第1章 17話『狂気の沙汰』
「えっと…アルさん?何してるの。」
「ホント信じられない…。」
「んぉ?」
絶句するルクスとロシェルに対し、アルケイデスは咀嚼を続けながら心底わからなそうな顔をしている。
「何をしてるって…こっちの台詞なんだがな、食べねえの?」
「食べる訳無いでしょ!?」
「…まあ嬢ちゃんはそう言うだろうけどな、けどルクスは?一回くらい食った事あるだろ?」
吠えるロシェルを歯牙にもかけず、アルケイデスはルクスの方を見る。
「無いよ、僕達が食べてるのは肉だけだ。」
「マジか!それでその星印保有量かよ…ああそっか、狩人なら星骸を破壊する事に重きを置いてる筈だもんな、そりゃそもそも残らねえか。」
「じゃあほれ、食ってみろよ。」
そう言って勝手に自己解決すると、アルケイデスは他の死体から星骸を抜き取りルクスに差し出す。
まだ血の滴るそれを平然と食べさせようとするアルケイデスにどうしようもない認識の隔たりを覚える。
だが、
「…いただきます。」
「よし来た。」
「ルーくん!?食べるの!?」
ルクスにとって、アルケイデスは父グリームを凌ぐ程の絶対的強者の象徴なのだ。
であれば当然その行動にも何かしらの理由があると考えるのも自然な事である。
何より、強さを渇望する今のルクスにとって、常識に囚われて可能性を狭める事など愚の骨頂。
「うん…優先順位の問題だよ、強くなれるならなんだってやる、その覚悟は出来てる。」
「はっ!よく言ったぞルクス!」
「ルーくん…。」
力強く宣言するルクスをアルケイデスは快活に笑い、ロシェルは心配そうな呟きを漏らす。
ルクスは口では勇みつつもやはり恐怖はあるのか唾を飲み込む。
「よし!」
自身を奮い立たせるように気合いを入れると勢いそのままに星骸を口へ放ると力強く噛む。
「!?」
口に入れたばかりの飴玉を噛んだ時の様な言いようの無い不快感を感じながらも咀嚼を続けると、不思議な事に口の中で溶け出し始める。
「…なんか、飴みたい。」
「ああ、確かに。」
「…ホントに?」
やがて飲み込む事に幾許の抵抗も無くなり、口の中に残った物を一思いに嚥下する。
しかし、待てど暮らせど目に見える変化は起こらない。
「あの、特に何も変わらないんだけど。」
「そりゃそうだ、まだ消化もされてないのにそんなすぐ変わるか。」
「ああそっか、というかそもそもこれ何なんですか?」
我ながら恐れ知らずな行動をした自覚が漸く芽生えて今更ながら星骸について尋ねる。
「星骸、お前の認識で言う所の弱点は全ての獣が持つ体内の星印を増幅する器官だな。」
「星印を、増幅…?」
「ああ、この世界の獣が何故これ程までに巨大な個体が多いのか、その理由の一端を担ってる。」
「というと?」
アルケイデスと会話をする事で、自らの無知がどんどん浮き彫りになるが、止まっている暇など無いルクスは我武者羅に知識を吸収していく。
「知っての通り、星印の保持量が多ければ多い程生物としての格は上がる、取れる選択肢が桁違いになるからな。」
「うん、よく知ってる。」
「だから進化の過程でこう考えたんだろうな、そもそも肉体という器を大きくすればいいって。」
「ん?なら巨大化する前に星骸で星印だけ増幅しちゃったらまずくない?」
ここまでの説明で疑問に思った点を即座に質問する。
その知識量を信頼し切った行動だが、平然とアルケイデスはその期待に応える。
「ああ、だから殆どの個体は膨大な星印を抱え切れずに爆散してるぞ。」
「…って事は僕もその可能性あるんじゃないの?」
「おう、あるぞ。」
「何してくれとんじゃ!」
「何してくれてるの!?」
怒りを露わにするルクスとロシェルに対し、アルケイデスは一切悪びれる事無く、寧ろ挑発するように告げる。
「おいおい、さっき自分で言ってただろ?何でもするって、その言葉は嘘だったのか?」
「それは、言ったけど…。」
「だろ?それに解決策が無い訳じゃない。」
何でもする、その覚悟に偽りは無い為ルクスは二の句を継げない。
だから頭を働かせその気概を証明する。
「…成程、律式を使って星印を消費し続ければ良い、って事?」
