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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
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第1章 4話『五里霧中』

「んんっ。」


 咳払いをしてその場にしゃがみ軽く地面に触れる。

 変に気障ったらしいその仕草はなんとも鼻につく上に、本人に自覚は無いのか若干のキメ顔までして言葉を発する。


「抉れろ。」


 その姿はかつて魔法のようなものを使用したルクスの父、グリームを真似たのだと察せられる。


「「「…。」」」


 しかし、待てど暮らせど地面が抉れる様子は無い。

 要するに、


「失敗…か。」

「ルクス…。」


 顔を伏せ肩を震わせるルクスに思わず、と言った様子でグリームは声を掛ける。


「ぷっ、くくくっ、お前また失敗したのか、これで何回目だ!?」

「…るっせぇなクソ親父!てめぇがちゃんと教えないせいだろうが!」


 爆笑しながらバシバシと肩を叩くグリームにルクスは声を荒らげて指導力不足を責める。


「…ふふっ。」

「あ!おいロシェまで笑うなよ!」


 その様子を見ていたロシェルまでもが堪え切れずに笑みを零す。


「ご、ごめんねルーくん、でも流石に…ふふっ。」

「ぐぬぬ…!!」

「しかも、あんなにカッコつけちゃって、ロシェルちゃん見た?あのキメ顔。」

「てっめ、言って良い事と悪い事があるぞ!?」


 尚も笑い続ける父にわなわなと肩を震わせ、武力行使も辞さないとばかりに拳を握りしめる。


「大体、ぎゅんとかぐわって擬音だけで説明されても分かるわけ無いだろうが!」

「…いやでも、ロシェルちゃんは出来てるしなあ。」


 そう言ってピースをしているロシェルの傍らには当然のように抉られた地面があった。



 ****



 時は少し遡り、グリームが律式を使っている様を見せる為に外に出た所である。


「それじゃあ実際に律式を使う訳だが、俺が普段狩りの時に使うのは大きく分けて2つ。」

「自身の筋力を向上させるものと、地面を操作するものだ。」


 先程までの緩んだ態度は鳴りを潜め、真剣な表情で指を2本立てる。


「ルクスは見覚えがあるだろ?」

「うん、便利そうだなって思ってた。」


 実際に父が使っていた魔法のようなものを思い出しながら答える。

 どうやら魔法のようなものは律式と呼ぶらしい。


「うむ、便利…そうだな確かに便利には違いない。」

「傍から見たら魔法にしか見えないかもしれないが、これは歴とした技術だ、使おうと思えば誰でも使う事が出来る、それこそ老人から幼子に至るまで、な。」

「…そうなんだ、てっきり特殊な訓練を積んだ人にしか使えないのかと思ってた。」


 父によって齎される事実に驚きはしつつも、それなら早く教えて欲しかったという不満を滲ませる。

 しかしそんなルクスの不満を一蹴するかのようにグリームは毅然とした態度で答える。


「あくまで理論上は、という話だ。」

