どうしてこうなったⅡ
――どうして、だろうか。
長町己龍は己の現状にそう疑問を抱く。
別に通っている学園に不満があるわけではない。そもそも私立松向学園は通うことが当たり前なのだから。
では生徒達の反応? いいや、それもない。才覚がある人間と上に立つ人間が交流するべく建てられたここで、入学した一般人からしたら雲の上の人間である自分たちに対し一歩引く位は容易に想像できる。
では――と仏頂面で歩きながら考え事をしていたところ、「あれ、長町君」と声を掛けられたので我に返った。
声を掛けてきたのは煉獄寺颯。同列……というわけではないが、同じ雲の上の人間。
「どうした?」
「いや、何やら考え事をしながら廊下を歩いていたから声を掛けてみたんだけど、どうしたのさ?」
質問を本題で返された己龍はふむ、と少し思案してから「実はな」と切り出す。
「えっ」
「どうした?」
「いきなり相談を持ち掛けられるとは思わなくてさ……」
その言葉に、そういえば前は相談するのが癪ではぐらかしたんだったかと思い出す。
煉獄寺颯。金融業界の一角を牛耳る一人息子。他人をよく観察しており、表情の差異や雰囲気で人の悩みを察することができる。
最近はどうも誰かといることが楽しいみたいだが、ここ一ヶ月は自分の事で手一杯だったので詳しく知らない。
と、最新情報を更新してから「入学初日に路上に倒れていた人を助けたんだが」と続ける。
「あ、遅刻したんだっけ。珍しかったけど、人助けなんだ」
「一応義理人情位は持ち合わせているからな……で、だ。助けた人が何故か懐いてな」
「ふんふん……なんか理想的なボーイミーツガールだね……って、懐く?」
「登下校時に待ち伏せでもしているのか一緒にいることが多かったりするのだが、」
「それ、ストーカーじゃないの?」
「二人もいてな」
「?」
颯は目が点になる。
一応、別な目的のために廊下を歩いていたが、深刻そうな友達が気になって声を掛けた結果、予想以上に訳が分からない話だったことに。
長町己龍。
「自分は凡夫」だと自虐する、表情が死に切っている友達。上に兄と姉がおり、「家を継ぐのは優秀な長兄一択。長姉は良縁に恵まれるだろう」と身内を評価する、敵に回したくない男。
表情筋が死に切っており、口調に抑揚があまりないため怖い印象が最初に出てくるが、話している時の雰囲気とかでだいぶ感じが良い人だと理解できる……そんな初見殺しな人物。
そんな彼の悩みが恋愛小説とかで描写される冒頭のシーンに変化球を混ぜた現状だということを理解できたが、同時に解決できそうにないと結論付けてしまった。
念のためにいくつか質問してみる。
「なんで増えたの?」
「入学して一週間後に別な道で登校していたら追われていたようでな。暴力行為は流石にやらず、示威行為だけで追っ払たのだが」
「……ひょっとして、その時助けた子?」
「ああ。だが、助けただけでそれ以上の事はしていない。しかし、二人共いがみ合いながらも一緒にいることが多い。その理由が分からなくてな」
「それは……」
助けた事が切っ掛けなんじゃないかな? そう言おうと思ったが、颯は口を閉ざす。
聴いていると、まるでテンプレを確実に踏んでフラグを立てていく主人公みたいなのだが、吊り橋効果だろうが、その程度で彼の現状に至るなんて考えられなかったからだ。
確かに己龍は仏頂面だが美形だ。自分の容姿を自負している颯ですらも「一緒にいて比べられるのはちょっと……」と思ってしまうくらいには。
少し考えてから颯は「ま、モテてる様で良かったじゃん。青春だよ」と誤魔化すことにした。
「俺はモテているのか?」
「周りから見ればそうじゃない?」
「……颯でも分からないか」
「ごめんね」
「いや、いい。用事があったのだろう。時間を取らせてすまなかったな」
「!?」
驚く颯を尻目に通り過ぎる己龍。彼が通り過ぎてから少しして大きく息を吐いた颯は、彼が向かった方へ視線を向けてから歩き出しつつ呟く。
「本当に怖いよ……その内遠慮なく秘密暴かれそう。あー敵に回したくない」
現在放課後。部活や自習で残る生徒がいる中。
己龍は颯と別れてから図書室に来ていた。
