第1章 16話『広がる波紋』
歩みを進める二人は、漸く当初の目的地であった井戸へと辿り着くとそこには良く知る三人の姿があった。
「ルクス!起きたんだ。」
「うん、心配かけてごめん。」
「別にしてねえよ。」
「…こう言ってるけどオリバー凄く心配してたから。」
打切棒に返すオリバーだったが、本心は違う事をウィルにバラされ頬を赤く染める。
「ばっ、余計な事言うなよ!」
「…オリバー君は優しいなぁ〜。」
「ルクスてめぇ!」
出会い頭にじゃれつき始める男連中を、ロシェルとフタバは離れた位置で見ている。
「良かったねロシェルちゃん、ルクス君元気になったみたいで。」
「うん、良かった。」
「…ロシェルちゃん、変わった?」
「へ?」
唐突にそう言い出すフタバにロシェルは目を丸くする。
フタバは少し思案すると続ける。
「なんていうか、ルクスくんを見る目がいつもと違うような…あ、もしかして?」
「え?いやいや、何も無いよ!?」
「またまた〜、隠さなくてもーー。」
「上等だこら!」
「「!?」」
目を離した隙に何故か取っ組み合いの喧嘩に発展しているルクスとオリバーを、ウィルが落ち着かせようとしているが上手くいっていない。
慌てて駆け寄り制止しようとするも二人の目には少女達の姿は映っていない。
「何が不満なんだよ!現にこうして生きて帰って来てるじゃねえか!」
「それは結果論だろ!?アルケイデスさんが居なきゃお前、死んでたかもしれないんだぞ!?」
二人の啀み合いから察するに、どうやらオリバーは自身の身を案じていない行動に御立腹らしい。
その憤りを吐き出す様にルクスに掴み掛かって叫ぶ。
「大体お前はいつもそうだ!一人でなんでも背負い込みやがって!俺達を頼れよ!」
「出来るかよそんな事!」
「何でだよ!俺達友達じゃ無かったのか!?それとも、友達だと思ってるのは俺だけなのかよ…。」
ルクスの襟元を掴みながらも力無く項垂れるオリバーにルクスも誠意を持って答える。
「…友達だと思ってるからこそ、迷惑掛ける訳には行かないだろ。」
「だぁかぁら!迷惑上等だっつってんだろうが!それとも何か?足手まといは要らないってか?」
「そういう事を言ってるんじゃねえよ!」
「じゃあどういう事を言ってんだよ!」
又しても白熱していく二人の熱を冷ます一声が脇から発せられる。
「なら俺が二人纏めて鍛えてやろうか?」
「「!!」」
「そうすりゃまるっと解決、だろ?」
声のした方へ視線を送ると、そこにはにやりと笑って二人を見るアルケイデスの姿があった。
その後ろには息を切らしたロシェルとフタバの姿もある。
二人のやり取りを見兼ねて仲裁出来る存在としてアルケイデスが選ばれたようだ。
「前にルクスには戦い方を教える約束をしてたしな、そこの…君はなんて言うの?」
「オリバーです。」
「オリバー君も、ルクスに頼って欲しいって事なら鍛えといて損は無いと思うぜ、どうする?」
オリバーはアルケイデスの言葉に逡巡する様子を見せたものの、ルクスの方をちらりと見るとはっきり宣言する。
「是非、よろしくお願いします。」
「よし来た…あ、一応親御さんの許可は貰っておけよ、気を付けはするけど何かあってからじゃ遅いからな。」
「…はい。」
オリバーの返答に満足げに笑うとアルケイデスは、思い出したかのように危険性を付け加える。
「…あの。」
「ん?どした?」
若干の後悔を滲ませるオリバーの様子を見て尚、アルケイデスに声を掛ける者が一人。
「僕も…僕でも鍛えれば強くなれますか?」
「…断言は出来ない、人には向き不向きがあるからな。」
「そうですか…。」
おっかなびっくりしながらも自身も強くなりたいという意志を伝えるウィルに、アルケイデスは綺麗事ではなく純然たる事実を伝える。
それを受けて少し落ち込んだ様子のウィルにアルケイデスは言葉を続ける。
「だけどな、結局の所変わろうとして一歩を踏み出せるかどうか、それに尽きると思うぜ?」
「一歩を、踏み出す…。」
「その点で言えば君はその一歩はもう踏み出せてる、君名前は?」
「…ウィルです。」
アルケイデスの言葉にウィルは衝撃を受けたようだったが、すぐ近くにもう一人、衝撃を受けた人が居た。
(…母さんと同じ事言ってる。)
