第1章 7話『暗中模索』
「ルーくんの律式の適正ってさ、生き物の気配を感じ取る事なんじゃないの?」
そうロシェルに言われた直後は予想外の言葉に素っ頓狂な表情を浮かべてしまったが、直ぐ様咀嚼し思考を始める。
見当違いの発言であれば状況を考えろと一蹴していたところだが、実際には一考の余地があるどころか値千金の発見である為無下にする事は出来ない。
しかし、
「…有難い話ではあるんだけど、取り敢えずこいつらを埋葬してやろう。」
それでも今の状況からこの場で熟考するべきでは無いと判断し、優先順位を下げる。
「こいつらを襲った奴がいつまた現れるかわからない以上、この場に留まり続けるのは危険だ。」
「それに…これ以上はこいつらを野晒しにしておくのは、なんて言うか、忍びない。」
「…うん、そうだね、そうしてあげよう。」
至極真っ当な意見で自分の本心を隠そうとして、結局隠し切れないルクスをロシェルは笑って受け入れる。
ルクスの優しさが無駄にならないようロシェルは行動を起こす。
「それじゃあ私が地面を掘るからルーくんは運んであげて。」
「ありがとう、助かる。」
「全然良いよ〜気にしないで。」
そこら中にある獣の死体を運びながら横目に次々と地面に穴を開けていくロシェルを見る。
ほんの数時間前に律式について学んだばかりだというのにその練度はグリームと遜色ない。
そしてそれは彼女の才能を如実に表してもいる。
しかし、使っている律式の種類が違うから単純な比較は出来ないが、それでも先程ルクバトと名乗る男の使った律式の練度はロシェルと比べ物にならない、極致のものであるとわかる。
「まだまだ先は長いな…。」
「ん?何の話?」
「何でもない、こっちの話だよ。」
想像もつかない程の隔絶した差に、落ち込む暇すら無いと理解しているからルクスは前を向く。
どれだけ時間が経ったかわからなくなる程、何度も獣の死体を埋葬し続けた事で、見える範囲に死体は一つも無くなった。
「これで最後だ、あと頼む。」
「うん…埋まれ。」
理が歪む感覚がして穴が塞がるとそこはちょっと前まで惨状が広がっていたとは思えないような綺麗な地面だけがあった。
手を合わせ祈りを捧げるルクスにロシェルも続く。
「よし、じゃあ今度こそ本当に帰るか。」
「そうだね、…考えなきゃいけない事が沢山だ。」
短時間であまりに沢山の出来事を経験した為かロシェルが少し疲れを滲ませる。
しかし、数瞬後にはいつも通りの笑顔を浮かべルクスとの会話に興じる。
「少し休むか?」
「ううん、まだ大丈夫。」
「それに、今は運が良いだけかもしれないから、早く帰ろ?」
「…しんどくなったら早めに言えよ。」
お互いにとって心地良い距離感。
踏み込まない事でロシェルはその安寧を守る。
しかし、帰路に着く2人の距離は心なしか離れて見えた。
****
『それで、さっきの話だけどーー』
『悪いがその話は後だ、今は一刻も早く村長にこの異変を伝える事が先決だ。』
『でも、良いの?』
『誰かに何かがあってからじゃ遅いからな、俺の事は後回しで良い。』
『…そっか、じゃあ急がないとね。』
道中、そんなやり取りを交わした2人は、時間を無駄にしない為にも直ぐ様村長の元へ向かう。
都合良くグリームもその場へ居た為、ふく丸やルクバトの事は関係無いと判断し、獣の死体についてだけ2人に報告する。
神妙な面持ちで話を聞いていた村長がルクスが喋り終えるのを見計らって口を開く。
「…そうか、何故そんな奥地まで行ったのかについては後程問い詰めるとして、まずは2人とも無事に帰って来てくれて良かった。」
「今は緊急事態みたいだから後にするけど、本当なら小一時間説教だったぞ?」
「うむ、グリームの言う通りじゃ、以後気をつけるように。」
「…は〜い。」
「…はい。」
