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ラルナーに助けてもらってから数週間が過ぎた。
その間、キョウヤは見知らぬ草原から連れてこられたこの都市アッシュベリーの辺境で、まるで別人かのように穏やかな日々を過ごしていた。
この街の仕組みをラルナーから叩き込まれながら、キョウヤは家事全般を淡々とこなし、徐々にこちらの生活に慣れつつあった。
木造の家の中は、朝の陽光が窓から差し込み、埃が舞う穏やかな空気が漂う。
洗い物や掃除、薪割りといった単純な作業が、元の世界の過酷な戦闘とは正反対の静けさを彼にもたらしていた。
「……びっくりするほど平和だな」
キョウヤは洗い物を片付けながら、ポツリと呟いた。
木のボウルから滴る水が、静かなキッチンに軽い音を立てる。
元の世界の、排気と煤に汚れた空や味気ない合成食品しか知らない彼にとって、この瑞々しい料理と平穏は、現実感が薄れるほどに心地よかった。
(気を抜けば、すぐに平和ボケを起こしそうだな。……元ソルジャーが形無しだ)
窓の外に目を向けると、青空の下で子供たちが笑いながら走り回り、遠くの畑で働く人々の姿が小さく見えた。前世の戦場が、まるで遠い夢だったかのように錯覚してしまう。
だが、キョウヤは冷徹に頭を動かし、これまでにラルナーから得たこの世界のルールを整理していく。
この都市には、人間の役割として「平民」と「貴族」の明確な階層が存在する。
平民は主に牧畜や建設など、防壁の内側で安全に行える生産活動を担当する。牛や羊の世話をする牧童の声や、木槌が響く建設現場の音が、この街の日常を形作っている。
対して貴族は、野外での果実や薬草の採取、魔獣の狩猟、対人トラブルの武力解決など、防壁の外側の危険な任務を担う。壁の向こうから獣の咆哮が聞こえるたび、その過酷な役割の現実味が際立つ。
それら一定の貴族が徒党を組んだ「ギルド」と呼ばれる組織や、宗教と病院が合体したような「医療協会」が存在し、ここは治安維持ギルドというのが最大の権力を持っていることも分かった。
そして、この世界で最も異質なところ──それが『魔法』『魔装』と呼ばれる力だ。
ラルナーの説明によれば、精神力や想像力の強さ、あるいは経験から創られる力であり、その強さによって平民か貴族のどちらに属するかが冷酷に決まるという。
さらにこの世界の人類は、『魔法』『魔装』の有無に関わらず、人体の強度や身体能力が元の世界の人間とは比較にならないほど高い。平民の子供が重い荷物を軽々と持ち上げる姿を見て、キョウヤは舌を巻いたものだ。
そして何より──『魔装』が、キョウヤ自身の身体にも宿っていることが、つい数日前の訓練で発覚したのだった。
それが分かった途端、ラルナーはキョウヤをアッシュベリーにある学園に入れると言い出した。それまでの間、キョウヤは恩返しを兼ねて大人しく家事を手伝っている。
──異能の覚醒。それは、数日前の空き地での出来事だった。
都市の外れにある、草がまばらに生えた静かな空き地。キョウヤはそこで、ラルナーから『魔法』『魔装』の基礎を教わっていた。
「よく見てろよ」
ラルナーが軽く息を吐くと、彼の手から腕にかけて、重厚な装甲が瞬時に生成され、その肉体を覆った。
「……!」
キョウヤの目が僅かに見開かれる。超常現象を前に、元ソルジャーとしての本能が警戒と、それ以上の興奮に跳ね上がった。
「お前もとりあえず試してみろ。まぁこればかりは才能だ。魔法も魔装も使えない奴は偶にいるからな」
「試すと言われても……どうやって?」
キョウヤは自分の手のひらを見つめた。
身体の奥底、若返った肉体の中心部に、かつてないほど濃密なエネルギーが渦巻いている感覚は確かにある。
「そうだな。まず、武器でも何でもいい、強烈に想像してみろ。そんでもって、それを頭の中で部品をカチリと組み立てるイメージだ。と言っても、これは俺のやり方だけどな」
「組み立てる、か……」
ラルナーの言葉に、キョウヤの脳裏へ強烈なフラッシュバックが走る。
暗いドック、機械アームの駆動音、そして網膜に表示される無数の高度な作戦UI。
キョウヤにとって「使い慣れた武器」など、一つしか存在しない。命を預け、共に灰色の空を駆けた、あのパワードスーツ──戦闘装甲『迦具土神』。
(形を想像しろ。パーツの接続を、フレームの駆動を、脳裏にトレースする。あの灼熱を、もう一度──)
キョウヤが静かに集中を高めると、彼の周囲の空気がピキリと緊張した。
「おいおい、マジか……?」
ラルナーの驚愕の声が耳に届く。
キョウヤの両手、両腕、そして上半身の背中あたりにかけて、パチパチと電子ノイズのような火花が散り、金属と結晶が融合したような未知の装甲が急速に生成されていった。背部には、二つのバーニアに似た突起物までもが形を成す。
「はぁ……っ、はぁ……っ! 確かに……これは、きついなっ」
凄まじい疲労感がキョウヤを襲った。頭の奥が締め付けられるように熱く、痛む。
だが、網膜には見慣れた作戦UIこそ表示されないものの、身体に馴染む圧倒的な「装甲の重み」がそこにはあった。
「……信じられねぇな。忘却病(記憶喪失)のガキが、一発でここまで完成度の高いのを具現化しやがるとは」
ラルナーは心底驚いた様子で、キョウヤの腕の装甲を凝視している。
キョウヤは装甲を纏ったまま、草の上に座り込んでしばらく息を整えた。脳の痛みが引くのを待ち、冷徹に駆動チェックを開始する。関節の可動域、装甲の隙間、そして──。
「これだけの再現度なら……」
キョウヤが右の掌を前方へ開く。
イメージするのは、かつて迦具土神の主力兵装だった炎。
次の瞬間、彼の掌に爆発的なエネルギーが収束し、激しい炎の塊が創り出された。
「はぁ!?」
ラルナーが驚くと同時に、キョウヤは前方の空間に向けて炎弾を射出した。
轟音と共に炎が空気を切り裂き、離れた地面を爆裂させて赤黒い痕跡を残す。焦げた草の匂いが辺りに立ち込めた。
「気持ち弱めだけどまぁこんなものだろ」
キョウヤは自身の熱を帯びた装甲を見つめ、冷静にその性質を分析した。
これこそが、この異世界における自分の武器。異能の鎧──いや、魔力を物理的な駆動エネルギーへと変換するシステム。
「(……『魔装』か)」
キョウヤが心の中でその独自の呼称を刻んでいると、ラルナーが引きつった顔で頭を掻いた。
「炎の魔装……いや、それ以上の妙な。おい、ちょっと飲み物取ってくるから、お前は適当にそこで感覚を慣らしとけ」
「え? あっはい」
ラルナーはどこか圧倒されたような様子で、足早に家の方へと戻っていった。
その背中を見送りながら、キョウヤは再び自分の右腕の装甲を静かに見つめる。
身体が10歳近く若返った理由も、この世界に連れてこられた原因も、未だ霧の中だ。
元の仲間を探すにしてもまずはやることが多い。
だが、戦うための力は確かにここにある。キョウヤは冷徹な目を宿し、まだ見ぬアッシュベリーの学園での生活、そして己の眠る本当の力──『魔装』の完全な掌握に向けて、一人静かに意識を研ぎ澄ませていくのだった。




