第1章 20話『五分の攻防』
ルクスとアルケイデスで決闘を行い、勝った方がロシェルのキングとなる。
未だ両者の間には隔絶した差があるものの、日中という条件下に限って見れば両者の戦績は五分、充分ルクスにも勝機のある戦いである。
既に準備は整い、後は開始の合図を待つばかりという状態で尚も、ルクスはこの戦いに対してあまり意欲的になれずに居た。
(実際、僕じゃなくてアルの方がロシェの傍に居た方が良いんだろうな。)
(僕には力も知識も人脈も、何もかも足りてない…ならいっその事、全部任せたって良いんじゃないか?)
(何より、今父さんの傍を長期間離れる訳にはーー)
合理的に考えれば、アルケイデスに任せた方が理に適っている。
だからこそ、それが正しい選択であると納得させる為の理由がルクスの思考を覆う。
『ーーにきて。』
そんなルクスの甘えとも言える考えを断ち切るように少女の声が響く。
誰が、何故、何を、何一つわかっていないその一声が、しかしルクスを奮い立たせる。
(そうだ、そうだよ。)
気合いを入れ直す為に自らの両頬を思い切り叩く。
突然のルクスの行動に周囲は驚きの視線を向ける。
(誓ったんだ、次こそは手を離さないって。)
(理由は…それで充分だ。)
鋭い眼でルクスは正面のアルケイデスを見据える。
「やっと覚悟が決まったか、このまま戦いもせずに負けを認めるのかと思ったよ。」
「悪い待たせた、もう大丈夫。」
「口先だけじゃないといいがなぁ!」
ルクスの動揺を誘う為、アルケイデスは煽るがルクスの耳にはもう届いていない。
ただ、勝つ事だけを考えて集中を高めていく。
(頭脳、技術、経験、全てアルが上。)
(突ける油断や慢心も無い、おまけに手の内も知られてる。)
(本来なら到底敵う相手じゃない…でも!)
(アルの活動限界は5分!)
(5分間凌ぎ切れば勝ちの目は見えてくる!)
適切な目標を設定、達成する為の道筋を組み立てていく。
審判を務めているルクバトが合図を掛ける。
「それでは、始め。」
開始と同時にアルケイデスが距離を詰めて来る。
ルクスの狙いを当然理解しているが故に短期決戦を仕掛ける心算のようだ。
(理が歪む感覚がしない…律式は温存する気か!?)
(それとも他に何か狙いがーーっ!)
「俺相手だってのにゆっくり考え事か?上手くいった試し無いだろそれ。」
「うっせ!」
上段から振り被られた一撃を既の所で防ぐ。
アルケイデスの言葉通り、今までルクスが勝ちを拾った試合は全て、思考を放棄し反射で対応する事にのみ注力したが故のものだった。
「そうそう、それで良いんだよ。」
「くっ…!」
目を凝らし、その行動を取り零さぬよう視界にアルケイデスの姿を捉え続ける。
しかし、どんどん速度を上げていくアルケイデスにルクスは不満を漏らす。
「てめっ、手ェ抜いてやがったな!」
「…お前を敵として認めたんだ、誇っていいぞ。」
「嬉しくねえよ!」
理解していた、ルクスの手にした勝利は仮初のものでアルケイデスはまるで手の内を晒していないという事を。
既にルクスの想定を大きく上回る動きを見せるアルケイデスに防戦一方になる。
尚も速度を上げるアルケイデスに反射で対応するが、段々と防ぎ切れず傷が増えていく。
(まずい…!これじゃ5分保たねぇ!)
(このままじゃ…負ける!)
濃密に存在を主張する敗北の気配を振り払うようにルクスは手札を切る。
(くそっ…5分間持続させられないけど使わず負けるくらいなら!)
