夏休み編
本日から待ちに待った夏休みです。
そう、誰もが楽しみとする夏休みなはずなのです。
ほんの一握りの人間を除けばの話ですがね…。
「佐伯っ!ぶったるんどるぞ!授業に集中せんかぁ!」
はいはいすいませんね。
少人数なせいでサボりも適わない訳ですかね。
しかし、だ。
少しぐらい外見たっていいじゃないか。
勉強ばっかりしてると頭おかしくなっちゃうんだよ、あたしの場合。
普段が普段なだけにね。
勉強しすぎるとぱっぱらぱーになるんだよね。
しかも英語。
何が何でも、誰が何と言おうと、英語は分からない。
暗記だと言うが、その暗記が出来ないんだからどうしようもない。
そのせいで夏休み返上で登校する羽目となってしまったのですよ。
神様はあたしに恨みでもあるのかしら。
…あるんだろうな、たぶん。
でもそんな地獄な補習にも、たった1つだけいいことがある。
それはあたしが恋して止まない化学の教師、栗栖先生に会えるから。
もしこの補習がなければ、夏休みは先生に会うことが出来なかったと思う。
そう考えれば地獄も地上に変わるというもんだ。
天国まではいかない。
だって大嫌いな英語を勉強するためにこの暑い最中を登校して、うららかな女子高生が汗水垂らしながら机に向かう。
焼けるし臭いし、これって最悪じゃん。
そう不満をベラベラと募ったところで現状が変わる訳じゃないけど。
でもさー。
言わなきゃ気が済まない。
くそーくそー。
英語のばかやろー。
あたしは日本人じゃ。
国内から出ないからさー。
頼むよーまじでー。
………。
はぁ……。
そして夏休みはもう1つ、大イベントがあるのです。
みなさん、お分かりでしょう。
そう。
あたしの誕生日なんです!
佐伯夏子ですものね。
夏真っ盛りに産まれましたを、めちゃくちゃアピールしてる名前ですものね。
8月10日。
あたしにとって運命の日であるのは間違いない。
*
「ねぇ先生?」
相変わらずあたしに背を向け続ける化学教師をものともせず、あたしはその背中に声を掛けた。
こんなのは今更であるのです。
慣れっ子であるのです。
「なんだ」
返事はちゃんとしてくれるけどね。
でもさ、誰しもが小さい頃に教わるはずのこと。
話は人の目を見てする。
教師のくせに出来てない。
しようともしない。
それってどうなの?
教育上あまりよくないのでは?
つか絶対よくないだろ。
芸人にも向いてないけど教師もダメじゃあ、まじでどうするの?
あたしが養うか?
………。
それもアリっていえばアリかも…。
「自分の世界から出てきなさい」
おぶ!?
あたしに背中を向けてるくせになぜ分かるの!?
まさか第3の目が後頭部に…。
うん。
ないよね。
あったらどうしようかと思ったよ。
あたしのこの気持ちを持て余すところだったわ。
危ない危ない。
「あたしもうすぐ誕生日なんですよー」
先生が振り向いてないにも関わらずにあたしは笑顔を振りまいた。
自己宣告しなければならないのが悲しいところだが、そこまで欲は言えない。
それにそんな所で意地を張っていたら、知らぬ間に1年に1度の大イベントを棒に振ることになる。
相手は教師。
受け身じゃ絶対に成就はありえない。
いやいや、恋愛するのに受け身じゃいけない。
恋愛している人は覚えておいて!
「そうか。良かったな。おめでとう」
「………」
何何何何?
なんなの?
素っ気なさすぎ!
いくらなんでもそれは痛いわぁ…。
いくら打たれ強いあたしでも、先生のそんな素っ気なさは結構効くよ?
せめてもうちょっとないの?
それとも期待してるあたしがバカなのか…。
あーあ…。
「それで?」
「…それでって?何がですか」
意識した訳じゃなかったけれど、不貞腐れた声が出た。
これ以上あたしを落としてくれるな。
「なんだ。何かあって言ったんじゃなかったのか?」
むかっ。
なんか今むかってきた。
つかいらっときた。
欲は出すべきじゃないとは言ったけど、この反応はいかがなものか。
少しは察したらどうなんだ。
あまりにも鈍感すぎるのも考えものだよ?
「別にいーですよー。先生になんか期待してないもんねーだ!」
「はぁ?」
あたしはバタバタと準備室から退出して行った。
先生が「おい」とかなんとか言ってた気がするが、この際なのでシカトすることにする。
先生なんか知らない!
孤独死でもすればいいんだ、あんな鈍感者!
*
「夏子おめでとー!!」
補習仲間たちの朝の挨拶がこれだった。
嬉しい。
嬉しいに決まってる。
号泣とまではいかなくとも、ホロリと涙は頬を流れ落ちました。
そしてなんかプレゼントらしき包みまでいただきました。
夏休みの誕生日ってなかなかこういうのないからさー。
補習も捨てたもんじゃないなぁと。
と言っても、この補習も今日で終わるんだけどね。
会いたい。
だってこれ以降しばらく会えないんだよ?
