どうしてこうなった
どうしてこうなったんだろう――。
少年は窓の外を眺めながら現状を憂う。
自分は臆病でネガティブな人間だ。それが体の芯までしみついてしまったのでもう劇的な変化というのは難しい――そう自覚しているから、少しのボタンの掛け違い或いはタイミングの悪さによってこんな現状になってしまったことが、ただただ辛い。
「はぁ」
休み時間。
廊下に少なからず生徒がいるにも関わらず、窓をただ眺めている男子生徒に見向きもしない。まるで誰もが彼を認識していないかのように。
かれこれ一か月。それは彼がこの高校に入学して経過した月日であり――
「何黄昏ているんだい、鈴城君」
「ひゅっ! な、ななんあ」
「……。声をかけてすぐの反応が奇声なのは相変わらずのようだね」
「れ、れれれれ煉獄寺君…………どう」
「次、移動教室だろ?」
「……もう教室に置いてきた、けど」
「その教室が変更になったんだ。知らないようだね?」
「!?」
タッタッタッタッ……。人にぶつかることもなく、認識されることもなく自分の教科書類を取りに少年――鈴城大護は走る。
その光景を一瞬で見失った話しかけた少年――煉獄寺颯は苦笑しながら「とんでもないな、相変わらず」と呟く。
「何だ颯。またあの幽霊君見つけたのか」
「彼はちゃんと地に足ついてるよ、才人」
「物の例えだ例え……しかし、よく見つけられるな」
「普段からの観察の賜物だよ。跡を継ぐならこれくらい出来て当然」
「あーはいはい。修練不足の俺が悪かったですー」
そういうと颯の呟きを聞きつけてから会話していた才人――風馬才人は颯から顔を背けながら降参した。
友人のその言葉に苦笑しながらも、颯は内心でこう思っていた。
ま、それだけじゃないけど。
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移動教室の変更に気付かない恥をなくせた大護は昼食を自分の教室の自分の席で摂らず、女子生徒に群がられている颯達に視線を向けずに教室を出ていた。
目指す場所はトイレ……ではなく、校舎裏に存在している森に点在するぽっかりと空いた広場。
入学してからここに目をつけていた彼は、大体一人で昼休みを過ごす。毎日、ではないのが彼にとって少し苦痛なのだが。
生まれつきスポットライトを浴びる、なんてことは存在感が希薄すぎるせいで両親ですら気を抜いたら未だに見失ってしまう彼には考えがない。孤独でいることに違和感もないから。
だから、如何に善意で見つけてもらい、声をかけてくれたとしても「嬉しい」のではなく「怖い」に変換される。
それが、例え自分が見てしまった結果だとしても。
「はぁ」
弁当を食べながらため息をつく。普段先生から指名されて答えを言わないからか、口を開けば出るのは殆どがため息。
それは現状に対してだったり、自分のダメさについてだったり……主に負の感情を吐き出しているそれは、五回目で遮られた。
「……辛気臭い」
「あひゅっ、ぐほっ、げほ、げほ……」
バッサリと吐き捨てられた言葉が自分に向けられたことだと感じたのか、驚いてむせる大護。その姿を声をかけてきた人物は大きく息を吐いて「全く……こんなでもあの颯様が認めた殿方なんて」と呟く。
大護をバッサリ切り捨てた人物――向井牡丹に対し、涙目になりながらも呼吸器系が落ち着いたのか大護は訊いた。
「ど、どう……して、ここに?」
「颯様から伝言。じゃなきゃ、来るわけないでしょ。こんなところに」
自然を蔑ろにしてるセリフのように聞こえるが、自分に会いに来ることが嫌なんだなと素直に受け取った。実際彼女はそう思っていた。
颯様のお願いだとしても、なんでこんな社交性ゼロの空気男に一人で会いに行かなければいけないのだろうか、と。
さっさと要件を終わらせたいのか、彼女は伝言の内容を正しく伝える。
「『放課後にいつもの場所で。』だそうよ」
「……今日こそ何かされるかな?」
「知らないわよ。じゃ、確かに伝えたから」
「…………ありがとう、ございます」
「……ふん」
大護の礼を鼻で返した牡丹は、一秒でも長くいたくなかったのか走り去った。
見送ってから食事を再開しつつ「これが最後の晩餐かな」と内心で思っていた。
