第5話 積み重ねた鍛練は決して裏切らないでござるの巻
ニコの宝玉探しは続いている。オレはオレでジョンから厳しい指導を受ける忙しい日々を送っていて、ここ数日はほとんど顔を合わせることすらない。
最近はオレが泊まっている方の宿屋併設の食堂で、ジョンと朝食を取るのが習慣になっていた。
「サーシャ殿、今日は訓練の前に行くところがあるでござる」
「ん?」
「拙者も『五つ星の剣』について調べたのでござるが、宝玉を集めたら真の姿――剣身を取り戻すそうでござるな」
「真の姿がどんなもんかまでは聞かされてないんだけど、そうなのか?」
「そうらしいでござる。で、知り合いに鍛冶師兼武器屋の方がいるのでござるが、先に鞘を見繕ってもらったらいかがでござろう」
「あー、そうだな……。ニコに探してもらってはいるけど、いつどこで揃うか分かんないもんな」
オレはジョンに賛同し、彼に案内してもらうことにした。
「おっ、ジョンじゃねえか! 今日はダチも一緒か! さ、あがれあがれ!」
剣専門鍛冶師のルヴァドスさんは、大柄で筋肉質なおじさんだった。ジョン曰く明朗快活でおせっかいで人なつっこく、話し好きらしい。「同業の奴らは頑固っつうか暗いっつうかよぉ、どうもウマが合わねえんだ。酒にも茶にも付き合ってくれねえ」とは、ルヴァドスさんの言。ジョンは以前ルヴァドスの依頼を受けたときに気に入られて、それからというもの時々こうして話をしているそうだ。
「俺の長年の勘が言ってんだ。こいつの剣はいい剣だってな! 一目見るまでは逃がせねえなあ」
ルヴァドスさんの言葉を聞き、オレはジョンの腰に下げられた剣に目を移す。鞘に収められた剣身を、そういえばオレは見たことがない。
「いくら頼まれても、こればっかりは駄目でござる。家の教えで、この剣はけして抜いてはならないのでござる」
「ちっ、ケチだな」
口ではそう言いつつも、ルヴァドスさんはあくまでジョンが自ら剣を見せることを待っているようだ。
「じゃあ、普段戦うときはどんなふうにしてんの?」
俺の問いに、ジョンが鞘をポンポンと叩きながら笑う。
「鞘のままで戦うでござるよ。ほら、鞘のままベルトから外れるようにしているのでござる。それに、打撃もバカにできないでござるよ」
確かに、鞘のままだとしても、剣で力強く殴打したらかなりのダメージになるだろう。でもそれならもっと他に適した武器があるのではないか? 疑問を呈すと、ジョンは笑って答えた。
「拙者の憧れの人が、剣の使い手だったのでござるよ」
ジョンが思いを馳せるように遠くを見つめる。
「豪快で、情に篤く……それでいて、決して冷静さを失わない方でござった。その人に剣を教えてもらった時間はわずかでござるが……幼く未熟な拙者の未来を信じ、導いてくれたのでござる」
話を聞きながら、ジョンの話す人物を思い浮かべた。その人物像は、父さんのものによく似ていた。勇戦士団団長だったオレの父さん、ザリアット・ローミラー。彼の記憶がほとんどないオレは、父さんがどんな人か知りたくて、よく周囲に父の話をせがんだものだ。
「その名前は俺も知ってるな。勇敢な戦士って話はかなり有名だぜ」
ルヴァドスさんの言葉に、何だか誇らしくなる。父親を賞賛されるのは嬉しい。
「サーシャ殿は父の遺志を継ぎ“災厄の鬼神”を倒す旅をしているのでござるよ!」
ジョンがオレの肩を抱いて元気よく話す。そこでオレは、元々の目的があったことを思い出した。
「……あ、そうでした、そのために『五つ星の剣』の鞘が欲しいんでした」
「ほう……? どれどれ、見せてみろ」
オレは言われるがままに「五つ星の剣」を取り出す。宝玉は現在「青」と「赤」がある。まだ宝玉がそろっていないので、剣身は折れて、欠けたままだ。ルヴァドスさんに事情を話したところで「そういえば剣身が戻ったらどのくらいの大きさになるのか」という点を忘れていたことに気がついた。
「大きさが分からなければ作りようがないですね……」
オレががっくりする。しかしルヴァドスさんは不敵に笑った。
「フム……ちょっと持ってみてもいいか?」
「? どうぞ」
ルヴァドスさんは「五つ星の剣」を手に取り、軽く振ったり剣を見つめたりした。やがて、満足げにオレに剣を返した。
「いい剣ってのは、こっちに語りかけてくるもんさ。こいつも実にいい剣だ。分かるぜ、こいつがどんな剣身になるのかが! 任せな、いい鞘を見繕ってやるよ」
「本当!?」
オレは思わずルヴァドスさんにつめよる。あわてて姿勢を正すが、ルヴァドスさんは楽しそうに答えた。