致し方ない事情があるとは言え、それを知らない2人からすれば自分達の行動が非常に危険なものだと今更ながらに思い至り、反省する。
「さて、ではグリームよ。」
「はい、取り敢えず無理の無い範囲で森の様子を確認して来ようと思います。」
「任せたぞ、儂は村の者達に暫く森には入らないよう通達してくるとしよう。」
大人達はルクスが口を挟む間もなく、瞬く間に対策を決めていく。
そこにルクスの介在する余地が無い事に、慌てて不満を述べる。
「ま、待ってくれ父さん、僕もついてく。」
「駄目だ。」
しかし、グリームの返答は端的で、それでいて反論を許さない強いものだった。
当然ルクスもただでは引き下がらない。
「なっ、なんでだよ、警戒するなら1人より2人の方が良いはずだろ?」
「理由は2つ、まず、何かあった時にお前が居ては取れる選択肢が狭まる。」
それに対するグリームの言葉はどこまでも合理的で、残酷なものだった。
「…僕が足手まといだって言いたいのか。」
「短絡的な受け取り方をするな、ただ俺も万能じゃない、と言うだけの話だ。」
「でも!」
自身の怒りが的外れだと言う事も、それが父の優しさである事も理解しているが止まれない。
そんなルクスの様子にグリームは溜め息をついて2つ目の理由を言う。
「…そもそも、お前はまだ律式を使えるようになってないだろ?」
「っ、…そ、れは。」
「言っただろ?律式を使えるようになるまでついてくるのは禁止だって。」
ぐうの音も出ない程の正論にこれ以上言葉を紡ぐ事が出来ずただ唇を噛む。
ルクスを励ますように肩に手を置きグリームは告げる。
「自分が思ってる以上に世界は早く進む、置いてかれたくなかったら何をするべきか、わかるだろ?」
「…はい。」
「それじゃあ村長後は任せます。」
「あいわかった。」
それだけ言うとグリームは単身森へと向かう準備をする為に席を外す。
その背中をルクスは黙って見送る事しか出来ない。
歯痒い思いに拳を握り締めるが、直ぐ様思考を切り替え行動を起こそうとする。
「ルクスや。」
「…なんでしょう?」
「今のお主に必要なのは自分を追い込む事ではないぞ?」
ルクスの事などお見通しとばかりに村長はそう声をかける。
正に自分を追い込もうとしていたルクスは、その言葉に居心地の悪さを感じる。
「今のお主が置いていかれているのは事実、焦らなければならないのも事実、じゃが出来る事は限られておる。」
「何が必要か判断出来る、正しい視点を持つ、持ち続ける事が肝要なんじゃ。」
「正しい視点…。」
タスクフォーカス。
そんな言葉がルクスの頭を過る。
今、自分が出来る事、すべき事だけに意識を向ける。
「ありがとうございます、お陰で視界が晴れました。」
「うむ、それは何よりじゃ。」
そう告げるルクスは自然と背筋が伸びていた。
****
「と、言う訳でお前らに集まってもらったんだが、準備は良いか?」
「どういう訳だよ。」
「準備も何もまだ何も聞いてないよ?」
「ちゃんと説明しろよ。」
父親譲りの言葉の足らなさに集められた人達から一斉にツッコミが入る。
今の自分がすべき事を見つめ直した結果、律式修得の為には他者の協力が必要不可欠と判断し、普段よくつるんでいる3人を呼び出した。
「そうだよルーくん、協力してもらうんだからちゃんとしないと。」
そこにロシェルを加え、4人体制でルクスの律式修得に当たる事となった。
「父さんに同行する為に律式の修得が必須だから、お前らに協力してもらってちゃちゃっと済ませたい。」
「ロシェルの言葉聞いてなかったのか?」
「それの何処がちゃんとしてるんだよ。」
「ロシェルちゃん、本当にルクスくんで良いの?」
グリームを相手している時は説明の下手さを指摘するのに、いざ自分が説明する側に回ると途端にポンコツになる。