彼は部活に入っていない。家柄も関係はあるが、バイトで時間がとりにくいからだ。
今日も例に漏れず時間はないのだが、気になった以上調べる腹積もりのようだ。
「心理学関連が一番適切だな」
本棚の系列にアタリをつけてそこへ向かう。
そして背表紙を眺めながら必要な情報が載っていそうなタイトルの本を手に取り目次を見る。
「……これでいいか」
目当ての情報、あるいは参考になりそうな情報が載っていたのか本を閉じて彼は司書のいる方へ移動する。
「これを借りたい」
「返却期限は一週間です。一日でも遅延した場合は名前を張り出します」
「分かった」
注意事項を聞いて頷きながら本とカードを受け取った彼は図書室を出た。
ちなみに、借りた本のタイトルは『恋愛と心理学』。意外と外れていない。
下校。
己龍は現在実家に暮らしていない。援助は受けているが、一人暮らしである。
理由として挙げるなら『家を継ぐことがない』からだろう。自立することを早めにすること自体悪くないと考えている節が彼にはある。家からしてみれば優秀な彼を手放したくなかったようだが、そこは説き伏せられたようだ。
学園から出て少し歩いたところ「今日は遅かったですね!」と元気な声が電柱から姿を現しながら聞こえた。
慣れたからか、驚くこともせずに「なぜ待っているんだ?」と素直に己龍は訊いた。歩きながら。
いつもの質問。ほぼ毎日という質問に、少女は追いかけながらも答えた。
「お礼がしたいからです!」
「礼なら既に受けた。それで終わったはずなのに、なぜ今も付きまとう?」
「あれじゃぁ返した気がしません!」
いつものやり取り。まるで日々が戻っているかのような会話にこれ以上の進展が望めないことを飲み込んだ己龍は、話題を変えた。
「少し聞きたいのだが、君は態々通っている学校からここまで来て、それから自分の家に帰るのか?」
「え、は、はい! といってもそこまで遠くないので!!」
少し戸惑いながらも正直に答える少女。制服姿の彼女をチラ見してから「少し、という表現は間違いだろ? 二駅ぐらい離れているのだから」と更に訊く。
「学校は確かにそうですけど、家は近いです!」
「そうか」
訊きたいことがなくなったのか会話が止まる己龍。対する少女は、少し考えてから恐る恐るといった雰囲気で切り出した。
「あの……ひょっとして、ご迷惑でしたか?」
その質問に歩きながらもどう答えたものかと己龍は考える。
彼女の行動自体、ある程度の距離で終わる。もう一人も良識があるのだろう、そこまで一緒にいることはない。故に迷惑ではない。
彼女たちの行動により自分が実害を被っていないので迷惑というわけではない。しいて言うなら煩わしいだけ。理解が及ばないともいえる。
さて何と答えようかと思っていると、「あ、また会いましたね」と前の方から声を掛けられた。
「そっちもか。よく飽きないな」
「ふふっ。貴方と一緒にいられるこの時間が私にとっての至福の時間ですから」
「私もです!」
忘れては困ると己龍の後ろの少女は胸を張る。だが彼はそちらに視線を向けず「バイトがあるから手短にしたいのだが」と前置きしてから、今日考えていたことを二人にぶつけた。
「なぜ二人はこの一ヶ月俺とこうしている? あの時助けた事の礼は済んでいるはずなんだが」
其の質問に少女二人は顔を見合わせてから――
「「私達、己龍様の許嫁候補です(!)の」」
――そう、宣言したのだが。
「…………ん?」
己龍は真顔で首を傾げていた。
「「えっ」」
「……まぁ事情は理解した。そろそろバイトの時間が近いので失礼させてもらう」
「「あ、はい……」」
告白にも似た宣言を軽く流されたことに気の抜けた二人がそのまま頷いたので、彼はそのまま歩き出し……ふと、呟いた。
「俺自身特に感じてはないが、神経質の人にとってストーカーにとられるようだ。念の為だが、押しかけてくるなよ。警察を呼びかねないからな」
「「!!」」
彼の忠告に二人は驚いて体が固まる。選択肢が一つ潰され、接点の作り方がまた難しくなったのだから。
己龍は振り返ることもせずに段々速足でバイトへ向かいながらこう思った。
――家に縛られる理由なんてないんだが。




