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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
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第1章 幕間『それぞれの歩み』

 轟音が鳴ると同時に激しく木々が揺れ、羽を休めていた鳥達が飛び立つ。


「ったく…嬢ちゃんよぉ、襲われる度に地面叩き割って追い払うとかまどろっこし過ぎるだろうが、殺すんじゃ駄目なのか?」


 その元凶であるアルケイデスが傍らで涼しい顔をしている少女へ不平を漏らす。


「殺したら埋葬しなきゃならないんだから、先を急ぐ身としてそのタイムロスは許容出来ないわ。」

「なら埋葬しないって選択肢は無いのか…。」

「無いわ。」


 気安く話してはいるがその関係は主と配下である為、ロシェルはその威光を遺憾無く発揮し不満を一蹴する。


「私の指示に従えないのなら去ってもらって結構よ。」

「そうですよ、キングの星位を授けられたとはいえ貴方の立場はロシェル様の下、本来ならその口調も許されるものでは無いのです。」

「うるせぇな、お前は関係無いんだからひっこんどけよ。」


 実際、アルケイデス自身負い目があるが故に強く出る事が出来ない。

 しかし、徹底してロシェルを上げアルケイデスを下げるルクバトが割って入る事には我慢ならないのか両者の間で一触即発の空気が流れる。


「勘違いしているようですね…ロシェル様の生命線である星宮を取り仕切る私は貴方より上、口の利き方がなってませんよ。」

「役割がどうとかどうでも良いんだよ、お前に媚びへつらう位なら死んだ方がマシだぜ。」

「なら貴方が頭を下げやすいように武を以て上下をハッキリさせても良いんですよ?」

「上等だこら。」

「うるさい。」


 お互い手が出る一歩手前で、ロシェルが一言呟く。

 これ以上無い程不快感を露わにしているロシェルに柄にも無くアルケイデスはたじたじになる。


「これ以上騒ぐなら他所でやって。」

「わ、悪い。」


 何故か我関せずと言った顔をしているルクバトにロシェルは苛立ちを募らせ、念を押す。

 

「…ルクバトも、わかった?」

「申し訳ございません、ロシェル様。」


 恭しく謝罪の言葉を述べるもののその様は何処か嘲るような、慇懃無礼なものだった。

 しかし、ルクバトのそんな態度を意にも留めずロシェルは歩き出す。

 アルケイデスとルクバトも後に続くが沈黙が続き、気まずい空気が流れる。

 耐え切れなくなったのかアルケイデスが口を開く。


「なあ嬢ちゃんよ…俺が言うのもなんだが、良かったのか?本当に。」


 場を和ませる為にするにはあまりに間違った話題を提供するアルケイデスにロシェルは一瞬言葉に詰まる。

 だが、直ぐに気を取り直すと答える。


「…うん、これでいいの。」

「そうかよ…まあ、今更変わってはやれないがな、俺には俺の目的がある。」


 アルケイデスとて考え無しに話し始めた訳では無い。

 この先どうなろうと覆る事の無い選択をロシェルへ迫った。

 その事に後悔は無いが、禍根を残す事だけは避けなければならないといった思いからだった。


「わかってるわ、私達はあくまでもビジネスパートナー、あの儀式も必要だからしただけだし変な期待とかしないでよ?」

「…するかよ、自分じゃないやつを想って涙を流してるような女に。」


 そうアルケイデスに言われ、ロシェルは初めて自分の涙が頬を伝っている事に気が付く。

 慌てて涙を拭い取り繕う。


「うるさいな、ハッキリ言わないでよ。」

「まああれだ、肩くらいは貸すぜ?」


 あくまで紳士的に、邪な気持ちなど一切無いアルケイデスの親切を、知ってか知らずかロシェルはキッパリと断る。

 

「要らないわ、これは…罰だもの。」

「?」

「自分の選択が、ルクスを苦しませるってわかってて、それでも選んだ、その罰。」

 

