第3話 助けを求める声を勇者が手酷くつっぱねたのでオレが引き受けた
何日かの野営を経て、オレは首都ルワーノにたどり着いた。街道には店が並び、行き交う人々でにぎわっている。カシドスを出てからずっと五つ星の剣の宝玉を探しているが、それらしいものは見つかっていない。ろくに手がかりがなく、オレは途方に暮れていた。
「ニィ、ニィ」
「? どうした、ニコ」
ニコが尻尾で指し示した方向に目を向けると、そこには人だかりができていた。小さな民家の前で、夫婦とおぼしき男女とユリオロイダ一行が言い争っている。必死に頭を下げる二人に対し、ユリオロイダは冷たい態度だ。
「勇者様! どうかお考え直しを……!」
「いや。私は一度決めたことは変えねえ。じゃあな」
ユリオロイダが立ち去ろうとするので、思わず割って入った。
「どうしたんだ、ユリオロイダ」
「あぁ?」
ユリオロイダはあからさまに嫌そうな顔をした。オレより少し年上である彼女は背が高く、すごまれると少し怖い。オレはユリオロイダの視線から逃れるように男女の方に問いかけた。
「何があったんですか、お二人とも」
すると、男性の方は苦しげに顔をゆがめ、女性の方はおいおいと泣き出してしまった。思わぬ事態にオレがおろおろしていると、男性は女性の肩を抱き、静かに話し始めた。
「実は、娘が重い病気にかかっているのです。薬の材料は、魔物が生息する危険な場所でして……私達には頼むツテもなく……わらにすがる思いで、町の酒場に依頼したのです」
「酒場?」
酒場に頼む、とはどういうことだろう? 疑問に思っていると、ティネマとラミーが口を挟んだ。
「ここみたいな大きな町の酒場は、住人以外にもいろいろな人が来るじゃない? こういう、誰かに頼みたいけど頼める人がいない、どこに頼めばいいか分からない……そういう困りごとを、酒場の掲示板に依頼書を張り出すの。それで、気がついた人が依頼を受けるんだけど……難しい依頼だと引き受ける人がなかなか現れなくて放置されちゃうのよ。しかも、もし引き受ける人がいても、それはたいてい素性の知れない旅人だから、ちゃんとやりきってくれるのかも博打なの」
「……ご病気で早く誰かに来てほしかったでしょうに……難しい依頼だったから放置されていたようで……だから……勇者様が依頼をお引き受けになったのだけど……」
「よくよく聞きゃあ、ただの薬草摘みじゃねえか。そんなもん『勇者』である私がやるまでもねえ。そのへんのガキにだってできるさ」
「ですから、危険な魔物がいると……!」
旦那さんはユリオロイダにすがるが、彼女は聞く耳を持たない。その傍若無人ぶりに、オレの堪忍袋の緒が切れた。
「……いい加減にしろよ、ユリオロイダ! 一度引き受けるって言ったんならちゃんとやりやがれ!!」
オレは激昂して怒鳴りつけた。しかし、ユリオロイダは涼しい顔だ。
「お前さあ、いつまで仲間ヅラしてんだよ。他人が口出しすんじゃねえ」
ユリオロイダはそう言い捨てると、マントを翻してスタスタと去って行った。その後を、ティネマとラミーがこちらを気にしながらもついていく。
残されたオレ達の間に、重苦しい空気が流れた。奥さんの泣き声が痛々しくて仕方ない。このまま立ち去ることなんて、できるわけがない! だから――、
「二人とも!! オレが引き受けます!! オレが娘さんの病気を治して見せます!!」
そう、オレは大見得を切ってしまったわけだ。
「サーシャさん、こっちよ!」
「わ、わかった!」
依頼人――サファイア夫妻の幼い娘であるソルちゃんの病気に必要な薬草は、町外れの小さな森に生息しているという。土地勘のないオレは、ソルちゃんの姉であるリッシュさんに案内してもらうことになった。
「リッシュさん、本当にこっち?」
「そうよ! 一回、自分で来たもの!」
「えっ!? 危なかったんじゃ……」
リッシュさんはフンと鼻をならす。
「もちろん、危ないわよ。後でお父さんからこっぴどく叱られたわ。でも薬草はちゃんと、見つかった、のよ……」
元気に話していたリッシュさんの声が、だんだんか細くなっていく。
「魔物がいたのか?」
「……うん。大きな鳥みたいな魔物がいてね。怖くなって逃げてきたの」
恐ろしげに自分の肩を抱くリッシュさんの姿を見て、オレまで不安になってきた。
