目覚め
興味深そうに俺を見るフィーナ。
そんなに面白いこと言った覚えなんて無いんだけどなぁ。
眼の前では、目を丸くした女神フィーナが俺をマジマジと見つめている。それはどこか驚いた様であり……興味深いと言った趣も感じられる表情だった。
「……へぇ。あんた、この世界の成り立ちが分かってるんだ? 意外に頭が切れるのねぇ」
そして、出て来た言葉がこれだったんだ。
いや、明らかに馬鹿にしてるだろ、それ。さすがに俺だって、こうまで人生を狂わせられちゃあ気付かない訳が無いってんだ。
「あんたの言う通り、この世界はたった一つしかない……なんて事は無いわ。実はちょっとずつ違う世界が連なっていて、だけどそこは全く違う世界と言っても過言ではないわね。あんたの推察通り、もしもあんたがもう一度やり直したとしても、きっと同じ様にはいかないでしょうねぇ。……それにしても」
あっさりと、フィーナはこの世界の成り立ちを俺に説明したんだ。しかし、良いのか?俺なんかにそんな重大な事を話しちまって。
俺が自分でそう思ってるってだけなら問題ないだろうけど、女神さまからお墨付きを貰っちまったらもう惚ける事も出来ないってぇのに。
もっとも、俺みたいな者だからこそ話したとも考えられるな。
今の俺は、世界に対して全く影響力が無い。そんな俺に世界の秘密を語った処で、何ら問題はない。それを知った処で、その世界に住む人々には何の影響も無いときたもんだ。
「あんたって、意外にあっさりとしてるのねぇ。短い時間だけど、苦楽を共にした仲間。しかも、あ―――んなに可愛い娘達が悲惨な未来を迎えようって言うのに、あんたったらそれを気にした様子が無いんだから。以前のあんたなら、きっと元の世界にすぐ戻せってゴネてたんじゃない?」
どうやらフィーナはそれだけじゃあなく、俺のマリーシェ達への対応にも興味があったみたいだな。
でもそれこそ、今言われても仕方がない話だ。
「そりゃそうだろ? さっきも言ったけど、戻るかどうかの選択肢は今の俺には無いんだからなぁ。それにもしも俺が戻らないと言って、彼女達もいっぱしの冒険者なんだ。自分の人生は自分で決めるだろうし、その結果に対して俺が責任を取るってのも違うだろ?」
確かに、マリーシェ達は俺に何度か助けられているかも知れない。そして俺が彼女たちの元へと戻れば、全力でマリーシェ達の力になるだろう。
でもそれは、俺が彼女たちの世界で、彼女達の傍に居れば……って話だ。
もしも俺がいない世界なら彼女達は自主的に行動して行くだろうし、その結果はそれぞれ甘んじて受け入れるしかないからな。
かく言う俺も、グローイヤ達に裏切られて結局は力を持たない子供に戻されちまったんだからなぁ。俺なりにそれを受け入れて、何とかここまで来たんだ。それについて、今更文句を言ってもどうしようもないもんな。
まぁ……当初は随分と駄々をこねたんだけどな。……その節はご迷惑をおかけしました。
「……ふぅん。ちゃんと考えてるのねぇ。やっぱり中身が30歳の元上級冒険者だと、普通の15歳とは違うって事かな?」
感心した様なフィーナの台詞だけど、そこまで評価されても困るな。
達観した様に見えるのはある意味で諦念だし、足掻いたってどうしようもない事だってあるしな。
「まぁ良いわ。面白い時間が過ごせたし、私は満足よ」
なんだそりゃ? この時間は、単にこいつの暇潰しだったのかよ?
なんて考えていたら、俺の身体が仄かに光り出したんだ。
……この光は。
「どうやら時間みたいね。戻ったら、マリーシェちゃんたちに感謝しなさいよね。あの伯爵令嬢に頼み込んで、何とかハイポーションを手配していたみたいなんだから」
そうか。この光は、以前に蘇生を受けた時と同じものだ。
って事は俺が死にかけだった事も本当で、フィーナはマリーシェ達が俺の延命に尽力してる事を知ってたって訳だな。
「……ったく。本当に、良い性格した女神様だな」
「お褒めに与り光栄よ」
俺の皮肉も、この女神様には立て板に水……か。
まぁ俺の方も、色々と話を聞けて良かったかも知れない。
「じゃあ……戻るよ。……またな」
これが今生の別れじゃあない。
俺が呼び出せば、フィーナとはいつでも会える……という事になってるんだからな。
「ええ、またね」
なんとも軽いノリで、女神フィーナは俺に別れを告げた。
そして俺は、身体を包む光に意識を委ねたんだ。
光を……感じる。
それは、さっきまでいた空間内を浮かび上がらせていたような魔法光じゃあない。
温かみを感じる……陽の光の眩さだ。
その光に導かれる様に、俺はゆっくりと目を開けた。
「……おっ!? 漸く目を覚ましたな?」
「……良かった」
まだ目の焦点が合わないけど、その声には聞き覚えがある。……セリルにバーバラだな。
……という事は、ここは町の中の宿屋か、もしくはクレーメンス伯所有の別荘内にある部屋のどれかって事か?
