第九十五話 リバ
「ちょっと待ってくれ!」
後ろから声を掛けられ、緑髪の少年はびくりと肩を震わせた、しかし振り返った瞬間、その顔には警戒心が浮かんでいた。
「……誰?」
少年――リバは一歩後ずさった。
「……そうか」
「俺のことを馬鹿にしに来たんだな!」
その言葉に俺は目を丸くした。
「いや」
俺は首を横に振る。
「君が心配になって話しかけたんだ」
「……は?」
「ここじゃ人の邪魔になるし」
「近くの酒場にでも行かないか?」
「話くらい聞くよ」
リバは怪訝そうな顔をし、しばらく二人を見比べた後――
「……え、まぁ、奢ってくれるんなら……」
小さく呟いた、キャリーが思わず吹き出す。
「そこは遠慮しないんだ」
「だって金ないし……」
リバは視線を逸らした、こうして三人は近くの酒場へ向かうことになった。
◆
昼間の酒場は比較的静かだった、三人は空いている席へ座る、飲み物と軽食を注文し、一息ついたところで会話が始まった。
「……へぇ」
リバが興味深そうに俺を見る。
「じゃあ魔兵団に合格したばかりなんだ」
「ああ」
俺は頷いた。
「リバは?」
その質問にリバは苦笑した。
「俺は去年合格したんだ」
「今はシルバーだけど」
そこで言葉を濁す。
「それでいよいよパーティに入ろうとしても、どこにも俺を入れてくれるところがないんだ……」
「やっぱり俺に得意魔法がないからかなぁ」
どこか諦めたような声だった、するとキャリーが首を傾げる。
「あんたも得意魔法がないの?」
「うん」
リバはあっさり答えた。
「俺は魔人だから」
「魔人!?」
俺は思わず声を上げた、隣のキャリーも目を見開く。
「魔人って……あの!?」
魔人。
それは人間と魔族の間に生まれた子供。
しかし多くの場合、身体に何らかの障害を抱えることが多く、この世界では長くタブー視されてきた存在。
今なお差別や偏見は根強い、俺も知識としては知っていた。
だが――
実際に会ったのは初めてだった。
「……そうか」
俺は静かに呟いた、リバは自嘲するように笑う。
「俺の親はろくでなしでさ」
「俺を作った挙句、捨てられたんだ」
キャリーの表情が曇る。
「そんな……」
「大変だったんだな」
俺が言うと、リバは少しだけ目を伏せた。
「何度も恨んださ」
静かな声だった。
「ガキの頃は石を投げられるのは当たり前だった」
「化け物って呼ばれたこともある」
「大人も誰も俺を守ってはくれなかった」
そこでリバはふっと微笑んだ。
「ただ一人を除いて」
俺とキャリーは黙って続きを待つ。
「俺の恩人」
「ホープって名前の人なんだけどさ」
懐かしむような声。
「よぼよぼの爺さんだったけど、あの人のお陰で俺は希望を持てたんだ」
「こんな俺でも生きてていいって」
「それだけじゃない」
「俺を止めてくれたんだ」
「止めてくれた?」
俺は思わず聞き返す、リバは少し困ったように頭を掻いた。
「俺のもう一人の人格……って言うのかな」
「俺の中には人間の特徴を強く持った俺と」
「もう一人」
「魔族の特徴を強く持ったバリって奴がいるんだ」
俺とキャリーは顔を見合わせた。
二重人格、そんな話は聞いたことがあったが、実際に会うのは初めてだ。
「だけどホープさんが言うには、バリは凶暴すぎるらしい」
「だから約束を結んだんだ」
「俺が危なくなった時以外出てくるなって」
リバは苦笑する。
「正直、俺にはバリがどんな奴なのか分からない」
「でも子供の頃、じいちゃんが止めてくれなかったらその村を滅ぼしてただろうって言われたんだ」
酒場の空気が少し重くなる、しかしリバは前を向いていた。
「……俺はじいちゃんみたいになりたい」
「困ってる人を助けられる人になりたい」
「その為に魔兵団に入った」
拳を握る、だが次の瞬間、その力は抜けた。
「……でも、この有様さ」
「パーティには入れない」
「何の取り柄も無い」
「結局俺なんかがあの人みたいになるなんて無理だったんだ」
「……じゃあ私達のこと手伝ってよ」
キャリーがあっさり言った、リバは固まる。
「……は?」
「誰かの役に立ちたいんでしょ?」
「だったら私達を手伝ってよ」
まるで当然のことを言うような口調だった、俺も思わず笑う。
「できればでいいさ」
「でもリバが手伝ってくれるなら心強いな」
リバは二人を見つめた、冗談を言っているようには見えない。
本気だ、本気で自分を必要としている。
「はあ……」
リバは深くため息を吐いた。
「俺達、一応会ったばかりだよな?」
「そうだな」
「そうだよ」
二人は即答した、リバは頭を抱える。
そして数秒後――
小さく笑った。
「まぁ」
「手伝いならやってやってもいいけど……」
その言葉を聞いた瞬間、キャリーが勢いよく立ち上がる。
「決まりね!」
酒場中に響く声だった、周囲の客が驚いて振り向く。
「あっ……」
キャリーは慌てて座り直した、俺は苦笑する、リバは思わず吹き出した。
さっきまでの暗い顔とは真逆の満面の笑みで。