 毅然として告げるロシェルの痛々しさを感じさせる覚悟を垣間見て、アルケイデスは思わず否定の言葉が口をついて出る。


「だったら、一言くらい…。」

「駄目よ、決意が揺らいじゃう。」


 だが、その提案は他ならぬロシェルによって真っ向から拒絶される。


「それにルクスなら大丈夫、どれだけ苦しんだとしても、必ず最後には立ち上がるから。」

「俺が言ってるのはお前の事なんだけどな…。」

「好きな人には心の底から笑ってて欲しい、私の幸せはそれよ。」


 誰よりもルクスを信じているロシェルだからこそ出てくるその言葉に、アルケイデスは何も言う事が出来ない。


「何も間違ってないわ。」

「…お前に期待すら出来ないのが残念でならないよ。」


 目の前の少女の強さを改めて実感させられたアルケイデスは、そうぼやくのだった。



 ****



 その存在は、生まれながらにして世界に類を見ない強者であった。

 その爪で裂けぬ物は無く、一度駆ければ周囲が止まって見えた。

 矮小なこの森に対してその存在はあまりに強大であった。

 

 故に、その存在は孤独だった。

 その存在は卓越した知性を蓄えてもいた為、思考した。

 自分は何者なのか、何の為に産まれたのか。

 わからずじまいで自らの生を終える事を許容する事が出来なかった。

 自らの存在を証明するかの如く、争いの場に身を置く事を選んだ。

 

 しかし、どれだけ矛を交えようと戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的で、いっそ蹂躙と呼ぶべき惨状がその存在の後ろに出来上がるだけだった。

 多少は腕の立つ強者とも相見えたが、いずれも自らを満足させるに至らなかった。

 退屈、その言葉自体は知らずともそう形容せざるを得ない感情がその存在を襲う。

 