「おうともよ! んじゃ、お前さんがたは修行に行った行った! 今日の夕方には用意ができるだろうよ」
「それじゃ、訓練の帰りに寄ったんでいいかな、ジョン」
「ああ、いいでござるよ。それではルヴァドス殿、よろしく頼むでござる」
オレ達はルヴァドスさんに見送られ、彼の元を後にした。
オレはいつも町外れの森にて鍛錬している。
「えっと……水流魔術!」
オレはびゅんびゅんと飛び回る魔物に攻撃をぶつけた。赤属性は青属性に弱い。そして、飛行する魔物は赤属性であることが多い――頭で分かっていても、いざとなるとなかなか行動に移せないものだ。
「サーシャ殿! 反応が遅いでござるよ! ……一度中断するでござる。心を落ち着けるでござるよ」
魔物がぴたり、動きを止めた。訓練の相手である魔物は本物ではなく、ジョンが用意した擬似的な魔物だ。精巧に作られており、迫力も戦い方も本物そっくりだ。
「サーシャ殿は土壇場の対応が苦手でござるな」
「うん……気を落ち着けてなら大分うまくなったんだけどな……たとえばほら、強化動作魔術!」
足下に咲く花に意識を向け、何本か花を抜く。そしてくるくると茎を操り、花冠を作った。
「どうだ!」
「おお! すごいでござるな」
オレの訓練は、主に肉体の鍛錬と魔術の練習の二つに分かれる。積み重ねの甲斐あって、オレはこの通り着実に力をつけている。特に動作魔術系統の魔術は「五つ星の剣」がなくても自在に使えるまでに成長した。薬草摘みの依頼を受けたときに晴天鳥から礼としてもらった「身体の鍛えやすさ」を向上させる木の実の効果は、魔術の腕の向上にも影響を与えているようだ。それを伝えると、ジョンは感心したように唸った。
「ほう、『身体の鍛えやすさ』……でござるか。まあ、何事も身体が基本でござるからな」
「確かにな。あ、だからユリオロイダがもらった賢者の加護にも『頑強な肉体』なんてのがあるのか」
賢者たちがユリオロイダに与えた「賢者の加護」。「頑強な肉体」とはその中の一つで、鍛錬の効果が常人より高くなる、というものだ。また、自動的に癒しの魔術が発動し、ケガをしても一定時間経てば回復する。
「……。短い期間で、どれだけ力を伸ばせるかが重要だったのでござろう」
「そうだなあ。訓練めっちゃ大変そうだったし」
オレがそう言うと、ジョンは重苦しい雰囲気をまとって黙り込んだ。
「……どうして、サーシャ殿はそんなに屈託なく勇者の話ができるのでござるか」
「え?」
質問の意図が読めず、反射的に聞き返す。
「言っていたでござるな。『頑張っていた頃のユリオロイダを忘れられない』と。……勇者は、サーシャ殿を裏切ったのでござるよ。なのに、なぜ……?」
布に覆われたジョンの表情は読み取りづらいが、その声は悲痛さを帯びていた。
「もしかして、オレを案じてくれているのか?」
「そうで……ござるな。サーシャ殿は人がよすぎるのでござるよ。この前だって、勇者を庇うようなことを言って……。勇者の悪名は、貴殿が思っているよりずっと広まっているでござる。勇者を疎ましく思う輩に、危害を加えられるかもしれないのでござるよ?」
「まあ確かにそれはあり得るな。……そういえば、昔、こんなことがあったっけ」
オレもユリオロイダもまだ子供だった頃。橋の上で話をしたあの日から、オレはユリオロイダと友達になった。ユリオロイダ本人はオレと対等に接していたが、周囲は平凡なオレを「勇者の友」にふさわしくないと見なした。それはやがて「勇者につきまとっていて迷惑をかけている子供」という扱いになり、オレはユリオロイダの覚えをよくしようとしていた一派に目をつけられ、暴力をふるわれるようになった。ユリオロイダの忙しさはよく知っていたし、彼女の負担になるのはかっこ悪い気がして、誰にも言わなかった。しかしある時、どこからかそれを聞きつけたユリオロイダが俺を助けてくれた。
「失せろ」
ユリオロイダの迫力に気圧されたのか、ユリオロイダと諍いを起こしたくなかったのか、彼らはすごすごと逃げていった。結局守られてしまったことに気恥ずかしさを感じて、彼女の顔を見られずうつむいた。場に不自然な沈黙が流れ、「余計に気まずくなっちゃったな」と思いながら顔を上げる。彼女の顔を見ると――頬に涙が伝っていた。
「えっ……」
茫然自失、といった様子で、拭いもせずにただただ涙を流し続けるユリオロイダ。一目で明らかに異常事態だとわかるくらい、彼女の顔には表情というものがなかった。
「ごめん、私のせいで」