「漲れ!」
「漲れ。」
身体強化の律式を発動し、一度距離を取ろうと画策するルクスを待っていたかのように即座にアルケイデスも律式を使用する。
「逃がさねえよ。」
「このっ!」
「ルクス…お前は天才だからな、放っておくと何をしでかすかわからない。」
「けど、何を企んでようと全部正面から叩き潰す、何もさせてやらない。」
あらゆる視点で見て、絶対的な強者が持てる力の全てでルクスに立ちはだかる。
万が一を許容しないアルケイデスの徹底的な立ち回りは、ルクスに詰将棋を想起させた。
「お前は充分頑張ったよ、後は俺に任せろ。」
(ああ、そうか、そうだったんだ。)
アルケイデスの言葉を受け、ルクスは自分の感情を理解した。
だからルクスはーー笑った。
「何をごちゃごちゃ考えてんだ。」
「あん?」
「5分凌ぎ切れば勝てる?そんな消極的な姿勢でどうして勝てるよ。」
「いつだってそうさ、戦う理由は誰かの為かも知れねえ…でも!」
極限状態に追い込まれたルクスを突き動かすのは勝利への渇望、負けられないという矜持であった。
「勝ちたいと思うのは紛れもなく俺の本心だ!」
「!!」
ルクスは吠えると同時に受けの姿勢から攻めの姿勢へと転じる。
(漲れ…もっとだ、限界を超越しろ!)
(後で死ぬ程後悔するなら今死ね!)
「ルォアアアア!」
ほんの少しの意識の変化がルクスを劇的に変化させる。
その勢いは留まる事を知らず、今度は逆にアルケイデスが防戦一方になる。
「ルォオオオオ!」
「っ!おいルクス!お前このままだと死ぬぞ!」
常軌を逸したルクスの行動に、敵でありながらアルケイデスが心配の声を掛ける。
しかし、ルクスはそんなアルケイデスの制止を無視する、いや、既に聞こえていないのかもしれない。
「ルクス!」
「ルクスくん!」
目や耳から血が吹き出し、肌を伝う。
限界を超えた代償があまりに早く、だが確かにルクスを襲う。
アルケイデスの活動限界まで、後3分。
「ルーくん…!もうやめて!」
「ルゥアアアア!」
「このっいい加減に!」
鬼神の如く迫り来るルクスの連撃を辛うじて受け流しながら、アルケイデスは考える。
(まずい…このままじゃ本当に取り返しがつかなくなる!)
(やるしかない、ここでルクスを失う訳にはいかない…!)
目標をルクスに勝利する事からルクスを止める事へ切り替え、最善の一手を打つ為体を動かす。
正気を失ったとしか思えないルクスの目を覚まさせる一手、それは、
「ぐぼっ…っ。」
「……え?」
自らの顔へ飛来する血飛沫を受けてルクスの動きが止まる。
ルクスの手に握られた剣は、アルケイデスの体へ深々と突き刺さっていた。
「そんな、なんで…。」
「やっぱりお前はまだまだ甘ちゃんだな、人を殺す覚悟が足りてねえ。」
動揺するルクスを他所に、アルケイデスは冷静にルクスの弱さを指摘する。
「ア、アル!」
「心配要らねえよ、これくらいの傷日常茶飯事だからな。」
余裕を見せるアルケイデスだったが、それは虚勢に他ならない。
事実、常人であれば死んでいてもおかしくない程の血が滴り落ちている。
「さ、続けるぞ、決着はまだ着いて無いからな。」
「でも…そのままじゃアルが死んじゃうよ!」
「自分でやっといて何言ってんだ…ほら、どちらにせよ次の一撃で終わりなんだから、やるぞ。」
しかし、平然と続けようとするアルケイデスに並々ならぬ覚悟を感じ取ったルクスは二の句を継げない。
代わりに剣を構える。
「正真正銘最後の攻撃だ、受け切れるかな?」
「やってやるさ。」
アルケイデスの活動限界まで後40秒。
緊張が高まっていく、誰しもが固唾を飲んでその結末を見守っている。
先に動いたのはアルケイデスだった。
「しぃっ!」
「!」
明らかに精彩を欠いた動きにルクスは罪悪感を覚える、だがそれ以上に、勝機を見出した事で思考を巡らす。
(アルは限界だ…でもそれ以上に俺自身限界を迎えている。)
(一撃、見切ってみせる…!)
