もしも
女神フィーナが何やら質問をしてきた。
それに何の意味があるのかは知らないが、とりあえず答える必要があるだろうなぁ。
女神フィーナの口にした質問、それは。
―――もしも俺が、このままマリーシェ達の元へと戻らなかったら?
と言うものだった。
興味がない訳ではないが、それを聞いても仕方がない。問題なく戻れるんなら、俺はそれを無条件で受け入れるだろうからなぁ。
それでも、折角女神フィーナが何やら「もしも」の世界を聞かせてくれるって言うんだ。
「……どうなるんだよ?」
ここは、もう少し彼女の話に付き合ってみようと考えてみたんだ。
俺がもしもこのまま死んでしまい、その後「記録」を使い転生したとしても彼女達の人生はそのまま進んで行く。
普通ならそれを知る術もなく、そこに干渉する事さえ出来ないんだろうけど、あくまでも「もしも」の話だからな。
俺は少し興味に駆られて、フィーナにそう答えたんだ。
「んふふ―――。それでは、映像付きであなたに見せてあげるわ」
何が楽しくて仕方ないって言うのか、彼女は今までに見た事も無い様なニンマリとした笑みを浮かべて、俺の眼前に光る巨大な画布を出現させた。
そこには絵画じゃあなく、動画が映し出されている。これは以前に、フィーナに見せてもらったものと同じであり、俺が「ファタリテート」を使って対象者の「宿命」を見る時と同じものだ。
映しだされたそれには、戦闘中と思われるマリーシェ達が投影されている。
「あんたが死んでから彼女達は暫くは悲しみに耽っていたんだけど、それも時間とともに癒えて来たのか再び冒険者としての活動を開始するわ」
まぁそれは、当然の流れだよなぁ。
いつまでも、死んじまった奴に囚われて歩みを止めている訳にはいかない。生きている者は、生活の為に行動を起こさなきゃあいけないんだ。
それが冒険者を廃業して一般人として働くのか、それとも冒険家業を続けて金銭を稼ぐのかは人それぞれだけどな。
彼女たちは、冒険者を続ける選択をしたって事だ。
「でもあるクエストで、セリル君がピンチに陥って……」
俺の見ている映像の中で、突出していたセリルが魔物に囲まれて身動きが取れなくなっている姿が映し出された。
明らかに奴では手に負えない状況なんだが、マリーシェやカミーラ、バーバラも自分の戦闘が手一杯で助けに行けないみたいだ。
「それを助けに、サリシュちゃんが前に出て魔法を使おうとするのね」
フィーナの説明通り、絶体絶命のセリルを助ける為に、後方にいたサリシュが前に出て発動の早い魔法を連発している姿が映った。
行動としては評価出来るんだろうけど、護衛も無く魔法使いが前に出るのは得策とは言えないよなぁ。
あれじゃあ、もしも側面から魔物に襲われれば一溜りも……。
「そこに魔物が襲い掛かって、サリシュちゃんは瀕死の重傷を負ってしまうの」
って言ってる傍から、俺の考えていた通りの展開が繰り広げられていた。
マリーシェ達もある程度レベルが上がって、受けるクエストも簡単なものばかりとは言えないだろう。
当然、相手をする敵や魔物は、今までみたいに力技だけで何とかなるものばかりじゃあない。
「その後セリル君もやられちゃってぇ。止む無くマリーシェちゃんたちは、サリシュちゃんを抱えて逃走するの」
残念ながら、セリルはここでリタイアってやつだな。
そして、ここで退く事は英断だと言って良い。
パーティとして頑張って来た彼女たちは、苦渋の決断が取れるだけには成長していたんだな。
「何とか逃げ切ったマリーシェちゃんたちだったけど、残念ながらサリシュちゃんはこの時の怪我が元で命を落としてしまうの」
俺の眼の前では地面に横になったサリシュと、彼女の亡骸にしがみ付いて泣きじゃくるマリーシェの姿が映し出されていた。
勿論、カミーラとバーバラも悲しみに暮れている。
俺がいなくなって、ポーションも簡単には手に入らないだろう。
映像に映し出されているマリーシェ達のレベルがどの程度なのかは分からないけど、残念ながらポーションやハイポーションを用意する事は出来なかったんだなぁ。
「その後は3人でパーティを続けていたんだけど、ある日バーバラちゃんが拉致されてしまうの」
場面は変わり、バーバラが後ろから羽交い絞めにされて猿轡を噛まされ、何処かへと連れ去られる映像が流れていた。
ついうっかりと忘れがちだが、バーバラは人目を……特に男性の目を引き付けるスタイルをしている。そんな彼女を、人身売買を目的とした集団が狙ってもおかしくないか。
レベルの恩恵を受けた冒険者と言えども、街中ではその力は封じられちまってる。
一般人よりも体が鍛えられている分屈強とも言えるが、それでも超常の力を振るう事は出来ないからな。背後から複数の男どもに襲われちゃあ、如何にバーバラでも成す術は無いだろうなぁ。
