第1章 8話『分水嶺』
「右からフタバ、片足立ちふらつき過ぎ。ウィル、前屈届いてないな。オリバー、ブリッジしんどそう。ロシェルピース。」
一度律式の行使に成功したルクスはその感覚を忘れないように、反復練習を行っていた。
「右からウィル屈伸、ロシェルピース、フタバ開脚、オリバージャンプ。」
何度も。
「右からオリバーガッツポーズ、ロシェルピース、フタバサムズアップ、ウィル直立。」
何度も。
「おい、お前ら単調になってきてないか?」
「当たり前だ!」
「何回やってると思ってんだよ!」
「もう疲れたよ〜。」
「ルーくんそろそろ休憩にしない?」
しかし、あまりに何度も繰り返す為遂に不満の声が上がる。
その声を受け少し休憩を挟もうかと思案するも、まだまだやる気のあったルクスが訴えを無視して強行しようとした矢先に、人が尋ねて来る。
「ほっほっほっ、上手くいったようじゃの、ルクス。」
「はい、村長のお陰です。」
村長が来てルクスと話し始めた為、ここぞとばかりに各々好き勝手に休息を取り始める。
「積み重ねられたお主の努力が実を結んだだけじゃ、儂はきっかけに過ぎん。」
「…それでも、ありがとうございます。」
「良い良い…それにしても生物の気配を感知する律式とは、何ともお主らしいの。」
心底から楽しそうに村長は笑う。
無事、期待に応える事が出来てルクスも満足気にしている。
「では、次の段階へ進もうかの。」
「次の段階…?」
「うむ、先程グリームが森から帰還した。」
「!」
律式の修得に集中していた為、そう言われるまで当初の目的を忘れていたルクスだったが、試すような村長の視線を受け笑みを浮かべる。
「証明せよ、己が実力を。」
「勿論です、懇願させてやりますよ、お前が居なきゃ駄目だ、って。」
「ほっほっ、男子三日会わざれば刮目せよとはよく言ったものじゃの。」
先程までとは違い、確かな自信を胸にルクスはグリームの元へと向かうのだった。
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友人達に感謝を告げ堂々とした足取りでルクスは歩く。
目的の人物を見つけ、勢いそのままに駆け寄ろうとして違和感に気付く。
「おかえり父さん、なんか普段より疲れてる?」
「ルクスか…そうだな、普段ならもっと奥地に居るような奴らがだいぶ手前に居た、まるで何かから逃げるかのように。」
「それって…。」
2、3日であれば動き続けられるような父が、たかだか数時間森に入っていただけとは思えない程に疲労を滲ませている。
余程の出来事があったのだと確信して緊張が高まる。
「ああ、十中八九お前が言ってた奴の仕業だろうな。」
「…どうするの?」
「…取り敢えずはもう何度か森に入って様子を確認しないとだな。」
異変の元凶に対する警戒度を高めてはいるが、具体的な解決策は思いつかないのかグリームは心苦しそうにしている。
「じゃあ、次からは僕も連れて行ってよ。」
ここぞとばかりに自分を売り込もうとするルクスにグリームは眉を顰める。
「あのなあ、さっき散々言っただろ?律式が使えない限りお前は連れてかないってーー」
「使えるようになったよ。」
「は?」
一瞬、ルクスが言った事が理解出来なかったのか素っ頓狂な顔をしているグリームにルクスは続ける。
「律式なら使えるようになった、だから僕も連れて行ってくれ。」
「そんな事言って、そんなすぐ使えるようになるかよ。」
期待をしていたとは言え、この速度で修得するとは思っていなかったのかグリームは懐疑的だ。
「じゃあ、今ここで証明する、そしたら連れてって。」
「おい、もしかして本当なのか?」
どれだけ言葉を重ねても自信満々な態度を崩さないルクスを見て、グリームにもしかしたらという気持ちが芽生える。
そんなグリームをよそに、ただ自らの実力を証明する為、ルクスは集中を高めていく。
「感じろ。」
その一言と共に理が歪む感覚がする。
ルクスは高まっていた集中を散らすとある一点を指さす。
「そこ、米櫃の裏にネズミがいる。」
ルクスの言葉を受け、半信半疑ではあったが直ぐ様グリームは確認に動く。
持ち上げた米櫃の裏からネズミが出てきた事で確信に変わりグリームはルクスを見る。
「どうよ?」
渾身のキメ顔でこちらを見るルクスに思わず笑みを浮かべる。
