【198】未来に描く理想の色は……
元々勧誘の成功率は0%に限り無く近かったが、そこに故意か不意か分からないが"地雷"を踏んでしまったことでライガは完全にそっぽを向いてしまった。
「あの娘もあなたも似た者同士ね。本質的には優しい心の持ち主なのに、テコでも動かない頑固なところがある」
しかし、このような結果になることをライラックは始めから予見していた。
あの娘――警戒心が強かったオリヒメを丸め込むのには時間が掛かったし、自分に対し敵対心を持つライガを引き込むのはそもそも無理があった。
この二人に共通しているのは優しい人間だが意志薄弱ではなく、むしろ強い自己を持っている点だ。
「もっとも、あなたの場合はお母さん譲りの性格もあるかもだけど」
また、ライラックはライガの性格について母レティからの影響が大きいと分析する。
彼女の古い知り合いであるレティも穏やかな性格でありながら、簡単には自分の考えを曲げない一面を持っている。
幸いにもこの似た者親子はそれをリーダーシップに昇華させる能力を持ち、柔軟な発想で思考の硬直化を防いでくれる部下や仲間にも恵まれていた。
「……ディストピアこそ理想だと公言されれば、誰だって建前上は否定する」
ライガはライラックの勧誘に応じるつもりなど初めから無かった。
それでも言葉に僅かながら迷いが見受けられるのは、ごく一部とはいえ共感する点があり完全否定できなかったからだろうか。
「そうね……まあいいわ。決断が必要な時までは猶予がある」
まだ猶予があると述べたライラックは意外なほどあっさりと引き下がる。
「私の下に来るか、自分なりの方法を模索するか――考える時間を与えてあげる」
次に直接言葉を交わす機会はいつになるか分からない。
もしかしたら二度と無いかもしれないが、その時が来たら改めて意思確認を行うと告げるライラック。
「貴女は……本当に傲慢な人だ」
「フフッ、程度の差はあれど人間は誰しも傲慢なのよ?」
一方的な決定権の押し付けを"傲慢"と詰るライガに対し、ライラックは歯牙にも掛けないと言わんばかりに一笑に付すのだった。
◆
「さて……勧誘が失敗したならば長居は無用。この後も予定が詰まっているしね」
いくらテロリスト集団と言えど組織のトップは忙しいらしい。
スマートフォンを取り出し現在時刻を確認したライラックはライガに背を向け、屋上の端の方へと歩き始める。
転落防止柵は長年風雪に晒された影響で破損しており、本来の機能を完全に失っている。
「それじゃ、レティによろしくね」
壊れた柵の外側にある低い壁――建築用語で"パラペット"と呼ばれる部分に上ったライラックは最後に一度だけ振り返ると、そのまま身体を前に投げ出して――。
「博士……!」
それを見たライガは反射的に駆け出すが、今更動いても間に合うはずが無かった。
「エクスカリバー……!? 機体を持って来ていたとは……!」
「100年以上前、私の父はさっきみたいに屋上から飛び降りて命を絶った」
しかし次の瞬間、パラペットまで駆け寄ったライガの目の前に灰色の大型MF――エクスカリバー・リベリオンがその威容を現す。
同機の左マニピュレーターの掌部分にライラックの姿はあった。
下からせり上がるように現れたことから、この屋敷に来た時は気付かなかったが予め地上に待機させていたらしい。
「私は違う……自殺は敗北を認める愚行なのよ……生きることが闘いだというのに……!」
いつも泰然自若としていて余裕の態度を崩さないライラックだが、去り際の時だけは愁いを帯びた表情を浮かべていた。
そんな彼女をマニピュレーターに掴まらせたまま、エクスカリバーは南に向かって飛び去って行く。
「(コックピットには誰もいなかった。ということは、あれは遠隔操作か自律制御なのか……)」
明らかに無人で動いていた灰色の大型MF。
ライラックが最後に見せた彼女らしからぬ表情。
屋上に一人残されたライガはただ静かに南の空を見上げるのだった。
◆
用件が済んだ以上、ライガも負のオーラが漂うこの屋敷に長居する理由は無い。
にもかかわらず見晴らしの良い屋上から白銀の大地を眺め続けているのは、今日の出来事についてまだ整理できていないからだ。
「(降って来たな……オリヒメ)」
今朝ホテルを出た時よりも曇ってきた灰色の空から雪が降り始める。
手袋を着けた掌に落ちては消えていく雪の結晶を見ながら心の中で語り掛けるライガ。
「(お前の命を奪う代わりに未来への願いを引き継いだつもりだったが……)」
3年前のルナサリアン戦争の最終決戦の時、彼は死に際のオリヒメから"願い"を託されていた。
それは……死を以って罪を償った彼女の代わりに、地球と月が融和し共存共栄できる未来を創ること。
「俺が望む未来とあの人が追い求める未来――お前はどちらが正しいと思う?」
この3年間ライガは自分にできることを精一杯やってきたつもりであり、今は亡きオリヒメに懺悔しなければならないような後ろめたい行為は一切無い。
ただ……彼女に重用されていたライラックと主義主張をぶつけ合った結果、ほんの少し不安になっただけだ。
【ライラックの父親】
ラヴェンツァリ家の最後の当主であった女性。
ライラックが幼かった頃に自殺しているため人物像は彼女もあまり覚えていないが、最後まで仕えていた家臣などによる「傲慢で横暴で疑り深い、オリエント人らしからぬ人物だった」という証言が残されている。
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