第1章 18話『光陰矢の如し』
程良い距離を取ってルクスとオリバーの二人は向かい合う。
アルケイデスが間に立ち条件の提示を行う。
「一本先取、律式の使用は禁止、制限時間は5分、準備は良いか。」
「おう。」
「出来てます。」
「では、始め。」
二人のやる気が充分な事を確認すると上げた手を振り下ろす。
同時にオリバーが駆け出し一気に距離を詰める。
対するルクスはだらりと脱力した状態で剣を構える。
(カウンター狙いは明白、なら対応出来ない速度で!)
「らぁ!」
「はっ!」
それを受け更に速度を上げたオリバーは勢いそのままにルクスの胴体へ突きを放つ。
しかし、ルクスはそれを片腕で難無く去なすと隙を晒したオリバーの脇へと拳を叩き込む。
「ふぐっ!」
「のわっ!」
ルクスの攻撃が命中する刹那、オリバーは敢えて力を抜いて倒れ込みルクスの体勢を崩す事でダメージを最小限に抑えようと図る。
「なんの!」
オリバーの全体重がルクスへと伸し掛かるがギリギリで体を捻り避ける。
結果としてオリバーだけが地面へ膝を着く事となる。
その隙をルクスが逃す筈も無く、即座に振り返りオリバーの首元へと剣を当てた所で声が掛かる。
「そこまで!勝者ルクス!」
「だぁ〜くそ!また負けたぁ…。」
「ふっふっふっ、まだまだだな。」
全身から悔しさを滲ませるオリバーへルクスは手を差し出しながら勝ち誇る。
ルクスの手を掴み立ち上がった所で二人の試合を見ていたウィルが近づいてくる。
「でもルクスくんちょっと焦ったんじゃないの?」
「…そんな事無い。」
「こっち見て言いなよ。」
「そんな事より反省会しようぜ。」
「あ、逃げた。」
戯れ合いも程々に、三人は先の一瞬の攻防についての分析を始める。
「でもさ〜どうなん、倒れ込んで相手の体勢を崩すのって、なんかやり方汚くねえ?」
「仕方ねぇだろ、この一ヶ月実戦形式ばっかで碌に型とか教わって無いんだから。」
「実際ルクスくんが避けきれなければ結果は変わってただろうしね。」
「そりゃそうかもだけどよ〜。」
アルケイデスの元で修行を始めてから一ヶ月が経過している為、手慣れた様子で話を進める。
「まあ確かに同じ相手とばっかりやってるから傾向と対策が容易になってくってのはあるよね。」
「それは思った…ルクスの手札がわかりきってるからこそ躊躇無く突っ込めた訳だしな。」
「だろ!?やっぱそろそろ基礎を教わった方が良いんだって!」
二人の意見を受けて自らの懸念が正しいものであると確信したルクスはアルケイデスへ意見を仰ぐ。
「って結論に至ったんだけどアルはどう思う?」
「ま、当然の帰結だわな…少し気付くのが遅い位だ。」
「…アルは説明上手いんだからもっと教えてくれても良いのに。」
「それじゃ意味無いだろ。」
スパルタでいくとの宣言通り、アルケイデスはルクス達が自ら気付くまで待ちの姿勢を貫き甘えを許さない。
「でもアルさん、気付いた所でどうするんです?」
「こんな片田舎じゃ他に相手なんていないですよね?」
アルケイデスの物言いにオリバーとウィルも疑問を呈する。
しかし、それらの問いは想定内だったようで平然と笑いながら答える。
「地力を鍛えて一ヶ月、そろそろ自分の得手不得手もハッキリしてきただろうからな。」
「お前らの最も戦いたくない仮想の敵を俺が模倣する。」
「…マジか。」
「そんな事出来るの…?」
さらっとアルケイデスの超技術にオリバーとウィルは驚きの声を漏らす。
「ここから先は只管俺が相手してやる、ついて来れるか?」
「やってやる…!」
遥か高みを見せ続けてくれるアルケイデスに、ルクスも笑みを浮かべ応えるのだった。
****
冷たい感触が額に触れ目を覚ます。
「あ、オリバーくん起きた?」
「…どんくらい寝てた?」
「5分位かな、そこまで経ってないよ。」
アルケイデスと試合をする事が決まり、勇み足で先陣を切ったが結果は惨敗。
手も足も出せず良いようにやられ意識を保つ事すら出来なかった。
「アルさん、強過ぎんだろ…。」
