第8話 パワハラ幼馴染女勇者にざまぁしますか?
「――サーシャ殿! 大変でござるよ! 晴天鳥が町で暴れ回っているでござる!!」
その朝は、オレをたたき起こすジョンの声で始まった。
支度もそこそこに、オレは宿屋を飛び出した。すると、ジョンの言うとおり、晴天鳥が町の上空を飛び回っているのが目に入った。晴天鳥は獲物を見繕うかのような、らんらんとした目で人々を見つめている。
「今はああして空を飛んでいるでござるが……、先ほどまで、家に突撃したりしていたのでござるよ」
ジョンが指す方向を見ると、屋根の一部が粉砕されている家があちこちにあった。
「町の衛兵の人とかいないの!?」
「それが……、別件で出払っていてこっちに回せる人員はいないのでござるよ!」
そうこうしているうちに、晴天鳥が家屋に攻撃を始めた。このままモタモタしていたら、けが人が出るのは時間の問題だ。どうにか晴天鳥の気を引いて町の外に誘い出すことはできないだろうか? そういえば、以前ティネマが魔物を攪乱するために使っていた魔術があった。それを応用できるかもしれない。
「よし……! 火花魔術! んでもって、五つ星の剣よ、我に力を与えたまえ! 赤の宝玉よ! 火花に色を与えよ!!」
五つ星の剣を掲げると、色とりどりの小さな火花がバチバチと音を立てて飛び回った。
「ジョン、これで晴天鳥を誘導しよう!」
「……っ、いや、駄目でござる! 無視されているでござるよ!」
ジョンの言うとおり、晴天鳥は火花に目もくれずに暴れ続ける。しかし次の瞬間、何かに気づいたようなそぶりを見せた。目線の先には――宿屋の少年、リモニーがいた。
「キュルルィィ……!」
晴天鳥は大きな翼を羽ばたかせ、彼に向かって突進している!
「やべぇ……っ!!」
考えるより早く、体が動く。オレはリモニーを庇うように飛び出した。
バキン、という金属のような音が鳴り響く。オレは咄嗟にかたく目を閉じた。しかし、想定していた痛みはいつまでたっても来ない。
「……?」
おそるおそる、目を開け、晴天鳥の方を見やる。そこには、剣で晴天鳥のかぎ爪を受け止めるジョンの姿があった。決して抜かないと言っていたはずの剣が、抜かれている。剣は真っ二つに折れ、かけらが足下に転がっていた。ジョンは晴天鳥のかぎ爪をはね返し、振り向いた。
「馬鹿野郎!! 考えなしに飛び出す奴があるか!!」
ジョンの口から聞いたことのない怒号がほとばしる。その口調はひどく乱暴で――聞き覚えがあった。
「……あ……」
とっさに出た言葉だったのか、ジョンがまごついた。そのわずかな隙を突き、口の布と頭巾を思い切り剥ぎ取る。
そこには、ユリオロイダの顔があった。
ジョン――いや、ユリオロイダが、焦りを隠せない様子で目を泳がす。オレもオレで、ユリオロイダが顔を隠して別人になりすましていたという事実に、雷が落ちたような衝撃を受けた。
しかし、晴天鳥はオレ達のことなどお構いなしに再びかぎ爪を振るってくる。
「くそ……っ!」
ユリオロイダは体勢を崩しながらも、どうにか応戦する。彼女のわけを聞く余裕はないようだ。
「サーシャ! 今は晴天鳥だ! お前はリモニー連れてどっか行ってろ!」
「わ、分かった……っ!」
オレはリモニーを抱えて安全なところまで運び、おかみさんに預ける。そして、ユリオロイダの様子を見ようと振り向いた。
晴天鳥はなおもユリオロイダにおそいかかる。さしもの彼女も、折れた剣では巨大な晴天鳥の猛攻をさばききれず、ついには剣を奪われてしまった。
「――! ――!!」
しかしユリオロイダは諦めず、何かの鳥のような声で晴天鳥に呼びかけた。ユリオロイダの声を聞くと、晴天鳥の動きが鈍っていく。やがて、完全に攻撃をやめた。
晴天鳥の戦意が失われたことを確認すると、ユリオロイダはオレとリモニーのもとに近づいてきた。そして、かがんでリモニーに視線を合わせる。
