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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
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第1章 5話『距離と隔たり』

 ところ変わって森の中、ルクスは1人草木を掻き分け歩きながら父の言葉を思い出していた。


『取り敢えず今日は一旦お開きだ、…そもそも一日で使えるようになる想定じゃ無かったからな。』


 結局あの後、律式の講習会はお開きになった。

 見出したと思った光明が、無視できないリスクを孕んでいた事で再び暗闇に包まれる。


『確かにロシェルちゃんは、こと律式という分野において天才かもしれない、それは確かだ。』


 直視せざるを得ない現実を、グリームが態々口にした事で悔しさにルクスは唇を噛み締める。

 そんなルクスの様子を見てグリームは言葉を続ける。


『でもな、俺はお前に才能が無いとは思わない。』

『いいかルクス、出来ない事は恥じゃない、そこで立ち止まらない事が重要なんだ。』

『よく知ってるだろ?』


 そう言って笑いかける父の表情に期待が込められていた事を思い出し、余計に遣る瀬ない気持ちになる。

 居ても立っても居られなくなり、取り敢えず行動を起こそうとルクスは地面に触れる。


「抉れろ。」


 しかし、やはり理が歪む感覚はせず地面も抉れない。

 兆しすら見えない焦りや苛立ちから頭を掻き毟る。


「くそっ、何をやってるんだ僕は。」


 天狗になっていたつもりは無かったが、森の主を討伐した事で得た自信が揺らぎそうになる。

 しかし、自分で自分の事をどう思っていようが父から期待されているというのは紛れもない事実なので、必死に自分を奮い立てる。

 実際、グリームはルクスにこんな事も言っていたのだ。


『ま、とりあえずお前律式使えるようになるまで狩りについてくるの禁止な?』

『焦れよ、ルクス。』


 あまりに無慈悲な言葉に絶句してしまったが、あの父は確実にやる。

 優しいだけではどうにもならない現実がある事を知っている父は、生き死にに直結する事に関して容赦が無い。


「…どうするかな。」


 考えなければいけない事の難しさから、自然と普段よく行く地点から更に奥へ歩みが進む。

 当然、その歩みは慎重なものになっている為そう離れてはいないはずだが、いつもとは違った印象を受ける。

 まるで今のルクスの抱える悩みのように、鬱蒼と茂った草木で獣道すら見えない。

 そんな鬱屈とした森の空気に息苦しさを覚え、目を逸らすように踵を返そうとする。

 

 その時、不意に足元から小さな鳴き声が聞こえた。


「ぷぇ〜。」

「ん?…なんだこいつ。」


 その鳴き声の主はつぶらな瞳にぽかんと開いた口、そして陸にいながら魚のような尾鰭を持つ不思議な生き物だった。

 そして何よりルクスが気になったのが、


「…浮いてる?」

「ぷぇ〜。」


 独り言のつもりで発した言葉に反応するかのようにその生き物が再び鳴く。


「なんだお前、返事したのか?」


 しかし、今度は鳴かずに空中を水中のようにすいすいと泳ぎながら近づいてくる。

 間の抜けた、それでいてどこか愛嬌のある顔は本来ならば親しみを抱かせるのだろうが、目の前の個体はその動きも相まって絶妙に腹立たしい。


「…生憎お前みたいなのを相手してる暇は無いんだ。」

「ぷぇ〜!」


 これ以上は構ってられないとばかりに歩みを進めるルクスの前を塞ぐようにその生物が動く。

 何かを訴えかけるようなその瞳に思わずルクスはたじろぐが、すぐさま気を取り直し躱そうと試みる。

 お互いに相手を見据えながらじりじりと距離を縮めていく。


「ここだ!……!?」


 力強く地面を蹴り一気に駆け抜けようとしたルクスだったが当たり前のようにその生物は目の前に立ちはだかる。


「ぷぇ〜ぷぇ〜。」

「くっ、なんなんだこいつ…!」


 余裕を崩さないまま、ともするとおちょくってるとも思えるようにその生物は鳴いている。

 ルクスは日々森で獲物を狩る為の鍛錬を欠かさない、それなのに目の前の珍生物は、当然のように対応してくる。


「…本当に天狗になってたのかもしれないな。」

「ぷぇ〜。」


 自らの至らなさを痛感しつつも思考は止めない、飽くなき向上心がルクスの体を突き動かす。


 (今度は直線的な動きだけじゃなくて、フェイントも混ぜて…今だ!)


