第7話 返ってくるのが罵声なら気にかけるだけ損じゃないか
「……お」
山道を歩いていくと村が見えてきた。改めて、依頼書に書かれた地図を見返す。ここが魔物討伐の依頼をしたジーン村のようだ。
昨日、宿屋に帰った後。ニコと共に依頼書が俺を迎えた。どうやらニコは、オレが峠道の依頼を受けている間に、最後の宝玉――「緑の宝玉」の在処を見つけてきてくれたようだ。ユリオロイダとの諍いで疲れていたが、急ぎの依頼のようだったので、すぐに赴くことにした。
「ジョンも行くよな?」
いつもの朝食の場で尋ねると、ジョンは首を横に振った。
「いや、拙者はちょっと別の用事があるゆえ……サーシャ殿だけで言ってきてほしいのでござる」
「えっ!? まじか……ちょっと不安だなぁ」
「ニィ、ニィ」
「ほら、ニコ殿はついていくそうでござるよ。大丈夫、サーシャ殿は成長したでござる。自信を持つでござるよ!」
落胆するオレに、ジョンは激励の言葉をかけたのだった。
村に着くと、村長の家に案内された。
「初めまして、依頼を受けたサーシャです」
「……私がこの村の村長です」
村長は豊かな髭をたくわえた老人だった。オレに対し、「こんな少年で大丈夫か?」という疑惑のまなざしを隠しもしない。確かにオレの外見は頼りがいがあるとはいえないけど、態度があまりにもあからさますぎて少し傷つく。
話を聞くと、魔物は畑の野菜を荒らしてむさぼる姿を村民たちに目撃されているようだ。しかし、村民達に気がつくと目にも止まらぬ速さで逃げてしまうという。
村長がテーブルの上に地図を広げた。
「おそらく村から南にある森にすみついているらしいのですが……はっきりした場所は分からないのです」
同席している女性は興奮した様子で口を挟んだ。
「私は村で一番目がよいのですが……私は見ました! あれは間違いなく南へ飛んでいきました。この村から南には、森くらいしかございません」
「なるほど。それで南の森に目星をつけているんですね。どのあたりまで調査なされましたか?」
「若い者が森に入って探しましたが、それらしいものは何も……」
「分かりました。では森を探索してみます」
「では、我が家の空き部屋をお貸ししましょう。滞在する間、ご自由にお使いください」
「ありがとうございます!」
オレは好意に甘え、用意された部屋に荷物を置いた。探索用の鞄を背負い、身軽な格好で森へと向かう。
南に進むにつれて、木々が鬱蒼としてきた。橙色の木の実が生い茂っている。
「ニコ、視てみてくれ」
ニコの瞳がきらりと光り、木の実を分析する。すると、木の実の周辺にぼんやりと文字が浮かびあがった。
「ノビーズ……毒が含まれており、人間は食べられない……得られる能力は……目?」
どうやら、食べると目がよくなる木の実のようだ。単純なようだが侮れない。「能力の書」によると、この場合の「目の良さ」とは単に遠くを見る力というだけではなく、動くものを見る力や、観察眼も含まれるらしい。それらが向上すれば、戦闘においてかなり有利だろう。人間は食べられない木の実だが、オレは「悪食」を手に入れたことで、どんな物でも体に害なく食べられるようになっている。
「とりあえず、まずは一口……」
枝から木の実をもぎ、口に含む。
「……味がしない」
全く味がしない。もさもさとした食感のみが下に残る。おいしくはない。口内環境はいまいちだが、我慢したかいがあって効果が表れてきた。もともと目は悪くなかったが、さらに遠くまでくっきり見えるようになっている。あたりを見回していると、ふと視界の端に動くものが見えた。
「……なあニコ、これおいしくないぞ~」
オレは気づいていないふりをして、ニコに話しかける。間違いない、今のが魔物だ。おそらく、姿を消すことに長けた魔物なのだろう。
「もう少し探検してみよーかぁ」
オレはヘラヘラ笑ってニコに話しかけ続けた。魔物はオレが姿を見たことに気づいていない。いかにも当てもなくさまよっているふうにみせかけて、巣のある方向に近づいていったその瞬間――視界の左端に大きな影が飛んでいった。
「!」
気づかれた。目で動きをとらえることはできたが体が追い付かず、左の二の腕に大きな切り傷が刻まれた。
「……っ、いっ、てえ……!!」
ようやく魔物の姿を視認する。それは、大きな鎌のような形状の腕を持つ魔物だった。飛行しており、動きが速い。
「ぐあっ!」
二の腕に続き、右肩に熱い何かがかすめ、じわりと血がにじむ。ズキズキと耐え難い痛みが広がっていく――そういえば、旅の中でこのレベルのケガをしたのは初めてだった。
「いでっ! うわっ!」
いくら目が良くても、避けられなければやられていくだけだ。魔物の猛攻は続いた。避けられないことにじわじわと焦りが積もっていく。
「くっ……! 水流魔術!」
赤属性は青属性に弱い。そして、飛行する魔物は赤属性であることが多い。定石通り青属性の魔術をぶつけたが、魔物はひるみもしない。緊張からか、魔物の姿を見定めることができなくなってきた。
「フーッ!!」
不意に、足元で鳴き声が聞こえた。見ると、ニコが魔物を威嚇していた。――そうだ、今戦えるのはオレだけなんだ。恐れるな! オレがしっかりしなくちゃいけないんだ……!
