第1章 6話『未知との遭遇』
ふく丸に連れられ森を暫く歩くと開けた場所に出た。
そこにあったのは、明らかに人工的な建造物だった。
しかし、そのどれもが風化しており人の気配はおろか、生物の気配すらしない、にも関わらず何処か神聖な雰囲気の漂う不思議な場所であった。
「なんだろうここ…遺跡?」
「みたいだな、こんな場所があるなんて知らなかった。」
何が起こるかわからない未知の領域に来た事で、足を止め辺りを見回す2人とは対照的に、無警戒でいるふく丸にルクスが声をかける。
「おいふく丸、危ないから勝手に動くんじゃねぇ。」
「ぷぇ〜、ぷぇぷぇ。」
ルクスの心配を他所にふく丸は勝手知ったる様子でどんどん進んで行く。
それどころか、早く来いと言わんばかりにその場でくるくると回り始める。
そんなふく丸の様子に、これ以上は立ち止まっていても仕方ないとルクスはロシェルと視線を交わし歩き始める。
「もしかしたらふく丸はここで生きてるのかもね。」
「確かに、僕も森に入るようになってから長いけどあんな珍生物初めて見たし。」
「おじさまに聞いたら何か知ってるかな?」
「…知ってるんじゃね。」
「ふふっ。」
いつも通りの雰囲気で雑談をする2人は、ふく丸が一番大きい建物の中に入ったのを見て後に続く。
中は思ったより綺麗で何処か生活感すらある。
「さっきの話、正解かもな。」
「そうみたいだね…あれ、これって。」
「どうした?」
何かを見つけたらしいロシェルの視線の先には、小さな石ころが台座に置かれていた。
一見、ただの石ころにしか見えないそれが、態々丁寧に保管されている事に違和感を覚える。
「あれ、星遺物だよ。」
「せいいぶつ?」
「うん、多分あれ1つで一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入る。」
「はあ!?」
ロシェルがそんな嘘をつくはずが無いと理解していても尚信じられない話に、ルクスはまじまじと小石を見る。
すると確かに、その小石は他の石とは違い神々しさを感じさせる。
「うわぁ、なんていうか、凄まじいエネルギーの塊って感じだな。」
「実際エネルギーの塊なんだよね。」
「と言うと?」
「私も実物は王都で1回見ただけなんだけど、それを売ってる商人の人が言ってたの。」
「星遺物は凝縮された星印の塊で、大きさによって価値も全然違って国宝に指定されてるような物を手にした人は、世界を思い通りに出来る、って。」
「へぇ〜。」
興味深い話ではあるが、自分には縁の無い話だとも思う。
「なんか話が壮大過ぎてあんまピンとこないな。」
「ふふっ、確かに。」
「ぷぇ〜!」
先を行っていたふく丸が、いつまで経っても来ない2人を探しに戻って来て批判するような鳴き声を上げる。
本人としては不満である事を主張しているのだろうが、その姿はコミカルで何処か微笑ましい。
「ぷぇ〜!」
「ごめんごめん、今行くね。」
「ぷぇぷぇぷぇ〜!」
「わかったから!行くから落ち着けって!」
これ以上待つつもりは無いのか、もったりとした体でルクスの背中を強引に押して進むよう促す。
流石に申し訳ないと思ってるのか、ルクスはされるがまま歩みを進める。
開け放たれた扉を通り抜け中に入ると、ルクスは足を止める。
そこには見上げる程の巨大な生物が鎮座していた。
見てくれはふく丸と大差無いが故に、角が生えていたり触手のようなものが伸びていたりといった相違点がより強調されて見える。
「でっか、え、キモ…。」
「ルーくん!?」
「ぷぇ!?」
「あ、やべっ…って、あれ?」
思わず口をついて出たあんまりな発言にロシェルとふく丸は驚きに声をあげる。
だが、そんな両者の反応を受けつつもルクスの瞳にはあるものが映り込んでいた。
「…これ、怪我してるのか?」
「ぶぇ〜。」
よく知らないが故にそういうものだと勘違いしていたが、よく見ると身体中何か鋭利な物で切り裂かれたであろう生傷だらけだった。