 この世界の全てを破壊し尽くすまで止まる事は無いのか、であるならば生まれる世界を間違えた。

 途方も無い虚空が心身を蝕んでいく。

 傷を負う事すら都合が良いと、駆け抜けた先で遂に出会った。


 初めは取るに足らない存在だと思っていた。

 以前自らが手に掛けた強者と似た匂いをさせてはいるが、放つ圧があまりに脆弱だったからだ。

 案の定命の危機が訪れるとみっともなく喚き散らし、考え無しの行動をとり始める。

 これ以上期待するような事は起こらないと、手早く済ませようと虚無感に苛まれながら歩みを進めていると、不意に声が響く。


「なんだ、やっぱり感情も読み取れるのか。」


 肉体を激痛が襲う。

 同時に再び声が響く。


「痛えだろ、特別製だぜ?」


 その存在は驚愕していた。

 先程まで微塵も期待していなかったそいつが、まさか誰より狡猾に決定的な一撃を食らわせるとは。


 歓喜に身を震わす、思わず歓声を上げ暴れ回る。

 その存在は自らの行いを恥じた、何故万全の状態で相対する事をしなかったのか。

 それ程までにその存在はそいつに魅せられていた。


 そいつの繰り出す一手、その一つ一つが新鮮で初めて戦いを楽しいと思えた。

 こいつと出会う為に自分は生まれてきたのかもしれない、そう思ってしまう程に至高の時間を過ごせた。

 だからこそ、敬意を持ってその命を絶とうと思った。

 強者に相応しい、栄えある死を齎さねばならないと。


 だからこそ、決闘に水を差したそいつが酷く不快だった。

 目を覚ました時、その存在は吼えた。

 確かに強者かもしれない、先程まで命を奪い合っていた相手と比較しても雲泥の差がある。

 しかし、自身と同様にただ圧倒的な力をひけらかすだけで面白味が無いのだ。


 故にその存在は決意する。

 戦いの高揚を教えてくれたあいつと再び相見え、今度こそ自らの手で命を絶つ事を。

 その為に邪魔な存在を蹴散らせる程の更に圧倒的な力を手にする事を。


 何をするべきかは肉体が理解している。

 その場で蹲り、入眠する準備を進める。

 期待に胸を膨らませながらも意識が薄れていく。


 次に目を覚ました時、その存在は白銀の鱗を身に纏っていた。

 こうして特位個体、ハンニバル·レクスもまた、歩き始めた。



 ****



「行ったか?」

「うん、行ったみたい。」


 振り返る事なく歩みを進めるルクスをオリバーとウィルの2人は遠くから見ていた。


「…多分バレてるよね。」

「だろうな、律式使ってたっぽいし。」


 ボロボロの状態で飛び出したルクスを心配して後を追った2人だったが、声を掛ける事はしなかった。


「それにしても本当に1人で立ち上がっちゃったね。」

「結局こうなんだよあいつは…心配し甲斐がねえよ全く。」

「まあまあ。」


 どうにもならなそうであれば励ましの言葉でも伝えようかと考えていたのに、案の定ルクスは1人で問題を解決してしまった。

 その姿に尊敬するが、同時に寂しさも覚える。


「ロシェルもロシェルだ、薄情な奴だぜ。」

「時々アルケイデスさんと話してるのを見掛けたけどまさかあんな事考えてたなんてね。」

「揃いも揃って隠し事が多過ぎる!…ウィルは無いよな?」

「え〜?どうかな〜。」


 特別なんだろうと思っていた人が、実際に特別だったと言うだけ。

 幾ら不満を零そうが自分に出来る事などたかが知れている。

 オリバーとウィルはそこで足を止めてしまうが、どうやら2人にとって無二の親友はそうでは無いらしい。

 だから無茶をする事にどれだけ腹を立てて心配させられても心の底では思ってしまう。


「誇らしいな。」

「うん、誇らしい。」


 遠くなっていくその背に、これから先一体どれ程の苦難が伸し掛かるのか想像も付かない。

 けれどルクスなら大丈夫なのだと、今正に見せつけられたばかりだから。


「心配じゃなくて、期待して待ってようよ。」

「それ良いな…でも帰って来たら絶対一発殴る。」

「ははは…それは僕もご一緒させてもらおうかな。」


 そう言って、2人は笑い合いながら帰路に着く。

 少し静かになってしまったけれど、この村が帰る場所として在り続ける為に。

 

「よっ、2人ともどうだった?」

「無事旅立ちましたよ。」

「無事かどうかは微妙じゃねえ?」


 村に着いた2人に声を掛ける男が1人。

 目の前の男の提案に乗って2人はルクスの元を訪ねていた。

 

「ははっ…ま、あいつなら上手くやるだろ。」

「この人が一番容赦無いんだよな…。」

「うん、ルクス君に同情するよ。」

「期待してんだよ、なんせ。」


 快活に笑う男にオリバーとウィルはげんなりとした表情を浮かべる。

 何故なら。

 

「俺の息子だからな?」


 その男はこの場に居る筈が無いのだから。



 ****



 流れ星が降る。

 ある者は城で、ある者は教会で、ある者は森の中で。

 皆隣に居る誰かと空を見ていた。

 だが少女は1人、孤独を埋める為にただ祈っていた。


「早く会いにきてね。」


 果たして、その願いは届いたのか。


「くしゅっ。」

「ぷぇ?」

「いや風邪じゃない、誰か僕の噂でもしてるんじゃね?」

「ぷぇ〜。」

「るっせぇ。」


 星は巡る、いずれ来たるその日に向かって。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

これにて第1章は終了となります。

私自身初めての小説執筆だった為、至らぬ点など多々あったかと思いますが楽しんで頂けたのなら幸いです。

第2章の投稿までは少し期間が空いてしまうかもしれませんが、ご期待に添えるよう精進しますので何卒よろしくお願い致します。

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