第九十八話 蟻の巣
ムウとヴァジュラが話していた頃――。
ある場所、地下深くに存在する薄暗い大広間。
天井は高く壁には無数の松明が揺らめいている。
そこには異様な光景が広がっていた、全員が黒い外套を纏い不気味な仮面で顔を隠している。
影の調停者、裏で暗躍する巨大組織、広間の中央には長いテーブルが置かれ、その席には5人の幹部達が腰掛けていた。
そしてその周囲を囲むように、数え切れないほどの構成員達が整列している。
重苦しい沈黙、やがて幹部の一人が口を開いた。
「まったく……」
背中に翼を生やした影から呆れた声が漏れる。
「『全員集合しろ』なんて、うちのボスは人使いが荒いな」
すると隣に座る背の低い影が肩をすくめた。
「仕方ないでしょう……」
「なんせボスの依頼を誰一人こなせなかったんですから」
「……それにしてもクルーエルが居ないけどあいつは何をしてるのかしら?」
それにどこか間の抜けた声が答える。
「『あいつの命令なんて聞くか!』だそうです」
それを聞き、翼の影が答える。
「相変わらずだな」
そしてわざとらしく視線を向ける。
「それでコレールさんが任務を放棄して逃げ帰るなんて……何事ですか?」
その言葉に大柄な男が勢いよく立ち上がった、全身に傷跡が走る巨漢、コレールだ。
「あぁ!?」
怒号が響く。
「俺が悪いとでも言いてぇのか!?」
机を拳で叩く。
「相手はあの次期賢者候補だぞ!」
「そんな化け物に目を付けられて逃げ延びただけでもお釣りが来るってもんだ!」
「クソが!!」
「あのガキ……!」
会議室の空気が険悪になる、その時だった。
空間が歪み、玉座の上に一人の存在が現れた。
黒に身を包んだ様な外見をした存在、広間の温度が下がったように感じた、誰も動けない、誰も声を出せない、本能が理解していた、目の前の存在は危険だと。
現れたのは邪悪だった。
「お前らには失望した」
低く、冷たい声、感情など一切感じられない。
「影の調停者」
「最近勢力を上げていたと聞き」
「いざ乗っ取ってみれば有象無象の雑魚共の集まり」
沈黙、誰も反論できない。
「簡単な任務一つこなせないとはな」
「利用価値の欠片も無い」
「とっととその場で自害でもしたらどうだ?」
その場の空気が凍る、しかし一人だけ違った。
コレールである。
ドンッ!!
机を叩き割る勢いで拳を振り下ろす。
「いい加減にしろよ……!」
怒りで声が震えていた。
「そもそも突然ボスを殺して組織を乗っ取った愚図の命令なんざ!」
「誰が聞かなきゃいけねぇんだ!?」
周囲の構成員達が青ざめる中、一人の影は薄ら笑いを浮かべていた。
(うわぁ……「あれ」に反抗するとか……コイツ死んだな)
だがコレールは止まらない。
「ああ!?」
「俺が!」
「いや、この場の全員が尊敬したボスを殺したテメェに!」
「誰も敬服なんてしちゃいねぇ!!」
怒号が響く。
「自害するべきなのは――」
「テメェなんだよ!!」
戦闘態勢、幹部達ですら息を呑む、コレールは両手を突き出した。
「火属性派生魔法――」
膨大な熱量が収束する。
「超爆発!!」
轟音が響く、巨大な爆炎が玉座を呑み込んだ。
広間全体が揺れる、凄まじい爆風と衝撃波に松明の炎が吹き飛び、周りの人達の外套が激しくはためく。
やがて煙が立ち込めた、コレールは荒く息を吐き、そして笑った。
「ハッ!」
「やってやったぜ!」
「所詮――」
そこまでだった、何が起きたのか誰も理解できない。
コレールの上半身が黒に呑まれた、まるで存在そのものが消されたかのように。
残ったのは膝から崩れ落ちる下半身だけ。
ドサッ……。
静かな音が響く、誰も動けない。
誰も声を出せない、汗だけが流れる。
邪悪は玉座に座ったままだった、傷一つ無い。
「愚図が」
「身の程を弁えておけばいいものを」
誰も視線を上げられない、邪悪は立ち上がる、そして絶望を宣告するような声でこう言った。
「まぁ」
「この蟻の巣も近い内に壊滅するだろう」
その言葉と共に、再び空間が歪む。
そして邪悪は消えた、まるで最初から存在していなかったかのように。
広間には静寂だけが残った、誰も口を開かない、誰も動かない、床に転がるコレールの下半身だけが先程までの出来事が現実だったことを証明していた。