おそらく肯定しているだろうそのか細い鳴き声で、状況を察知したルクスはすぐさま行動を起こす。
「ロシェ、来る途中に川があったからそこ行ってこれに入れられるだけ水入れてきてくれ。」
「わかった!」
ルクスの指示を疑う事もせず、ロシェルは水筒片手に駆け出す。
その姿を横目に見ながらルクスは、腰提げ袋から布を取り出すと患部を圧迫し始める。
その様子を所在無げに見ているふく丸を安心させるように声を掛ける。
「大丈夫だふく丸、お前の…母ちゃんか?」
「ぷぇ!」
「そうか、お前の母ちゃんは僕とロシェが何とかするから、そこで見てろ。」
「ぷぇ〜!」
「よし。」
勇ましい返事をするふく丸に気を良くしたルクスが手当に集中する。
小さな傷の手当が終わった辺りで足音が聞こえてきてそちらに意識を向ける。
「ルーくん!お水汲んで来たよ!」
「おう、ありがとう!…そちらは?」
そう言って帰って来たロシェルの傍らには、見知らぬ男が居た。
水の入った水筒を受け取り、警戒心を露わにしながらその男について尋ねる。
「えっとね、今そこで会ったんだけど、治癒の律式が使えるらしくて…。」
「…信用出来るのか?」
「そう警戒しなくてもよろしいですよ、私はロシェル様に危害を加える様な真似は致しません。」
「様…?」
「それに、そこな珍獣とは旧知の仲でして、私の力を奮わせて頂こうと馳せ参じた次第です。」
未だ警戒の解けないルクスに対し、その男は貼り付けた様な笑みを浮かべている。
そんなルクスを安心させるようにふく丸の母親がか細い声で鳴く。
「ぶぇ〜。」
「…そこまで言うなら、変な真似したら承知しないぞ。」
「ええ、勿論わかっていますとも。」
睨み付けながらも横に逸れるルクスの事など意に介さず、その男は患部に触れる。
「治れ。」
その呟きと共に理が歪む感覚がすると、瞬く間に怪我が治っていく。
「はい、終わりました。」
「…!」
「ぷぇ〜!」
なんて事無いように平然としている男にルクスは色んな感情が綯い交ぜになる。
しかし、嬉しそうに母親の元へ向かうふく丸の姿に気持ちを切り替える。
「ありがとう…おかげで助かった。」
「凄いですね!ホントに一瞬で治しちゃうなんて!」
「いえいえ、お役に立てたのなら幸いです。」
何度目になるかわからない、そこにある隔絶した力の差を痛感し、ルクスは歯痒い思いを募らせる。
「では私はこれで、ロシェル様、御前失礼致します。」
「は、はい。」
「お前も以後このような事が無いように、賢者の名に恥じぬ働きを期待してますよ。」
「ぶぇ〜。」
ロシェルに対しては終始穏やかな態度を崩さないが、ふく丸の母親に対しては当たりを強くそう告げる。
ルクスに対しては一瞥もくれない。
その男はもう用は済んだとばかりに立ち去ろうとしてふと思い至ったように足を止める。
そこで漸くルクスの事を見る。
「そういえば名乗っていませんでしたね。」
「私はルクバト、今はしがない旅人をしております、以後お見知りおきを。」
それだけ言うとルクスの反応を待たずに、男は今度こそ立ち去る。
その背中をルクスはただじっと見詰めていた。
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「ぷぇ〜ぷぇ〜ぷぇ〜。」
「ぶぇ〜。」
母親の傷が癒えた事が余程嬉しいのかふく丸は上機嫌に鳴きながらくるくると回っている。
そんなふく丸の様子を見てふく丸の母親も嫋やかさを感じさせる声で鳴く。
「良かったね、元気になったみたいで。」
「うん、良かった、…どうした?」
「いや、その、ルクバトさんがルーくんに対して結構嫌な対応だったから大丈夫かなって。」
自分との対応の違いに居心地の悪さを感じたのか、ロシェルがそんな事を言ってくる。
自分のせいじゃ無いのに律儀な奴だと思う。
「別に気にしてないよ、確かに色々思う所はあるけど今の僕じゃ到底敵わない相手だからね。」
