第4話 ミステリアスでござる口調の友達兼師匠ができた
「それは……貴殿には難しい依頼でござるぞ」
酒場の掲示板に貼られた依頼書を見繕っていると、ただならぬ雰囲気の青年に声をかけられた。頭巾を被り、口元は布で覆われていて、素顔はほとんど分からない。それどころか、指先からつま先まで全て服や手袋で隠している。顔の布の隙間から、羊林檎の皮のように赤い瞳だけがわずかに見えた。腰に下げた剣がかっこいい。その異質な姿と聞き慣れない言葉遣いに、思わず面食らっていると、青年は困ったように首の後ろを掻いた。
「おっと、失礼。つい話しかけてしまったでござる。お許しくだされ」
「それは構わないんだけど……君は?」
「拙者はジョン。しがない旅人にて」
ジョンはぺこりと頭を下げた。それにつられてオレも頭を下げる。
「オレはサーシャ。初めまして……、だよな?」
「いかにも。しかし、貴殿のことは噂になっているでござるよ」
「噂?」
予想外の言葉に、反射的に聞き返す。
「どんな小さな依頼でもこなしているそうでござるな」
「それは……」
オレは先日、病気の女の子のために薬草を摘む依頼を受け、報酬を受け取った。だから旅費だけで言えばいつでも次の目的地へ旅立てるが、「五つ星の剣」の宝玉がそろっていないため、まだここを発つことはできないのだ。次の宝玉のありかは現在ニコが調べており、ニコに手伝うことはないかと問うも「無い」とつっぱねられた。宿屋でぼんやりしていても時間の無駄なので、オレは酒場の掲示板の依頼をかたっぱしから受けていたのだった。
「オレも旅人なんだけど、ちょっと時間ができたからさ。それだけだよ」
「そうはいっても、一日に何件も依頼を受けて、しかも遠くの村や森まで足を運んでいるのでござろう? すごいでござるな」
「いやあ、そんな、へへ……体力には自信があるから……」
ストレートな言葉で賞賛され、つい照れてしまう。やっている仕事は、腰を悪くしたおじいちゃんの代わりの草むしりや、砂鼠などのちょっとした魔物退治で、それほど難しい依頼ではない。とはいえ、褒められると嬉しくなるのも事実だ。
「よければ、今日は拙者と共に依頼を受けてはくださらぬか? 拙者一人では難しいのでござるよ」
「ああ、いいよ! なんでも任せてくれ!」
気を大きくしたオレは、内容も聞かずに承諾してしまったのだった。
「青の宝玉よ、我に力を与えたまえ! 動作魔術……んんぬぬぬぅ……!」
羊林檎の皮がナイフ無しにするするとむけていく。しかし、三分の二ほどむきおわったところでバランスを崩し、テーブルの上でころりと転がった。
「あー! もう少しだったのに……!」
観客――少年の声が上がる。
「ちょ、ちょっと休憩しちゃダメ……?」
「えー! もっと見たい!」
しつこくせがまれるのももう何度目か。そろそろ勘弁して欲しい。
所持金の少ないジョンは、宿屋からの依頼をこなすことで宿代としているらしい。そして今日、宿屋の息子リモニーから受けたのは、「変わった羊林檎のパイを食べたい」という依頼。その願いを叶えるため、まずは作り方を特殊にしようと試みた。そう、魔術で羊林檎をむきまくったのだった。リモニーの反応はよかったが、神経を使うのでめちゃくちゃ疲れる。
「リモニー殿、サーシャ殿が困っているでござるよ」
「いや、なんとか大丈夫……」
「動作魔術」は、本来は重い物を持つときの補助として使う魔術で、精密な作業には向かない。しかし、この前「五つ星の剣」の力で「動作魔術」の効果を高めて遠くから薬草を摘もうとしたとき――ものの見事に失敗した。
《最初から何でも操れるなどと思わないことだ。何事にも、鍛錬は必要だ》
ニコの言葉を頭の中で反芻する。未熟であることに無自覚だったオレは、この前あやうくリッシュさんを危険な目に遭わせるところだった。
「……だから、ちゃんと魔術の練習をしなきゃって思ってたんだ。ちょうどよかったよ」
「しかし、汗だくでござるぞ? とりあえず、羊林檎の準備は十分できたでござろう。パイ作りに移ってもよいのでは?」
「……そうだな」
オレはジョンの言葉に従い、宿屋の台所を借りてパイ作りを始めることにした。
「ジョン、その腕は……?」
手袋を脱いで腕まくりをしたジョンの左腕に、びっしりと気味の悪い紋様のようなあざがあった。思わず問うと、ジョンは悲しげに目を伏せる。