「リモニー。最近、なんかの鳥のヒナを拾わなかったか?」
「え……あ……」
ユリオロイダの言葉に、リモニーは明らかに動揺している。
「どこにいるんだ?」
「……ぼくの部屋……」
「そうか。連れてきてくれるか?」
ユリオロイダは静かに笑って、リモニーの頭をぽんぽんと撫でた。リモニーは泣きそうな顔で、家に走って行った。
しばらくして、リモニーは小さな鳥が入ったバスケットを持ってきた。
「もしかして、晴天鳥のヒナ……?」
オレが問うと、ユリオロイダは頷いた。
「ああ。ヒナを町に連れてきちまったから、親鳥が取り返しに来たんだとよ」
「なんでそんなこと分かっ……あ」
賢者の加護のひとつ、「特殊会話(上位)」。人間以外の動物とも会話することができる、というものだ。ユリオロイダは、晴天鳥と会話して事情を聞き出したのだろう。
「さ、リモニー。その子を親鳥に返そうな」
「や、やだ……友だちだもん……」
リモニーが大きな目に涙を浮かべながら、バスケットを後ろ手に隠す。それを見て、親鳥がゆらりと体を震わせ威嚇し始めた。ユリオロイダは晴天鳥を手で制止し、リモニーに再び目線を合わせるようにしゃがむ。そして優しく諭した。
「リモニー、お母さんのことは好きか?」
「え……、う、うん……」
「その晴天鳥の親子もな、リモニー達と同じように、お互いのことがとても大切なんだ。リモニーも、お母さんと引き離されたら、悲しいだろ」
「でも……」
リモニーはしゃくりあげ始めた。彼はかたくなになってバスケットを離そうとしない。それを見たユリオロイダは、立ち上がって親鳥に話しかけた。
「――、――……」
ユリオロイダは聞き取れない言葉でしばらく親鳥と会話すると、リモニーの方に向き直った。
「いつでも遊びに来ていいってさ。これでお別れじゃない、いつでも会えるよ。だから……な?」
「……うん……親鳥さん、ごめんなさい」
リモニーは涙をぬぐい、バスケットを親鳥に差し出した。
「ピィ、チュピピ」
ヒナはオレ達の苦労など知らずに、楽しそうに歌う。親鳥はようやく安心した様子で、ヒナと共に帰って行った。遠ざかる晴天鳥の姿を見て、オレはほっと安堵の息をはいた。
「……あの、ありがとう……」
リモニーがユリオロイダに近づき、彼女の左腕に触れようとすると――
「……っ! 触んな!!」
ユリオロイダは恐ろしい形相で彼の手をはねのけた。その勢いに負け、リモニーは後ろに倒れかける。幸い、オレの方に倒れてきたので、抱きとめることができた。しかし驚いたのか、リモニーは大声をあげて泣き出した。
「あんた……っ! 何すんのよ!」
おかみさんが慌てて走りよってリモニーを抱き上げ、ユリオロイダに対し叫ぶ。オレが受け止めたので、リモニーにケガはない。しかし、ユリオロイダを見る人々の目つきがどんどん厳しくなっていく。
「ひどい……子供にあんなことするなんて」
「世界を救う勇者じゃなかったの?」
「ていうか、あいつ、ずっと遊びほうけてるよな」
「いつもいつもふらふらしてばっかり」
「目が合うと悪態ついてくるんだぜ」
「おれの店なんか、もう何日もツケがたまってて……」
ひそひそとささやかれる陰口。その中に、異質なものが混じり始めた。
「……その点、サーシャ君は素晴らしいよ」
「腰が悪い私の代わりに草むしりをしてくれてねえ」
「峠道の魔物を退治してくれたのもサーシャ君だそうじゃないか」
「私の故郷の村も、彼に助けてもらったのよ」
ユリオロイダへの非難が、オレへの賞賛が、リモニーの泣き声が――ざわざわと混ざり合い、不協和音を奏でる。
「彼の方が、よっぽど勇者らしい」
その言葉が響いた直後――コン、と鈍い音がした。
ユリオロイダに目を向けると、足下に石が転がっている。ぶつけられたのだとオレが気づくより前に、人々は次々とユリオロイダに石を投げつけはじめた。