先程のアルケイデスの言葉は、生前母が言っていた教えと細部は違えど本質は同じだった。
故にルクスは思い至る。
(この世界の強者は、皆同じ考え方をしている。)
勿論、ここで言う強者とは腕っ節の強さでは無い。
決して揺らぐ事の無い、確固たる自分を持つ者という意味だ。
(今の僕は、どうなんだろうか。)
成長している自覚はある、しかしそれと同時に至らない点も沢山だという自覚もある為、言い知れぬ感情がルクスを襲う。
だが、時間はルクスの為だけに流れてはくれない。
「おいルクス、聞いてるのか?」
「…え?あ、何の話してたの?」
「やっぱり聞いてなかったか…。」
思考の沼へと足を踏み入れかけていたルクスをアルケイデスの言葉が引き止める。
「明日の朝から修行始めるから、遅れんなよ。」
「う、うん、わかった。」
「それじゃ解散、夜更かしすんなよ〜。」
話は終わったとばかりに周囲に帰るよう促すアルケイデスへとルクスは近づく。
「アルさん、ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
「なんだ?急ぎの用ならすぐ聞くけど。」
「ごめん、何か予定でもあった?」
「いやそうじゃなくてな、強がっちゃいるが正直これ以上陽の光浴びるのしんどいんだわ。」
あまりに平然としていた為失念していたが、確かにアルケイデスは太陽に嫌われていると言う。
であれば夕暮れ時とは言えその辛さは想像だにしないものだろう。
「あ!ごめんそうだったよね。」
「構わないぞ、ただちょっと急いでくれると助かるわ。」
構わないと口では言いつつも、何処か気怠げなアルケイデスにルクスも慌てて言葉を紡ぐ。
「あのさ、僕のせいで犠牲になった狼達を埋葬したいんだけど、今森に入るのは危険かな?」
「…成程、答えは是だ。」
「やっぱり、そうだよね。」
思考を働かせようにもずっと引っかかっているそれを、解消する為の手段として聞いてはみたものの、案の定アルケイデスから返って来たのは予想通りのものだった。
しかし、即座に諦めて引き下がろうとするルクスをアルケイデスが呼び止める。
「まあ待てよ、あくまでお前一人ならの話だ。」
「という事は?」
「ああ、俺が同行すれば問題無い、ただし夜になってからな。」
「よっしゃ!」
これ以上無い程強力な助っ人を得てルクスは喜びを露わにするのだった。
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「で?何で当然の様に嬢ちゃんも一緒に居るんだ?」
「…ルーくんだけに背負わせないって決めてるので、それに私が居た方が都合が良いですよ。」
「あ〜そ〜かい。」
軟化したかと思われたアルケイデスへのロシェルの態度だったが、何故か以前よりも増して刺々しい。
見兼ねたルクスが謝罪の言葉を口にする。
「すいませんアルさん、勝手に決めちゃって。」
「構わねえよ、一人増えた所で無問題だ。」
三人で夜の森を歩くが、会話が無いどころかロシェルとアルケイデスは目を合わせようともしない。
堪らずルクスはロシェルへと耳打ちする。
「おいロシェどうしたんだよ、まだアルさんの事信用出来ないのか?」
「別に、ただあの何でも見透かしたような目が嫌いなだけ。」
「お〜い、聞こえてんぞ。」
曖昧なロシェルの返答にルクスは自分の預かり知らぬ所で何かあったのだろうと判断する。
「…被害者気取り。」
「何だよ自意識過剰女。」
「はは…。」
依然として目を合わせず互いに罵り合う二人にルクスは愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。
「本当にどうしたんだロシェ、らしくないぞ?」
「…らしくない?ルーくんが私の何を知ってるの?」
「え…?」
ルクスの認識ではあまりにらしくない振る舞いをしていた為、何の気なしに口から零れ落ちた言葉だったが結果として、それがロシェルの癇に障る。
「…ごめん知る訳無いよね、だって何も言ってないもん。」
「私だってルーくんの事よく知らないくせにどの口が言ってるんだって感じだよね。」
「ロシェ…?」
訳もわからず立ち止まって困惑するばかりのルクスを余所に、ロシェルは歩き始める。
