昏睡の少女
何とか俺は目を覚ますことが出来た。
でも眠っていた時間が3日とはいえ、やっぱりすぐに動き出す事は出来なかったんだ。
無事に目を覚ます事が出来たけど、結局その日は一日自力では起き上がれなかった。
俺にはバーバラたちが用意してくれた上級回復薬が使われたんだけど、それをもってしても心身ともに完全回復とはいかなかったみたいだな。
外傷や骨折、筋の断裂程度なら快癒しただろうけど、精神的に負った疲労まではそうはいかない。肉体以外の治癒を促すには、本当なら薬草の補助が必須となるんだが。
もっとも、その事を知る者は意外に少ない。この情報……技術は、遥か西にある閉ざされた島、伝説と謳われる島でのみ伝わる秘術なんだ。
……と言っても、それほど難しい事じゃあないんだけどな。言うなれば……発想の転換とでも言おうか。
まぁともかく、こうして目覚めた俺が動き出せる様になるまでには、それほど長い時間は必要としないだろうな。
俺は翌日には、体を起こして自分で動けるくらいには回復していたんだ。
俺はまず、マリーシェとカミーラが休んでいる部屋へ向かった。見舞いという事もあったんだが。
「ア……アレクッ! 目が覚めたんだねっ!」
「……ふぅ。随分と心配したんだぞ」
俺の元気な姿を見せて、彼女達を安心させるって目的があったんだ。
マリーシェとカミーラは完治までとはいかないまでも大分良くなっているみたいで、上体を起こしてベッドの上で寛いでいた。
「お前たちも、だいぶ良くなったみたいだな。その分だと、数日後にはもう起き上がれるんじゃあないか?」
2人の顔色や声音を聞けば、無理をしているのかどうかの判別もつく。でも俺が見る限りでも、問題は無いみたいだった。
もっとも、医者が大丈夫って言ってるんだから、俺のお墨付きも今更いらないだろうけどなぁ。
「本当は、すぐにでも動けるって言ったんだけどね。あのヤブ……後何日かは絶対安静だって言い張るんだから!」
「マリーシェ。典医殿に向かって、ヤブ医者呼ばわりはないだろう。私たちの傷を見て下さったのだから、言う事を聞かないと」
プリプリと不満を露わとするマリーシェを、カミーラが微笑みながら窘めた。それを受けて、マリーシェも頬を膨らませながらも閉口していた。
「とりあえず、これを渡しておくよ。もしも飲んだとしても、今日1日は安静だからな」
元気いっぱいな彼女達にはもう不要かとも思ったんだが、俺は用意しておいたポーションを2人に渡した。これを飲めば、明日と言わずすぐにでも動き出せるだろうな。
「……ありがと」
「……かたじけない」
俺からそれぞれポーションの容器を受け取ったマリーシェとカミーラは、どこか申し訳ない様な表情でそれを受け取って礼を口にしていた。
もしかすればさっきの会話が、俺に回復薬を強請っているんじゃあないかと思われているって考えたのかも知れないな。
まぁ、俺としてはそんな考えなんて露ほどにも無かったんだけどなぁ。
「早く元気になって貰わないと、俺の方が調子狂っちまうからな。気にするなよ」
だから俺は、敢えて揶揄うみたいな言い方を彼女達に向け。
「……そう。そうよね! 早く元気にならないとらしくないよね!」
「確かに、早くこれまで通りの様に振舞えないとらしくない……か」
俺の言葉で、2人は幾分明るくなったみたいだった。
そんなやり取りで、漸く俺たちの顔にも自然と笑みが浮かんだ……んだが。
「……ところでアレク。……エリンの容態は……見てくれた?」
突然暗い表情を浮かべたマリーシェが、俺にそう問い掛けて来た。
そこには、今回の事で重く圧し掛かっているものを絞り出す様な苦悩が見え隠れしている。
そしてそれは彼女だけではなくカミーラにも、そしてバーバラとセリルの顔からも読み取れた。
彼女達には、エリンの事と同様にサリシュの状態も気になる処だろうなぁ。
それでもそれを口にしないのは、サリシュは少なくとも目を覚まさないだけで心身ともに問題はないと診察を受けているからだ。
「……いや。これから行こうと思っていたんだが」
実際の処、俺はエリンの具合がどんなものなのかを知っている。そして、彼女の眼を覚まさせる為にどうすれば良いのかも。
でも、それを今ここで明かす訳にはいかない。
そんな事をこの場で言ってしまえば、ますます俺の秘密にみんなの眼が向いちまうからなぁ。
「……そう。……私たち、少し浮ついてたのかなぁ」
随分としおらしいマリーシェの呟きに、誰も何も言葉を掛ける事は出来なかった。
実際、どれだけ請われたとはいえ、戦えないシャルルーとエリンをあの場に連れて行ったこと自体、俺たちが油断していた証左と言える。
「……まぁ、俺の方でも彼女を診てみるよ。その前に、サリシュの方も様子を診て見ないとな」
