再びの謎空間
戦闘直後に気を失った俺は、謎の暗闇空間にいた……。
もっともそこは……。
光が見える……。
随分と遠い所に、まるで麦粒の様に小さな光……。
その光源のお陰で、今俺が何処に居るのかが辛うじて分かったんだが。
―――俺は今……細長い洞窟の中にいる。
……これは、自然の洞穴って訳じゃあ無さそうだ。
「……この質感は?」
右手を添える様に、壁面をなぞってみる。その手に感じる壁の感触は、今までに俺が訪れたどんな地下迷宮や建造物でも触れた事の無いものだった。
……いや、初めてって訳じゃあないか。
俺は以前に、この不可思議な空間に来た事があった。そして、この光景も見た事があったんだ。
「……って事は、あそこに確か」
大体の居場所を把握した俺は、迷う事なく遠くに見えている光へ向かって歩き出す事にした。
「……やっぱりか」
長い洞窟を歩いて辿り着いた光の源は、そのままトンネルの出口になっていた。
そしてその先に広がる景色は……。
―――広い。異常に広い空間だった。
一体どこまで広がっているのか……。
いや、それよりもここは本当に外じゃあ無いのか?
それを疑っちまう程の広間が、俺の眼前には広がっていた。
「相変わらず、なんて場所だよ」
上にも横にも広大な空間。そこには、何も無かった。
……いや、足元には城が……街が入りそうなほどに巨大な魔法陣が描かれている。
それほどに大きな魔法陣であるにも関わらず、そこに記されている文字は手紙で書く大きさよりも更に小さい。それがビッシリと敷き詰められていた。
そしてその魔法陣は、まるで生きているかの様に七色の光を明滅させている。
俺が見た……そしてこの空間に明かりを齎していたのは、この魔法陣の光だった。
こんな魔法陣を作ろうと思ったなら、一体どれだけの人員と年月が必要なんだろう。
もっとも、これを作り出したのが神……いや、女神の所業だと考えればその疑問も解消するってもんだけどな。
超巨大な魔法陣。その円の中心部目指して、俺はゆっくりと歩を進めたんだ。
真っ直ぐに魔法円の中心へ向かうだけだからな。迷う筈がない。暫くすると、俺はその中心部へと到達した。
そこには、やっぱり見た事も無い材質で造られた球体が……浮かんでいた。
まぁ実際それは球体じゃあなく、その球状を真横に切り開いた半球状と言った処なんだが。
その半球体の中身は繰り抜かれており、人が入り込める様なスペースが確保されていた。
そして中には。
「よくぞいらっしゃいました。アレックス=レンブランド様」
半球体の中に入り込んでいたのは、長い金髪の美女だった。
この世の者とは思えない程に息を呑む美貌。
そして、何処を探しても見つからないという程に煌びやかな金髪は、その余りの長さに半球体の中には納まりきらなかったのか、そこから溢れ出し床にまでその裾野を広げていた。
しかもその光景が余りにも神秘的で、少しも違和感がないって言うんだから驚きだよな。
「……フィーナ。俺がここに来たって事は……やっぱり俺って、あの戦闘で死んじまったのか?」
でも残念ながら、俺がここへとやって来るのはこれで2度目だ。
さすがに2回目ともなると、如何に絶世の美女を前にしても慌てる様な事は無い。
それに何よりも、俺は彼女……女神フィーナとすでに面識があるからな。今更彼女を前に委縮する事も、改まった物言いをする必要さえなかった。
「……何よ、詰まらないわね。折角あの時の出会いを演出してあげたっていうのにさ」
俺の問い掛けを聞いて一気に白けたのか、フィーナは被っていたウィッグを取ると、収まっていた半球体から降りて来たんだ。
その姿は、さっきまで俺の眼の前に居た優雅で可憐を思わせる絶世の美女などではなく、美しい顔立ちをし銀髪を短く切り揃えた、どこかボーイッシュな少女だった。
謎の素材で作られたテラテラの衣類が、ピッチリとその身体に張り付いている。
スラッとした体躯をしているんだが、残念ながら凹凸には乏しい。
これじゃあ、大の男を欲情させるには物足りないだろうなぁ。まぁ、そういうのが趣味って奴もいない訳じゃあ無いんだけどな。
「いや、それこそ詰まらない事だろ。俺に取っちゃあ、嫌な思い出しか無いってのに……」
そんな彼女の冗談に対して、俺はやや呆れた風に答えた。
俺が前回この空間に来たのは、前世で死んでしまった時だった。
高位レベルで最上級冒険者でもあり勇者の職業に就いていた俺だったけど、当時の仲間……いや、同行人の裏切りに合って「記録」がされていなかったんだ。
そのせいで俺は15年もの月日を遡って、また人生をやり直す羽目に陥ったんだからなぁ。
しかも、年齢やレベルなんかも全部15年前……駆け出し冒険者の頃のLv5に戻されたんだ。これが愉快な思い出である筈なんて無いだろう?
