第九話 憧れ
アルは拳を強く握り締めた、校長の言葉は正しい、現実的に考えれば、魔兵団への道は絶望的と言っていい。
それでも――。
「……それでも」
アルは唇を噛む、言葉にするのが怖かった、否定されるかもしれない、笑われるかもしれない。
だが、それでも口にした。
「俺は……」
小さく息を吸う、そして真っ直ぐグロウを見た。
「俺は両親みたいになりたいんです」
校長室が静まり返る。
「父さんも母さんも」
「俺はほとんど覚えてません」
「でも」
アルは写真の中の笑顔を思い出す。
「人を守って」
「仲間を助けて」
「誰かのために戦ったんですよね」
「だから俺も――」
そこで言葉が詰まる、少しだけ目を伏せた。
「そんな人になりたいです」
その一言に偽りはなかった、強さに憧れた、魔兵団に憧れた、そして何より、両親に憧れていた。
グロウはしばらく黙っていた、やがて深く息を吐く。
「……そうか」
老人の表情はどこか複雑だった、そして静かに言った。
「ならば、お前は知るべきじゃな」
アルが顔を上げる。
グロウの目には先程までとは違う重さがあった。
「お前の両親の最後を」
アルの心臓が跳ねる、今まで誰も教えてくれなかったこと、知りたかったこと、そして知るのが怖かったこと。
グロウは静かに語り始めた。
「任務の最中じゃった」
「魔兵団はある魔族の討伐に向かっておった」
「その魔族は極めて危険な存在でな」
「多くの兵が犠牲になった」
アルは黙って聞く。
「お前の父も母も最後まで仲間を守ろうとした」
「逃げ遅れた者を最後まで助け続けた」
校長室の空気が重くなる。
そして、グロウは目を閉じた。
「結果として――」
老人の声は低かった。
「二人はその魔族によって無残にも殺された」
その瞬間、アルの思考が止まった。
言葉が出ない、呼吸すら忘れそうになる、頭の中が真っ白だった。
ずっと知りたかったはずなのに、実際に聞くと何も考えられない。
父と母は最後まで人を守った、最後まで戦い抜いた。
そして――命を落とした。
「…………」
アルは何も言わなかった、いや、言えなかった。
校長室に長い沈黙が流れる、ただ時計の針の音だけが静かに響いていた。




