第1章 21話『赤裸々』
「セイカって、誰?」
「は?」
今にも泣き出しそうなロシェルに何か悪い事をしてしまったのでは無いかと罪悪感が鎌首をもたげる。
だが、それ以上にルクスの脳内は疑問符で満ちていた。
(セイカって、誰だよ…。)
そう、たった今ロシェルの口から発せられた少女のものと思わしき名前に、ルクスはてんで聞き覚えが無かったのだ。
「ごめん、聞き覚えが無い。」
「誤魔化してる…訳じゃないんだろうね。」
とうとう堪え切れ無くなったロシェルの瞳から涙が溢れ落ちる。
「そんなの…そんなのって、あんまりじゃない…!」
「ロ、ロシェ…。」
慌てて駆け寄ろうとするも、依然として体は動かない。
それでも無理矢理体を動かそうとするルクスに立ち塞がる様にルクバトとアルケイデスが割って入る。
「よりにもよって、貴方がそれをしますか。」
「すまんルクス、正直半信半疑だったんだが…これを聞いちゃ流石にな。」
口々に責め立てられるが思い当たりの無いルクスは苛立ちを募らせる。
しかし、ルクスがどう思おうが関係ないとばかりに、周囲は勝手に話を進めていく。
「まあ、ある意味じゃルクスも被害者だって言えるのかもしれんが…。」
「自覚の有無は関係ありません、事実としてこの男がロシェル様を傷つけているのですから、万死に値します。」
言いながらルクバトが近づいて来る。
理が歪む感覚がする、だだ漏れの殺気を見れば彼が何をしようとしているかは明白だろう。
だが、ルクスは抵抗も逃走も出来ない。
ルクバトの凶刃がルクスを襲う直前で、涙を止めたロシェルから待ったが掛かる。
「やめて、そんな事頼んで無いわ。」
「おや、よろしいのですか?」
「ええ、それに私が止めなくても彼が止めてたと思うわよ?」
そうロシェルに促されたルクバトはそちらへ視線をやると、憤りを露わにしたアルケイデスが剣を抜いていた。
「…くたばり損ないが、彼にかつての自分の面影でも重ねましたか。」
「黙れ…この程度の傷、お前を殺すのに訳ないぞ…!」
「やれやれ、ここで彼を殺せていたら楽だったんですがね…ロシェル様の顔を立てる事にしましょうか。」
目の前で繰り広げられるやり取りにルクスは一切関与する事が出来ず口を閉ざす事に終始する。
今のルクスは如何なる権利も有していない。
「ルクバト、例のあれするから準備して、アルケイデスさんも、覚悟は良い?」
「直ちに。」
「俺は良いが…嬢ちゃんは本当に良いのか?」
「…知りたい事は知れたし、これ以上は決意が鈍っちゃう。」
「なら良いがよ…。」
説明を求める事も、意見を主張する事も、果ては生殺与奪を自ら握る事も。
ただ、見ている事しか出来ない。
「私としては貴方を選ぶのも反対したいのですがね。」
「今更うだうだ言ってねえでさっさとやれよ。」
ロシェルの横にアルケイデスが並び立ち、2人の正面にルクバトが立つ。
憎まれ口を叩き合う2人ではあったが、その内容に反して動きを止める事はしない。
不意にロシェルの口から言葉が漏れる。
「…ルクス、よく見ててね?」
ルクスに一瞥をくれる事無く、ロシェルは完全に背中を向けたままである為その表情は見えない。
けれど、その場に立ち込める空気が神聖みを帯び始め、何かただならぬ事が起きるのだと予感させる。
「戦士アルケイデス·ネメシス。」
「汝はロシェル·ブランディアを女王とし、健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、これを愛し敬い慰め助け、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」
「誓おう。」
(駄目だ…やめろ、やめろ…!)
ルクバトを立会人に見立てた宣誓の儀式。
故にルクスはどうにかして止めようと必死に体を動かそうと藻掻く。
しかし、ルクスの足掻きが実を結ぶ事は無い。
「女王ロシェル·ブランディア。」
「汝はアルケイデス·ネメシスを王とし、健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も、これを慈しみ救い顧みて、その忠義に報いる事を誓いますか?」
「誓うわ。」
(だって…これじゃまるで、まるで…!)