 先程と同様に力強く地面を蹴り、今度は珍生物へと肉迫し、拳を振り上げる。


「ぷぇ!?」


 武力行使をすると思っていなかったのか、珍生物は素っ頓狂な声をあげ、すぐさま回避行動に移る。

 しかし、それこそが狙いだったルクスはその隙に抜き去り距離を離そうとする。


「所詮畜生だな!知能がお粗末だ!」


 いとも容易く狙い通りに事が進んだ事で、ルクスは機嫌良さげに高笑いするが、直後理が歪む感覚がした事で笑みを引っ込める。

 振り返ると物凄いスピードで珍生物が迫っていた。


「ぷぇ〜!!」

「んな!?」


 奮闘虚しく珍生物はルクスに追いつき追い越し正面へと回る。


「ぷぇぷぇ〜。」

「こいつ…!」

 

 三度正面に向かい合った両者の間に不必要な程の緊張感が高まっていく。

 正に一触即発、そんな空気を切り裂くように1人の少女の声が響く。


「あ、ルーくんいた!…何してるの?」


 ロシェルの声で我に返り、珍生物と真剣に心理戦を繰り広げようとしていた事への恥じらいを誤魔化すようにロシェルへと質問を投げかける。


「ロシェ、なんでこんなとこにいんだよ。」

「え〜、ルーくんが落ち込んでるみたいだったからお姉さんが慰めてあげようと思って?」


 いたずらが成功したかのようにニヤリと笑ってこちらを見る少女に顔を逸らす。

 いつだってこの少女はこうなのだ。

 全てを理解した上で必要以上に踏み込んで来ない、その絶妙な距離感に心地良さを覚えつつも今はどこか寂しさも覚える。


「余計なお世話だ、…それにもう帰るとこだったしな。」

「そうなの?でもその子はルーくんを帰したくないみたいだけど…。」


 その言葉の示す通り、珍生物はロシェルの事など気にも留めず、ルクスの事だけを見続けている。


「なんかこいつずっと道塞いでるんだよ。」

「ルーくんに懐いたんじゃない?良いじゃん連れて帰ってペットにしちゃいなよ。」

「嫌だよペットなんて、そもそもこいつ全然可愛げないし。」

「え〜?可愛いじゃん、サカバンバスピスみたいで!」

「!」


 もう何度目かわからない、違和感を覚えるロシェルの発言について尋ねようとルクスは口を開く。


「…なあロシェ、前から思ってたんだけどさ…。」

「…なあに?ルーくん。」

「ロシェってさーー」

「ぷぇぷぇぷぇ〜!!」


 2人の間にただならぬ空気が流れ始めたのを察したのか、珍生物が自らの存在を主張し始める。


「あ〜もうなんだようるせえな!今大事な話しようとしてんだからちょっと大人しくしてろって!」

「ぷぇぷぇ!」

「うわっ、ちょっ、引っ付くなって!」

「ぷぇ〜!」

「ふふっ。」


 空気を読まず騒ぎ立てる珍生物は、宥めようとするルクスへもったりとした体当たりをしている。

 そんなやり取りを楽しそうに見ていたロシェルはルクスを諭すように口を開く。


「ルーくん、先にその子の相手をしてあげたら?…私との話はいつだってできるでしょ?」

「…わかった、約束だかんな。」

「…うん、約束。」


 珍生物のもったりとした猛攻に、ルクスもこのままでは埒が明かないと思ったのかロシェルの言葉に理解を示す。


「ああもう!相手してやるから!そのもったりしたやつ一回やめろ!」

「ぷぇ〜。」


 理解は示したが納得はいっていない事を表情に滲ませながら珍生物とじゃれつき始めるルクスを尻目に、ロシェルは覚悟を決めるのだった。



 ****


 