「ね、僕は勝負以前の話だったよ。」
そう力無く笑うウィルの頬は赤く腫れている。
「大丈夫か、それ。」
「うん、不思議とあんまり痛くないんだよね。」
「なら良いけど…ルクスは?」
「ルクスくんなら…ほら、今から始まるよ。」
ウィルに促されるままに視線を送るとルクスとアルケイデスが向かい合っていた。
「一撃でも俺に与えられればお前の勝ち、制限時間は5分…あ、ルクスは律式も使っていいぞ。」
「随分舐めた条件じゃん、痛い目見ても知らないよ?」
「そういう大口は勝ってから叩けよ。」
一見傲慢としか思えない様な条件だが、実際にルクスとアルケイデスの二人と戦ったオリバーから見て、油断も慢心も無く事実として両者の間にはそれ程の差があるように思えた。
(それでも、ルクスなら何かしてくれるんじゃないかと思っちゃうんだよな〜。)
決して本人に伝える事はしないが、ルクスを高く評価しているオリバーは楽しみな気持ちを抑えられない。
「殺す気で来い。」
「夢には出て来るなよ。」
纏う雰囲気が変わる、緊張が高まっていく。
「漲り、纏え。」
そう呟くと同時にルクスが駆ける。
受けが得意な筈のルクスにしては珍しく、先手を取りに行くようだ。
「うわ、律式の並列行使とか…ルクスくん最初から飛ばすね。」
「あれ成功率そんな高くないだろ…出来てるのか?」
「う〜ん、わかんないや。」
一ヶ月という期間は短く、オリバーもウィルも律式修得には至っていない。
故に、わかっているのはルクスが短期決戦を望んでいる、という事だけだった。
突き、袈裟、逆袈裟、オリバーには目で追うのがやっとの連撃をアルケイデスは避け続ける。
「綺麗だ…。」
その姿は、まるで踊っているかのようで思わずそんな声が漏れる。
一方のルクスはなかなか攻撃が当たらない事に加え、律式の並列行使という消耗の激しい選択をしている為、僅かな攻防で既に息が上がっている。
現に戦闘開始時は目で追うのがやっとだったルクスの太刀筋をオリバーは正確に見極められている。
「攻撃が単調過ぎるぞルクスくんよぉ!このままじゃ一撃当てるのなんか夢のまた夢だぜ!?」
「るっせぇ!まだまだぁ!」
絶え間なく攻撃を仕掛け続けていたルクスだったが、遂に限界を迎えたのか足が止まり、地面に手を着く。
しかし、アルケイデスの煽りを受けてもう一度距離を詰め、今度は一撃に重きを置いた力強い一振りを放つが呆気なく受け止められ鍔迫り合いの形になる。
「速さが通じないと見るや即座に力に切り替える、悪くは無いがどちらも通じなけりゃ意味がねえ。」
「全てにおいて自身を凌駕する相手にお前はどうする?」
ルクスを称賛しつつも、依然として覆らない差がある事をアルケイデスは明示する。
もし自分がルクスの立場ならば心が折れてしまうだろうとオリバーは思う。
だが、ルクスは笑った。
「唸れ!」
「!律式の遠隔起動!?」
先程までルクスが手を着いていた地面が隆起しアルケイデスへと迫る。
「言葉より先に行動って、散々言われてっからなあ!」
距離を取り回避行動へ移ろうとしたアルケイデスをルクスは離す事無く一定の距離を保ち攻撃を仕掛け続ける。
襲い来る地面かルクス、どちらを避けるかの二者択一を強制されたアルケイデスが選んだのは正面突破だった。
「甘え!」
変わらず単調な攻撃を繰り出すルクスをアルケイデスが受け止めようとした刹那、剣の軌道が変わる。
「は?」
初めて虚を織り交ぜたルクスに対し、アルケイデスは反応が遅れる。
「いける!」
目の前で繰り広げられる攻防に興奮した様子のオリバーが思わずそう叫ぶ。
自らが掴み取る事が出来なかった白星をルクスが掴めるかもしれない、そう思った矢先にルクスの体が吹っ飛んだ。
「ぐほぁ!」
「あ、やべ律式使っちった。」
アルケイデスが何か聞き捨てならない事を言っていたのが聞こえたが、起き上がらないルクスへの心配が勝ち慌てて駆け寄る。
「おいルクス、大丈夫か!」
「ルクスくん大丈夫!?」
「大丈夫、だけど…ガス欠で体動かねえわ…。」