「…明日は朝から森に入る、準備を怠るなよ。」
「…はい!」
万感の思いでルクスはそう返事をするのだった。
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翌朝、2人は森に入る前の確認をしていた。
「…成程、星印自体を感知する事で生物自体の気配も感知する事が出来る、と、便利だな。」
「それに、理が歪む感覚だっけか?そんなん全然感じたこと無かったな。」
2人とも手を動かしながら、ルクスの律式の詳細を共有する。
「うん、皆に協力してもらったから気付けた、僕1人じゃ気付けなかった。」
「そうか…感謝しないとな。」
「…うん。」
照れ臭そうにするルクスを見るグリームは父親の顔をしている。
しかし、確認を終えた事で意識を切り替えると、そこには狩人としてのグリームが居た。
ルクスもまた意識を切り替える。
「よし、それじゃあ行くぞ。」
「はい。」
「取り敢えず昨日確認した所まで向かう、そこに着いたら律式を使ってくれ、くれぐれも乱用はするなよ。」
「…はい。」
律式は諸刃の剣、それを充分に理解しているグリームはルクスに釘を刺す。
慢心気味な自覚のあったルクスは苦笑しながらも、指示に従う意思を見せる。
村からそう離れていないにも関わらず、へばりつくような嫌な空気にルクスは警戒を高める。
「昨日来た時はここまでじゃなかったのに。」
「活動範囲が広くなってるんだろうな、手遅れになる前に打開策を見つけなきゃいけない。」
「1つのミスが命取りになる、気を引き締めろよ。」
「うん、わかってる。」
慎重ではあるものの確実に歩みを進め、そう時間が掛からず予定していた地点へと辿り着く。
周囲を見渡して脅威が無い事を確認すると一息つく。
「少し休憩したら実際に律式を使ってみるぞ。」
「…うん。」
いよいよ実践が近づいてきた事でルクスの表情に緊張が滲む。
そんなルクスの緊張を感じ取り、安心させるように肩に手を置く。
「大丈夫、お前の律式は確かに便利だがな、別に無くたって長年の経験がある、そんなに気負うなよ。」
「…はい。」
グリームの言葉で余計な事を考えるのは止め、ただ目の前のすべき事に集中する。
「感じろ。」
理が歪む感覚がする。
すると、手に取るように周囲の木々や生物の気配がわかるようになる。
脅威となる生物が近くには居ないとわかり、気を緩めようとした刹那、感知範囲に猛スピードで侵入し、こちらへ接近してくる獣の存在に気付く。
「父さん、2時の方向、猪が猛スピードで接近してる。」
「わかった。」
接近している事がわかればなんて事無い相手、即座に2人は迎え撃つ為樹上へ登る。
グリームが誘導しルクスが仕留める、幾度となく経験した手順である為、2人の動きに無駄は無い。
やがて、草木を掻き分け獣が姿を現す。
森の主と比較すると可愛げがあるがそれでもよく知る猪とは比べ物にならない程の巨体が大地を揺らす。
獣の姿を確認するが早いかグリームが矢を放つ。
敢えて矢を外す事でその行動を誘導する、熟練の狩人である父だからこそ成せる技だ。
グリームの誘導によって急所を狙い易くなった為、落ち着いてルクスも矢を放つ。
狙い通り急所に吸い込まれた矢は獣の命を絶つ。
「…ふう、一件落着ーー」
「ルクス!」
標的を仕留めた事で気を緩めたルクスにグリームが叫ぶ。
直後、凄まじい振動がルクスを襲った事でバランスを崩し地面に叩きつけられる。
「ぐぁっ!」
幸い当たり所が良かった為、致命傷は免れるが依然として絶体絶命の状態は変わらない。
「…2体目?」
先程仕留めた個体とは違う個体が、鋭い眼光でこちらを見ていた。
そのまま、ルクスに攻撃するべく準備を始める。
「なんで?だって、律式は成功して…」
「ルクス!」
予想外の存在に動揺が抑えられないルクスに再びグリームが叫び声を上げつつ、矢を放つ。
しかし、位置が悪い為か急所に命中させる事が出来ず結果として苛立たせる事となった。
「っちぃ!おいルクス!いつまでボケっとしてるんだ!」
「…はいっ!」
再三のグリームの叫びによって漸くルクスは思考を切り替え弓を構える。
既に眼前まで迫っていた猪に臆する事無く真正面から標的を見据えて照準を定め、矢を放つ。
しかし、放たれた矢は急所を外れ猪の眼へ突き刺さった。
(まずい…!)