「正解、それによって律式の練度も向上するし星印保有量も向上する、良い事づくめだろ?」
「ぐぬぬ…。」
それでも事前に説明があって然るべきでは無いか、同意を求めるのが筋では無いか、とアルケイデスを非難する事は簡単だ。
しかしそれをした所で得られる物は何も無い、前には進めない。
「でも感知の律式じゃ消費する星印なんてたかが知れて…ああ、そっか別に使えるんだ。」
「…僕はもう律式の使い方を理解している、その時の星印の動きも…今なら他の律式だって使える筈。」
「出来るか…うん、出来るかも。」
ぶつぶつと自分に言い聞かせる為だけに言葉を発するルクスに、アルケイデスは笑みを深めロシェルは眩しいものを見た様に目を細める。
軽く地面に触れ深く呼吸するとルクスは集中を高めていく。
「抉れろ。」
キメ顔でルクスがそう言うと同時に理が歪む感覚がする。
今度は確と地面に穴が空いていた。
「よっしゃ!」
「お見事。」
「やるじゃんルーくん。」
「どんなもんよ!この調子で他の律式も試してみる、か…。」
子どもの様に無邪気に笑っていたルクスだったが不意に深刻な表情になると口を開く。
「なあアルさん、もしかしてだけど今なら筋力を向上させる律式って使えるかな?」
「!…ああ、今のお前なら四肢が弾け飛ぶ心配も無いと思うぞ。」
「だよな!よぉ〜し。」
アルケイデスの言葉を聞くやいなや即座に行動に移す。
今までの律式と違い明確な危険性を孕んだ律式である為、ルクスの表情に緊張が滲む。
「漲れ。」
その言葉と同時に理が歪む感覚がする。
一先ず、四肢は弾け飛ばずに済んだが成功を確信出来る程の恩恵を感じられはしない。
「…出来てる、のか?」
「試しにジャンプしてみろよ。」
「わかった。」
アルケイデスの言葉を受けて思い切りその場でジャンプをしてみる。
気が付いた時には眼前に、遮る物の無い一面の星空が広がっていた。
「すっげ…!」
手を伸ばせば触れられると錯覚してしまう程近くにあるその光景に思わず感嘆の声が漏れる。
しかし、次の瞬間には視界の端に揺れる木々が映り自分が落下している事に気付く。
「やっばい…!」
慌てて着地をする為に姿勢を整えようとするも、空中で制御が効かず手足をじたばたさせるだけに終わる。
「うわああああ!」
「ルーくん!」
碌な受け身も取れず地面に叩き付けられたルクスに慌てた様子でロシェルが駆け寄る。
「ルーくん大丈夫!?凄い音したけど…。」
「いてて…ん?いや、あんまり痛くないな。」
「ホント…?」
「うん、何でだろ?」
「それも、肉体強化の恩恵だ。」
本来であれば大怪我を負っていてもおかしくないような状況だが、肉体が何処も悲鳴をあげていない事でルクスは首を傾げる。
全て予定調和であるとばかりに、ゆったりとした歩調でアルケイデスが近づいて来る。
「本当ならその律式を俺が教える予定だったんだがな、自分で気付いたのは僥倖だった。」
「当たり前よ、ルーくんの事舐めないで貰える?」
「全くもってその通りだよ…認識を改める、ここから先はもっと厳しくいく事にするよ。」
得意げにそう言ったロシェルに対しアルケイデスは意地の悪い笑みを浮かべる。
ルクスを持ち上げる為の言葉が、結果としてルクス本人がとばっちりを食う事になってしまう。
申し訳ない気持ちを抱えチラリとルクスの方を見るとじっとこちらを見詰めてくる視線と目が合い顔を逸らす。
「くく、夫婦漫才は後にしてくれよ。」
「してねえよ。」
「してないわ。」
余計な事をしたロシェルを責めるルクスという構図である筈が、何処か楽しげな空気を醸し出す二人にアルケイデスが茶々を入れる。
「いいか、この世界の強者は得手不得手に関わらず、誰しも肉体強化の律式を常時発動している。」
「どういう意味かわかるか?」
含みのある笑顔でルクスを見るアルケイデスに嫌な予感が高まっていく。
「今からルクスには常時肉体強化の律式を発動しながらここにある星骸を全部食べてもらう。」
「それが終わったら律式の並列起動にも挑戦してもらう、言わなくてもわかると思うが勿論、常に死ぬ危険性が付き纏う。」
「まあでも喜べよ、目の前に険しくて大変だけど近道があるんだから、やるだろ?」
