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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
4/10

第1章 3話『轍を踏む』

 昨日の不調が嘘だったかのように頭がスッキリした状態で目を覚ました。

 問題は何も解決していないかもしれない、けれど今自分がすべき事が明確になった、それだけで自然と良い方向へ向かっていると思えるから。

 偏に母の教育のおかげだと人知れず手を合わせる。


「おはよう、父さん。」

「おはよう。」


 コーヒーを片手に道具の整備をする父へと挨拶をして気付く、この世界ではまだコーヒーは広く出回っていない事に。

 心なしか残念そうにしている父に問う。


「…それ、何飲んでるの?」

「!ああ、これか、これはコーヒーと言ってな、王都なんかでは新しい嗜好品として有名らしい。」


 やはりコーヒーに触れて欲しかったらしい父は嬉しそうにコーヒーについて語り始めた。

 …父のこういう所に母は惚れたんだろうか。

 

「…そんなものどこから持ってきたの。」

「いやなに、ルーメンが送ってくれたんだよ。」

「兄さんが…、元気してるかな。」


 久しく会っていない兄の名前を聞いて想いを馳せる。

 手紙の一つも寄越さないくせに時折こうして王都で流行ってる物を送ってくる。


「あいつも立派な大人だ、こうして贈り物もしてくれる、それだけで充分だ。」

「そういうものかね。」


 なんて事のないやり取り。

 無駄を嫌う父ではあるが、決して寡黙な訳では無い、寧ろお喋りの部類に含まれると思う。

 しかし、一見寡黙に見える為父の事をよく知らなければ話しかけづらいと思う人は少なくない。

 故にこうして自分がよく話し相手になるのだ。


「そういえばルクス、昨日調子悪そうだったけどもう大丈夫なのか?」

「あ、うん、もう大丈夫。」

「相手が相手だったからな、もう平気なら良い。」


 普段の父であれば体調管理の不足を叱っていただろうが、今日はやけに優しい。

 というよりも他に気になる事があると言った感じだ。

 何処か機嫌が良いのもコーヒーだけが理由では無い気がする。


「やっぱりロシェルちゃんに癒してもらったからか?」

「んなっ、はあ!?何言って、っていうかなんで知ってんだよ!」

「なんでって、そりゃあんな往来のある所で乳繰りあってりゃみんな見るだろうよ。」

「寧ろ知らない人の方が少ないんじゃないか?」


 心底から楽しそうに告げる父に上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

「な、なん…、くそっ、走ってくる。」

「気ぃつけろよ〜。」


 ニヤニヤと仏頂面を崩しながら手を振る父を横目に、恥ずかしさを誤魔化すようにその場を後にする。


 狩人として生きていく以上、基礎体力があるに越した事はない、そう父に言われ習慣として走るようにしている。

 他にも筋トレや弓の練習も行っていて、ルーティーンと化したそれらは心を落ち着かせる側面もあった。

 しかし、今日に限っては一向に心が落ち着かない。

 原因はわかっている。


「おい、ルー坊!ロシェルちゃんに抱きついたって!?」

「若いって良いわね〜、若返っちゃいそうよ〜。」

「お兄ちゃん!お姉ちゃんと付き合ってるの!?」


 人とすれ違う度にこうして囃し立てられるのだ。

 初めは黙りを決め込んでいたものの、あまりに多くの人からそうされるものだからもう今日は大人しくしてようと早めに切り上げ、汗を流す為に井戸へ向かう。


 喧騒から逃げるようにして井戸に辿り着いたルクスは既にその場にいた少女と目が合う。


「お、おはよう、ルクス。」

「おう、…おはよう、ロシェ。」


 ここに来るまでに、彼女も同じ待遇を味わったようで頬を染めている。

