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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
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第1章 9話『死中に活』

 グリームが重傷を負って帰還したという報せを聞きつけ、ロシェルは走っていた。

 生憎、この村に医者と呼ばれる存在は居ない。

 運び込まれるとしたら、薬学の知識があるお婆の元だろうと当たりをつけ、ノックもせず勢いのまま扉を開く。

 引き篭って薬の調合ばかりしているお婆の家は平時であれば薬草の匂いしかしないが、今は血の匂いが充満していた。

 目当ての人物を見つけ声をかける。


「ルーくん!」

「っ!ロシェ…。」


 憔悴した様子のルクスの声は暗い。

 滅多に見せないルクスの姿にロシェルは二の句を継げない。


「うぅ…。」

「父さん!」


 ロシェルが来た事で少し騒がしくなったからか、グリームが目を覚ます。


「…ルクス、か。」

「大丈夫か!?今お婆を呼んでくるから!」

「…すまないな…こんな、みっともない姿見せちまって…。」

「何言ってんだよ!何も気にしないでいいから、安静にしてろよ!」


 今にも事切れそうな程弱々しいグリームは、それでも謝罪の言葉を口にする。

 心外だと言わんばかりにルクスは声を荒らげるが、それでも心配が勝ったのか、お婆を呼ぶ為に部屋を出る。

 初めて見るグリームの姿にロシェルは遅れて実感がやってくる。


「おじさま…。」

「…ロシェルちゃんも居るのか…、良い機会だから言っておこう…。」

「…なんですか?」

「…俺はもう助からない、だから、うちのバカ息子の事を、頼む。」

「や、やめてくださいよ!縁起でもない…。」


 長年死線を潜り抜けて来た経験からか、何処か達観した様子を見せるグリームに、ロシェルも声を荒らげる。


「父親としての欲目もあるけど…あいつは、本当に気持ちの良い奴だからさ…。」

「…それは、よく知ってます。」

「はは…ロシェルちゃん、ルクスの事、好きだろ?」

「…はい。」


 普段なら答える事はしなかっただろう問いに、躊躇いながらもハッキリと答える。

 きっとそれは、今際の際に居るグリームを安心させる意味合いもあるだろうが、何よりロシェルがこの気持ちを否定したくなかったのだ。


「…そうか、それが聞けて、良かったよ…。」


 嬉しそうではあるが、力無く笑うグリームにロシェルの胸がズキリと痛む。

 しかし、今はその痛みから目を逸らす。

 その時、外から騒がしい足音が聞こえてくる。


「…騒がしいのが帰って来たな…。」

「ふふっ。」

「父さん!お婆連れて来たぞ!…ん?」


 勢い良く扉を開け、お婆を背負ったルクスは部屋に漂う不思議な空気に首を傾げる。

 しかし、特に気にする必要は無いと思ったのか、そのままグリームの傍まで近寄るとお婆を降ろす。


「まったく、あんたの父親の為に身を粉にして働いてるって言うのに、もっと年寄りを労わらんかい馬鹿者。」

「ごめんお婆、でも一大事だし。」


 老体に鞭打って必要な物を集める為に村中を駆け回っていた所を、ルクスに無理矢理連れて来られた事で不満を零す。


「…すみません、お婆。」

「本当だよ、無茶する所だけ似おって、揃いも揃って大馬鹿者だよあんたら親子は。」


 口ではそういうものの、心底から心配している事が伝わってくる為、2人は申し訳なさげにしている。

 それを横目に見ながらも、風呂敷を広げ手馴れた手付きで何かを準備し始めるお婆に声をかける。


「手伝います、お婆。」

「おや、気が利くじゃないか、それじゃこれを薬研で磨り潰しておくれ。」

「はい。」


 指示されるままに薬草を磨り潰していく。

 いつもお婆は平然としているが、思っていたより力が必要で自然と汗が滲む。


「ほら、ルクスも、ボサっとしてないで手伝いな!」

「はいただいま!」


 目を覚ましたグリームが思ったよりも元気そうだった為か、ルクスも普段の元気さを取り戻したように見える。

 忙しなく指示を出しながら、自身も手を緩める事なく薬を調合していくお婆は正しく達人と言った風格で、思わず見蕩れてしまう。


「終わったのかい、そしたらそれここに入れな。」

「あ、はい。」


 手を止めた私を見て、作業が終わったと判断したのか即座に指示を出す。

 言われた通りビーカーのようなものに磨り潰した薬草を入れたのを確認すると少しだけ手を加えお婆も手を止める。


「出来たよ、飲みな。」


 そう言うとグリームに薬の入った容器を差し出す。


「え、お婆コレ本当に人が飲む物なの?」

「…効果は確かだよ。」


 ルクスの言う通り、出来上がった薬は到底人が飲む物とは思えないような淀んだ色で、異臭を放っていた。


「…頂きます、お婆。」

「ゆっくり飲むんだよ。」

 