「……、ええと……。これは……その、拙者にかけられた呪いなのでござる」
「痛いのか?」
紋様はどす黒く赤い線で刻まれており、痛ましい。心配して声をかけると、ジョンは無理に笑い声をあげた。
「す、少し……はは、大丈夫でござる! 他者に影響はないでござるよ! ただのあざと変わらぬでござる。料理作りも問題な……」
「ちょ、少しって……! 痛いものは痛いだろ! そんなんでパイ作ろうとしてたのかよ!? いいよ座ってて! オレがやるから!」
ジョンは後ろめたげに手をふらふらさせてうろたえた。しかし、オレの勢いに負けたのか、やがて諦めたようにだらりと手を下げた。
「……かたじけない」
「いいって、パイ作りなら慣れてるし」
かまどにパイを入れ、数十分。取り出すと、ふわりと甘い香りが漂う。ほどよく焼き目がついているか確かめれば、羊林檎のパイの完成だ。
「……菓子作りというものは、なかなか重労働なのでござるな」
ジョンが感心した様子で呟いた。確かに、材料を混ぜて、寝かせて、混ぜて、のばして、煮込んで、焼いて……という行程の大変さは、知らないと分からない。おそらく、ジョンはお菓子作りを初めて見たのだろう。今回は生地を寝かせる時間を短くしたが、本来一晩は寝かせるためもっと時間が必要だ。
「普通の羊林檎のパイだな!」
パイをほおばるリモニーは無邪気に言った。レシピ自体は平凡なものなので、その言葉はもっともだった。
「うまいでござるか?」
「うん!」
ジョンの言葉に、にこにことまぶしい笑顔を見せるリモニー。正直なところ、彼は羊林檎のパイが食べたかっただけなのだろう。羊林檎のパイは手間と時間がかかる菓子だ。宿屋の経営で多忙な両親には頼みづらいのかもしれない。
「ジョンも食べるだろ?」
オレが切り分けたパイを差し出すと、ジョンはおろおろとうろたえ始めた。
「あ、いや、えーと……、拙者は結構でござる」
「なんで? おいしいよ?」
リモニーが首をかしげると、ジョンは口元を抑えてうつむいた。
「食べたいのはやまやまでござるが……実は、故郷の掟で、人前で顔をさらしてはならぬのでござるよ」
なるほど、パイを食べるには口元を覆っている布を外さなくてはならない、というわけだ。
「それなら、今泊まってる部屋に持って行って食べるのはどうだ?」
「……それもそうでござるな。では、頂くでござる。リモニー殿、これにて依頼完了……でよいでござるか?」
「うん、二人ともありがとう!」
リモニーの言葉に心が温まる。自分のしたことで喜んでもらえるのって、やっぱりいいな。
「さて。ジョンがパイ食べてるうちに片付けちまうか」
腕まくりをして、洗い物に手をつけようとすると、背後から肩を叩かれた。
「うわぁっ!?」
「水くさいでござるな。拙者もやるでござるよ、サーシャ殿」
振り返ると、そこにはジョンがいた。手には空っぽの皿と布袋がある。
「こちらの袋には、先ほどこの宿屋のおかみさん……リモニーの母君から頂いた、今回の依頼の報酬が入っているでござる。難しい依頼ではないからそう多くはないでござるが、サーシャ殿にほとんど任せてしまったでござるからな。全額持っていくといいでござる」
「おっ、いいのか? ありがとな!」
オレは布袋を受け取って懐にしまった。その間に、ジョンは皿を流しに置いた。
「パイはどうだった?」
そう聞くと、ジョンは心底嬉しそうに答えた。
「とても美味でござった! サーシャ殿のパイはいつもおいしいでござるな!」
口に合ってよかったと返そうとすると――彼の言葉の違和感に気づく。
「いつも……?」
オレは今日初めてジョンに出会った。当然、ジョンに羊林檎のパイを作るのも初めてだ。それなのに「いつも」とはどういうことだろう? 疑問をそのままぶつけると、彼は口ごもった。やがて、観念したように話し始めた。
「……実は、拙者の友も、羊林檎のパイをよく作っていたのでござる。それで、つい癖で、あのように……失礼なことを言ったでござるな……すまぬ」
「なんだ、そうなのか。気にすんなよ。どんな友達なんだ?」
オレは軽い気持ちで言ったが、ジョンは腕を組んで考え込んでしまった。
「……難しい質問でござるな。一言では言い表せない奴でござる」
「そうなのか?」
「拙者は、自分で言うのも何でござるが……故郷の者の中でもかなり強く、将来を期待されていたのでござるよ。そして、遠巻きにされていたのでござる。しかし彼は、『ただの友達』でいてくれた。それが拙者は、とても嬉しかった。彼は拙者の、心の支えなのでござるよ」