「この時の彼女たちに、連れ去られたバーバラちゃんの行方を知る手段は無かったのね。必死の捜索の甲斐もなく、バーバラちゃんは結局見つからなかったの」
悲哀に暮れるマリーシェ達の姿が映り、その落胆ぶりが手に取る様に分かった。
パーティの崩壊と言うのは不意に……そして一気に起こるのかも知れないな。
「そしてとうとう、2人だけになってパーティは解散。その後マリーシェちゃんは別のパーティに所属するんだけど、クエスト中に山賊の襲撃を受けて生死不明。カミーラちゃんは一人レベルを上げる修行を続けていたんだけど、途中で『魔神族』の襲撃に合ってそんまま連れ去られてしまったわ」
その話をしている最中に、俺の眼の前から光る画布が消え失せた。マリーシェとカミーラの悲惨な最期を見せないという、女神フィーナの心遣いかも知れないが。
とにかくマリーシェ達は俺がいなくなった途端に、あっという間に全員命を落としちまうって事が分かったんだ。
「……それで? これを見た上で聞くんだけどぉ……」
知人の散々な未来を見せられれば、流石の俺も気分が良いもんじゃあない。
それにも関わらず、フィーナの声音はどこか何かを期待しているみたいに明るいものだったんだから……まったく、良い性格をしているよ。
もっとも、神様にとっちゃあ俺たちの人生なんて取るに足らない喜劇みたいなもんなんだろうけどなぁ。
「あんた、これからどうしたい? 今すぐにも彼女たちの元に戻りたい? それとも、『記録』した所からの再開を望むのかな?」
フィーナは俺に、そんな選択を迫って来た。
「記録」を行う為には本来ならば、「ゴッデウス教会」に法外な寄付金を払う必要がある。
俺は昔に完遂した依頼の報酬で「記録」をしてもらい、魔王の間で魔王に倒されたにも拘らず15年前に戻ってやり直す事が出来た。……不本意だったけどな。
そして本当ならば、そこで使用された「記録」はもう抹消されていて、再び「15歳のLv5」の時点から再開する事は出来ない。「記録」ってのは、一度実行されると抹消されるからな。
ただし以前に女神フィーナは、やり直した直後の俺の「記録」をすでに行ってくれている。だから俺はこの戦闘で死んでしまっても、もう1度数か月前に戻ってそこからやり直す事が出来る。
今フィーナは、このまま生還して人生を進めるのか、それとも再び戻ってやり直すのかを問い掛けているんだ。
彼女の目、そしてその表情は「どっち? ねぇどっちなの?」と、俺の答えをウズウズと待っているみたいだ。
彼女が、何を意図してこんな事を聞いているのかは不明だ。どんな答えを期待しているのかも、今の俺には全く理解出来ない。
でもまぁ、俺の返答としては決まっているよな。
「……どうもこうも無いだろ? 俺がまだ死なないって言うんなら、俺の戻る所は彼女たちの元でしかないし、もう手遅れだって言うんなら『記録』からやり直すしかないしな。俺だって、まだ死にたくないって気持ちはある訳だし」
俺がどんな返答をした処で、結局は今の俺がどの様な状態にあるのかって事でその後は変わっちまう。
どれだけ望んでも彼女たちの元へ戻れないかも知れないし、また「再開」を希望したって死んでいないんじゃあそれも叶わないだろうしなぁ。
……それに。
「なによぉ、詰まらないわねぇ。あんたには、彼女達の気持ちに応えてやるって感情はない訳?」
そんな俺の返答を聞いて、フィーナはどうも興が削がれたみたいな声で不満を口にした。
別に俺には、フィーナを楽しませる義理なんて無いんだけどなぁ。
「それとも、もう一度やり直して、今度こそあの娘たちの誰も死なない様な人生を歩もうって考えているのかしら?」
そして再びワクワクとした瞳を浮かべて、彼女は俺に質問をして来たんだ。
でも今度の表情は女神って言うよりも……契約を持ち掛ける小悪魔って顔をしている。まったく、この時間に何の意味があるってんだよ。
だんだん面倒臭くなって来たんだが、とりあえずこれは俺が先へと進む「儀式」みたいなもんだろう。だったらここは、フィーナに付き合ってやるしかないだろうな。
「……いや、それも無理だろう? だいたい、今まで俺が過ごして来た世界と、次に俺が送り込まれる世界が同じじゃあないんだからな。やり直しても彼女たちに会えるとは限らないし、出会っても行動を共にする保証も無い。まぁもしも出会えたんなら、出来るだけさっき見たような『運命』にならない様に気を付けるけどなぁ」
俺の返答を聞いて、フィーナは目を丸くして俺を見つめていたんだ。
俺の告げた答えを聞いて、女神フィーナが驚いているようにも見える。
どうやら俺の返答は、彼女の意外を突いたみたいだった。




