに出た。


「ウォーター」


 そう口にすると鍋の中に水が湧き出た。あまりにも普通のようにやってのけるので幻覚を見たのかと疑ってしまうほど。

 とはいえ、女神にもテレポートをやられたから実際目にするのは初めてではないのか。


「……魔法って凄いですね」

「そうですよね、私もこうやってスイーツを作るまで魔法は使えなかったんです」

「魔法はみんなが使えるわけじゃないんですか?」

「適性があります。使える人もいれば使えない人もいますし、魔法を使える人は冒険者になる人が多いですけど、冒険者にならず魔法を使って店を経営する人もいますね」


 鍋に小豆を量り入れ、続けて「ファイア」と口にすると鍋の下の焜炉に火がついた。魔法を覚えるとこんな風に役立てるのなら便利なものである。

 沸騰させてたらイルの手が再び火元へとかざし始めた。すると火は弱くなったので、火力調整も思いのままらしい。

 そのまま煮詰めること数分。煮汁の色が小豆と同じように濃くなっている。それから火を止めて、鍋に蓋をしてから数十分蒸らすことに。


 その間にイルから魔法についての話を聞いた。魔法は幼少期に目覚める者もいれば、老いてから目覚める者もいるらしく、一般的には適性と言われてはいるが実のところその法則性はわからない。

 だから昨日までは適性がなかったのに、ある日突然魔法の素質を得ることになったりもする。

 ステータスを見れば魔法一覧という項目があるので魔法が使える人の証でもあるらしい。そういえば俺のステータスには魔法一覧というものがなかったので恐らく適性がないのだろう。やはり違う世界の出身だからだろうか。

 そのステータスを見るのも普通はギルドの魔道具とやらを使ってでしか見られないらしいし、俺達のように個人で、さらには魔道具なしでステータスを閲覧するということはかなり珍しい……というか、少なくとも彼女によると聞いたこともないという。

 つまり女神に恩恵でないと見られないのではないか……というのがイルの考えである。まぁ、俺にとってはどうでもいいオマケ要素ではあるけど。


 蒸し終えると小豆はざるに移し、色濃い煮汁はそのまま捨てる。この渋抜きという作業を昔、和菓子作りが得意だった祖父から聞いたことがあった。

 じいちゃんはこの不要な苦味を取る作業を二回行っていたが、イルのレシピだと一回でいいらしい。

 再び、小豆を鍋に戻して、水を魔法で出してから続けて火をともす。沸騰したらアクを取り、火を弱めて蓋をし、一時間ほど煮てから小豆の硬さを見る。

 その間にも俺は聞けることをイルに尋ねた


「魔法が使えなくても電気や水は使えるんですよね?」

「はい、魔法石を使ってますので」

「魔法、石……?」


 また知らない単語が出てきたぞ。そしてそんな魔法石を知らないという俺の顔を見て彼女は驚いていた。

 ……どうやら、知らないほうがおかしいというくらい必需品と思われる。そんな物知らぬ俺でも彼女はきちんと説明をしてくれた。


「魔法石っていうのはこれだよ」


 そう言ってイルのポケットから取り出したのは黄色に光る六角柱状のクリスタルのような物だった。

 彼女が言うには魔法石とは魔力がこもった石である。使用者が持っている状態でそれぞれの電源ボタンを押せばライフラインの使用が可能とのこと。電源ボタンさえ押せば魔法石を所持していない者も基本的に使えるようになるらしい。

 使用者と魔法石が近くにいなくても、一度電源を入れたら切らない限り使用者の魔法石の魔力は継続する。

 つまり冷蔵庫などずっと電気を使うものは魔法石の魔力が枯渇しない限り突然切れることはないそうだ。

 この世界は電気もガスも水道も魔力を使って補っているようなので、もしかしたら死活問題に関わるのかもしれない。


「ちなみに魔力がなくなるのってどうやって判断するんですか?」

「魔法石の色でわかりますよ。三段階になってまして、青、黄、赤の順番で魔力が減っているんです。赤色になってきたら使用量によりますけど二、三日で魔力が切れますね。このくらいの大きさだとひと月くらいは持ちます」


