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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
20/25

第1章 19話『晴天の霹靂』

 その日は、いつも通りに修行を行っていた。

 一週間という僅かな期間でありながら、オリバーもウィルもアルケイデスと数合打ち合えるようになっていた。

 ルクスに至っては律式有りの状態で拮抗した戦いを演じられるレベルにまで成長していた。


「10戦やってルクスが4勝でアルさんが6勝か、とんでもねえな。」

「凄いよルクス君!この調子でいけば勝ち越せる日も近いんじゃない?」


 オリバーとウィルから惜しみない称賛を送られるも、ルクスは満足していないようで渋い顔だ。


「いや〜、そもそも日中っていう僕に有利な環境だからな〜…まだまだ先は長いよ。」

「案外そうでもないと思うぞ。」


 自身が強くなっている自覚があるからこそ、よりその差を知覚出来るようになりルクスは気を引き締めざるを得ない。

 しかし、当のアルケイデスから否定の言葉が発せられる。


「ここまで成長速度が早いとは思ってなかったからな、正直いつ追い抜かされるかヒヤヒヤしてるよ。」

「…よく言うよ。」

「本当さ…天才に知識と時間を与えたらどうなるのか、見せつけられたよ。」

「…らしくない口振りだけど別に煽てられても慢心したりしないからな。」

「バレたか。」


 冗談めかして言ってはいるが、ここまで素直にアルケイデスが他人を褒める事は珍しい。

 頬が緩みそうになるのを勘づかれないように話を振って誤魔化す。

 

「そう言えばアルがハンニバル·レクスと戦ってた時に使ってた律式?なのかな、あれ使わないの?っていうかそもそもあれは律式なの?」

「あ〜あれな…ちょっと複雑だから説明するのが面倒だしそもそも意味無いんだよな。」

「…良いじゃん、教えてよ。」


 珍しく説明を拒むアルケイデスにルクスは食い下がる。


「ん〜じゃあ簡単な所から…まず、忘れ去られし英雄譚(レテ·クレオス)は夜じゃないと使えない。」

「うん、まあだろうね。」

「それとこの能力は正確には律式じゃない。」

「それもまあ、うん。」


 薄々察していた事だが、どうやら世界はまだまだ広いという事がわかってルクスは期待感に胸を膨らます。


「律式が誰でも使える星律の在り方を歪める技術(・・)なのに対して、これは律式そのものを書き換える言わば権能(・・)なんだよ…誰にでも使える訳じゃない、意味が無いってのはそういう事だ。」