「ルーくん…。」
「でも、いつか追い越してぎゃふんと言わせてやる。」
そう言って笑うルクスの様子に安心したのかロシェルも笑みを零す。
「それじゃあそろそろ帰るか。」
「うん、そうだね。」
「ぶぇ〜。」
2人が帰ろうとしたのを察知したふく丸の母親が呼び止めるように鳴く。
するすると触手を伸ばして何かを取ると2人の前に差し出す。
「これは…宝石?」
「みたいだね、お礼にくれたのかな?」
「ぶぇ〜。」
ロシェルの言葉に肯定するように鳴くと触手をぐいぐいと押し付けてくる。
ふく丸そっくりなその仕草に苦笑するとルクスはおずおずと受け取る。
「星遺物…じゃないみたいだけど。」
「まあなんでもいいさ、ありがとう!」
「ぶぇ〜。」
受け取って貰えて満足したのか触手をふりふりとしているふく丸の母親に手を振り返す。
「それじゃあまたな!」
「ふく丸!元気でね!」
「ぷぇ〜!」
「ぶぇ〜!」
別れを惜しみつつ、ふく丸親子に見送られその場を後にし帰路に着く。
2人の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
「楽しかったね、ルーくん。」
「…柄にも無い事した。」
「ふふっ、そんな事ないよ〜。」
普通味わう事の出来ない新鮮な体験をした事でロシェルは上機嫌に足を弾ませる。
その様子を一歩引いて見ているルクスの足取りも心なしか軽い。
今日は良い一日だったと、もう後は帰るだけだと、余韻に浸っている2人だったが、外に出た途端ルクスが違和感を覚える。
「…なんだこれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか変な感じ…あっちか?」
それだけ言うと帰り道とは逆方向に歩みを進めるルクスを、不思議に思いながらもロシェルはそれについて行く。
「ルーくん?そっち帰り道じゃないよ?」
「わかってる、でも、確認したい事があるからロシェは先帰っててくれ。」
「え〜?」
一向に足を止める気配の無いどころかペースを上げるルクスにロシェルは不満の声を漏らしながらもついて行く。
不意に、少し先を歩いていたルクスが足を止める。
「ルーくん?なにか見つけたの?…って、え?」
追い付いたロシェルが少し上がった息を整えながらルクスの見ている方向を見るとそこには、
ーー夥しい数の獣の死体が点々と続いていた。
「これって…。」
「…多分、全部同じ個体に殺されてる。」
そう言うとルクスは死体に残る傷を指さす。
「ここ、見て、傷跡が全部鋭利な物で切り裂かれてる。」
「本当だ。」
しゃがみこんで死体に触れると残された痕跡から推測を立てていく。
「しかも恐らくこいつは比較的生まれたばかりだ。」
「どうしてそんな事がわかるの?」
「これだけ殺してるのに食べた痕跡が一切無い、森の中での自分の序列を確かめてるんだ。」
「酷い…。」
森の主を討伐したばかりだと言うのに新たな脅威が誕生した事を察して顔を歪める。
今すぐ帰って父や村長に報告しなければならないと体を起こしたその時、すぐ近くに違和感を覚えてそちらに視線をやる。
「…あいつ、まだ生きてる。」
「え?」
それだけ言うと直ぐに駆け寄りまだ息がある獣の状態を見る。
しかし、既に致命傷を負っている様で助からない事は明白である為、遣る瀬ない気持ちになる。
少しでも安らかに息を引き取れるように優しく優しく撫でる。
「…おやすみ。」
「ねえルーくん、こんな時に言う事じゃないとは思うんだけどさ。」
「どうした?」
命尽きる瞬間を確と見届けたルクスに、ロシェルが声をかける。
何処か言いづらそうにしながら、言わずには居られないようで言葉を続ける。
「ルーくんの律式の適正ってさ、生き物の気配を感じ取る事なんじゃないの?」
「へ?」
予想外な言葉に思わず間の抜けた声が出る。
確かに今の状況に即していない言葉ではあるが、それはルクスに光明を齎すものだった。




