第八百十七話 諸説紛々(後編)
---三人称視点---
「天使長ミカエル! 私を侮辱するのですか!?」
天使長ミカエルの言葉に、
大天使サリエルは怒りを露わにする。
だがミカエルはまるで動揺せず、淡々と反論した。
「侮辱などしていない。
それぐらいウェルガリアの民は危険な相手だ。
既に現時点で多くの大天使達が討たれた。
同士サリエル、油断していると貴公も奴等に討たれるぞ」
「……非常に不愉快な物言いですな!」
「現実はもっと不愉快かもしれんぞ」
「天使長、貴方は私に死ね、と仰るのですか?」
「そうだ!」
ミカエルの意外な言葉に、
サリエルも「えっ」という言葉を思わず漏らした。
だがミカエルは、表情一つ変えず新たな言葉を紡いだ。
「何を驚いているのだ?
既に多くの大天使が天に召された。
だから貴公だけでなく、
ここに居る熾天使達にも、
奴等と真正面から戦ってもらうつもりだ」
「……それで私にも死ね、と仰るつもりですか?
それは些か天使長の越権行為ではありませんか?」
「そうかもしれんが、天使長の権限で私は貴公等に命じるよ。
それに我等、天使はある意味では不死の存在。
仮に貴公が死んでも情報データを元にして、
新たな大天使サリエルを製造する事が可能だ」
「……ですが今のこの私は死にますよ?」
「嗚呼、だがそれがどうしたというのだ?
我等、天使は各々を役割を果たす為に、
この天界に産み落とされるのだ。
自身の役割を果たせば、
また次の肉体の違う自分に思いを托せばいいのだ。
我等、天使にとって死など些細な問題に過ぎん。
それは貴公だけでない。
この場に居る私達も同様に己の役割の為ならいつでも死ねる」
「嗚呼、私も天使長と同じ考えだ」
「私も同じよ」
ラファエルとガブリエルも同意する。
その光景を見て、サリエルも思わず気圧された。
「同士サリエル、まだ言いたい事はあるか?」
「成る程、天使長の覚悟の深さを理解しました。
宜しいでしょう、私もこの戦いに自分の命を捧げます。
ですがあえて言いましょう。
私は自分が捨て駒になる事を望みません。
だから天使長、最終的な勝利を確実におさめてください」
「無論だ、私も本気でウェルガリアの民を討ちにいくつもりだ」
「そのお言葉、信じておりますぞ。
では私はこの場から去ります」
そう言って、大天使サリエルは踵を返した。
その後ろ姿を見てミカエル達は――
「どうやら奴にも我等の意図が通じたようだな」
「同士ラファエル、そのようだな」
「同士ミカエル、でもここまで言った以上、
私達も絶対に勝たねばならなくなったわね」
「同士ガブリエル、嗚呼、その通りだ。
でも私は最初から奴等に勝つつもりだ。
その結果、幾人かの大天使が犠牲となったが、
それも大事の前の少事、とは言わんが、
私も遊びでこの戦いに挑んでる訳ではない」
「うむ、それで天使長。
今からまた神と対話するつもりか?」
「嗚呼、同士ラファエル。 そのつもりだ」
「では私とガブリエルは席を外した方が良いか?」
「そうだな、そうしてもらえると助かる」
「そうか、では同士ガブリエル。
我々は少し席を外そう」
「ええ、そうしましょう」
そう言ってラファエルとガブリエルがこの場から離れた。
それを見てミカエルは、
神託の広間の祭壇の前で、跪いて祈りを捧げた。
不意にまた神の声が聞きたくなった。
どうにも最近、神の声が意味深な事を言ってくるので、
ミカエルとしても、その真意が知りたかった。
「……」
だが神の声は聞こえてこない。
それでもミカエルは祈りの姿勢を崩さない。
その時である。
威厳のある男性の声がミカエルの脳裏に響いた。
(ミカエル)
(ミカエル)
(天使長ミカエル)
(我の声が聞こえているか?)
中性的な美声ではない。
威厳のある男性の声だ。
という事はいつもの神の声ではない。
こんな事は滅多にある事ではなかったが、
ミカエルは事の顛末が気になったので、
この威厳のある男性の声に耳を傾けた。
「……聞こえてますが、アナタは誰でしょうか?」
ミカエルはそう言って、
祭壇の前にで跪きながら、視線を祭壇の上に向けた。
だがこれといった異変は起きてなかった。
その後でまた威厳のある男性の声が聞こえてきた。
(流石は大天使を束ねる天使長だ)
(このような事態でも冷静さを保っている)
(そんな貴公なら我の言葉を聞く資格があるだろう)
「……アナタのお名前を是非聞かせてください」
すると威厳のある男性の声は、毅然と答えた。
(我こそは大熾天使長)
(大熾天使長メタトロンである!)
「なっ……!?」
ミカエルは思わず驚きの声を漏らした。
大熾天使長、それは身分の上では、
天使長であるミカエルより位の高い天使である。
ではあるがミカエルだけでなく、
他の大天使達もその姿だけでなく、声さえ聞いた事はない希有な存在だ。
だが天使長であるミカエルには、伝えられていた。
――大熾天使長メタトロンの言葉は必ず聞け!
と、神から言われた事がある。
尤もミカエルが今の肉体を受肉して、
随分な年月が経つが、大熾天使長の声を聞くのは初めての経験であった。
「大熾天使長メタトロン、私に何か御用でしょうか?」
ミカエルは探るようにそう告げた。
すると威厳のある男性の声――メタトロンが力強く言い放った。
(天使長ミカエルに告ぐ!)
(貴公の考えや方針は、我もよく分かる)
(だがあえて言おう!)
(どのような手を用いても良い)
(地上の民――ウェルガルアの民をいますぐ抹殺せよ!)
次回の更新は2026年8月13日(木)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