「使える条件は…僕にも使える?」

「わからん、正直運の要素が強過ぎるし身に余る力は破滅を招く、使えるようになったらラッキー位に思っといた方が良いと思うぜ?」

「…そっか。」


 ただでさえ律式を修得しただけで浮かれていたルクスにとって、アルケイデスの言葉は耳が痛いものだった。


「それに、この二つは上下関係なんかじゃなくて両輪関係だ、ルクスにとっては律式を極めるのが一番の近道だと思うぞ。」

「…うん、わかった。」

「幾つかある選択肢の内の一つでしかない、強さの種類は一つなんかじゃない、お前はお前の道を歩めばいい。」


 アルケイデスにそう言われ、ルクスは霧が晴れたような爽快な気分で、後から後からやる気が漲ってくる。


「ありがとうアル、お陰で今僕絶好調…ところで条件の説明は?」

「誤魔化されろよ…っ!悪いルクス、それに関してはまた後でゆっくり教えてやる。」

「うん、その方が良いみたいだね。」


 先程までとは違い、警戒した様子のルクスとアルケイデスの視線の先には悠然と近づいてくる人影があった。


「よう、何しにノコノコこんな所まで来やがった?」

「アルも知り合いなの?」

「昔ちょっとな…って事はルクスも知ってんのか?」

「うん…忘れたくても忘れられないよ、ねえルクバトさん?」

「ルクバト…?」


 ただならぬ因縁を感じさせるアルケイデスの物言いにルクスは疑問を呈する。

 しかし、刺々しい空気を放つ二人に対してルクバトは平然としている。


「おや、懐かしい顔触れですね、女王の金魚の糞のルクス君に、名を奪われた英雄さんじゃあないですか。」

「そういうお前は都合の良い使いっ走りじゃねえか、ルクバトなんてわかりやすい名前使いやがって。」

「ええ、貴方が主の期待を裏切ったお陰ですよ。」

「あんな事があったのにまだあいつの事を主なんて呼んでんのかよ。」


 開口一番から激しい舌戦を繰り広げる二人であるが、その殆どをルクスは理解する事が出来ない。

 ただ、自らの想像すら及ばない領域の話であるという事だけは辛うじてわかる。


「それについて話し合いをするつもりはありません、今日訪れた目的も貴方ではありませんしね。」

「今良い所なんだよ、邪魔すんな。」

「貴方の都合なんて関係ありませんよ…おや丁度良い、こちらからお訪ねする所だったんですよ。」


 既にアルケイデスに対する興味等無いとばかりに歩みを進めようとした矢先に、ルクバトはある人物を見つけ足を止める。

 そこに居たのは息を切らしたロシェルだった。


「ルクバトさん…。」

「お迎えに上がりましたロシェル様。」

「始まったんですか?」

「正確には始まろうとしている、と言った所です、本日は詳細な説明をする為に参りました。」


 依然として、等しく全ての人間に興味を向けないルクバトだがロシェルにだけは恭しい態度を崩さない。

 それにロシェルはルクバトが訪れると知っていたようで自然に応対している。

 この場において蚊帳の外なのはルクスだけである。


「そう、ならお願いしてもいいですか?」

「勿論でございます…既に自己紹介はさせて頂いていますが改めて、私今回の星戦でいて座の星宮統括を務める事になりましたルクバトと申します。」

「ロシェル…ブランディアです。」

「ええ、存じ上げておりますとも…いて座の女王、ロシェル様。」


 その一言を聞いた瞬間、ルクスを雷に撃たれたような衝撃が襲う。

 それと同時に以前のロシェルの発言を思い出す。


『ルーくんが私の何を知ってるの?』


 その時は偶々虫の居所が悪いだけかと思っていた、けど違った。

 ずっと一緒に居た、お互いに何でも知っていると思っていた、つもりだった。


 (ロシェの…言う通りだ、僕は。)


 何も知らなかった、知ろうとすらしていなかった。

 誰より大事に想っている幼馴染の重大な秘密が、赤の他人によって齎されたルクスの心中は察して余りある。

 しかし、そんなルクスを待ってくれる人は居ない。


「それで、その星戦とやらは何なんですか?」

「では、一つ昔話をしましょうか。」

「昔話…?」

「ええ、昔々、ある所にとても身勝手な男がおりました。」


 芝居がかった調子でルクバトは語り始める。


「男にはこの世に知らぬ事も出来ぬ事もありませんでした。」

「しかし、刺激の無い生活に嫌気がさした男は変化を齎すであろう花嫁を探すべく12人の女性に招待状を送りました。」

「その結果として。」


 そこで一度止まると、勿体ぶった様子で続きを口にする。


「招待状が届いた女性とそれに近しい人間、延べ2642人が死亡しました。」

「そしてその全員がこの世界で新たな生を受けました、貴女様はその中でも更に、主に選ばれた特別な女性、という訳です。」

「…迷惑な話ね。」


 わざとらしい程に光栄である事を強調するルクバトにロシェルは不快感を露わにする。


「つまり、星戦とはその神の花嫁の座を賭けて争う聖戦なのです。」

「そう、それで私は何をすればいいの?」

「それについても説明致しましょう。」


 最早何度目になるかわからない衝撃がルクスを襲っていた。

 先のルクバトの話が事実であるならば、あの日あの場所で自身とあの少女が殺されたのは、その神とやらの身勝手によるものなのだから。


「星戦を行う神の花嫁(・・・・)候補となった貴女方12人の女王には自らの拠り所となる星宮(・・)とそれを管理する我々星宮統括(・・・・)、自らの在り方を決定づける星痕(・・)、そして自らの配下となる星位(・・)の任命権が与えられます。」