「う……あ……」
2人に言葉を掛けようとして、声が出ない事に初めて気が付いた。この感覚から言えば、どうやら俺は結構な時間眠っていたらしい。
「……水を」
それが分かったんだろう、バーバラがスッと近付いて来て俺の上半身を抱き起し、ベッド脇の小机にあった水差しからコップに水を注いでくれた。
それを受け取り、俺は喉を潤した。
まるで喉がカラッカラに乾燥しているんじゃないかって言うくらいに水の通りは悪かったけど、一度飲みだすと体が欲しているのが良く分かった。
俺は、一気にコップを呷って水を空にしたんだ。
「……ふぅ」
一心地着くってのは、正にこの事を言うんだな。
水をたった1杯飲んだだけで、俺は随分と落ち着いて状況を把握出来る様になって来たんだから。
「……それで。マリーシェ達は無事なのか?」
そして俺は、すぐに気になった事を2人に質問した。
今この場にいるのは、バーバラとセリルだけだ。という事は、マリーシェ達はどこかに出掛けているのか、もしくはまだ起き上がれないかって事になっちまうからな。
「マリーシェとカミーラは、まだベッドから起き上がれそうにないな」
「……サリシュは……まだ目を覚ましていない」
そして彼らの返答は、どうやら深刻な方だった。
そりゃあ、今の俺たちには見合わない「小薬」を使って限界近くまでその力を引き出したんだ。倒れて動けなくなる事は想定済みな訳なんだが。
「……あれから、何日経ってるんだ?」
問題は、どの程度その状態が続いていたかって事になる。
俺は目覚める事が出来たんだが、もしもサリシュが長期に亘って眠っていたなら、それはかなり重篤な状態だと考えられるんだ。
「……3日よ」
「大変だったんだぜぇ? マリーシェちゃんとカミーラちゃんがお前とサリシュちゃんを引き摺る様に背負って帰って来てさぁ。そのままバタンキューしちまうし、サリシュちゃんは全然目を覚まさないし、お前は死んじまうくらいの状態だったしなぁ」
なるほど。今の会話で、大体の流れは理解出来た。
こういう時は、いちいち聞かなくてもペラペラと喋ってくれるセリルの性格が助かるなぁ。
「それで、俺とバーバラちゃんでシャルルーちゃんに頼み込んで、何とか上級回復薬を用意して貰ってお前に飲ませたってすんぽーさ」
「……もっともこいつは……アレクよりもサリシュにそれを使おうって……五月蠅かったけどね」
「は……ははは」
んん! セリルのそのブレない行動には感嘆させられるな。
引き攣った笑いを浮かべてバツが悪そうにしているセリルだが、俺はそんな事を気にはしない。誰を優先的に助けるかは、それが出来る者たちで判断する事だからな。
結果としてもしも俺への治療が間に合わなかったとしても、それはそれで仕方がないって考えていた。
「そうか、苦労掛けたな。ハイポーションは俺にだけか?」
「ま……まぁな。あんな高価な薬、何個も用意出来ないしなぁ。それにマリーシェちゃんとカミーラちゃんの症状は休んでいれば治るって話だし、サリシュちゃんは医者でも良く分からないって状態みたいなんだけど、特に目立った外傷はないって話だからなぁ。暫くは様子見って事で落ち着いてる」
ふむ……。とりあえず、マリーシェとカミーラには後でポーションを投与してやるとするか。
後遺症でも出る様なら他の治療法も試さないとだけど、そうでないなら彼女たちの症状ならポーションで問題なく治るだろう。
あんな戦闘の後なんだ。急ぐ予定も今は無いし、それとは別にゆっくりと休ませてやる事も必要だろうな。
問題は……サリシュか。彼女の症状を聞く限りで、恐らくはポーションを投与しても目覚めないだろう。
そして……。
「……それから。……エリンは……どうだった?」
俺は、未だに話題に上っていないエリンの事を2人に問い掛けた。
するとバーバラは、スッと視線を逸らして答え難そうな素振りを見せたんだ。あのセリルさえ、どこかそわそわして居心地が悪そうだ。
つまりは……余程良くない具合なんだろう。
「……エリンは……一命は取り留めた。……でも……改善する兆しは……ない」
そしてバーバラは、これ以上ないってくらいに言い難そうに、エリンの容態を話してくれたんだ。
俺の想像通り一命を取り留めたとはいえ、エリンの容体はかなり悪いみたいだった。
それを何とかしない事には……だな。