「2人が成人するまで教えなかったのにはちゃんと理由がある。」

「…確かに、どれだけおねだりしてもおじいちゃんは頑なに教えてくれませんでした。」


 普段は本人の願っていない事まで叶えようとする村長にしては珍しく頑なな態度を崩さなかった事を思い出し、ロシェルは納得したような表情を浮かべる。


「…まあ、村長は過保護な気もするけれど気持ちはわかるよ。」


 苦笑いを浮かべつつも完全には否定しない辺り父にも思い当たる節があるのだろう。


「要するに、律式という技術にはリスクがあるんだよ、それも下手すると命に関わる程の。」

「リスク、ですか。」

「それってなんなんだよ、父さん。」


 ただの意地悪では無かったという安堵と共に、次々と湧いてくる疑問を解消するべく先を急かす。


「まあ待てそう急かすな、説明下手なりに頑張って説明しようとしてるんだから。」

「…そうだな、ここから先は実際に見せた方が早そうだから、ちょっと離れててくれ。」


 そう言って父は地面に触れ、僕とロシェルが離れたのを確認すると意識を地面へと集中させる。


「唸れ。」


 父の呟きと同時に理が歪む感覚がする。

 途端に地面は隆起し始め、さながら鍾乳石のように何本もの土の槍を形成する。

 それも以前地面を抉った時より広範囲にである。


「すげぇ…!!」

「ぜぇっ、ぜえっ、どうよ、わかったか?」


 思わず感嘆の呟きを漏らすルクスとは対照的にグリームは息も絶え絶えになりながら2人を見る。


「わかったって、何が?」

「ぜえっ、だからっ、リスクだよ…!!」

「…?」


 ただ目の前の光景に圧倒されるだけだったルクスは質問の意図がわからず首を傾げる。


「そういう事…?」

「…?」

「わかりましたおじさま。」


 未だ理解の及ばないルクスに対し、何か思い至った事がある様子のロシェルにグリームは笑みを浮かべる。


「律式の行使には星印の消費が不可欠、という事ですね?」

「やっぱり、うちの愚息と比べてロシェルちゃんは察しが良いね。」

「…余計なお世話だ。」


 悪態をつきはするが、理解が及ばなかった事は事実なので甘んじて受け入れるものの、既に思考はわからなかった事に対する反省ではなく理解する為のものに切り替わっている。

 思考の沼へと沈んだルクスの視界には2人の姿などとうに無く、ただ解を求める事にのみ脳を使う。


「…ああ、そういう事か。」

「理解出来たか?」

「うん、もう大丈夫。」


 程なくして思考の沼から帰還したルクスに対し試すような視線を向けるグリームへ笑みを返す。


「要するに星印という生命エネルギーを、ある程度保持してなきゃちょっとした事で直ぐに死にかけるって事でしょ?」

「その通り。」

「だから理論上は可能なんて言ったのか…、こんなんほぼ不可能じゃん。」


 満足そうな笑みを浮かべるグリームを横目にルクスは胸の内で世界の仕組みそのものへ不満を募らせる。


 (こちとらずっと「そもそも星印って何だよ。」って思ってるのに何で更に複雑にするんだよ…!!)

 (あれか?星印はHPの役割を担ってるのかと思ってたけど実際はMPの役割も兼任してたって事か?)

 (わっかんねぇ!)