 なるほど、信号機みたいでわかりやすいな。ライフラインが全部魔法というのは楽そうだが、魔法石を購入しなきゃいけないのが面倒な気がする。


「魔法石っていうのはどこでいくらで売られてるんですか?」

「専門店である魔法石店にあります。値段は大きさによって変わってくるんですけど、このサイズは一万五千ゴールドくらいでした」


 高いのか安いのかわからないが、その値段が日本円と同等なら一人暮らしの光熱費にしては少し高めではあるか。そう考えると魔法を使えたらその分浮くのはよくわかった。


「それにしてもレイヤさんが住んでいた村では魔法石は使われてないんですか? 暮らしにくくありませんか?」

「あ、あぁ……いや、多分使ってたかもしれないけど、俺箱入り息子だから全然そういうの教えてもらえてなくて……」


 己のことながら言い訳が苦しい。さすがに使ってないと言ったらどうやって暮らしてたんですか? って聞かれそうな気がするし、そこまでの知識はあるわけではない。木で火をおこしたことすらないのに。


「大事に育てられたんですね」


 そんな苦しい言い訳にも彼女は疑うことなく受け入れた。愛想笑いするしか出来なかったので、話を少し変えようとイルのことを聞いてみることする。


「そういえば……一人暮らしには十分過ぎる一軒家なのにイルさんしか住まわれてないんですか? ご両親とかは別々で暮らしてるんです?」

「あ……そう、ですね」


 すると話題を変えてすぐにイルの表情は曇った。もしかしてこの話題は地雷だったのか……?


「実は、両親は去年亡くなりまして……」

「あ、すみません……そんなつもりは……」


 本当にガチでしてはいけない話題だった! そもそも一軒家で一人暮らしという点で察することが出来ても良かっただろう! ……いや、やっぱりわかるわけないよな?


「いえいえ、大丈夫です。まぁ、そういうわけですので、レイヤさんには両親がいた部屋に住んでいただきますのでお気遣いなく」

「本当に……ありがとうございます。あ、お世話になりますので俺のことは呼び捨てでお願いします。あと敬語じゃなくても結構ですので」

「そうですか? じゃあ、レイヤさんも同じように私のことは呼び捨てとタメ口でお話してください!」

「わかった。色々教えてもらうことも多いけど頼りにさせてもらうよ、イル」

「私からも改めてよろしくね、レイヤ」


 お互いに楽な喋り方をすることに決めたところで煮詰めている小豆の確認をする。

 イルが一粒手に取り、指先で潰して硬さを見るのだが、初めて扱う食材と口にしたことのない甘味を作るので正解がわからなくて、頭を傾げた。

 口を挟むのも悪いと思ってずっと黙って見ていたが、困ってるそうなので「そのくらいなら大丈夫だろう」と伝えてやる。

 硬さも問題がないのでそのまま砂糖、塩もひとつまみ程度投入することに。砂糖を入れる分量によって甘さを調整出来ると書かれていたため、イルは「甘さはどのくらいがいい?」と聞いてくるので彼女に任せた。

