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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
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第1章 23話『陽だまりの下へ』

第1章 23話『陽だまりの下へ』

 

 ルクスは今まで数多の困難に曝され、幾多の試練を課されてきた。

 しかし、その全てを知性と勇気を持って何度も立ち上がり、一歩踏み出す事で乗り越えて来た。

 勿論、1人で乗り越えた訳では無い。

 支えてくれる周囲の大人達や共に悩んでくれる友達、その背中で道を示す父の存在、何よりいつでも隣に居た少女のお陰であったとルクスは理解している。

 だからこそ、その全てを失った今のルクスが何も成せないのもまた自然な事であった。

 ましてや、全てを失った原因が元を辿ればルクス自身にあるとなれば、その行動を選択した事を誰も責められはしないだろう。


「ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…!」


 ルクスは弱々しく叫びながら1人森の中を彷徨っていた。

 自ら本棚を退かし、姿を見せた事で安堵しているオリバーを突き飛ばし、ルクスは逃げ出した。

 そう、逃げ出したのだ。

 父の死に向き合う勇気も無く、知性の欠片も感じられない無様を晒しながら。


「どうすりゃ、良いんだよ…。」


 既に精根尽き果てた状態の体に鞭を打ってここまでやって来たルクスは、頭を抱え木の根元に座り込む。

 もう一歩も動けない、そう思った理由が肉体的なものか精神的なものか判別がつかない。


「…綺麗だなぁ。」


 ふと夜空を見上げると満天の星々が煌々と光り輝いているのを見て思う。

 一個人にどれだけ悲劇が襲おうと、世界は変わらず回り続けるのだと。


 (なんて、ちっぽけな存在なんだ僕は。)


 いつだって誰かが助けてくれた、それなのに自分自身の力で成し遂げたのだと思い込んで、あまつさえ自分が特別なんじゃないかとすら思っていた。

 思い上がりも甚だしい、わかったつもりになっていただけだった。


 (ロシェルはただ、僕の目を覚まさせてくれただけだ。)

 

 僕はルクス、ただのルクスだ。

 人並みに傷付いて人並みに愛されてそれでも精一杯に今を生きている普通の青年。

 その事に、漸く気付けた。

 しかし、感傷に浸っていたルクスは目の前に迫る影には気が付かなかった。


「グルル…!」

「!!」


 それは顔に傷跡のある狼で、どうやら気が立っているらしく1つしかない眼にルクスを確と捉えている。

 体は限界を迎えている、傷跡から察するに以前ルクスが囮にした群れの生き残りだろう。

 であればこれも自然の摂理なのだと受け入れる。

 それに、最期に勘違いに気が付けたのだからもう充分だとも思う。


「グルァ!」


 鋭く尖った爪が振り下ろされるのを見て瞳を閉じる。

 嗚呼、良い人生だった。

 そう思えた筈、だったのに。


『ーー会いにきて。』


 今際の際で、少女の声が響く。


「グァ!?」

「!?」


 驚きに満ちた声が聞こえる。

 果たしてそれは目の前の狼から聞こえたものか、それとも自分自身から聞こえたものか。


「は、ははっ。」

「なんだ、単純な事だったんじゃないか。」


 大人しく死を受け入れようとした所で、結局体は動いてしまう。

 全て失ったと思っていた、残されたものなど何も無いと思っていた。

 それでも。


「まだ…あった!」


 胸に手を当て強く握り締める。

 微かに、でも確かにその熱は残されていた。


「グルァ!」

「ははっ、ごめん!やっぱり死んでやれないや!」


 直前まで動く気配を見せていなかったルクスが、突然動き出した事で警戒していた狼が再びルクスに襲い掛かる。

 だか、今度の一撃もひらりと身を躱すと久方振りにルクスは笑顔を見せる。


「じゃあな!達者で生きろよ!」

「グルルゥ!」


 即座に身を翻し狼から距離を取る。

 足は重く息は直ぐ上がる、とても動ける様な状態では無い。

 それでもルクスが動けているのはきっと。


「心が軽い!」


 堰を切ったように思考は流れ始める、生存する為の方法を模索する。

 

 (状況は頗る悪いけれど、今まで何度も踏み出した一歩をまたここで踏み出せば良いだけなんだ…!)


 力強く地面を踏み締めルクスは駆ける。

 既に脳内で策は整い、後は実行するだけ。

 改めて言うが夜の森は決して歩きやすい環境では無い。

 しかし、父と一緒に何度も歩いたその経験が、軌跡となってルクスを導く。


「あった!」


 目的地に辿り着き、目当ての物を見付けたルクスはそれを手に取ると反転して狼を迎え打つ。

 牽制する様に大きく振りかぶったその手の中には、兄から貰ったナイフが握られていた。


「どうする?これで俺にも攻撃の手段が増えた…でも、出来る事ならお前を殺したくない。」

「グルル…。」


 少し掠っただけでその切れ味を充分に理解出来たのか、狼は低く唸るだけで距離を詰めようとはしない。

 やがてルクスの思いが伝わったのか狼は緊張を解くと走り去って行く。

 その背中を見送るとルクスは大きく息を吐く。


「ふぅ〜、危なかったぁ〜…。」


 実際、もし戦闘になっていたら十中八九ルクスは敗北していただろう。

 今のルクスはそれ程までに弱りきっていた。

 けれど、生きる気力を取り戻した影響か大きな音を立てて胃が空腹を主張する。


「何か食うもん探さねえと。」


 そう呟いてルクスは確かな足取りで森の中を歩き始めるのだった。



 ****



 今村に帰るのは何となく据わりが悪い為、ルクスは未だ森に留まっていた。

 