でも、今ここでその事に付いて論じても仕方がない。反省するのは大事だけど、それは次回の依頼で活かしていく事が寛容だ。
ここで最も重要なのは、最善を尽くして最良の結果を得る努力をする事だろう。
「で……でも、シャルルーの手配した医者でもどうにもならないって……! エリンはもう、助かるかどうかも分からないって!」
そう嘆いたマリーシェは、シーツを顔に当ててしゃくり上げだしたんだ。
仲間や知人が突然命を落とすのは、怖い事だし悲しみも誘うだろう。でもそれも、状況によっては割り切れる事でもある。
だけど、徐々に命の火を弱めていく知人がそこにいると言うのは、その間ずっと後悔を関係者に与え続けるんだ。……胸に刺さった小さい棘が徐々に食い込んで行くみたいにな。
「俺が昔読んだ本の中に、失われつつある命を引き延ばすって話があったんだ。それがもしかすれば、エリンにも効果があるかも知れない」
悲哀に囚われて前へ進む活力を奪われるよりは、希望を抱いて前進した方が良いに決まってる。
だから俺は、落ち込むマリーシェ達に向けてそんな話をした。
「しかし……その様な医術が存在するのか? 少なくとも、私は聞いた事が無いのだが」
「……私も……聞いた事が無い」
だけど根拠のない俺の話には、彼女達を安堵させる効果は無かったみたいだ。
もっとも、エリンを本当に助ける方法を得る為には、長い時間と果てない冒険が必要となるんだけどなぁ。
それを考えれば、俺の言っている事も雲を掴む様な話と言えなくもない……か。
「まぁ、その事に付いてはシャルルーとクレーメンス伯に相談するさ。まずは……サリシュだな」
陰鬱とした空気が渦巻く部屋を、俺はそれだけを告げると後にした。
少なくともサリシュの容態に変化を与えれば、俺の言う事にも真実味が増すかも知れないからな。
サリシュは、マリーシェやカミーラとは別室で寝かされていた。
いつまで眠り続けるのか分からない彼女は、言うなれば絶対安静と大差ないからだろう。
規則正しく寝息を立てるサリシュは、本当に今すぐに目を覚ましてもおかしくないみたいに見える。このまま何日か……何週間かすれば、彼女は起き上がるかも知れない……んだが。
その場合は肉体的に衰弱した状態となっていて、そんなサリシュの回復やリハビリにかなりの期間を要するだろうなぁ。
そうなると以降の冒険にも支障を来すし、何よりもサリシュが他のメンバーに気を遣ってしまうに違いない。
そうならない為にも、彼女には今日明日中にでも目覚めて貰えば何の問題も無いって事になる。
「おいおい。お前にサリシュちゃんを起こす事が出来るのかよ?」
サリシュの顔を覗き込む俺に、背後からセリルが疑問を口にした。
その疑心も、まぁ当然っちゃあ当然だよな。なんせ俺は戦士職であって、医者や回復系魔法使いじゃないんだから。
「……ふむ」
俺はサリシュから顔を離して、視線を部屋の中へと向けた。
俺の頭の中には、彼女を回復させる手段が浮かんでいる。でもそれが本当に効果があるのかを、ここで知っておく必要があるからな。
その為には、この部屋に何か目印を見つけないとなんだが……。
「……なぁ、あの花は後どれくらいで咲くんだ?」
そこで見つけた目印に、俺はそんな疑問を口にした。
「なんだよ、アレク。そんな事、今は関係ないだろ?」
「……明日には咲くと思うけど……アレク?」
突然サリシュの診察には関係ない事を言いだした俺にセリルは不満を漏らし、バーバラは疑問を浮かび上がらせながらも答えてくれた。
この辺りが、俺への信頼度が反映されている対応なんだろうなぁ。
だけどお陰で、必要な情報は得る事が出来た。
―――……ファタリテート。
俺はそのまま即座に、「スキル ファタリテート」を発動した。
白黒に染まる世界。
一切の動きを止めるバーバラ……そしてセリル。
色のない彼女たちは、まるで絵画みたいだな。
そんな世界で、俺の意識だけが自由に動く事が出来ていた。
そして。
俺の眼には、サリシュとバーバラ、セリルの頭の上に浮かぶ不思議な文字が見えていたんだ。
―――表層障壁「Clear」。
―――深層障壁「Clear」。
―――心理プロテクト「Without」。
―――開錠……確認。
相変わらず、サリシュは俺に対して信用してくれているんだなぁ。
この何の施錠もされていない意識を見れば、それが伺い知れようと言うものだ。
そして俺は、迷わず明滅する「確認」に意識を集中したんだ。
俺はサリシュを目覚めさせるために、ファタリテートを使って彼女の宿命を視る事にしたんだ。
それは、サリシュが本当に目覚めるのか? なんて事を知るためじゃあなく……。