 ぎこちなくも挨拶だけは交わしたが、お互いに言葉が続かない。

 そんな二人を見兼ねた周囲の人達が囃し立てる。


「おいルクス!なに日和ってんだ!ガッといけガッと!」

「ロシェルちゃん!女の子から行っても良いんだよ!」


 なんともガサツなコミュニケーション。

 どれだけ成熟した人間であっても堪らず怒りを顕にするだろう事は想像に容易い。

 故に、思春期真っ只中なルクスの行動はわかりやすいものだった。


「ぅるっさいなお前ら!一人一人投げ飛ばしてやるからそこに並べ!」


 そう言って周囲の人達を追い掛け始めるルクスをロシェルは見送る。

 半ばプロレスのようなものと理解しているからこそ、口汚い言葉が飛び交うが一線を越えるような事はしない。

 それが分かっているからこそロシェルはただ微笑んでいた。


「ほっほっ、元気そうじゃな、ロシェルよ。」

「おじいちゃん!」

「うむ、おじいちゃんじゃぞ。」


 村長の孫であるロシェルは気安い態度で応じる。

 老人のロシェルへ向ける目もまた優しいものである。


「お主もそろそろ16になる、前々から言っておった"あれ"をそろそろ教えても良いかと思っての。」

「ホント!?おじいちゃん大好き!」

「ほっほっ。」


 それこそ目に入れても痛くない程に溺愛している孫娘に抱きつかれ相貌を緩める姿に威厳などない。

 あまりに普段とかけ離れた様子に、周囲は驚愕の混じった好奇の視線を向ける。

 意に介した様子も無くロシェルの頭を撫でる老人の眼に一人の青年の姿が映る。


「そうじゃルクス。」

「は、はい!なんでしょう…?」


 途端に緊張感が増した空気を察し、おずおずとロシェルが口を開く。


「あ、あのね?おじいちゃんーー」

「大丈夫じゃよ、ただ都合がいいから少しお話をするだけじゃ。」


 先程までとは打って変わって長たる風格を漂わせる老人の姿を前に、うら若き二人の男女を囃し立てていたのが嘘かのように周囲の人々は黙りを決め込む。

 あまりの緊張感にその場からの逃走を図る者まで出てきたが、渦中の真っ只中に居る青年はそれを許されない。


「あの、お話とは…?」

「…なに、単純な話じゃよ。」


 鋭い眼光をルクスに向けながら老人は告げる。


「ロシェルに律式を教える事になった、じゃからお主もその場に同席せい。」

「え?」


 予想していた言葉とはかけ離れた言葉に思わず動揺が口をついて出る。

 そんなルクスの動揺を知ってか知らずか老人は気にかける素振りもなく続ける。


「お主はまだ成人まで期間があるとは言え、森の主を見事討伐した。」

「一人前の大人として扱ったとして誰も文句はーー」

「ちょちょちょっ、ちょっと待って下さい!」

「なんじゃ?」


 心底から疑問に思っているかのように老人は首を傾げる。

 そんな様子に安堵と動揺が綯い交ぜになったルクスは、思わず胸中を全て曝け出す。


「は、話って、そんな事ですか…?」

「そんな事とはなんじゃ、律式は世の理を示す神聖なものじゃぞ。」

「…全く、そんな調子なら考え直さなければならんかもしれんなぁ。」


 それこそ、言わなくていい事まで全て。


「なんだ…、僕はてっきりロシェに抱きついた事について言われるのかと…はっ。」

「「あ。」」

「ほう?」


 慌てた所で時既に遅し、老人の耳に確と届いたであろうその言葉を誤魔化すように話題を変える。


「あ、あの、それで、律式を教えて下さると言う事なんですが…。」

「そ、そうそう!おじいちゃん、私も誰が教えてくれるのかとか気になるな〜。」


 正しく阿吽の呼吸。

 息の合った二人の連携だが、今はそれを茶化すような人は居ない。

 皆ただただ嵐が過ぎ去るのを祈っているだけである。


「ふむ、そうじゃの、儂としてはグリームが適任であると考えておる。」

「おじさまが…?」


 威圧感が消えた様子の老人に、周囲は嵐が去ったとほっと胸を撫で下ろす。

 