深く構え、どんな攻撃だろうと対応出来るようアルケイデスの動きを観察する。
両者の距離が縮まる、アルケイデスの活動限界まで後20秒。
「え…?」
アルケイデスが放った攻撃はなんて事無いただの袈裟斬り。
舐めているとしか思えない、それともそれ程までに弱り切っているという証拠なのだろうか。
ルクスは難無くその一撃を防ぎ、反撃へ転じる。
「唸れ。」
「は?」
アルケイデスの声がルクスの鼓膜を震わす。
理が歪む感覚がする。
背後の地面が隆起してルクスへ襲い掛かろうとする。
そちらに気を取られた刹那、再びアルケイデスの声が響く。
「忘れ去られし英雄譚」
「なん、使えない筈じゃ…!」
「コティノスの棍棒。」
それと同時に具現化した棍棒にルクスは吹き飛ばされる。
ルクスは、立ち上がる事が出来ない。
悠然と近づいて来るアルケイデスを見上げ睨む。
「卑怯だぞ…!」
「…何がだ?」
「それは日中は使えないんじゃなかったのかよ!」
怒りを露わにするルクスに対し、アルケイデスは何処までも平坦に答える。
「…いつだったかハンニバル·レクスが奥の手を隠してるはずだって言ったよな。」
「それは何もあいつに限った話じゃない、強者なら誰しも持ってる。」
勝利を確信したからか、アルケイデスは座り込むとルクスと視線を合わせる。
「それに、お前は幾つか思い違いをしている。」
「何…!?」
「俺の活動限界は5分じゃないし、一度たりとも本気を見せてもいない。」
「お前の修行についてもそうだ…わかりやすい、覚悟さえあれば良い手段を提示する形で成長を促した。」
「…なん、の為にそんな事。」
滔々と事実を並べ立てるアルケイデスにルクスの疑問は増すばかりだ。
「そうすればいずれお前と戦う時に対策が立てやすいだろ?」
「は?」
「信頼も信用もしてる、友だとも思ってる…でも最初から、お前と戦う事を考えた上で行動してたよ。」
「意味わかんねえ…。」
最初からルクスの事を信じていなかったと言われた方がまだ納得出来る、それ程までに矛盾した言葉に脳が理解を拒む。
しかし、続くアルケイデスの言葉はルクスに衝撃を齎した。
「別にルクス、何もお前に限った話じゃない。」
「俺は誰に対してもそうさ…昨日まで同じ食卓を囲んでたとして、次の日も笑い合えるとは限らない。」
それは、今までアルケイデスが歩んで来た道が過酷なものだったと否応なしに理解させられる。
だからこそ、ルクスは危機感を募らせる。
(こいつをロシェの傍に居させちゃ駄目だ…!)
この男は目的の為ならば手段を選ばない。
固く握ったその手の行き先が、相手の手でなく首になる事に些かの迷いも抱かないだろう。
「…お前をロシェのキングにはさせない。」
「それを選ぶのは嬢ちゃんだ…なあ?」
啖呵を切るルクスを飄々と受け流すと、アルケイデスはいつの間にか近づいて来ていたロシェルへと話を振る。
「ロシェ!こいつをキングにしちゃ駄目だ!」
「確かに僕は負けたけど、それでも僕をキングにした方が絶対に良い!」
本来であれば、敗れたルクスは大人しく引き下がるべきだが、形振り構って居られないとばかりにみっともなく喚き散らす。
ロシェルはただ、黙ってルクスの事を見ている。
その表情からは一切その内心を読み取れない。
「…好きなんだ!ロシェの事が…だから僕にロシェを守らせてくれ!」
初めて、ルクスが本心を吐露する。
それはムードもへったくれも無い稚拙なものではあったが、確かに愛の告白であった。
「っ!…ありがとうルーくん…私も、好きだよ。」
「…なら!」
ルクスの言葉にロシェルは先ず驚き、次に頬を染め、恥じらいながらも言葉を返す。
15年、病める時も健やかなる時も、共に過ごした二人が漸く結ばれる。
かに、思われた。
「でもごめん、だからこそルーくんを選べない。」
「…。」
今、ロシェルはなんと言ったのだろうか。
口をはくはくとさせるだけで言葉が出ないルクスを他所にロシェルは言葉を続ける。
「それにね、ずっと気になってた事があるの。」
「一ヶ月位前かな、おじさまの治療が終わった後ルーくんが気絶する様に寝ちゃった時あったでしょ。」
「その時に寝言で聞いちゃったんだけどさ。」
情報を咀嚼する事が出来ない。
それでも、ただならぬ雰囲気を纏ったまま話をするロシェルの言葉を聞き逃さないように音だけは拾う。
「セイカって、誰?」
そう問い掛けるロシェルの眼は今にも零れ落ちそうな程、しとどに濡れていた。