「お前な…いい加減無茶しない事を覚えろよ。」
「…善処はする。」
一先ず重大な怪我等が無い事を確認し胸を撫で下ろすが、土壇場で無茶をするのが最早癖になっているルクスへ釘を刺す。
「いや〜すまんなルクス、律式使っちゃったから俺の反則負け、お前の勝ちだ。」
「へへ…次は律式有りでも勝ってみせるからな。」
遅れてやって来たアルケイデスの敗北宣言にルクスは一瞬笑みを浮かべるも、直ぐ様次を見据えて気を引き締める。
(やっぱり、ルクスは凄いな…。)
飽くなき向上心を持ち続けるルクスに対し、オリバーは対抗心を燃やす事すら出来ない。
友達だとは思っている、けれど何処か雲の上の存在のような感覚をルクスに覚えるのだった。
****
次から次へと運び込まれる料理が瞬く間に無くなっていく。
見る人が見れば行儀が悪いと顔を顰められてしまいそうな程、音を立てて胃袋へと吸い込まれていく。
そして、その音源は二つあった。
「お前ら…飯くらいゆっくり食えよ。」
「がつむしゃもぐ、ふがふがふが。」
「ほがほが!」
「口の中に入ったまま喋んなよ汚ねぇな。」
「ルーくんおかわりまだまだあるからね…アルケイデスさんも食べたければどうぞ。」
「「むぐぁ!」」
修行を終え、皆で食卓を囲む。
結局あの後アルケイデスと何戦かしたが、三人ともこてんぱんにされてしまった。
「んぐっ…ふう、やっぱりアルは強いね、最初以外惜しくも無かったし。」
「ごくんっ…そりゃお前、5年の差があるんだそう簡単に負けてたまるかよ。」
修行後、四人で狩ってきた大型の猪二頭を二人で殆ど平らげ満足そうに腹を摩り、腹ごなしに星骸を口へ放る。
「あれ、アルケイデスさんってもっと年齢上に見えるけど20歳でしかないの?」
「…老け顔だって言いたいのか?」
「私の事嫌味しか言わない女だと思ってる?」
御歳20歳、相場より年齢を高く見られがちなアルケイデスはロシェルの言葉に過剰な反応をする。
「ロシェ、片付け手伝うよ。」
「ありがと、じゃあこれお願いしていい?」
二人の会話を遮るようにルクスが手伝いを買って出る。
空になった食器を重ね台所へと運ぶ。
二人で横に並び分担して皿洗いを進める。
「ねえロシェ。」
「なあに?」
「…アルの事、どう思ってる?」
不意にルクスが平静を装ってそんな疑問をロシェルにぶつけると、手を止め少し考え答える。
「…別に、ルーくん達の師匠で凄く強い人なんだなって位の認識かな。」
「そっか……そう、か。」
「どうしたの急に?」
「いや、なんでもないよ。」
それ以降、互いに口を開く事は無く沈黙が続くが、不思議と気まずさは感じない。
やがて終わりが見えてきたタイミングでロシェルが口を開く。
「ありがとう、後はやっておくからルーくんはゆっくりしてていいよ。」
「いつもありがとう、助かってる。」
実際、当初一人だけ大食漢だったアルケイデスに倣い、ルクスも食事量を増やしその負担を二倍にした負い目がある為、ロシェルには頭が上がらない。
「気にしないでいいよ…それに私、いっぱい食べる人って素敵だと思うし。」
「そ、そう?…なら、良かった。」
頬を染めそう告げるロシェルに気恥ずかしさを覚えてルクスは視線を逸らす。
「じゃ、じゃあ僕あっち居るから何か困った事があったら呼んで。」
「うん、ありがとうルーくん。」
これ以上その場に居るのが居た堪れなくなったルクスは逃げるようにその場を後にする。
「お、ルクスいい所に来たな俺と一局、やるぞ。」
「頼むよルクス君!」
「俺達の仇をとってくれ!」
ルクスが手伝いをしている間、三人はチェスに興じていたらしい。
お酒も入っているのか少しテンションを高くして絡んで来る二人を去なしながら、アルケイデスの正面へ座る。
以前とは少し変わった、でも幸福な、新しい日常を噛み締めながら駒を動かす。
そうして笑い声を響かせながら夜は更けていく。
ーーそれから一週間後の5月28日、再びルクバトがルクス達の元を訪れた。