 その結果、レシピに記載されている砂糖上限まで投入したので、しっかりとした甘さの汁粉になるだろう。再度火にかけて煮れば汁粉の完成である。

 小豆から作るとなるとやはり時間がかかってしまうが、久しぶりに即席じゃない汁粉を口に出来ると思うと楽しみだ。

 イルも使ったことのない材料を使うため、初めて作る汁粉に慣れないながらも頑張っていたし、本人も初めて見るスイーツに興味津々であった。


「温かいスイーツだ……甘くていい匂い~」

「じゃあ早速食べてもいいか?」

「うん、どうぞ」

「いただきます」


 スープカップとスプーンを用意され、出来たての汁粉を匙ですくって一口含む。

 小豆の風味がしっかり残っていて、甘さは強いが嫌な甘さではない。一杯飲むのにちょうどいいくらいだ。

 まぁ、個人的にはお椀と箸を使って、さらに餅があれば最高なのだが、これだけでも十分である。

 途中でスプーンは置いて、直接カップで飲むことにした。底に小豆が残るようなスプーンでかき集めたりもする。

 イルの方も見てみれば初めて口にする甘味に驚きの表情からほっこりとした笑顔に変わっていた。


「はぁ~……美味しい……この汁粉って甘いスープでなんだかホッとしちゃうね」

「それなら良かった。まぁ、季節的には冬場に食べると身体も温まるし、さらに美味く感じるからオススメは冬なんだよな」

「確かに。シチューみたいにぴったりかも。それにしてもあんな赤茶色の豆がこんなに美味しいスイーツになるなんて……。レイヤの住んでいた村ではよく飲むの?」

「あー……たまに、な。和菓子っていう種類はこっちでは有名ではあるから」

「そうなんだ。知らないスイーツがいっぱいだから色々食べてみたいなぁ」


 そう言いながらもう一口汁粉を食べると急にピロンッという音と共にイルの前にメッセージウィンドウが現れる。


========================================


レベルアップしました。アイテムバッグを覚えました。


========================================


 何が書いてあるのかと覗き込めば俺は納得した。なるほど、作って食べてレベルアップとはこういうことなのか。


「アイテムバッグって?」

「所持品などを別空間にしまうことが出来て、手ぶらの状態でいつでもどこでも取り出し可能になる無属性魔法だよ」


 一応、魔法の確認をするということでイルはステータスの魔法一覧からアイテムバッグについて調べた。


========================================


・アイテムバッグ

持ち物を自由に個人の異空間に出し入れすることが出来る。その際の持ち物の時間は停止する。


========================================


「ね?」

「……でも、どうやって?」

「一回試してみるね。アイテムバッグ!」


 覚えたばかりの魔法を早速使おうとイルが言葉にすると彼女の前に黒くて渦巻く物質が現れる。


「この中に持ち物を入れたり出したりすることが出来るんだよ。聞いた話だと作りたての料理や新鮮な食材も入れることが出来るし、時間も停止するって書いてるから取り出したときは出来たて新鮮のままなんだって」

「結構……凄い魔法だよな?」

「そうだね、多くはないかな。魔法より道具型のアイテムバッグの方が主流ではあるかも」

「道具型……?」


 イルの話によるとアイテムバッグというのは二種類あり、魔法型と道具型で分かれているとのこと。

 魔法型というのは今イルがやって見せたような自身の魔力で異空間を呼び出し、自由に出し入れをすることが出来るもの。時間停止も出来るので食事を運ぶときにも便利とのこと。

 取り出す際にも取り出す物を思い浮かべるとすぐに手にすることが出来るので魔法の世界は凄いなと改めて思ってしまう。

 そして道具型というのは魔法型と機能はほぼ一緒。道具袋だったり、鞄だったりと、アイテムバッグの魔法が使えない人用の魔道具である。

 だからアイテムバッグの魔道具さえあれば魔法を使えない一般人でも使用が可能なのだが、これは基本的にオーダーメイドらしく、容器拡張の空間魔法や時間停止の時間魔法やらその人の予算によって、入る容量や時間停止時間が決まっていたりする。

 決して安い買い物ではないが、腰に引っ掛けられる小さな麻袋程度で大きなリュックサックくらいの量が入り、二、三時間の時間停止効果がついて十万ゴールドくらいとのこと。もちろん、これ以上にも以下に設定は出来るが、安価でも五万ゴールドはするらしい。

 オーダーメイドだし、結構高度な魔法でもあるため、使用出来る人材が少ないこともあって仕上がりまでの時間はそれなりに要する。

 必要な人なら多少頑張れば手が出せるらしいが、なかなか高価な物だ。

 魔法型はレベルによって容量が拡張されるらしいが、時間停止は無限なので魔法型アイテムバッグの方が便利なことは間違いない。


「せっかくだから作ったばかりの汁粉の残りをアイテムバッグにしまっておくね」


 残った汁粉の鍋を手にするとイルは異空間に繋がっているアイテムバッグへと収納した。


 その後、イルの両親が使ってたという部屋を彼女と掃除し、そのまま俺に部屋を貸してくれた。ベッドが二つもあるので少しばかり広く感じる上に、思い出がありそうな部屋でもあるため、俺が使うのは申し訳なく思う。


「そんなことないよ。きっと両親もそうしてあげなさいって言ってくれるだろうから、そんなに気を遣わないでいいよ」


 と、イルは言ってくれたから少しだけ胸が軽くなり、ありがたく使わせてもらうことにした。

 しかし、天井も直してやらなきゃいけないし、自分の今後のことも考えなきゃいけない。

 ベッドで寝転がった俺は自身の与えられた能力を思い出すが、女神の勝手によってここに連れられたのにそんな女神の力を使うのなんてなんかムカつく。

 正直、そんな便利でもないだろうし、女神に与えられたなんて反吐が出る。だからもう二度とこの能力は使わないようにしようと心に決めて眠りについた。


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