 しかし、お婆の腕をこの場の誰より知っているグリームは躊躇無く受け取り、口にする。

 粘度が高いおかげか横になったままでも零さずに済んでいるが、そのせいで飲みづらそうにもしている。

 飲みづらい理由がそれだけかは甚だ疑問ではあるが。


「ごほっ…うっ。」

「「!?」」


 半分程飲んだ辺りで急に噎せるとそのままグリームは意識を失う。

 毒でも入っていたのかと疑いたくなるような光景に思わずルクスが声を上げる。


「お婆!?これ大丈夫なのかよ!父さん気失ってるんだけど!?」

「黙りな、これはそういう薬なのさ。」


 薬の効能だと主張するお婆に、ルクスは怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、然して気にした様子も無くお婆は話を続ける。


「いいかいルクス、よく聞きな。」


 真剣な表情のお婆に只事では無いと察したルクスは姿勢を正す。


「グリームは平静を装っては居たけどね、ここに運ばれた時は酷い傷だったんだ。」

「…うん。」

「手当てはしたけど傷は塞がってない、知ってるだろう?体内の星印は傷口からも排出される。」

「……うん。」


 淡々と告げられるお婆の言葉に嫌な予感が高まっていく。

 そんな予感を確信に変えるようにお婆が告げる。


「はっきり言って、今夜が峠だ…覚悟を決めな。」

「………わかった。」


 お婆によって告げられた現実に、再び肉親を失うかもしれないというルクスの心境は推し量れない。

 けれど、辛く苦しい筈なのにそれでも静かにその事実を受け入れるルクスに、かける言葉をロシェルは持ち合わせていなかった。



 ****



「何かあったら呼びな。」

 

 疲労が出たのかお婆はそれだけ言い残すと仮眠する為に寝室へと向かう。

 グリームはとても落ち着いた呼吸をしており、とても容態が悪いようには見えない。

 そんなグリームをルクスはただじっと見ている。


「ねえ、ルーくん。」

「…。」


 沈黙を破る為、ルクスに話しかけるが返事は無い。

 その代わりと言わんばかりにルクスの瞳から一筋の涙が溢れ落ちる。


「…ルーくん。」

「…最近、こんなんばっかりだ。」


 流れた涙を皮切りに、堰を切ったようにルクスが話し始める。


「何か一つ、出来るようになっても、すぐまた目の前に壁が立ち塞がる。」

「足りないのが自分で、傷つくのも自分なら耐えられるんだ、でも…。」

「…つくづく痛感するよ、世界は広くて、自分はちっぽけな存在だって。」

「流石に、少ししんどいな。」


 立て続けに困難が降り掛かったルクスは、らしくもなく弱音を吐きながら涙を拭う。

 