想定を超えた難易度の試練を提示されたものの、ルクスは不敵に笑うと力強く叫ぶ。
「上等!」
「それでこそだ。」
ルクスの宣言にアルケイデスは楽しそうにニヤリと笑うのだった。
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「ふぁ〜…疲れ、取れねえ〜。」
結局あの後、複数の律式を行使出来るようになったルクスの働きもあって夜も更け切らない内に埋葬を済ませ床に着いたが、連日の夜更かしに度重なる無茶が祟って起きたばかりだというのに身体が重い。
『明日、朝からなのは変わらないから遅れんなよ…それと起きた瞬間から律式を使うのも忘れんな。』
心身共に休息を摂るべきだと訴えかけてくるがそうは問屋が卸さない。
「漲れ。」
アルケイデスからの課題を熟す為に疲労の溜まった肉体に鞭打って律式を発動する。
「これ使うと無理矢理元気になるんだよな…エナドリ飲んだ時みてえ。」
独り言を言いながら準備を進める。
グリームはお婆の所に居る為、普段は手狭だと思っていた空間がやけに広く感じる。
「行ってきます。」
返事が返って来ない事がわかっているのに、ついいつもの癖でそう言ってしまいより孤独を感じる。
けれど、そんな思いをしたくなければ何をすればいいのかはハッキリしている為、新鮮な覚悟を持って一日を始められる。
「おはよう。」
「おはよう。」
「おはよ〜、ルクスは元気そうだね、ふぁああ…僕はまだ眠いよ。」
集合場所へ着くと既にオリバーとウィルの姿はあったが、アルケイデスの姿は無かった為雑談をしながら時間を潰す。
集合時間から遅れる事15分、漸く姿を見せたアルケイデスは見るからに目をしょぼしょぼとさせていた。
「おはよぅ、早いね君達。」
「随分眠そうですね。」
「朝弱いんだょ、一体何処のどいつだよこんな早い時間を指定した奴は…。」
寝起きで頭が回っていない事がありありと見て取れるその様に、三人の胸中は一致していた。
(((いや、あんただよ。)))
「まあいいや、早速やってこう…ほれ。」
そう言って背負った袋から何かを取り出すと三人に投げ渡す。
それは何の変哲もない木刀だった。
「取り敢えずそれを使って型の練習から始めてみようか、最初は特に指示も出さないから好きにやってみて。」
段々と目が冴えてきたのかアルケイデスは流暢に話し始めるも、その指示はあまりに曖昧なものだった。
困惑しつつも各々好き勝手に木刀を振るう。
(見様見真似だけど、剣道をイメージすればそれっぽくなるかな。)
木刀を振り回すのでは無く、木刀に振り回されている印象を受けるオリバーとウィルとは違い、ルクスの動きはそれなりになっていた。
「あれ、ルクス何かやってた?」
「いや、特にやってないけど。」
「そう?まあちゃんと律式使ってるみたいだしそれの影響かな、取り敢えずそのまま続けてみて。」
取り立てて今指導する事は無いと判断したアルケイデスはオリバーとウィルの方へと意識を向ける。
一人残されたルクスは、スパルタでいくと言っていたにしてはさしたる苦悩も無く修行に取り組めている事に、ある種の落胆があった。
(なんか、温いな…。)
何でもする、そう固めた覚悟が刻一刻と風化していくような感覚にルクスは焦燥感を募らせる。
強くなる為に近道は無い、そう言われてしまえばそれまでだが、今のルクスにそれを許容出来る程の余裕は無かった。
(考えろ、言われた通りの事をしてるだけじゃ駄目だ。)
(常識を疑え、可能性を模索しろ、今の僕に出来る事はなんだ。)
「ルクスくん…?」
「何やってんだあいつ…。」
唐突に動きを止め、考え事を始めたルクスをオリバーとウィルの二人は怪訝そうに見る。
しかし、アルケイデスだけは今度は何を見せてくれるのかといった興味深そうな視線を送る。
「纏え。」
そう言うやいなやルクスは木刀を真正面に構え近くにあった岩へと振り下ろす。
「「!?」」
「!!」
「マジか…本当に出来た…。」
到底ただの木刀で作られたとは思えない程の断面を晒しながら、岩は真っ二つになっていた。
「素晴らしいな。」
そう呟くアルケイデスの表情は、これ以上無い程にルクスの才能を証明していた。