「ルーくん、その子の名前もう決めたの?」


 あの後、頻りにルクスをどこかへ誘おうとする珍生物に連れられ森を歩いていた所、唐突にロシェルがそんな事を言い出した。


「名前なんてつけるか、飼う気も無いのに愛着が湧いちゃうだろうが。」

「ふふっ、ルーくんは真面目だねぇ。」

「うるせぇ…。」

「ぷぇ〜。」


 既に僅かながら愛着が湧いているであろうに、頑なな態度を崩さないルクスを揶揄うロシェルに追従するかのように珍生物が鳴く。

 そんな態度に腹が立ったルクスが珍生物をひっぱたこうとするも、ひらりと華麗に躱された事でより苛立ちを募らせる。


「ぷぇ〜ぷぇ〜。」

「こいつっ…!」

「あ、そうだ!ぷえ丸なんてどう?」


 いがみ合っていたはずの両者がロシェルの言葉に動きを止め、顔を見合わせ気まずげにしている。

 思っていた反応と違った反応を見せる両者の様子にロシェルは首を傾げる。


「ぷぇ、ぷぇ〜?」

「お、おうそうだな、…ロシェ、言いづらいんだがハッキリ言ってその名前は変だ。」

「えぇ〜?可愛いじゃん!」


 自身の感性を信じて疑わないロシェルは食い下がろうとするも、ルクスによって制止される。


「ほ、ほら、ふくに似てるからふくなんてどうだ!?」

「ぷぇ〜!」

「意味合い的にも福って縁起がいいしさ!」

「う〜ん、確かに良いかもだけど、ぷえ丸…。」


 流石にぷえ丸は不憫に思ったのか、先程までの発言は無かったかのようにルクスが名前の提案をするもロシェルは不服そうである。


「ぷぇ〜。」

「ほら、こいつもふくが良いって。」

「そう?う〜ん、じゃあ仕方ないか〜。」


 危機が去った事を感じ取った両者は揃って胸を撫で下ろす。

 これ以上名付けについての話をさせない為か、珍生物が速度を少し上げ、2人も黙ってそれについて行く。


「…ところでさ、ルーくんって山口生まれなんだ?」

「…お前もう隠す気無いだろ。」


 暫く無言で歩いていた2人だったが、ロシェルが唐突にそんな事を言いだした事で、ルクスは一瞬面食らったがすぐさまツッコミを入れる。


「へへ〜、…もう隠しても意味無いかなって。」

「…そうかよ。」


 それだけ言ってルクスは歩き出す。

 再び2人の間に沈黙が流れる。

 いつまで経っても口を開こうとしないルクスに痺れを切らしてロシェルが口を開く。


「…聞かないの?」

「…何を。」

「それは…、前世の事について…?」


 精一杯の勇気を振り絞っているロシェルに対し、ルクスは冷たいと受け取られかねない程態度を変えない。


「聞いて欲しいのか?もしそうなら聞くけどそうじゃないんだったら、…知りたい事は知れたし充分だよ。」

「……ありがとね。」

「何がだよ。」


 自分の気持ちを汲んでくれて、必要以上に踏み込もうとしないルクスの残酷なまでの優しさをひしひしと感じ、ロシェルは胸に去来するじんわりとした温もりに浸る。


「…ううんなんでもない、じゃあこの子の名前はふく丸で決まりね!」

「ぷぇ!?」

「おいちょっと待て。」


 ロシェルの投下した新たな爆弾によって、先程までの空気から一転して戦々恐々とした空気が流れる。

 しかし、当の本人は気にした様子もなくずんずんと歩みを進める。


「ほらふく丸、道わかるの君しかいないんだから先頭行ってよ!」

「ぷ、ぷぇ〜。」

「ルーくんも、置いてっちゃうよ?」

「…おう。」


 不服そうな鳴き声を上げながら、ふく丸も歩き始める。


 先を歩く2人の背中を見ると同時に、見慣れぬ筈の森を視界に収めルクスも歩き始める。

 不思議と息苦しさは感じなかった。

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