「これからどうすっかな。」


 適当な木に実っていた果実を齧りながら思考する。

 考えなければいけない事は無数にあるが、幸い今のルクスには有り余る程の時間があった。


「こうしてゆっくり考え事するのも久しぶりだな。」


 思えば近頃は常に誰かとともに行動をしていた。

 潤みそうになる眼を擦り両手で頬を叩く。


「まずは状況の整理からだ。」


 そう言うとルクスは思考の沼へと意識を沈めていく。


 大前提僕同様にロシェにも前世がある。その事には早い段階で気付いていたし、類似点が多いという事から僕の探し求める少女はロシェなんじゃないかと予想を立てた。けれど僕の夢に出てくる謎の少女はロシェでは無いと本人の口から断言された。であればあの少女は誰なんだ?そもそも彼女は本当にこの世界に居るのか?居ない可能性もあるんじゃないのか?…でも。


『会いにきて。』


 そう、彼女は言っていた。ならばそれを信じるしかない、僕だけは信じなきゃいけない。それに。


『そしてその全員がこの世界で新たな生を受けました。』


 あの時は夥しい程の情報が流れ込んで来たから見落としていたけれど、この言葉が真実ならば彼女もこの世界に居る可能性は高い。ロシェに対してあいつが嘘をつくとも思えないから確実と言っていいだろう。ならば次は彼女を探す手掛かりが無いかだ。


 (考えろ、見い出せ、何一つ見落としが無いようあらゆる記憶を思い出せ。)

「……あ。」


 久しくその役割を果たせていなかった脳が、水を得た魚の如くその本領を発揮する。


「彼女も女王なんじゃないか…?」


 その結論に至った理由はあまりにも脆弱で、反論の余地など幾らでもある。

 ただ思い出しただけなのだ、あの軽薄な声を。


『ラッキー、良さげな子見っけたわ。』


 しかし、ルクスには確信があった。

 独立して動いていた歯車がカチンとハマる感覚がする。


「12人の女王…1人はロシェだから、11人の女王を追いかければいずれ出会える、か。」


 自身やロシェルの例から考えるに、恐らく彼女もこの世界での顔と名前は前世のものとは違うのだろう。

 ルクスはこの世界の広さもそこにどれだけの人が生きているのかもまるで知らない。

 途方も無い行程になる事は間違い無いだろう。

 それでも手掛かりが有るのと無いのとでは天と地程の差がある。

 

「…資格がどうとか関係ねえ、無理矢理にでも押し入ってやる。」

「星戦をぶっ壊してやる、僕達を殺した神とやらにーー」


 勢いそのままに誰に聞かせる訳でも無い宣戦布告をしようとしてふと思う。

 自分がしたい事は本当にそれなのか、と。

 初心に立ち返る意味合いも込めて今一度自身へ問う。


 (僕は、どうなりたいんだ?)

 (強くなりたいのか?確かにもう二度と敗北を味わいたくはない。)

 (復讐がしたいのか?確かに理不尽に曝された事への怒りはある。)

 (じゃあ僕が本当にしたい事はそれか…?)

 (違う。)


 逡巡する間も無く、直ぐに答えは出た。

 

「僕はただ、君に会いたい。」


 口にするだけで自然と笑みが零れる、胸が熱くなる。

 使命だとか運命だとかそんな大それたものではなく、ルクスにあるのは誰もが抱える普遍的な感情だった。


「そうと決まればこのまま旅立つか。」

「…今あいつらに会ったら決意が揺らぎそうだし、それに。」

 (遺言は、聞かなくてもいいな…もう、沢山貰ってる。)


 目を閉じると浮かんでくる。

 厳しくも優しい、父の姿が。


『良いかルクス、出来ない事は恥じゃない。』

『そこで立ち止まらない事が重要なんだ。』

「わかってるよ、父さん。」


 きっと、ルクスの選択を尊重して、笑って見送ってくれると思うから。

 ルクスは振り返らず前だけ向いて旅立つ決心をする。


「まずは王都でも目指すか…あ、そうだその前に。」


 目的地へ向けて歩きだそうとした瞬間にある事を思い出して出鼻を挫かれる。

 針路を変更し暫く歩くと見知った場所に出る。

 そこはかつて訪れた遺跡だった。


「ま、ここら辺に居るだろうしな…感じろ。」


 なけなしの星印を消費して感知の律式を行使する。

 周囲の環境が手に取るように把握出来るようになる。

 やがて、探していた存在を見つけると声を掛ける。


「よっ、お前も一緒に来ないか?」

「…ぷぇ?」


 身を隠すように独り物陰で寝ていたふく丸は、ルクスの声で目を覚ます。


「……ぷぇぇ!!」

「わぷっ、おいなんだよあんまくっつくなよ。」


 意識がハッキリしてきてルクスの存在を確認するとものすごい勢いで飛び掛ってくる。


「ぷぇぇ、ぷぇぇ…!」

「悪かったって、こっちはこっちで色々大変だったんだから。」

「ぷぇぇ…。」


 涙を流しながら責めるように鳴き続けるふく丸に、ルクスはたじたじになりつつも拒む事は出来ない。


「もう寂しい思いは充分しただろ?」

「ぷぇ。」

「ああ…だからこれからは僕が傍に居てやる、だから一緒に来い、ふく丸。」

「ぷぇ!」


 力強く返事をするふく丸にルクスは笑みを浮かべ頷く。


「よし、じゃあ行くか。」

「ぷぇえ!」


 斯くして始まった、1人と1匹の珍道中。

 数多の星々が交差する天穹の中で、果たして少年は何を見つけるのか。

 それはまだ、誰にもわからない。

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