両者共に誓いの言葉を口にしたのを確認するとルクバトが続ける。
「それではロシェル様、星位をお授け下さい。」
「わかった。」
ロシェルとアルケイデスは向かい合い視線を交わす。
アルケイデスは恭しく跪くと、差し出されたロシェルの手を取り口付ける。
ルクスはその光景を、まるで一枚の絵画の様な美しい光景を見て言い知れぬ感情に襲われていた。
(まるで…結婚式みたいじゃないか…。)
「これにてロシェル様の星位紋、キングはアルケイデス様へと授けられました。」
「これで終わりか?…趣味が悪いにも程があるだろ。」
「同感ね、底意地の悪さが隠せてないわ。」
途端に2人の纏う空気が軟化する。
儀式が終了したであろう証に、アルケイデスの手の甲にキングの駒を象った星痕が刻まれていた。
「っていうか星痕この位置固定かよ、紋付きなのバレバレじゃねえか…。」
「私も、出来れば位置変えたいんだけど。」
自らの手を見ながら不満を漏らすアルケイデスにロシェルも続く。
よく見ると彼女の手の甲にもクイーンの駒を象った星痕が刻まれている。
「それは出来かねます、主の恩寵を授かった者であると一目でわからなければ意味がありませんから。」
「女王同士が出会ったら戦いは避けられないって事ね…了解、いい加減慣れちゃった。」
ある種の諦観を滲ませながらロシェルは溜めをつくとルクスの方を見る。
僅かな時間しか経過していない筈なのに久しぶりに顔を会わせた様な感覚に陥る。
それ程までに、今のロシェルは女王の風格を漂わせていた。
「ルクス…私の晴れ姿、ちゃんと見ててくれた?」
「……。」
そう思ったのも束の間、いつも通りの笑顔を見せるロシェルにルクスは言葉に詰まる。
(…もう、何もわからない。)
自分を選ばないにしても何故、態々こんな見せつけるような事をするのか。
アルケイデスとルクバトの2人は何故、自分も知らないロシェルの事情を知った様な顔で話すのか。
脳内へ流れ込む膨大な量の情報を整理する間も無く、ここに居るルクスを嘲笑うかの如く世界は進む。
いっそ思考を停止してしまおうか、そんならしく無い事まで考えたルクスに追い討ちを掛けるようにロシェルが口を開く。
同時に、理が書き換えられる感覚がした。
「…巫光星、1997年12月25日生まれ、血液型はAB型で身長は173cm、体重56kg。」
「…は?」
「どう、当たってる?」
ゾッとする様な妖艶な笑みを浮かべるロシェルの手の甲が妖しく光っている。
「ご両親は離婚しててお母さんと2人で暮らしてた…凄っ、こんな事までわかるんだ…。」
「ちょっ、ちょっと待て、何の話をしてるんだよ…?」
「ん?ルクスの前世の話、その反応を見るに記憶が曖昧なのかな?」
突如として齎された情報の羅列を、覚えが無いのに自らのものだと言われる事に恐怖を覚える。
「私の権能、我が眼に一点の曇りなしは見た対象の情報を読み取れるみたい。」
「でも、なんで前世を…。」
「これも言ってなかったんだけどね、ルクスが理が歪むのを感じ取れるように、私も星印が色付いて見えるんだよね。」
もう何度目になるかわからない、何でも知っていると思っていた幼馴染の知らない部分を聞かされる。
ルクスの心はとうに擦り切れ乾いた笑いだけが溢れ落ちる。
「他の人は一色しか無いのに、ルクスの持ってる星印は三色あるんだよ、だからそのどれかは前世由来かなって。」
「はは…なんだよそれ。」
「前世の記憶あんまり無いみたいだし、私が詳しく教えてあげるね?」
新しく買ってもらった玩具を自慢する子供の様に、ロシェルは目をキラキラさせながら情報を羅列していく。
「海が見える街で生まれ育ったんだね、大らかなのはその影響かな?」
「……。」
「友達はあんまり居なかったのかな?今とは違い過ぎてあんまり想像つかないね。」
「…おい。」
自己の境界線が揺らいでいく。
吐き気を催してしまう程のえげつない行為をいとも容易く行うロシェルを、制止しようとするも止まらない。
「お母様とは忙しくてあまり会えてなかったんだ、でもその代わりお祖母様に面倒を見てもらってたんだね。」
「…やめろ。」
「でもお祖母様が足を悪くしちゃったから若くして介護をしてたみたい。」
「やめろって言ってんだろ!」
とうとう耐え切れなくなったルクスが声を荒らげる。
「さっきから誰の話をしてやがるんだ!」
「俺は…俺はルクス!ただのルクスだ!」
「そう、それだよ。」
「はあ!?」
前世等関係無いと、自分は自分であると声高に主張するルクスにロシェルが水を差す。
「ルーくんは、おば様に矯正されてるから俺なんて使わないのよ。」
「!!」
その指摘は、ルクスの自己認知を崩壊させるに足るものだった。
勢いを無くしたルクスを責め立てる様にロシェルが捲し立てる。
「ルクス、何時からか偶に自分の事俺って言うようになってたよね。」
「そ、れは…。」
「最初は気分が高まった影響であの頃のルーくんが顔を出してるのかなって思ってた。」
「でも違った、ルーくんは…ルーくんじゃ無かった。」
血の気が引いていく、指先は震え胃の奥から何かがせり上がって来るのを必死に堪える。
これ以上ロシェルの言葉を聞くのが怖い。
目を逸らしたい現実を、それでもロシェルは突き付けてくる。
「…権能はその人の本質が色濃く反映されるんだって。」
「私はずっとルーくんを見てた、目を逸らさなかった!」
「…だからわかるの。」
もう彼女は止まらない。
気分はさながら死刑宣告を待つ囚人のようだ。
この期に及んで現実逃避を続けるルクスを、ロシェルは逃がさない。
「巫光星さん、あなたは私を見てるんじゃなくて、私を通して違う誰かを、セイカさんを見てるのよ。」
涙を堪えながらそう告げるロシェルを見て漸くルクスは気付く。
良かれと思って踏み込まなかった。
心地良いと思っていた、安心出来ると思っていた、その距離感は全て彼女の痛みと引き換えに成り立っていた。
「…もう良いのか?」
「うん、言いたい事は言えたし…もう充分。」
「…そうか。」
虚ろな瞳で虚空を見詰めるルクスを他所に、ロシェルは何も言わず踵を返し歩き始める。
アルケイデスとルクバトはそんな女王の背中を黙って追う。
既に彼らの道は分かたれた、それを証明するかのように両者の距離は離れて行く。
霞がかった脳でルクスはそれまでの人生を振り返っていた。
どうしてこうなった、どうすればよかった、どれだけ思考を巡らせようと答えは見つからない。
それもその筈、何故なら最初から全て間違っていたのだから。
始めから距離が縮まってなどいないし、金輪際埋まる事も無い。
そんな至極当然の現実を、ルクスは3人の姿が見えなくなって漸く認める事が出来たのだった。