 困惑するルクスを他所に、グリームは既に理解したものとして話を続ける。


「律式を教えなかった理由、納得してくれたかな?」

「はい!」

「おう。」


 説明が拙いにも関わらず、きちんと理解が及んだ様子の2人に嬉しさを噛み締めながらグリームは続ける。


「それじゃあ次は2人が律式を使ってみよう。」

「あの、おじさま?星印を消費する事は理解しましたけれど、律式がなんなのかはわかってないままですよ?」

「ああそうだった、じゃあ簡単に説明すると律式っていうのは、星印を消費する事で星律に干渉してその在り方を変えるんだよ。」

「えっと…?」


 ただでさえ拙かった説明が2人の理解力に甘えるようにどんどんと雑になっていく為、流石のロシェルも首を傾げる。


「つまり、律式で地面を抉る時は地面が消えてる訳じゃなくてその姿を変えてるんだ。」

「…ああ、錬金術みたいなものか。」

「!…成程、そういう事ね。」

「…え?」

「レンキンジュツ?が何かわからないけれど2人とも伝わったみたいだな。」


 ロシェルの反応に違和感を覚えるものの、それに言及する間もなくグリームが話を続ける。


「それじゃあ今度こそ、実際に律式を使ってみるぞ。」

「…度々申し訳ありませんおじさま、律式が何かは理解しましたけれど、どうやるかも教えて頂きたいです。」

「良い指摘だロシェルちゃん、それに対する俺の回答は習うより慣れろ、だ。」


 今更ながらに、律式を教えるのにグリームが適任では無い事を心底理解して2人はげんなりとした顔をするのだった。



 ****



 時は再びルクスが律式の行使に失敗した直後。

 成功に繋げる為にルクスは改めてグリームの言葉を思い出していた。


『…まあ流石にこのままはいどうぞはあんまりだから、師匠から教わった言葉を授けとく。』

『律式という技術を十全に扱う為には3つの理解が重要になる。』

『1つ目、保有、自分がどれだけ星印を保持しているか知る事。』

『2つ目、出力、自分がどれだけ星印を同時に扱えるか知る事。』

『3つ目、共鳴、自分がどれだけ星印の性質を引き出せるか知る事。』

『王都の学者さんなんかはその性質の詳しい分類まで分かってるらしいけど、こんな辺境の村にそんな大層な知恵者が居るなんて期待するなよ。』

『今重要なのは自分の適性が何か、それを知る事だ。』


 現状、判明している事実から新たな可能性を模索する為に思考を巡らせる。


 (こういう所は母さん似だな。)


 グリームはそんな我が子の様子を感慨深そうに見た後に息子の幼馴染へと視線を向ける。


「埋まれ。」


 そこには当然のように律式を用いて抉られた地面を埋めるロシェルの姿があった。


 (末恐ろしいな…、指導とはお世辞にも言えない指導をさっき受けたばかりだというのに、もうここまで使い熟しているというのか…。)


 グリームの視線に気づいたロシェルが笑顔を見せ手を振る。


「見て下さいおじさま、埋める方も出来ました〜。」

「…凄いねロシェルちゃん。」

「いえいえ、おじさまの教え方が良かったからですよ。」


 普段と変わらない、愛らしい笑みを浮かべている少女に対し、何処か底知れなさを感じ取り、引き攣った笑みを浮かべる。

 そんなグリームの心情を知ってか知らずか、ロシェルは何の気なしに言葉を発する。


「ところで、ルーくんの様子はどうですか?」

「…ん、ああ、中々上手くいってないみたいだけど、あいつはその内自分で答えを見つけるよ。」

「…そう、ですね。」


 2人の中でルクスに対する共通の理解がある為、特に心配した様子も無く雑談に勤しむ。

 2人が雑談をしている間もうんうんと頭を悩ませていたルクスだったが、突然顔を上げると真っ直ぐグリームの方へ歩み寄ってくる。


「父さん、自分の筋力を向上させる律式について教えてくれ。」

「自分の適性が何か知る事が重要だって父さん言ったよな。」

「だったら、地面を操作する事に僕の適性は無いんじゃないのか?」


 父の反応を待つより早く、自分の考えを捲し立てる。

 実際問題、どう考えてもおかしいのだ。

 ロシェルが天才である事は紛れもない事実ではあるが、それを考慮してもここまでの差があるのは不自然だし、何よりあまりに手応えが無さすぎるのだ。

 であるならば自身の適性が他にあると考えるのも当然の帰結であると言えるだろう。


「確かに、その可能性は否定出来ないな。」

「ならーー」

「だが、筋力を向上させる律式はおすすめ出来ない。」

「…なんで?」


 予想していなかった否定の言葉に思わず語気が強くなる。


「さっきも言っただろ、律式にはリスクがあるって。」

「筋力を向上させる律式はな、まだ星印の操作に慣れてない内に手を出す事自体がリスクなんだよ。」

「だからそれは星印を使い過ぎると危ないって話だろ?」


 グリームが意地悪で教えないような人間では無い事は充分理解している筈だが、歯痒い気持ちを抑えられないのはルクスが未熟である事の証左だろう。


「いや、…うん、そうだな、まどろっこしいのは嫌いだからハッキリ言うがな。」

「失敗するのは問題じゃない、だが成功した場合ーー」


 興奮冷めやらぬまま食い下がるルクスを落ち着かせるように、目を合わせ一拍置いて続ける。


「ーー肉体が耐え切れず四肢が弾け飛ぶ。」


 父の言葉にルクスは己の理解が浅かった事を痛感するのだった。

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