ルクスは慌ててその後を追うと謝罪の言葉を口にする。
「ごめんロシェ、僕の何かが気に触ったのなら謝るよ。」
「ううん、ルーくんは何も悪くないよ、悪いのは私。」
「そうだぞルクス、そんな女放っとけよ。」
「アルさん!」
アルケイデスの言葉にロシェルは苛立ちの、ルクスは咎めるような視線を向けるが、当の本人は何処吹く風だ。
やがて、どうしようもなく気まずい空気の中、目的地へと辿り着く。
幸い死体に群がる獣は居らず、不自然な程綺麗に残されていた。
「ロシェ、早速だけどお願いしても良い?」
「うん…抉れろ。」
ロシェルが地面に触れそう呟くと地面に穴が空く。
それを見たアルケイデスが納得の声をあげる。
「成程、だから連れて来たのか。」
「うん、僕には出来ないからね。」
「ん?何でだ、ルクスにも出来るだろ。」
含みを持ったルクスの物言いに、アルケイデスが異議を唱える。
そしてそれは、到底聞き流せる様なものでは無かった為思わず手を止める。
「…それってどういう意味?」
「どういう意味も何もそのままの意味だ、嬢ちゃんと同じ律式をルクスも、というか誰でも使えるって事。」
「何で、だって実際僕は出来なかった訳だし…。」
当然の事であると言い切るアルケイデスにルクスは困惑を隠せない。
もしそれが事実であるのならば、ルクスの常識を根底から覆しかねない。
「あ〜それ、試したのいつだ?」
「えっと、まだ何の律式も使えない頃、だけど。」
「じゃあ使えないだろうな…律式ってのは星印を操る技術だ。」
未知を既知へ変える為にルクスは即座に背筋を伸ばし聞く姿勢になる。
「使い方を知りもしないで上手く道具を扱えはしないだろ?最初失敗したのはそういう事だ。」
「じゃあ、なんでーー」
「じゃあ何で感知の方は使えたかって言うと、その道具自体は知らなくても今ある知識である程度使い方を推測出来る事、あるだろ?」
アルケイデスの説明によって生じた疑問をぶつけようにも機先を制する形で遮られる。
「それが所謂適性ってやつだ。」
「そう、だったんだ…。」
一通りアルケイデスが喋り終えるのを待つと、ルクスは頭の中で情報を整理する。
(僕には元々理が歪んだのを感じ取れる才能があった。)
(長年父さんの傍でその感覚を磨き続けたからこそ感知するという律式への適性として花開いた、と。)
謎が謎を呼び深みへ嵌りそうになるが、目の前に答えを知っているだろう人物の存在を思い出す。
「じゃあ、ロシェは?今の説明だと当人に馴染み深い事象が適性になるって僕は解釈したんだけど、僕はロシェが土弄りしてるような所を見た事無いぞ。」
「ん〜、それを説明するには他に説明しなきゃいけない事が多過ぎるんだが…。」
ルクスの質問を受けたアルケイデスは難しい顔をしながらも横目にロシェルを見て反応を窺うと話し始める。
「…ま、それは追々だな、急がないと日が明ける。」
「そう、だね…凄い数、だし。」
好奇心に身を委ねていたが、本来の目的を思い出し思考を切り替える。
「ごめんロシェ、一人で働かせて。」
「いいよ気にしないで…知りたい事は知れた?」
「うん、だけど新しい疑問が次から湧き出てキリが無いから後にする事にした。」
「ふ〜ん、そう…じゃあ出来るだけ急ぐね。」
「いいよゆっくりで。」
ルクスとアルケイデスが話している間にも手を動かし続けていたロシェルへと謝罪する。
何処か満足そうな顔で二人を見るロシェルは変わらず地面に穴を開け続けている。
「じゃあ僕らは亡骸を穴に運んであげよう。」
「おう…あ、ちょっと待て。」
埋葬する為に狼の死体を持ち上げたルクスに待ったを掛けるとアルケイデスは獣の一部分に触れる。
「これだけ回収させて貰おう、こんな綺麗な状態は珍しい。」
「それって、弱点…?」
「弱点?…ああ、星骸の事か、確かに弱点だわな。」
全ての獣が持つルクスは弱点と呼びアルケイデスは星骸と呼ぶそれを。
「あ〜ん。」
「は?」
躊躇う事無くアルケイデスは口にする。
ゴリゴリと、凡そ咀嚼音とは思えない音をアルケイデスの口が奏でる。
「う〜ん、悪くはないがちと足りんな。」
「は…?」
おかしくなってしまったとしか思えないアルケイデスの行動に、ただただルクスは困惑するのだった。