 らしくない。

 そう、らしくないんだこんなルクスは。


「それで?ルクスはそこで蹲ったままなの?」

「…は?」


 慰めて貰いたい訳ではなかっただろうが、神経を逆撫でするような言葉にルクスも苛立ちを露わにする。


「…じゃあ、どうすればいいってんだ!」

「今、僕が人より優れてる事なんて一つも無い、出来る事なんて無いんだよ…。」


 私に対する怒りよりも自身の無力感が勝ったのか、段々と語気が弱まる。

 恐らくルクスは、現実を直視するのが辛い程自己嫌悪に苛まれているのだろう。


 でも、逃がしてあげない。


「本当に?」

「…どういう意味だよ。」

「どういう意味も何も、そのままの意味だよ。」


 私の言葉の意図が伝わっていないようで、ルクスは疑問符を浮かべている。

 本人は無自覚であるが故に、それが出来ていない事に気付きもしないのだろう。


「ルーくんはさ、今、ちゃんと最善を模索した上で弱音を吐いてるの?」

「なんなんだよさっきから、馬鹿にしたいなら後にしてくれ…もう、放っといてくれよ。」

「駄目、放っておけない。」


 一度は止まった筈の涙でルクスの瞳が潤む。

 しかし、ロシェルはどうしようもなく知っているのだ、期待しているのだ。

 ルクスが必ずそこから立ち上がる事を。

 だから覚悟を決める、一歩を踏み出す。

 ルクスの瞳を正面に見据え、言葉を紡ぐ。


「本当におじさまを治す手段は無い?」

「ルーくんはその手段が無いかちゃんと調べた?」

「今すべき事は祈るしかない?」


 矢継ぎ早に捲し立てる。

 しかし、当のルクスには響かない。


「今から医者を呼びに行ったって間に合わない、お婆でも知らない事を僕が知ってる訳がない…僕に出来る事なんてたかが知れてる、だろ?」

「…だから諦めるの?」

「…仕方ないだろ、これも自然の摂理だ。」


 どこまでも諦観を漂わせるルクスにロシェルは納得出来ず声を荒らげる。


「そうやって無理矢理自分を納得させて、後悔しないの!?」

「…それとも、諦め切れないのは私だけなの…?」

「!」


 ロシェルの本心からの言葉に漸くルクスがその事実に思い至ったようで、恥じるように顔を伏せる。

 それを受けてここぞとばかりにロシェルは続ける。


「否定するのは簡単だよ、でもそれは可能性を狭める結果にしか繋がらない。」

「それに、ルーくんは知ってる筈でしょ?一歩、踏み出す事の重要さを。」


 本心を曝け出す事なんて殆どした事の無いロシェルはいっぱいいっぱいになりながらも言葉を捻り出す。

 奇しくもそれは、誰よりもルクスを愛している人と似た言葉で、だからこそルクスの心に深く、深く突き刺さった。

 それでもルクスの胸中を覆う暗雲は完全に晴れない。


「…でも、やっぱり僕に出来る事なんてーー」

「なら!」


 再び弱音を吐こうとするルクスの言葉を遮り、ロシェルは叫ぶ。


「私を、頼ってよ…!!」


 言いたい事は全て言ったと、肩で息をしながらルクスの反応を待つ。

 何より、ここまで言われて立ち上がらない訳が無いとロシェルは知っている。


「…ありがとう、目ぇ覚めた。」

「ルーくん…!」

「ロシェルは凄いな、助けられてばっかだ。」

「そ、そんな事ないよ!」


 状況は何も解決していない、寧ろ現在進行形で悪化してすらいる。

 それでも、ルクスが一歩踏み出そうとしているという事実だけで安心してしまう。


「それじゃあロシェ、教えてくれ。」

「え?」

「あるんだろ?父さんを救えるかもしれない方法が。」


 そんな素振りは見せていなかった筈なのに、ルクスは思考を切り替えただけで僅かな情報からその結論に至る。

 その事実にロシェルは堪らなく嬉しくなる。


「うん、あのね?」

「ふく丸ちゃんの所にあった星遺物があれば、もしかしたらおじさまを救えるかもしれないの。」

「…成程。」


 その言葉の意味を理解する為にルクスは思考を巡らせる。


「つまり、失った星印を無理矢理補充する訳か。」

「うん…でもね、どうやっておじさまに星遺物を摂取させるのかとか、そもそも足りないんじゃないとか不安は色々あってーー」

「大丈夫、それだけわかれば充分だ。」


 変に期待させる訳にもいかず、次々と不安要素を並べ立てるロシェルを安心させるようにルクスが笑う。


「さっきまでは可能性が0だったんだ、責めたりするかよ。」

「…ありがとう。」

「にしてもそうか、ふく丸の所…。」


 ロシェルを安心させる為に強がっては見せたが、ルクス自身も思う所があるのか思案顔だ。


「…ただでさえ今森は危険な状態なのに、夜ときた。」

「今度こそ説教されちゃうね?」

「…だな。」


 行かないという選択肢がルクスにある訳無いと思っている為、冗談めかしてそう言うロシェルにルクスは苦笑する。


「あ、そうだルーくん、もう一つ言っておかなきゃいけない事があって。」

「どうした?」

「充分な量の星印を保持してる星遺物っていう点に限って言えば確実なの。」


 確信を持った様子のロシェルに思わずルクスは身を乗り出す。


「本当か!?」

「うん、前に言ったよね、国宝に指定されてる物を手にすれば世界を思い通りに出来るって。」

「…ああ、言ってたな。」


 以前その話をした時も半信半疑だったが、それは今も変わっていない事がルクスの様子から見て取れる。


「そもそも星遺物は世界中に遍在してて、保持する星印の量によって階級があるの。」

「…それでね、階級が高い星遺物には番人が居るんだ。」

「おい、それって…。」


 これ以上ルクスに酷な選択をさせたくは無い、今にも胸が張り裂けそうだ。

 それでも、私がルクスの可能性を狭める事などあってはいけない。

 だから意を決して口を開く。


「…ふく丸ちゃんのお母さんを手に掛ければ、おじさまを救えるかもしれない。」

「やっぱりか…。」

「うん、ごめんね、ルーくん。」


 罪悪感にズキズキと胸が痛むも、その痛みが何故か喜ばしいもののように感じられた。

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