【197】平行線
ライガ・シルバーストン――。
神経質な一面や決して強くない体質といった弱点はあれど、現代における人類の理論値に近い特異点のような存在。
もしも彼の完全上位互換のような人間が現れたとしたら、それはもはや現生人類ではない"ポストヒューマン"だろう。
「ライガ……単刀直入に言うわよ。あなたという存在、今の立場に甘んじさせておくには勿体無い」
御託をいくつか並べた末、ライラックは改めて世界を変えるための同志に勧誘する。
「私と共に来なさい。私はあなたのチカラを最大限引き出し、世界をより良くする方法を知っている」
「……貴女の言うことは部分的に正しいのかもしれない」
ライラックの言葉に噓偽りは無い。
特に追及せずともライガは"チカラ"で呼ばれる優れたイノセンス能力でそれを理解した。
「だが、僕は断る! 世界の行く末は僕や貴女だけで決めるモノではない!」
その上で彼は勧誘を払い除け、一握りの人間に導かれる世界を否定する。
「言っていることが分からないわね……あなたが言及している人々に世界を変えるチカラなど無いのに」
返答を聞いたライラックはわざとらしく肩を竦め、チカラ無き者はどれだけ集まっても無力だと述べる。
「そうだとしてもそれがこの世界における多数派だ。一人一人は無力だとしても軽視することはできない」
それに対してライガは全ての人々がチカラを内に秘めている可能性を信じていた。
◆
「フフッ、優しいのね……しかし、あなたは世界の本質から目を背けている」
この世界の人口は地球圏だけでも約50億人。
一生関わる機会が無いであろう地球の裏側の人々のことも考えているライガを"優しい"と評しつつ、それは偽善でもあると指摘するライラック。
「確かに、実際に世界を動かし得るのはごく一握りの天才かもしれない。それ以外は端的に言えば不要なのかもしれない」
ライガも100年以上の時を生きてきた大人だ。
街中で見かける人々の大半に世界を動かすだけの力は無いという現実は理解している。
「そう、あなたはごく一握りの天才なのよ。ヒトの一生という限られた時間の中でそれを無駄にするなと言っている」
「命に優劣を付けるな! 僕も貴女も生きとし生ける人々も、命の価値自体は平等なはずだ!」
個人的に許せないのは自分のような"使える人間"だけを庇護し、それ以外をあえて軽視するライラックの非情な危険思想だ。
曲がりなりにも同じ人間且つ同じ言語でコミュニケーションが取れるはずの彼女の思想をライガは理解できなかった。
「それはあなたの理想論でしょう? 現実には両親のDNAサンプルを使った妊娠前遺伝子検査が義務化され、命の取捨選択が行われている」
彼の言動を理想論に基づく"偽善"と指摘するライラックが反論として例に挙げたのは、医療システムが整っている先進国では義務化されている妊娠前遺伝子検査。
これは胎児に生じるかもしれない遺伝性疾患などを受精卵以前の段階から高い精度で予想できるシステムで、リスクが許容できない場合は"別の選択肢"を検討させることを目的としている。
「将来に対してリスクを抱える命――すなわち、価値が低い命は産まれることさえ許されずに排除される」
導入前後は倫理的理由から賛否両論だったが、実際に効果が表れ始めると論争は鎮静化していったという。
このシステムがもたらした人類社会の変化をライラックは言葉を選ばずに表現する。
「現代人は必ず医学的選別を受けて誕生する。そうしなければコストパフォーマンスの悪い命が産まれ、その比率が増加すれば人類全体を圧迫するからよ」
人類社会が適切に運営されるためには長期的に安定したリソースが必要不可欠である。
それこそ言葉にせずとも古来より理解されていた真理であり、人々は本能的にその道を選んだと語るライラック。
「コストパフォーマンスだと? 命を工業製品のように言うのはやめろ!」
歴史的経緯に基づいた正論への反撃に窮したのか、苦し紛れのように気に食わない単語の揚げ足を取るライガ。
「ッ! そうか……だから貴女はバイオロイドなんて物を創ったのか」
その結果、図らずも彼はライラックの命に対する持論を理解するのであった。
◆
「命は尊いモノかもしれないけどね……人類社会を維持するために利用可能なリソースには限りがある」
命とは何よりも尊重されるべきモノ――。
それが最低限の良識であることはライラックも承知しているが、人々の生命活動に必要なリソース――例えば水や空気、食糧、エネルギーは無限ではないと述べる。
「それを理解せずに将来性がある命とそうでない命を平等に扱おうとすれば、いつかどこかで必ず皺寄せが来る」
今は食糧もエネルギーも比較的安定供給されており、先進国から途上国への分配が可能な程度には余裕がある。
しかし、ライラックは"平等"であろうとする世界の将来について楽観視していないようだ。
「許容範囲以上の人口爆発が起きれば一人当たりのリソースは目減りするし、自分より劣る者にリソースが割かれるのを気に入らないと感じる論調が出てくるかもしれない」
仮に非効率的なリソース管理による想定外の人口爆発が起きた場合、リソースの絶対量が増加しない限り分配の調整で対応しなければならない。
リソースは余剰な所から不足している所へ回すのが原則だが、それを"生産性が高い人"は素直に受け入れられるだろうか?
「だから……意図的な淘汰による人口抑制と能力者による管理社会が必要だと言うのか?」
生きることさえ誰かの許可を必要とし、そのシステムを管理運営する唯一無二の絶対的指導者として特別な人間を君臨させる――。
ライラックの言説に基づきライガが想像した未来世界は……典型的なディストピアだった。
「それが人類が覇道を歩むための前提条件であるならば」
ライラックは人類が地球という小さな枠組みに囚われず、その遺伝子を進化させ宇宙に播種することを望んでいる。
「覇道など必要無いだろう。小さく自足できる環境で持続的な営みをすればいいものを……」
一方、地球人が"侵略的外来種"となることを懸念するライガは大それた野望など望んでいない。
「虚飾の楽園――オリヒメが生前唱えていた彼女なりの統治理論ね」
「ッ! その名前を出すな……!」
だが、その思想は皮肉にも前大戦の最終決戦で否定したオリヒメと近しいところがあった。
それをライラックから指摘されたライガは唇を噛み締め、自己嫌悪するように握り拳を振るわせるのだった。
【虚飾の楽園】
旧ルナサリアンの指導者アキヅキ・オリヒメが提唱し、生前の独裁体制において部分的に実行していた統治理論。
彼女が死亡し資料も大部分が失われているため全容は不明だが、人民が求めているモノについて「自分達の代わりに意思決定してくれる唯一無二の絶対的指導者」「超長期的な心配をする必要が無い小さく自足できる箱庭」と語っていたことが元関係者の証言などで判明している。
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