「あら、そう? その割には可愛い子達を侍らせちゃって、なんだか楽しそうにしているみたいだけどねぇ」
俺の反論を受けても、当のフィーナはどこ吹く風だ。ニヤニヤ笑いを浮かべながら、俺に向けてさらに冗談を言ってくる始末だからな。
……ったく。誰も好きこのんで、今の状態になったって訳じゃあ無いんだよ。
まぁ? 少しは? 楽しいって思ってるのは事実なんだけどな。
「……それよりも、俺はまた死んだのか? そうじゃないと、この空間には来れないだろう?」
そんな少しは面白い人生だったのに、もしかすればそれも終わりかも知れない。
ここに来るって事は、つまりは死んで「記録」を行使する手続きをする為なんだからなぁ。
残念と言えばそうなんだけど、あれだけの無理をしたんだからこの結果も仕方ないかもな。俺はそう考えていたんだけど。
「いいえ、アレックス。あなたはまだ死んじゃあいないわ。……まぁ、確かに死にかけてるんだけどねぇ」
女神フィーナの答えは、俺の問い掛けを否定するものだった。もっとも、一部保留と言った含みを持たせている処が気に掛かるんだが。
それを聞いて俺は、保留付きとは言え少し安堵のため息を吐いていた。
僅か数か月とは言え、折角構築した人間関係が全て台無しになるって言うのは、幾ら生き返れると言っても勿体無いと思っちまうもんだからなぁ。
「だったら、何で俺はここに寄こされたんだ? それより、彼女達は無事だったのか?」
そこで俺は、浮かび上がった疑問を口にした。まだ死んでいないとすれば、俺が改めて「記録」を使って人生をやり直す必要なんてない。
もっとも、戻ったとしても僅かに数か月前だ。惜しいと思わないでもないが、今なら受ける精神的ダメージも少なくて済むからな。
そして気掛かりだったのは、残されたマリーシェ達の安否だ。
確かに俺の記憶では、鬼族である赤鬼を倒した処までは残っている。でもその後に、もしかすれば伏兵なり別の魔物に襲われたという可能性だって考えられるんだ。
あの時の彼女たちは、全員満身創痍だったからなぁ。ゴブリンの生き残りに襲われただけでも、命を落とす事だってあった筈だ。
「ああ、彼女達……マリーシェちゃんにサリシュちゃん、カミーラちゃんだっけ? 彼女たちは無事に町へと帰り着いたわよ。……今はまだ……ね」
そしてフィーナは、ここでもなんだか勿体ぶった言い回しをした。
イチイチはっきりしない言い方はどうにも鼻に付く。俺が怪訝な表情を彼女へと向けていると。
「……もしもあなたが『記録』を使ってもう一度やり直して彼女たちの元へと戻らなかったら……どうなると思う?」
なんだか嫌らしい輝きを瞳に宿して、フィーナは俺にそんな質問を持ち掛けて来たんだ。
何だか悪だくみを考えていそうな表情で、フィーナは俺に変な質問を投げ掛けて来たんだ。
……ったく、こいつは一体何を考えてるんだ?