このままでは埒が明かないと思ったのかロシェルが補足する。
「森で異変が起こってるんだけど、それを確認する為におじさまが一人で森に入ってるの。」
「あ〜、なんか大変らしいな。」
「そうなの、それでルーくんが律式を使えるようにならないとついてく許可が下りないからみんなに協力して欲しいの。」
ロシェルの説明を受けても尚、得心がいかないようで疑問を口にする。
「協力って言ったって、俺らだって律式は使えないぜ?」
「うん、そこは大丈夫、単純に感覚の擦り合わせをしたいだけだから。」
「そう言われても…ねえ?」
納得はしたけれど、だからといって役に立てるとは思えないのか自信無さげに答える。
そんな様子の3人になんて事無いようにルクスが言う。
「お前らなら大丈夫だろ、必要だと思ったから呼んだんだし、頼りにしてるぜ?」
あっけらかんと、ただ事実だけを告げるルクスに3人は照れ臭そうにする。
心配になる程チョロい反応にロシェルは苦笑する。
「そんじゃ、早速始めるぞ。」
「おうとも。」
「任せろ。」
そう言ったルクスが背を向けるのを確認してロシェルが3人をバラバラの位置に配置し、自分も距離をとって立つ。
しかし、いくら待っても特に変化が起こらない事に痺れを切らした1人がロシェルに質問する。
「…なあ、これ今何やってるの?」
「推測でしか無いんだけどね、ルーくんは生き物の気配を感じ取る事が出来るの。」
「だからこうやって見てない状態で誰が何処に居るのか判別出来ないか試してるの。」
「…出来てないみたいだけど。」
「…そうみたい。」
成功の兆しが見えない事で宛が外れたのかとロシェルは焦りを露わにする。
ルクス自身も何か違うと思ったのか、振り返り近づいてくる。
それを受け散らばって居た4人も自然と集まる。
「どうルクスくん、上手くいきそう?」
「そもそも前提が間違ってる可能性は無いのか?」
「うん、って言いたいけど正直私も自信なくなってきちゃった。」
「そこんとこどうなんだよ?」
それぞれが口々に言葉を発してはいるが、そのどれもがルクスの為を思った発言である事にルクスは心地良さを覚える。
しかし、それに浸るような真似はせず自分の考えを述べる。
「ん〜、なんて言うか他の人が律式を使う時にある理が歪む感覚が一切しないんだよな…。」
「理が歪む感覚…?私そんなの感じた事無いよ?」
ルクスの発言に、律式を使えない3人だけでなくロシェルも疑問符を浮かべる。
そこで初めて、ルクスは自分の感覚が当たり前でない事に気付く。
取っ掛かりが見えた事で、疑問符を浮かべたままの周囲を他所に、思考を巡らせ底へ底へと沈んでいく。
関係値の深さから周囲もそれがルクスの癖だと理解しているので邪魔するような事はしない。
不意にルクスが顔を上げる。
「そうか、そういう事だったのか!」
「何かわかったの?」
「ああ、多分だけど僕は生き物の気配を感じ取れるんじゃなくて、星印自体を感じ取れるんだ。」
「それってつまりどういう事だ?」
興奮気味に捲し立てるルクスに説明を促し、思考の整理を助ける。
「生物であれば誰しもが持つ星印、それを感じ取る事で間接的に生き物の気配を感じ取ってたんだよ。」
「だから多分、位置だけじゃなくて大きさとか姿形までハッキリわかる。」
「成程な、それで、今なら出来そうか?」
「勿論。」
それだけ確認するとルクスは背を向け4人は再びバラバラに散らばる。
結果として、
「右からロシェル、フタバ、オリバー、ウィルの順だ、合ってる?」
「「「「…大正解!」」」」
ルクスもまた、ロシェルに匹敵する程の才能の持ち主であった。
「…よっしゃ!」
振り返り我が事のように喜ぶ4人の姿を見てルクスは小さくガッツポーズをするのだった。