しみじみと語る姿に、彼の友に思いをはせる。
「オレも……ユリオロイダにとって、そんな奴になりたかったな」
「……どういうこと、でござるか?」
ジョンがきょとんとした様子で問う。彼がまとう柔らかな雰囲気は、オレを馬鹿にすることはないだろうと思わせた。だから、少し己の胸中を語ってみたくなったのだった。
「勇者ユリオロイダっているだろう? ジョンはあいつのこと、どう聞いてる?」
「そやつのことなら拙者も知っているでござるよ。どこでも悪名高いでござる。この前、男遊びをしているのを見かけたでござるよ」
ジョンは嫌悪感をあらわにする。彼の様子からユリオロイダの評判が本当に悪いことを感じられて、悲しくなった。
「……オレ、あいつと幼なじみなんだ。あいつ、子供の頃から勇者、勇者って皆から期待されててさ。近くにいたオレはよく比較されて、つらい思いをしたこともあった」
「……、そう、で……ござるか。……なら、縁を切ってしまえばよかったのに。苦しんでいたのなら、なぜ」
「ユリオロイダを悪く言うのはやめてくれ! あいつは……あいつは、元はあんな奴じゃなかったんだ!」
思わず大きな声を出してしまい、我に返る。目の前には、目を丸くしたジョンがいた。
「……ごめん、でかい声だして」
ジョンの言い分はもっともだ。暴言を吐き、遊び歩く彼女の振る舞いは、お世辞にもいいものとは言えない。しかし、俺の心には、日々の特訓で摩耗しながら、それでも努力するユリオロイダの姿が焼き付いている。「世界中から期待を背負っていることを忘れ驕り高ぶるクズ勇者に、世界の命運は任せられない。オレが“災厄の鬼神”を倒して、あいつの目を覚まさせてやる」――それがオレの旅の動機で、今も気持ちは変わっていない。
「……でも……やっぱりオレ……忘れられないんだ。頑張ってた頃のユリオロイダのこと。たぶんオレも、ユリオロイダに期待してた。オレ、たぶんまだ受け入れられていないんだと思う。あいつが、変わっちまったことを」
ユリオロイダは、「だめな勇者だ」と自嘲した。それは、人々の期待に押しつぶされそうになっていた彼の悲鳴だった。ユリオロイダの一番の友達だと思っていたオレも、結局は他の人たちと同じように一方的に期待をおしつけていたのだろう。
「……サーシャ殿」
ジョンが、オレの肩に手を置く。
「拙者は……期待というものは、『信頼』と言い換えることもできると思うのでござる。サーシャ殿は、勇者を信頼していたのでござるな。信頼が裏切られたら、傷つくのは当たり前でござる」
「オレの勝手な押しつけでもか?」
「『勇者であることから逃げない』と決めたのは、勇者自身でござる。皆を裏切ったのも、自分の覚悟を反古にしたのも、勇者自身でござるよ。そんな勇者に目にもの見せてやるのでござろう? よいではないか! 拙者も協力するでござるよ!」
そう言って胸を叩くジョンは、とても頼もしく見えた。オレはユリオロイダと比べてあまりにも未熟で、正直なところずっと不安な気持ちでいたのだ。オレが“災厄の鬼神”を倒すなんて絵空事ではないかと、心のどこかでそう思っていた。
「ありがとう、ジョン!」
「フフ……、それでは、洗い物を終えたら特訓でござるな!」
「え?」
感動したのもつかの間、突拍子もない言葉に間の抜けた声が出る。
「え? じゃないでござるよ。サーシャ殿は、いくつ魔術を使えるのでござる?」
「『火の玉魔術』、『水流魔術』、『癒しの魔術』、『動作魔術』の四つだけど……」
「……まさか、本当にそれっぽっちなのでござるか? 隠している魔術とかは?」
「そんなの無いよ」
優しく諭していたジョンが一転、あきれ果てたようにため息をつく。
「サーシャ殿! 無謀と勇敢は違うでござる! 『五つ星の剣』があるとはいえ、よくもまあそれで“災厄の鬼神”を倒そうと思ったでござるな!」
「ちょっ待っ、なんでそんな急に辛口になるんだよ!」
「事実でござるよ! こうなったら休んでる暇など無いでござる! これからビシバシいくゆえ、覚悟するでござるよ!」
「なっ、えっ、マジでぇぇ!?」
そうして、オレの特訓が始まった。ジョンはそれまでの温和さからはかけ離れた熾烈っぷりでオレを指導し、その日は結局、夜が明けるまで帰してもらえなかったのだった。