「成すべき事は単純明快、あらゆる手段を用いて自らの星宮に他の女王より多く星印(・・)を集める、それだけです。」

「初めて聞く用語が多過ぎてよくわからないわ、掻い摘んで教えて。」


 興奮気味で話すルクバトとは対照的に、ロシェルの態度は何処までも冷めたものである。


「…そうですね、差し当たって重要になるのはやはり星痕と星位の任命権、でしょうか。」

「それぞれ簡単に説明して。」

「ええ…星痕とは主より授けられ、刻まれた対象を権能に目覚めさせます、権能については当人の資質によるとしか言えませんね。」

「ふ〜ん。」


 つい先刻、ルクスが求めた力を手にする事が出来ると言うのにロシェルは平坦な様子で答える。


「星位の任命権に関しては、ロシェル様が星痕を主より授けられたのに対し、今度はロシェル様が任意の対象に星痕を授けられる、というものです。」

「へえ、じゃあ色んな人を権能に目覚めさせられるの?」

「いえ、ロシェル様が授かった星痕は神位と呼ばれるもので、星位はスケールダウンしますし任命出来る人数も限られます。」

「残念…何人まで任命出来るの?」


 自らもまた権能を得られるかもしれないという期待感にルクスは思わず顔を上げるが、続くルクバトの言葉に気を落とす。


「…既にロシェル様の体の何処かにクイーンを模したシンボルが刻まれているかと存じます。」

「うんあるね、それが?」

「そのシンボルはチェスのクイーンの駒です。」

「成程、つまりチェスの駒と同じでキングが1人、ルークとビショップとナイトが2人ずつ、ポーンが8人の計15人を任命出来る訳ね。」

「ご明察です…因みに、先程星位はスケールダウンすると言いましたがキングに限って言えば神位と遜色無い権能を発現させられます。」


 その言葉でルクスは再び顔を上げる。

 ルクスの強くなりたい理由であるロシェルを守る力を得られる上に、星戦という未知数の悪意が蠢く蠱毒にロシェルの傍で参加出来る。

 ルクスがロシェルのキングに成ればそのどちらも叶う、これ以上無い程理にかなった提案をしようと立ち上がる。


「因みに星戦で負けた女王はどうなるの?」

「それについては星戦の詳しいルールがこちらに記載されています。」

「……やっぱり負けたら死ぬんだ、ホントにいい迷惑。」

「死ぬのではありません、主の糧と成るのです。」

「…それ死ぬのと何が違うの?」


 ルクスが歩みを進める間にも二人の間では不穏な会話が繰り広げられる。

 居ても立ってもいられなくなったルクスは速度を上げる。


「ロシェ、もしよかったらーー」

「なあ嬢ちゃん、嬢ちゃんのキングに俺を任命してくれないか?」


 声を掛けようとしたルクスの言葉を遮る声が響く。

 それは、今の今まで静観を保っていたアルケイデスによるものだった。


「どういう心境の変化です?」

「うるせえ、お前は黙ってろ。」

「私も聞きたいわ、教えてくれる?」


 恥じらいを孕んだルクスの小さな声は泡と消え、完全に主導権をアルケイデスに握られてしまい黙って眺める事しか出来ない。


「…俺が太陽に嫌われてるって話は前にしたよな。」

「ええ、聞いてるわ。」

「その呪いを掛けたのが星戦を開催した、神と自称している男なんだよ。」

「それってつまり…。」


 憎悪の炎をその身に宿らせ、聞いた事が無いような低い声でアルケイデスは告げる。


「俺の目的はそいつ、アマツミカボシを殺す事だ。」

「…それに、嬢ちゃんにとっても悪い話じゃないだろ?俺の実力はよく知ってる筈だ。」

「それは…確かに、そうだけど。」

「ならーー」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」


 話が決まり掛けた事を敏感に察知し、ルクスは慌てて割り込む。


「ロシェ、キングに選ぶなら僕にしてよ…!」

「ルーくん…。」

「確かにまだアルには及ばないかも知れないけどさ、今にアルより強くなるからさ、僕の成長速度は速いってアルのお墨付きだよ?」


 ルクスがそう提案すればロシェルは即決してくれると思っていたが当てが外れる。

 ロシェルが思い悩んだ表情をしたまま黙り込むとアルケイデスがルクスへ声を掛ける。


「おいルクス。」

「なんだよ。」

「お前わかってるのか?」

「何が!」


 諭すような優しさを滲ませた表情のアルケイデスだが、逆にルクスの神経を逆撫でる。

 苛立たしげに吠えるルクスを、それでも真正面から見つめ真剣な顔でアルケイデスは告げる。


「ロシェルが勝ち残って神の花嫁になるって事はお前とは結ばれないって事なんだぞ?」

「!…そ、れは。」

「でも俺が神を殺せばその可能性は残る、だからここは俺に任せろ。」

「…でも。」


 至極単純な道理に今の今まで思い至らなかったルクスだったが、それでもアルケイデスの提案に納得し切れず食い下がろうとする。

 すると、不意に横からルクバトが割って入る。


「であれば、両者の間で決闘をして勝った方がロシェル様のキングとすれば宜しいのでは?」

「「は?」」

「両者共異存は無いようですね。」

「ロシェル様も、それで構いませんね?」


 二人の困惑を他所にルクバトは勝手に話を進める。

 同意を求められたロシェルは言葉を発さない代わりに確と頷くのだった。

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