オレが使える魔術は、小さな火の玉を出現させる「火の玉魔術」、小さな水しぶきを出現させる「水流魔術」、軽い擦り傷を治す「癒しの魔術」、重い物を動かすときなどに使う「動作魔術」――その四つだけ。どれも初歩的な魔術ばかりだ。日常生活で魔術を使うだけならこれだけでも十分なのだが、戦闘となるとそうもいかない。リッシュさんに危険が及ばないように気をつけなければ。
「……ニ」
不意に、ニコが尻尾でオレたちを制した。体をこわばらせ、前方を警戒している。オレはリッシュさんに小声で話しかけた。
「……もしかして、このあたり?」
「ええ……あ、あったわ……あそこに、巣があるでしょう?」
ひときわ大きい木の上に、大きな鳥の巣があった。巣の中では、これまた大きい、青い鳥のような魔物が眠っている。木の下には、赤い花が群生している。
「サーシャさん、あの花が薬草よ」
「……分かった。それじゃ、あいつが眠ってるうちに採らないとな……あ、そうだ!」
五つ星の剣にはめこまれた青の宝玉は、青属性の魔術を強力にすることができる。この力で「動作魔術」の効果を高めれば、もしかしたら遠くから薬草を摘めるかもしれない。物は試しと思い、オレは「五つ星の剣」を掲げ、小声で宝玉に呼びかけた。
「青の宝玉よ、我に力を与えたまえ……動作魔術」
狙い通り、薬草が土から引き抜かれていく。しかし、力加減がとても難しい。裁縫針の穴にひたすら糸を通し続けるような集中が必要だ。少しでも手元が狂えば、薬草をバラバラに引き裂いてしまいそうだった。
「よし……まずはひとつ……」
オレは薬草を摘むことに集中しすぎて、近づいてくる気配に気づけなかった。
「サーシャさん!!」
リッシュさんの叫び声でオレは我に返った。顔を上げると、鳥の魔物がオレを睨み付けて唸っている。
「うわっ……!!」
思わぬ事態に飛び退いた。とにかく、応戦しなくては。出が早いのは確か「火の玉魔術」だったっけ? あわてて詠唱を始めると――、
「ニィーー! ニィニィニィ、ニィ!」
ニコが突然割って入り、激しく鳴いた。その姿はまるで、魔物を説得しているようだった。
「ニコ……? どういうことだ?」
「ニィ!」
ニコが目を光らせて魔物を分析した。この前と同じように、文字が浮かび上がる。
「晴天鳥……卵は高級品として扱われる……卵を生み育てる間は警戒心が強く、近づくと襲われることもある……しかし、近づかなければ襲っては来ない……その巨体から魔物に間違われやすいが、魔物ではない!?」
読み上げると、そこには驚きの情報が書かれていた。見た目が大きく凶暴な時期だったために魔物と思われていたが、正体はただの鳥だったのだ。
「ど、どういうこと? サーシャさん、何を言ってるの?」
リッシュがきょとんとする。どうやら、ニコが出した文字はオレ以外には見えてないようだ。
「えーと……ニコが教えてくれたんだ。あれは魔物じゃない。接し方に気を付ければ、無害なんだ。……ん、あれ? ニコ、もしかしてあいつと話せるのか?」
「ニィ!」
ニコは、いかにもと言った風に返事をした。
「じゃあニコ、オレが言ったことを伝えてくれるか? ……すまない、晴天鳥。君の巣を荒らすつもりはない。オレたちは、ただそこの薬草を摘みたいだけなんだ」
「ニィ、ニィニィ、ニィー」
ニコはオレの言葉を聞くと、晴天鳥に対し会話するように鳴いた。すると、晴天鳥はオレたちの事情を理解したのか、のそのそと巣に戻っていく。
「これで一安心だな……」
「そうね……あら?」
リッシュさんが何かに気がついたかのように晴天鳥の方に顔を向ける。オレもつられて視線を移すと、ニコが晴天鳥から何かを受け取っていた。
「ニィ」
ニコに差し出されたのは、いくつかの小さな木の実だった。暗い赤紫色をしていて、毒々しい。
「……晴天鳥が、オレ達に?」
「ニ」
ニコはまた目を光らせ、木の実を分析した。浮かび上がった文字には、それが晴天鳥の主食であること、人間にとっての毒が含まれること、食べると「身体の鍛えやすさ」が向上することが書かれていた。卵が高級品ということは、人から攻撃されることもあるだろう。危害を加えなかった礼、ということだろうか? リッシュさんは残念ながら食べられないが、オレは特殊能力「悪食」のおかげで食べられる。オレはその旨をリッシュさんに説明した。
「……正直信じがたいけど、私は薬草があればなんでもいいわ。どうぞ」
「そっか、わかった! じゃあ薬草を摘もうか」