「うむ、奴は狩人として誰よりも現場を知っておる。」

「経験に基づくその知識、存分に奮って貰おうと思っての。」

「なるほど〜、それで?そのお勉強会はいつやるの?」


 すっかりいつもの調子を取り戻したロシェルは、気安く祖父との対話を続ける。


「既にグリームには確認を取っておる、都合が良いのはいつか、聞いておいで。」

「わかった!ありがとうおじいちゃん大好き〜!」


 そう言い残してこの場を去るロシェルの背中を笑顔で見送る老人が襟を正す。

 それだけで周囲の人間は嵐は過ぎ去っていなかった事を悟る。


「…さて、ルクスよ。」

「…はい。」


 げんなりした気持ちになりつつもそれはおくびにも出さずルクスは姿勢を正す。


「何処の馬の骨ともわからん奴であったなら、儂の持つ全てで以て叩きのめしていた所じゃがの。」

「……はい。」

「儂にとってはお主も家族のようなものじゃ。」

「!…はい、ありがとうございます。」


 どこか穏やかで、何かを懐かしむような表情を浮かべながら老人は続ける。


「二人が選んだ道を塞ぐような真似はせんよ。」

「自信を持って悔いが無いと言えるような、そんな道を歩めるよう願っておるぞ。」

「…はい!」

「うむ、…ほれ、解散じゃ解散。」


 青年の態度に満足そうに頷くと、老人はその場を後にする。


 (…敵わないな。)


 目指すべき背中が多い自分はやっぱり恵まれていると、ルクスは小さく笑みを浮かべるのだった。



 ****



「さて、二人とも準備は良いか。」

「「はい。」」

「よし、では早速律式について教えていくがーー」


 "律式について"と黒板に書きながら話していた父が、そこで言葉を区切るとこちらに振り返って言う。


「そもそも律式について話す前に知っておくべき事があるんだが、二人とも知ってるか?」

「"星律"、ですよね?おじさま。」


 聞き馴染みの無い言葉を当然のように答えるロシェルに驚きを隠せない。

 そしてそれは父も同様のようだった。


「…よく知ってるなロシェルちゃん、まだこれはあまり知られて無い概念な筈なんだがな…、流石は村長のお孫さんだ。」

「えへへ〜。」


 照れたようにも見えるが心なしかぎこちない笑みを浮かべるロシェルに違和感を抱くも話を振られた為直ぐに霧散する。


「まあルクスにわかりやすいように説明すると星律ってのはこの世界のルールみたいなもんだ。」

「ルール?」

「そう、手に持った林檎を離せば勝手に落ちる、川の水はいつでも流れ続ける、みたいに当然そうなる事だ。」

「へ〜。」


 (成程、物理法則みたいなものか。)


 仰々しい名前がついているからどんな概念かと身構えたが、既知の概念であった為安堵する。


「そんでまあ、律式ってのはその星律を利用する技術なんだがな…、ハッキリ言って俺は感覚派だからわかりやすい説明が出来る自信は無い!」

「知ってる。」

「ごめんなさいおじさま…。」


 僕だけでなくロシェルまで期待した反応と違ったからか、肩を落とし露骨に凹んだ様子の父をロシェルが慰める。


「ま、まあおじさま、口で説明するより実際に見せて頂けませんか?」

「ほら、おじさまのちょっと良いとこ見てみたいな〜。」

「…ロシェ、親父を甘やかすなよ。」

「ルーくんは黙ってて!」


 あまりに露骨なヨイショをされる父親の姿を見てられなくて思わず苦言を呈すが一蹴される。

 どうしてか僕の尊敬する人は皆ロシェルに甘い。


「よ〜し、ロシェルちゃんがそんなに言うなら仕方がない、実際に外に出て律式の何たるかを見せてあげよう!」

「わ、わ〜やった〜。」


 だから、あんなに見え透いたお世辞でもあっさり機嫌を良くするのだ。

 意気揚々と外へ向かう父を追うロシェルの姿を見て思わず頭を抱えるのだった。

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