そんなユリオロイダの姿を見たのは初めてだった。オレはとにかく元気になって欲しくて、母さんから教わった「悲しい気持ちがやわらぐおまじない」を試してみた。「泣き止むまでお菓子の名前を唱え続ける」という、今思えば変なおまじないだったけど、彼女は笑ってくれた。
「あいつ、自分のせいでオレが傷ついたって思って泣いたんだろうな。勇者としての期待を背負ってたせいか、責任感が強いやつだったから。ユリオロイダは全然悪くないのにな」
だからオレは、ユリオロイダの変化を受け入れられない。というよりは――
「不可解なんだ。あんな風に泣く奴が、今更ちょっと褒めそやされたくらいで調子に乗ってることに、違和感がある」
「……人間なんて、そんなものでござるよ。簡単に変わってしまうものでござる」
ジョンは吐き捨てるようにそう言った。いつもの朗らかさが全く感じられない、冷たい声だった。
「なんかジョンってさ、ユリオロイダには辛口だよな」
「サーシャ殿が甘いのでござるよ。あんなやつ、案じるだけ不毛でござる」
帰り道の森は霧がかかっていた。
「うわ、視界わっる。なんでこんな霧すごいの」
「おや……近くに、『霧の湖』でもいるのでござろうか」
「『霧の湖』?」
「霧は小さな水の粒が空中に浮いているものでござる。本来は気候や地形的なあれそれで発生するものでござるが、『霧の湖』はそれらとは関係なく突発的に霧を発生させる、おばけみたいなものでござるよ」
「へえ……、じゃあ、動作魔術でその小さな水の粒を動かして、霧を晴らせないかな」
「まあ、理屈ではできると思うでござるよ。力試しにやってみたらいかがでござるか?」
「よし! 強化動作魔術!!」
ざあ、と風がうねる。やがて、白んでいた景色が色を取り戻していった。
「よっしゃ、マジでできた!」
「おお……! すごいでござるな、サーシャ殿!」
こんなことができるようになるなんて、以前は考えられなかった。着実に成長しているのだと感じられた瞬間だった。
夕暮れ色に染まる首都ルワーノに帰る。ルヴァドスさんのもとに向かうと、はつらつとした笑顔で迎えられた。
「おう、来たな! 鞘の用意はできてるぜ」
鞘は、シンプルで丈夫そうな作りをしていた。この鞘に「五つ星の剣」が収まる日が楽しみだ。
「あとよ、サーシャ。ちっと頼みがあるんだがな」
「何ですか?」
「噂で聞いたんだが、サーシャは勇者の知り合いらしいな。で、あの勇者、評判はよくねえが、奴の持ってる剣はあの『アリブカットデランブール』の作『緋色』だそうじゃねえか!」
「ありぶ……?」
「フォルトット王国一の腕っつう、生ける伝説の鍛冶師さ! 彼が打った剣なんて、お目にかかるチャンスは滅多にねえ! なんとかして一目見せてもらえねえか?」
叶えてあげたいとは思うが、さすがに現状のオレとユリオロイダの仲でそれを頼むのは難しいだろう。それを伝えると、ルヴァドスさんはがっくりと肩を落とした。
「そうか……、まあ、勇者がアレじゃ、仲違いも無理はねえか。くぅ~っ、見たかったなぁ、銘……」
「ルヴァドス殿、あまり無茶をいうものではないでござるよ……」
よしよしとジョンになだめられるルヴァドスさん。彼は悪い人ではないと思うのだけど、少々ミーハーなところがあるようだ。
帰路につくと、ニィと聞き慣れた声がして振り返る。そこにはあのニコがいた。
「ニコ! 帰ってたのか」
オレはニコを抱き上げる。ジョンが興味深そうにまじまじと見つめた。
「猫目石獣でござるか? 人になつくのは珍しいでござるな」
ニコは猫目石獣の姿をしているが、本質はあくまで「五つ星の剣」の化身である。それを話すと、ジョンは礼儀正しくニコに挨拶をした。
「……。これはこれは、挨拶が遅れたでござるな。拙者はジョン。サーシャ殿の友人にて」
「ニィ」
「あー、ニコは賢者の館の近くでないと会話ができないんだ。ルワーノにもあるのかな、賢者の館」
「あるにはあるでござるが……首都は広いでござるからな、ここからは少し遠いでござる。言葉を交わしての挨拶はまたにしようでござる」
「そうか? ……あ、ていうか、ニコ戻ってきたって事は、見つかったのか? 宝玉の場所!」
「ニ!」
ニコはそうだ、と言わんばかりに胸を張る。そうと分かれば、次にすることは決まった。
「じゃあ、早速明日向かってみるか!」
「それなら拙者もお供するでござるよ!」
「本当か! ありがとな!!」
一人で行くものとばかり考えていたため、思いがけない申し出に驚いたが、彼がいるなら心強い。
オレは待ち合わせの予定を決め、ジョンと別れたのだった。