「お前なんか勇者じゃない!」
「この町から出て行け!」
「そうだ、出て行け!!」
ユリオロイダはただ立っていた。自らの体を庇うこともなく。ただひたすら、彼女に石と罵声が飛んでいく。
「いたっ」
ガツン、とひときわ大きな音が響き、ユリオロイダは小さく呟いた。見ると、彼女のこめかみからどくどくと血が流れていた。彼女は笑っていた。いつか橋の上で見た、何もかも諦めてしまったかのような――あの日と同じ笑い方。
「やめろ!!」
気がつけばオレは、ユリオロイダの前に躍り出て叫んでいた。
人々が水を打ったようにしんと静まりかえる。振り返ると、ユリオロイダは先ほどまでの表情とは打って変わって、にやにやと挑発的に笑っていた。 こめかみの血は乱暴に拭われている。傷は賢者の加護のひとつ、「頑強な肉体」ですでにふさがっているようだ。オレが何か言う前に――ユリオロイダの手がオレの腰をかすめた。
「宝玉の回収、ご苦労さん」
気がつけば、彼女の手に「五つ星の剣」が握られていた。奪われたのだと理解する前に、ユリオロイダは走り去っていった。人々の怒号が彼女の背中に投げかけられる。
「あの……これ」
呆然としていると、追いかけてきたリモニーに声をかけられた。差し出されたのは、剣身の半分が失われた剣。形状や彫られた銘から、間違いなくユリオロイダのものであることがわかる。鈍く光る剣身を見つめながら、この後どうしたらいいのか、ぼんやりと考える。混乱で頭を埋め尽くされたオレは、なぜかこの剣を直さなければと思ったのだった。
「……酷い顔だぞ」
鍛冶屋ルヴァドスさんはそう言ってオレを迎えた。彼の店は被害を受けなかったようだが、破壊された近隣の家の修理のため、先ほどまで外に出ていたとのことだ。オレは何も言う気になれず、無言でテーブルに布を広げ、その上に折れた剣を置く。
「こりゃ派手にやったな。さっきの騒ぎでか?」
ルヴァドスさんは顔をしかめ、剣を手に取る。そして、入念に観察した。
「……そう、か。そうか――名剣にふさわしい『勇者』だったんだな」
「えっ……?」
予想外の言葉に、オレは思わず聞き返す。
「アリブカットデランブール作『緋色』――いくら折れてるったって、分からないはずはないさ。ジョンの剣だってことも、柄でわかる。それに、そいつはジョンが口につけていた布だろう? 声を変える魔術が施されている。そうか、ジョンの奴、勇者ユリオロイダだったのか……」
ルヴァドスさんは嬉しそうな、切なげな笑顔を浮かべ、剣を戻した。
「使い込まれているが、手入れが行き届いている。そういうのは、一朝一夕で取り繕えるもんじゃないさ。なあ、サーシャ。オレは勇者と面識はねえが、悪い評判は耳に入ってきた。ろくでもない勇者が現れちまったもんだと思ってたが……そうか。剣が、命を賭して守りたいと――そう思えるような主人だったんだな」
ルヴァドスさんはしみじみと語った。
「……ユリオロイダ……」
オレが言葉を探していると、店内に大きな声が響いた。
「ごめんください! ここにサーシャって人が来ているそうなんだけど……!」
声の主は、ティネマとラミーがいた。急いできたらしく、肩で大きく息をしている。
「あたし達、用があってカシドスまで戻ってたんだけど、ユリオロイダのやつまた何かしたの!?」
「話を聞こうとしても、皆さん怒り心頭で……」
どうやら、彼女たちは先ほどの事件に居合わせていなかったようだ。事情を話してあげたいが、その前にオレは知らなければならないことがある。
「二人とも、オレを賢者の館に行かせてくれないか」
賢者の館は、清潔感のある白い石造りの建物だった。ティネマとラミーに案内されたとはいえ、オレはやけにあっさりと出迎えられたのだった。そして、オレを待ち受けていたのは、ニコと賢者カウォ様だった。