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放課後。
伝言を聞いてしまった以上、逃げるという選択が現状を更に悪化させることが容易に想像できた大護は、一人で歩きだす。
目指す場所はこの学園の敷地内の――校門正面から左側に存在する――建物。いわゆる部室棟。
誰も彼もが大護の存在に気付かない。足音はほぼせず、人の死角で移動したり、人混みを針に糸を通すように誰にも当たらず通ったりするからだろう。たまに首を傾げる生徒がいるがそれも一瞬の事だ。
さて。そんな調子で部室棟の内部に入った大護は、呼び出される度に来ている部屋――1階の一番奥まで来てからノックをする。
「合言葉は?」
「せ、『制服はチラ見せ』」
「ん……なんだ、鈴城君か」
「ど、どうも」
恐縮しながら大護は頭を下げる。それを見てドアを開けてくれた女性は中に入るように促し、入ったのを確認してから鍵をかける。
「今日はどうした?」
「え、えっと、呼ばれまして」
「そうか。まぁ、ゆっくりしていけ」
「は、はい……」
大護は緊張しながらも、なんとか何時も座っている隅に近い椅子に腰を掛ける。そしてカバンから封筒を取り出すと、「まだ君はそんなものを持っているのか」と女性が呆れる。
「ひっ! す、すみません!!」
「いい加減遺書を広げるのをやめてくれないか。一ヶ月も過ごせばそうなる可能性が皆無だと理解できるだろうに」
「で、ですが」
「大体、事故で秘密を知ったことに対して口封じとか、君が言わなければ有り得ないんだぞ? この学園に入学しているということは偏差値や能力自体はあるんだから、呑み込めて然るべきのはずでは?」
「う、うぅ……」
大護は女性の言葉に対し反論できない。会話自体をほとんどしない彼にとって、話し合いというのは無理に等しいものなのだから。
縮こまってしまった彼を見てどうしたものかと思案していると、ガチャリと鍵が外れ、ドアが開いた。
女性は誰が入ってくるのか知っているのか視線を向けず、大護は思わず入ってきた人物に視線を向ける。
「あ、れ、煉獄寺君……」
「やぁ鈴城君。ちゃんと来てくれて嬉しいよ」
「う、うん。伝言、聴いたし」
そう答えたところ、颯は笑顔で「ああ、牡丹がちゃんと言ってくれたんだ」と頷きながら鍵をかけていた。その音を聞いて大護は自然と窓の方に視線を向ける。反射的に本人は逃走経路を考えていた。
そんな折、女性がぽつりと呟いた。
「そういえば遺書持ってたぞ、鈴城が」
「!!?」
「へぇ……」
突然の暴露に大護は思わず女性の方に視線を向け、颯はその笑みに陰を作る。暴露した女性は本を読んでいた。
「鈴城君……それ、何通目?」
「え、えっと十通目」
「九回も破いたのにまだその思考が抜けないのかい? 君はいい加減その臆病を軽くしたら?」
「ご、ごめん……だけど、その、怖くて」
「…………」
大護の言葉に思わず颯は言葉に詰まる。ここ一ヶ月彼をある程度観察及び接してみて、その意味を理解しているからだ。
彼は一人でいる時間が長すぎたせいでどうすればいいのか分かっていない。だから友達という分類がいまいち理解できていない。そのうえ、この学園内の特殊な部分が彼をより臆病にさせている……と颯は思っている。
そうじゃなきゃ、最初に二人きりになった時に『殺さないでください』なんて言わないし、それ以降遺書を持ち歩いていないだろうし。
流石に目撃者を消すなんて難しいからやらないのに……なんて考えてから「……遺書は自分で捨ててね」と念のために釘を刺しておく。
「うっ、うん……灰にしておく」
「いや、燃やしたらダメ」
「というか颯。いい加減呼び出した理由を言ったらどうだ。まぁ、あれしかないだろうが」
話が進まないことに業を煮やした女性が颯にそう言うと、大護は顔を赤くして天井に視線を彷徨わせ、颯は咳払いをして「そうですね、部長」と言いつつ制服のネクタイを緩めてから大護の前に立ち、右手を出してこう言った。
「鈴城大護君、私、煉獄寺颯は何度も言っているけど、君が欲しい」
何度目かの言葉だというのに、大護は処理落ちで白目になった。要するに気絶した。
――――煉獄寺颯に狙われている日々である。