眼という重要な器官を破壊したとしても、致命傷でなければその行動を止める事は出来ない。
故に、今尚突進を続ける猪の牙がルクスの胸を貫かんとするその刹那、飛来した矢によって突進の軌道が逸れる。
取って返して再び突進するような事はせず、その勢いのまま逃げていく猪を見送り、脅威が去った事で安堵の息を漏らす。
しかし、眼前にそれ以上の脅威がやって来た事で姿勢を正す。
「あの距離で急所を外すとは何事か!」
容赦なく振り下ろされる拳骨を甘んじて受け入れ、痛みと共に反省を刻み付ける。
「…ごめんなさい。」
「全く、今回は間に合ったから良かったものの、後一歩遅ければ死んでたかもしれないんだぞ!?」
語気を強くこちらを叱責する父の言葉には怒り以外の感情を滲ませている事がありありと伝わってくる。
「いついかなる時であっても心を落ち着かせるのは狩人の必須技能!そう何度も言っただろう!?」
「…はい、ごめんなさい。」
「そもそも標的を仕留めたからと言って周囲の確認もせずに気を緩めるなんてーー」
未だ冷めやらぬ怒りを露わにしながらも、時折周囲を確認しながらグリームが説教を続けようとした瞬間、
ーー理が歪む感覚がした。
「「っ!!」」
そして、それはルクスだけでなくグリームも感じ取ってしまう程、悍ましい感覚だった。
「…ルクス、お前は1人で帰れ。」
「でもーー」
「良いから帰れ!」
有無を言わさぬ強いグリームの言葉に思わずルクスは怯む。
余裕が無い事が明らかな様子でグリームは続ける。
「それと、お前律式は使うなよ。」
「え?」
「お前が相手の気配を感じ取れるって事は、もしかしたら向こうもこっちの気配を感じ取れるかもしれない。」
「ここは律式を使わなくてもある程度気配を察知出来る俺が一人で向かう。」
自身の律式の有用性を主張する事で同行しようとしていたルクスは出鼻を挫かれる。
それでも一人死地に向かおうとする父を止めようとルクスは食い下がる。
「でも、それじゃあ父さんが危険じゃないか!」
「今なら安全に帰れるんだし、一旦帰った方がーー」
「それでこの気配の主が人里に降りてきたらどうする?」
父の言葉に思わず息を飲む。
「俺なら大丈夫だ、だからお前は村に帰っていざとなれば避難出来るよう準備を進めてくれ。」
肩を掴み力強い眼差しでそう告げる父に二の句を継げない。
「それじゃあ、頼んだぞルクス。」
それだけ言うと身を翻して歩き始める。
父の言葉は正しい、自分がついて行っても役には立てない、ならば村の人達の安全を守る事に注力した方が良い。
理解していても納得は出来ない、だけど父は大丈夫だと言った、ならば信じるべきではないのか。
そう自問自答する事で思考を切り替え今すべき事に集中する。
既に遠く離れた父の背を見つめ、いち早く村に帰還する為に走り出す。
その選択を、僕は一生後悔する事になる。
村に帰還し村長へ状況を伝え、万が一に備えての避難準備を進めている最中に、
ーー父グリームが致命的な傷を負って帰還した。




