第八百十九話 大熾天使長(後編)
---三人称視点---
(……)
「……」
ミカエルとメタトロンは、互いに無言となった。
ミカエルとしては、メタトロン次の言葉を待つしかない。
彼としては、メタトロンの真意が知りたいところだ。
するとメタトロンが少しトーンを落とした声で問うてきた。
(ふう、貴公は強情だな)
(だが天使長たるものそれぐらいでなくてはならん)
(天界や宇宙より自分の信念を大事にする)
(それはそれで大事な事かもしれん)
(だが度が過ぎると醜い思い上がりとなる)
(だが現場を取り仕切る者の立場も理解している)
「……そうですか」
(分かった)
(しばらくは貴公の好きにさせよう)
(但し異変が起きたら、また我から声を掛ける)
(その時はきちんと我の言葉に耳を傾けよ)
「ええ、勿論ですとも!」
(では天使長ミカエルよ)
(しばらくは貴公の自由にせよ)
(但し自分の事だけでなく)
(周囲や天界の事もよく考えるのだ)
(その上で自分が一番正しい)
(と思う選択肢を選ぶのだ)
「はい!」
(では我はまた眠りにつく)
(次の邂逅はいつか分からぬが)
(お互いにとって、良い時間を共有したいものだ)
「……はい」
そしてミカエルは、祭壇の前で祈りのポーズを取り続けた。
数分ほどのその姿勢で待っていたが、
それ以上はメタトロンが語りかけてくる事はなかった。
「ふう」
ミカエルは一息ついて、姿勢を崩した。
そして虚空を見澄まして、一言漏らした。
「どうやら私が想像している以上に、
厄介な事態になりつつあるようだな」
「嗚呼、どうやらそのようだな」
「ええ、通常ではあり得ない事が起きてるようね」
ミカエルは声が聞こえた方向に視線を向ける。
するとそこにはラファエルとガブリエルが立っていた。
どうやら二人はミカエルの会話を聞いていたようだ。
あるいは知らず知らずのうちに声が大きくなっていたので、
自然と二人の耳にもメタトロンとの言葉が聞こえたのかもしれん。
だがミカエルは別段気にしてなかった。
天使長として熾天使であるラファエルとガブリエルの二人には、
自分が知り得た情報は共有するつもりだった。
「どうやら貴公等にも我々の会話が伝わった。
あるいは私の声が大き過ぎたのか。
まあ良い、私が得た情報を貴公等に伝えよう――」
そしてミカエルは、大熾天使長メタトロンとの会話の内容を
ラファエルとガブリエルにも伝えた。
「……成る程、そんな事が起きていたのか」
「……大熾天使長は実在したのね」
「うむ、正直、我々考えていた以上に事態は深刻のようだ」
「同士ミカエル、アナタとしてはこれからどうするつもりなの?」
ガブリエルの問いにミカエルは沈思黙考する。
ミカエルしては、
メタトロンに対して語った部分が彼の本音である。
とはいえ彼も自分の考えに固執するつもりもなかった。
自分の判断で天界や宇宙そのものを破滅に導く。
彼としてもそんな事態は何としても避けたかった。
だが頭ごなしにメタトロンの言葉に従う気にもなれないのも事実。
極力、自分の考えで行動した上で、
自分を含めた大天使達の意見を汲んで結論を出したい。
というのがミカエルが出した結論だ。
「私とて大熾天使長の言葉を無視する気はない。
だが現場を任された身としては、
限界まで自分自身や熾天使、大天使と共に行動した上で、
自分達が打ち出す答えを導きたいと思う」
「そう、アナタらしいわね」
「そうか、理解してくれて助かるよ」
ガブリエルはミカエルの考えを支持する。
だがラファエルは、珍しくミカエルの考えに反対した。
「天使長の考えや気持ちはよく分かるさ。
だがもうそんな事に固執している場合じゃないかもしれん」
「同士ラファエル、それはどういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。
そもそも神や大熾天使長が天使長に、
直接、警告めいた事を言ってきたのだ。
それがどれ程、重大な事柄かはアナタなら分かるだろう。
それを無視して、天界を危険に晒すのは、
些か軽率な行動と言えるのではないか?」
「……そうかもしれんな」
ラファエルがミカエルにこのような事を言うのは滅多にない。
だからミカエルも安易に彼の言葉を撥ね除けなかった。
「無論、俺として天使長の考えを尊重したい。
だからある程度までは、自由に動いて、
また大熾天使長から警告が来たら、
その時は大人しく従う、という折衷案はどうだ?」
「……そうだな、そうしよう。
確かに私の考えや主張に固執して、
これ以上、天界を引っ掻き回すのも良くない。
だから天使長としての矜持より、
この天界の安全と未来を大事にするよ」
「嗚呼、本当に頼んだよ。
俺とて熾天使としての誇りは持ち合わせている。
だがその誇りに固執して、
自分だけでなく周囲を振り回すようでは本末転倒。
それではウェルガリアだけでなく、
数多の地上の民の為政者と変わらんよ。
だから天使長も自分の矜持に押しつぶされないで欲しい」
ラファエルはいつになく真剣な表情だ。
彼のこういう姿を見るのは、随分久しい気がする。
――そうだな。
――俺自身、折れる必要があるな。
と、ミカエルは自分自身を諫めた。
「分かった、同士ラファエル、ガブリエル。
非常に貴重な意見に深く感謝するよ。
これからも気兼ねなく意見を申してくれ」
「……分かってもらえたらそれでいいさ」
と、ラファエル。
「また大熾天使長。
あるいは神の声が聞こえたら、教えて頂けるかしら?」
「同士ガブリエル、無論そうするさ」
「そう、じゃあそうして頂戴。
私達だけの判断でこの天界を破滅させる訳にはいかないわ」
「……そうだな」
こうしてミカエル達もある種の覚悟を決めた。
突如、現れた大熾天使長の存在に、
ミカエル達も戸惑いの様子を見せつつも、
彼等は彼等の立場に相応しい行動を示そうとしていた。
だが大局的に見れば、
この時点で彼等もメタトロンの言葉に従うべきであったかもしれない。
天使はある意味、不死の存在だが万能ではない。
知性や肉体を持つ彼等もまた一つの生命体に過ぎなかった。
次回の更新は2026年8月18日(火)の予定です。
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