オレ達は薬草を持って家に戻り、ソルちゃんのかかりつけの医師に薬を調合してもらった。この薬を飲み続ければ、完治していくとのことだ。医師が家族にそう伝えると、一家はうれし涙を流しながらオレに何度も何度も頭を下げる。
「本当に、本当にありがとう、サーシャさん……!」
こんな経験は初めてで、オレは無性に気恥ずかしくなったのだった。
彼らが落ち着いたところで、オレとニコは客間に案内された。
「さて、サーシャ殿。報酬はいかがしようか」
「えっ?」
旦那さんの言葉にオレが思わず間抜けな声を出すと、彼は楽しげに笑った。
「わっはっは。君は娘を助けてくれた恩人なんだ。礼をするのは当然だろう! さあ、何をしようか? あまり大それたことはできないが、できる限りのことをしよう」
「ええ……と」
オレは考え込んだ。今一番困っているのは路銀だ。勇者ユリオロイダには資金提供があったが、本来旅人というものに定まった収入はない。なるほど、酒場の依頼を引き受けるのが大抵旅人なのはこういう理屈だったのか。彼らの様子を見るに、お金が欲しいと言えば喜んで払うだろう。しかし、オレはちゃんと誠意を持って返答しなければならない。
「薬草を手に入れられたのは、ニコのおかげです。お礼なら、ニコにしてほしいのです」
「え?」
「……ニ?」
今回、オレはほとんど何の役にも立てなかった。ニコがいなければ、事件の解決どころかリッシュさんに危険が及んでいたかもしれない。そう考えて発言したのだが、一家とニコはほぼ同時に驚いた声を上げた。冷静に考えたら、何も知らないご夫妻からしたら「飼い主でなく飼っている動物に礼をしろ」というのは妙な表現かもしれない。
「あ、つまりですね、これは……」
「お父さん! 私達が困ってた時、この猫目石獣の子が助けてくれたのよ」
「なるほど、わかった。それでは、何をすればその子は喜んでくれるかな?」
リッシュさんが解説し、旦那さんは鷹揚に頷いた。説明下手なオレの気持ちをくみ取ってくれてありがたい。
「えー……と、ニコ、どうすればいい?」
「ニィ」
ニコは座っていたソファから飛び降り、棚に飾られた赤く小さな玉を指し示した。「五つ星の剣」にすでにはめ込まれている「青の宝玉」と同じ紋様が、赤い玉に刻まれていた。
「……え!? そ、それは……!」
「……? もしかして、この赤い石が欲しいのかしら? リッシュが小さい頃、川で拾ったものなんだけど……」
奥さんがいぶかしげに問うので、オレは慌てて答えた。
「これ、オレの旅に絶対必要な物なんです! あの、譲っていただけませんか!?」
「こんなものでよければ……」
「ありがとうございます! では、さっそく。赤の宝玉よ、あるべきところへ!」
詠唱とともに、五つ星の剣を掲げる。オレの言葉と共に宝玉が宙に浮かび、五つ星の剣の鍔に吸い込まれるようにはめこまれた。一家はしばらくあっけにとられていたが、オレが帰ろうとすると慌てて引き留めた。
「いやいや、これだけではさすがにお礼をした気になりませんよ!」
正直なところ無力感でしんどいので、これ以上のお礼をもらうのは心苦しく感じる。しかし、旅を続けるにあたってお金が必要なのも事実だ。結果的に、オレは今後の旅費として最低限の報酬を受け取ったのだった。
そして帰り際、リッシュさんに声をかけられた。
「嬉しすぎて……気分が落ち着かないの。ちょっと、待っててくれる?」
オレ達は少し待たされた後、散歩に誘われた。ニコ、オレ、リッシュさんの並びで公園のベンチに座る。
「今日は本当にありがとう、サーシャさん」
「……あ、その、どうも……」
女の子と二人きり(ニコがいるけど)で過ごすなんて、ユリオロイダ以外だと人生初めてだ。こういうとき、どんなことを言えばいいのかさっぱり分からない。
「そもそも、普通の動物と魔物って何が違うのかしら?」
リッシュさんがふと、といった様子でオレに問いかけた。魔術師の勉強で、動物は無為に殺さないようにと教わった。逆に魔物は見つけ次第、絶対に排除しなくてはならないとも。それ以上のことは忘れてしまった。何か手がかりがないかと思い、「能力の書」を召喚し、ページをめくる。すると、記述が見つかった。
「ええと……、 “災厄の鬼神”は、自らが浸食した土地から生気を奪って糧にする。“災厄の鬼神”の力に蝕まれた地域の土から『魔物』が生まれる。『魔物』は“災厄の鬼神”のしもべであり、主がさらなる栄養を得るために活動する……倒された魔物は霧散し、塵すら残らない……」