「カウォ様!? 何でここに!? それにニコも……!」
彼女はニコの身体にかけられた毛布を直しながら答える。
「あたしがいるのは、ここの賢者が留守にしているからさ。ニコは……限界が近いみたいなんだよね。あたしが魔力でサポートしてるってわけ」
彼女の言っていることの意味が分からない。動揺するオレに構わず、彼女は若草色の髪をふわりとなびかせた。
「そんな顔してる場合か? ……衛兵が出払っていただろう? あれは、ここルワーノの防衛だよ」
「えっ……?」
「魔物が峠道を使ってルワーノのすぐ近くまで来ていたのさ」
「な、なぜですか!? 峠道の魔物はあたしたちが退治したはずじゃ……!」
うろたえるティネマを、カウォ様が穏やかになだめた。
「あそこは、“災厄の鬼神”が魔物を人里によこすのに最も適したルートだ。奴ら、一度取り返されたくらいで諦める気はないらしい。そして、以前に比べると魔物を増やすスピードがかなり早まっている。もうあまり猶予はない、ということだ」
カウォ様は、それよりもとオレに視線を移す。
「勇者ユリオロイダに『ジョン』という人物になりすまされた上、『五つ星の剣』を奪われたんだろう?」
知られていたのかという驚きから言葉を失ったオレに、ティネマとラミーが代わりに憤慨した。
「ジョンがユリオロイダ……!? しかも剣を……!?」
「……っ、ひどい……」
激しい怒りをあらわにする二人。
「サーシャ・ローミラー。なぜ君は、勇者ユリオロイダを庇った?」
カウォ様が、こちらに一歩踏み出す。
「嗤えばいいじゃないか。『勇者』という肩書きに酔って、他者を貶める快楽に溺れた、愚かな幼馴染を」
「……いいえ」
オレだって、ユリオロイダの好き勝手な振る舞いにいい加減愛想が尽きた。好きなだけ皆に迷惑かけて、誰からも嫌われてしまえばいいと、思った。
それでもオレは、ユリオロイダがジョンとして発した言葉を忘れられない。
――なら、縁を切ってしまえばよかったのに。苦しんでいたのなら、なぜ――
本当にオレのことをどうでもいいと思っているなら、わざわざそんなことを言うか?
それでもオレは、オレを庇うユリオロイダの後ろ姿を忘れられない。
――馬鹿野郎!! 考えなしに飛び出す奴があるか!!――
本当に利己的な奴が、咄嗟に、自らを盾にしてまで他者を助けようとするか?
それでもオレは、あの橋で交わしたやりとりを忘れられない。
――世界のため、人々のため……私はそんな、偉い奴にはなれない。“災厄の鬼神”を倒した私を恐れて遠ざける皆に、『やっぱりな』って嘲ってやるのが――私の唯一のやる気の源なんだ。……私、だめな勇者だな――
心身共に疲れ切っても『勇者』であろうと努力していた彼女が、今更『ちやほやされすぎて堕落』なんて、本当にするか?
オレはカウォ様に真正面から向き合う。
「リモニーを振り払ったのは、左腕を触られそうになったからだと、オレは思います。腕が痛いというのは、ジョンとして言っていたことですが――あのあざが嘘とは思えない。それに、あのまま何もしなければ、騒ぎの元凶であるリモニーに対して、必要以上に攻撃の目が向いたかもしれない。ユリオロイダの行動は、皆の気をそらした」
緊張で口内がカラカラに乾いている。声が震えている。それでもオレには、はっきりと言葉にしなくてはならないことがある。
「オレは――彼女の愚行が本心からのものとは、やっぱりどうしても思えません。きっと、何か理由があるはずです。もし……もしも本当に、見た目通り変わってしまったのなら、その時こそぶっとばします。だから、オレに真実を教えてください!」
オレの言葉に、顔を見合わせるティネマとラミー。一方、カウォ様は大きく息をはき、真意の見えない瞳でオレを見据えた。
「そうかい。それなら――ヴェニルワの砦に行きな。そこへたどり着くことで、君は初めて知る権利を得る」