心を落ち着けて、手がかりを探す。すると、あることに気がついた。こちらの様子をうかがっている魔物の背後に、巣と思わしき穴があった。その周囲に咲き乱れている花は、魔物と同じ色だ。
「ニコ! あの花を調べてくれ!」
ニコが頷き、目を光らせる。予想通り、あの花は、摂取した者の身体を緑属性に変え、青属性の攻撃に強くなる力を与えるようだ。魔物はあの花を食べることで、青属性の攻撃への耐性を高めていたのだろう。ならば、緑属性の弱点――赤属性の攻撃は効果があるかもしれない。
「物は試しだ……! 火の玉魔術!」
火の玉魔術は赤属性の魔術だ。小さな火の玉が魔物に向かって飛んでいくが、魔物はそれがどうしたとばかりにかわしていく。オレの魔術の腕では、素早い魔物には当たらない。だが、オレにはこれがある!
「五つ星の剣よ、我に力を与えたまえ! 万物の形を操る青の宝玉よ! 炎を縄とし、奴を縛り上げろ!」
剣を掲げると、火の玉はうねって姿を変え、ついに魔物を捕らえた。
「そんでもって……、火の玉魔術よ、赤の宝玉の力で業火となれ!」
オレがそう叫ぶと、炎の勢いが激しくなった。魔物はついに断末魔の叫びをあげて、霧散したのだった。
攻略法を見出だしたオレは、その後も冷静に魔物を退治することができたのだった。
「あ、そうだ」
巣穴の処理をしたあと、例の花をニコに分析してもらう。
「やっぱり」
この花を口にすると「素早さ」を高められるようだ。先ほどの魔物は、この花を摂取することにより目にもとまらぬ速度で動けるようになったのだろう。人間にとっては先ほどの木の実よりも強い毒を持っているようだ。常人が食べられるようにするのは難しいだろうなと思いつつ、試しに花弁を一枚ちぎり、口に含んでみる。
「……うわ」
ひどい味だ。先ほどの木の実の比ではない。永遠に舌に渋さが残るのではないかと思うくらいまずい。もったいないので口に入れた分は飲み込むとしても、とてもこれ以上食べることはできない。さすがに花弁一枚では、効果を得ることはできないだろう。「悪食」は食べられないものを食べられるようにはなるが、味は変化しない。毒で死に至ったり腹痛を起こしたりはしないのだが、まずいものはまずいままなのだ。――いや、そんなことをしている場合ではなかった。討伐の証拠である魔物の死骸を早くどうにかしないと、霧散してしまう。
「えーと……黒の宝玉よ、我に力を与えたまえ。魔物の死骸を一時的に保存しろ」
黒属性と白属性は「変化」を司る。この世の全ては変わりゆくものだが、黒属性の魔術はその変化を一時的に止めることができる。白属性の魔術は、逆にものの変化を早める。どちらも治療系の魔術に必要不可欠なものだが、使い方によっては、こうして魔物の身体を保つことにも応用できる。
村に戻り、死骸の一部を村長たちに見せた。
「ああ! これだ! この色、これ、俺が見たやつだ!」
「よかった! これでもう畑を荒らされないわ!」
魔物を目撃した人民たちが喜びの声をあげる。これでオレが魔物を討伐したことは証明された。
「して、報酬の方だが……」
「そのことなのですが……これを見てください」
オレは「五つ星の剣」を取り出し、はめこまれた宝玉を指さした。
「これと似たようなものが、この村のあると伺いました」
「ほお……ああ、これか。ちょっと待っていてくれ。ミァ、ミァや」
村長が手のひらをポンポンと叩くと、小さなネ・コが現れた。首輪にはきれいな緑の玉が埋め込まれている。
「……え? えっ!?」
「行商人から安値で買った石なんだが、ずいぶんきれいでね。ミァの首輪につけてたんだが……こんなのでいいのかい?」
「あっ、はい、そうなん……ですけど……」
思えば宝玉がちゃんと貴重品として扱われていたことは、結局一回もなかった。一応父さんの形見なのだけども。何だか微妙な気分だ。
「とにかく、頂きます……」
若干腑に落ちない気持ちがありつつも、五つ星の剣を掲げる。
「緑の宝玉よ、あるべきところへ」
オレの言葉と共に緑の宝玉が首輪から離れ、「五つ星の剣」の鍔にはめこまれた。すると、「五つ星の剣」がまばゆく輝き――光の粒は剣身に姿を変えたのだった。
「すごい……! これが、『五つ星の剣』の本当の姿……!」
