第九十七話 雷の賢者
時は少し遡る。
魔兵団試験から一日後――。
ムウは魔兵団本部の最上階にある執務室を訪れていた。
重厚な扉の向こう。
豪華な机に腰掛けている男を見て、誰もが息を呑むだろう。
金色の髪、金色の瞳、五十代ほどの大柄な男。
全身には無数の傷跡が刻まれており、それだけで幾度もの死線を越えてきたことが分かる。
魔兵団最高階級プラチナランクを持つ雷の賢者――ヴァジュラ。
「……ムウか」
ヴァジュラは椅子にもたれながら笑った。
「久しぶりだな」
「それで今回は何の用だ?」
「まさか『試験合格褒めてくださーい』なんて言うつもりじゃねぇだろうな?」
ムウは無表情のまま答える。
「ああ」
「悪いが冗談に付き合うほど俺は空気を読める人間じゃない」
「早速本題だ」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
「今回の試験」
「ありゃおかしすぎる」
「大きく二つな」
ヴァジュラも表情を引き締める。
「試験は基本的に実力者のパーティへ運営を任せてるんだがな」
「取り敢えず聞かせてもらおうじゃないか」
ムウは指を一本立てた。
「一つ」
「最初の試験に出てくる魔物だ」
「あれは明らかに限度を超えてる」
ヴァジュラは黙って聞いている。
「個体差はあれど、全ての魔物が魔力超過状態に入っていた」
「オーバーロードは自然発生しない」
「つまり、明らかに人為的な細工がされてるってことだ」
ムウの声は断定だった。
「そのせいで脱落者が多すぎた」
「前代未聞の二試験制になってたほどにな」
ヴァジュラは腕を組む。
「……」
ムウはさらに続けた。
「そして二つ目」
「参加者の中に『影の調停者』が複数人いた」
ヴァジュラの眉が僅かに動く。
「別に一人二人ならおかしくない」
「だが今回は五人」
「それも全員、末端とは言えない実力を持っていた」
「明らかに何か目的がある」
「試験会場に潜り込む理由がな」
しばらく沈黙が流れる、やがてヴァジュラが口を開いた。
「合格者にはいないようだが?」
「俺が三人殺した」
あまりにも当然のような口調だった。
「一人は逃げられた」
「もう一人は泳がせるつもりで生かしてたが……」
「恐らく最終試験で死んだんだろう」
「魔力が消えてた」
ヴァジュラは小さく息を吐く。
「なるほどな……」
机の上の資料を手に取る。
「確かに試験数は二つ」
「死傷者もかなり出てる」
「偶然で済ませるには無理があるか」
ムウは一歩前へ出た。
「今回の試験を担当したパーティはどこだ?」
「教えろ」
ヴァジュラは資料をめくる。
「最近結成されたパーティだな」
「名前は――」
「トワイライト」
その名前を聞いたムウは即答した。
「分かった」
「俺をそこへ配属させろ」
「……ほぉ?」
ヴァジュラが口元を吊り上げる。
「随分強引なお願いだな」
「向こうもお前みたいな奴は歓迎すると思うが?」
「入団試験なんか受けてる暇はない」
ムウは真っ直ぐヴァジュラを見据えた。
「一刻も早く情報を掴む必要がある」
「今回の試験」
「恐らく背後に何か大きな存在がいる」
「そいつを突き止めてやる」
そして静かに続けた。
「そしてそいつを倒す、その手柄で俺が次のこの国の王になるためにな」
その言葉にヴァジュラは目を丸くした。
そして――
豪快に笑う。
「ほぉ!」
「『王』ねぇ!」
「そりゃ立派な夢だこと!」
「お前が政治に興味あったなんて知らなかったぜ!」
だがムウは首を横に振る。
「政治なんかに興味はねぇよ」
「単純な話だ」
「この世界で一番強い奴が王だろ?」
「政治なんて他の奴にやらせりゃいい」
数秒の沈黙、そしてヴァジュラは腹を抱えて笑った。
「ハッ!」
「お前らしいな!」
「そんな理由で王を目指す奴は初めて見たぜ!」
笑い終えると、ヴァジュラは椅子にもたれた。
「分かった」
「トワイライトのリーダーには話を付けておく」
ムウは短く答える。
「助かる」
そのまま踵を返し、部屋を後にする。
扉が閉まる直前ヴァジュラが声を掛けた。
「相変わらず生意気なところは変わんねぇな、ムウ」
ムウは振り返らない。
「そりゃお互い様だろ?」
「俺はあんたも超える目標の一つなんだからな」
そう言い残し、部屋を去った。
静寂が戻る、ヴァジュラはしばらく閉じられた扉を見つめていた。
やがて小さく笑った、その金色の瞳には期待の色が宿っていた。
「いつか俺と勝負する時を待ってるぜ――ムウ」
そう呟き、窓の外へ目を向けた、嵐の前触れのように黒い雲がゆっくりと空を覆い始めていた。