会いたいよ。
でも、あたしはこの前あんな態度とっちゃったからなぁ。
どうしよう…。
いや、ここは素直に行くべきだよ。
先生からの誕生日のお祝いがなくたって、仕方ないって思えるよね?
これでしばらく会えないって寂しがってもらえなくても、しょうがないってなるよね?
先生の前で泣いたりしないよね、佐伯夏子?
*
あたしは化学準備室の扉をがらりと開けた。
もちろんそこには白衣でボサボサ頭のいつもの背中がある。
その頭がちらりとこちらを振り返るのもいつものこと。
その美形なお顔がこちらをきょとんと見つめるのもいつものこと…。
な訳がない。
これはいつもと違うんですが。
「こ、こんにちは…」
とりあえず挨拶。
すると栗栖先生も軽く挨拶を返してきた。
「なんだ。怒ってたんじゃなかったのか」
むかっ。
怒ってたに決まっとろーが。
それを抑えてやって来たんだろーが。
なんなんだ、いったい!
いやいや落ち着け。
こんなのに逆上してたらせっかくの誕生日(最後の日)が台無しになるじゃないか。
「まぁいいじゃないですか」
先生は「あ、そう」というような視線を寄越した。
本当はよくないんだけどね。
あたしが大人だから譲ってんだからね。
そこんところ間違わないようにしてもらわないと。
「そういえば、今日が補習最後の日だったな」
あ。
知ってたんだ。
ちょっとだけ嬉しいかも。
いや、あたしの言動のせいじゃないかもだけどさ。
それでも嬉しいじゃないか。
あたしのことを気に掛けてくれたという事実が。
「三島先生が褒めてたぞ。佐伯は無遅刻無欠席だったって」
えへへ。
三島たまにはナイスなこと言うじゃん。
英語キライだしうるさいからあんまり三島は好きじゃなかったけど、ちょっとだけ好きになってもいいかも。
ハゲって呼ぶのもやめてあげよう。
「やれば出来る子なんですよ、あたし」
あたしが言うと、先生は柔らかい表情を作った。
きゅーん。
甘い!
甘いよその顔は!
じゅ、寿命へったかな…。
この調子だとあたし早死にするな。
………。
先生に削られるなら本望…?
なーんてね。
………。
「先生、ごほうび」
気分が良くなったので少し調子に乗る。
仕方ないでしょ?
好きな人にこんな笑顔向けられてるんだもん。
「悪いが、教師として物を生徒にあげることは出来ないな」
がっくし…。
いやいや、分かってたけどね?
教師が生徒に物をあげるって行為がタブーなのはね。
でも恋する乙女としては期待するものがあるじゃない?
その時だった。
あたしの心臓が本気で一瞬止まった。
「補習頑張ったな。おつかれ」
うなだれたあたしの頭に、先生の大きな手。
優しくゆっくりと動くその手は、どうやらあたしの頭を撫でているらしい。
俯いているから良かったけど、今のあたしの顔は真っ赤だと思う。
イチゴとかリンゴとかそんな可愛らしいもんじゃない。
タコだ。
ゆでダコだ、絶対。
「それと、誕生日おめでとう」
「えっ!?」
なんで知ってんの!?
確かに今度誕生日とは言ったけど、明確な日にち教えてないよ!?
驚きのあまり先生にゆでダコ状態の顔を見せる羽目になった訳だが…。
案の定、先生笑う。
「朝言われてただろ?」
あ。
確か補習仲間に大声で言われた気が…。
「あれだけ大々的だと、嫌でも耳には入る」
嫌でもって…。
失礼だ。
乙女に対して失礼だっ!
「それにしても早いなぁ…。時が経つのは」
「え?」
「そうやってお前たちはどんどん大人になっていくんだろうな」
先生は遠い目で言った。
そんないきなり黄昏なくてもいいのに。
ていうか、あたしは早く大人になりたい。
早く大人になって先生と釣り合うような女になりたい。
子供のままじゃ、いつまでも教師と生徒なんだもん。
そんなのイヤなんだよ。
教師と生徒だからって断られたくないんだ。
時よ、早く流れて。
あたしを早く大人にして。
「佐伯?」
はいはい、なんでしょう?
「なんでお前が泣きそうになってるんだ?」
「泣いてませんっ!」
「いや、泣きそう…」
「泣いてませんっ!!」
「………」
泣かない泣かない。
あたしは弱い乙女じゃないんだもん。
*
早く大人になりたい。
だけど今も大切にしたい。
だって先生と毎日を共有できるって、本当に素晴らしいことなんだよ。
いつまでもこうしていたいって、何度思ったか知れない。
だけどその後思う。
ダメ。
大人にならなきゃって。
こうやって背伸びしてるあたしは、先生はどう見てるのかな?
ねぇ、先生?
あなたはどっちがいい?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
たぶんバレンタインデー編よりも夏子がぶっ飛んではないと思いますが、どうでしょうか?
感想などいただけると嬉しいです。