なるほど、「魔物」が守る地域を奪い返すことで、それ以上、土地が蝕まれることを防げるらしい。それと、魔物を排除しても、土地がよみがえるわけではないようだ。“災厄の鬼神”の力は大陸の半分にまで及んでいる――確か、ニコはそう言っていた。
「きっと、“災厄の鬼神”を倒さないかぎり、いくら魔物を倒しても意味がないんだろうな」
それを聞いたリッシュさんが、怯えた様子で肩をふるわせる。このあたりは“災厄の鬼神”の力の干渉が少ないが、生気を奪われた土地は本当にひどいありさまらしい。はやく「五つ星の剣」の宝玉を集めなければ、と気が引き締まる。
「ニコ、お前もしかして、宝玉の場所が分かるのか?」
よく考えたら、そもそもニコに導かれなければオレは今回の事件に関わらなかったかもしれない。ニコに問いかけると、鳴き声で肯定した。きっと「五つ星の剣」の化身の力なのだろう。今まであまりにも宝玉の手がかりがなかったため、今後の指針がはっきりして少し安心する。
「あ、そうそう、さっき待たせたのはね、これを焼いていたの」
リッシュさんがバスケットから取り出したのは、羊林檎のパイだった。
「これ、お母さんが好きでね。ソルが病気になって一番塞ぎ込んでたのはお母さんだったから、気持ちが明るくなるように、今日焼くつもりだったの」
「じゃあ、パイの準備は昨日からしてたの? 生地を寝かせなきゃだし」
「ええ、そうよ。詳しいのね」
「うん、家でよく作ってたから」
オレは菓子作りが趣味だ。オレと兄に菓子を作ってくれた母のまねから始まり、いつの間にかハマってしまったのだ。――この前、「記憶力」を高める花を食べたからだろうか? オレの菓子を喜んで食べてくれた母や兄の姿が、いつもより明確に思い出せる。そういえば、ユリオロイダもよくオレの菓子を食べに来ていた。いつも疲れきって帰ってくる彼女を少しでも癒やしたくて、オレから誘ったのだ。気が抜けない毎日を送っていたせいか、彼女の表情はいつも険しかったが――甘味を口に運ぶときだけ、わずかに頬を緩めていた。
そこまで思い浮かべて、オレはふと疑問を感じた。ユリオロイダが普通に依頼を受けていたら、リッシュさん達は当然オレに依頼しない。そして、オレの元に「赤の宝玉」が渡ることもなかった。あの場では彼女の責任感のなさに怒ったが、考えれば考えるほど彼女に何の得があったのか分からなくなる。
「……何で、ユリオロイダは依頼を断ったんだろう」
「え? ……『ただの薬草摘みだ、私がやるまでもない』……そう言ってたじゃない。きっと、勇者であることを鼻にかけて、こっちを馬鹿にしてるのよ」
リッシュさんはオレの手を取って優しく微笑んだ。
「今日は本当にありがとう。私にとってはあなたが勇者よ。サーシャさん」
彼女の手のひらが柔らかい。顔を近づけられ、胸が高鳴る。これはひょっとして「脈あり」というやつではなかろうか? たちまち脳内に幸福なイメージが浮かぶ。これから二人は少しずつ距離を縮めてゆき……やがて愛し合う仲となり――
「あ、ポンコツ」
のぼせた頭に冷や水をかけられたかのように、一気に現実に引き戻された。視線を移すと、そこにはユリオロイダがいた。着飾った格好の男性を二人連れている。ティネマとラミーの姿は見えない。
「あきれた……! 勇者とあろうものが男遊びだなんて!」
リッシュさんが憤慨する。しかし、ユリオロイダは意にも介せず、嫌みな笑顔を浮かべた。
「そうは言うけどなお嬢さん。隣の野郎だって、あんたに鼻の下のばしてるぜ? そいつとどう違うんだよ」
「サーシャさんをバカにしないでくれる!? 彼はあんたと違って下世話なこと考えてないわよ!」
リッシュさんの剣幕は迫力満点だ。「もしかして脈ありかもとか考えてました」――なんて、口が裂けても言えない雰囲気である。
「あっそ。ま、ポンコツのことなんかどうでもいいか。行こうぜ、二人とも」
「ああ、そうだね♡」
男性二人が猫なで声で答える。そして、ユリオロイダは両手に花状態で去って行くのだった。
「全くもう……いるのよね、何でもかんでも恋愛に結びつけるやつ。失礼しちゃうわよね!」
「そ、そうだな」
ぷりぷりと怒るリッシュさんに、オレは言葉を濁すほかない。ごめんなさい、リッシュさん。オレもわりと下世話です……!
オレは曖昧に笑って後ろめたい気持ちをごまかしながら、彼女を家まで送ったのだった。