神々しく輝く剣身は、「これなら“災厄の鬼神”を倒せる」という確信を持たせるには十分すぎた。剣はルヴァドスさんに見繕ってもらった鞘にぴったり収まった。
「ありがとうございます……! 報酬、頂戴いたしました!」
「いや、サーシャ殿はそれでよいのかもしれんが、こちらは礼をした気にならない! しばらく留まっていくといい、歓待の準備をしよう」
「……いや、急ぐので、えーと、あの……」
最終的に、村長の飼いネ・コであるミァ用の高級えさ(猫目石獣も食べられる)をお裾分けしてもらい、今後の路銀を最低限頂くことで、かたをつけた。オレが魔物を討伐できるのはニコの力ありきだ。やっぱり、オレばかりに大げさな礼をされるのは気が引ける。
オレは村をあとにし、一度町の酒場に帰ることにした。
「白の宝玉よ、癒しの魔術の力を強めてくれ!」
帰る前に、ケガを治しておくことにした。すり傷を治す程度の癒しの魔術では治せないケガが、色の宝玉の力を借りることで、瞬く間にふさがった。
「おお! すごいな!」
「……ニィ」
ニコがオレの足にすりより、尻尾をからませる。ケガをしたところをさするような動きだ。オレを心配してくれているのかもしれない。それに、さきほどの威嚇。あれも、もしかしたらオレを守ろうとしてくれたのだろうか?
「……ありがとな、ニコ」
「ニィー」
ニコはぶっきらぼうに一言鳴くと、ぼくの前をトトト……と歩いていった。
「あっ」
町に戻ったオレがお腹をすかせて食堂に入ると、見慣れた姿が視界に飛び込んできた。黒みがかった赤色のマントの人物――ユリオロイダが、カウンター席に座っている。一緒にティネマとラミーもいた。
「あんたねえ、受けた依頼が行き違い起こしてて、村に着いたらすでに解決されてたからって、そうあからさまに機嫌悪くしないでくれる? ご飯がまずくなるわ」
「……うるっせえなあ」
「ジーン村の依頼を受けたのだって、どうせ気まぐれじゃない。むしろ、あんたみたいな不真面目な奴じゃなくて、ジーン村もラッキーだったんじゃないの?」
「うるせえっつってんだろ」
怒りからか、ティネマの声が大きい。聞き耳を立てずとも二人の会話が聞こえるほどだ。どうやら、オレが今日受けたジーン村の依頼を、ユリオロイダ一行も受けていたようだ。そして、オレが先に依頼を解決したらしい。
つい気を引かれて彼女たちに目を向けると、今まで気にもしなかった点が目についた。
――「目」がよくなったからだろうか? マントに包まれているはずのユリオロイダの左腕が、わずかながらどこか不自然な動きをしていたことに気がついた。思い返してみれば、彼女はマントを着け始めてからというもの、ずっと左腕を隠していた。ひょっとしたら、ケガをしているのかもしれない。宝玉で強化された癒しの魔術なら、おそらく治せるだろう。オレはいつもの癖で声をかけようとしたが、昨日のやりとりが頭に浮かんだ。
――抜けるっつったのはてめぇの方だろ! ろくな魔術も使えなかったグズのくせに! 旅の間、何の役にも立たなかったくせに! 私の行動に口出しすんじゃねぇ!!
「……いいか」
手を差し伸べたところで、返ってくるのはどうせ、罵声のみだ。気にかけたって損なだけじゃないか。
気の毒なのはティネマとラミーだ。賢者の館の指示でユリオロイダの仲間になったという彼女たちは、嫌でもユリオロイダから離れられない。周囲の二人への目も、どことなく憐憫の情が宿っているように思える。
「そういえば、朝どっかに行ってたわね。あれがなければ間に合ってたんじゃないの?」
ティネマのその言葉が、ユリオロイダは我慢ならなかったらしい。ユリオロイダはガタン、と大げさな音を立て、店から立ち去った。
「~~ちょっと!! いい加減にしてよね!! あたしたち別行動は慎むようにって賢者の館から注意受けたばっかりじゃない!!」
ティネマとラミーが慌ててユリオロイダを追いかけた。店内は一瞬静かになったものの、またもとの賑わいを取り戻していった。
「ニィ、ニィ」
ニコがオレの足にすりより、尻尾をからませる。悲しげな表情だ。オレを心配してくれているのが分かる。
「へへ、ありがとな、ニコ」
気を取り直して、オレは食事を注文するために店員さんを呼んだ。




