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天窮のアステリズム  作者: 十色 油売
Chapter.Ⅰ『白羊の残響-Beginning-』
16/25

第1章 15話『胡蝶の夢』

 踏み締める大地も無くルクスは独り揺蕩う。

 いつか見た夢と同じような状況で、再びルクスは死という絶対的な理不尽に晒されていた。


「〜〜っ!」


 目の前で愛する人がその命を奪われる光景が映し出される。

 許容する事が出来ない死を、否定する為に藻掻こうと手を伸ばすも空を掴む結果に終わる。


 (動け、動け動け動け…!!)


 それでもルクスは自分を鼓舞し、必死になって手を伸ばし続ける。

 その決死の思いが実を結んだのか少女の手を掴む事に成功するも、既に冷たくなっている。

 そう、これは既に過去のものとなった出来事。

 ルクスがどれだけ足掻こうが、愛する少女が死んだという現実は変わらない。

 だからこそルクスは叫ぶ。


「次は、絶対に…!」


 次があった事を知っているルクスはその手を離さない様強く握る。

 不意に、冷たくなった筈の少女の手から温もりが伝う。


『ーーーきて。』


 その声を皮切りに、ルクスの意識は浮上していく。

 そして、ルクスは気が付くと知らない場所に居た。

 そこは住宅街の中にポツンとある、何処にでもあるような公園だった。


「どこだ、ここ…?」


 焼けるような陽射しに、けたたましく鳴き続ける蝉の声から今が夏である事は辛うじて理解出来る。

 背を伝う汗に不快感を覚えながらも周囲を見渡してある事に思い至る。


「…いや、なんか見覚えあるな、何処で見たんだっけ?」

「っていうかそもそもなんでこんな所に居るんだ?」


 わからない事だらけの現状を把握する為に記憶を探る。


「確か…父さんが薬を飲んで、そんで気を失ったけどアルさんが、もう峠は越えたって…。」

「それで…気が付いたらここに居た、と、う〜む。」


 直近の記憶を思い出したものの、わからない事が増えただけで徒労に終わる。


「…よし!取り敢えず色々見てみるか。」


 このまま頭の中で考えているだけでは埒が明かないと判断し、情報を集める為にルクスは歩き出す。

 知らない場所である筈なのに何処か既視感を覚える街並みを、ルクスは1人行く。

 暫く進んだところで不意に正午を報せるチャイムが鳴る。


「12時だってのに…こんなに人の気配を感じない事あるか?」


 意識がハッキリしてから幾許かの時間が経過したが、一度たりとも人の姿を見掛けていない。

 それどころか、お昼時だと言うのに鼻をくすぐる美味しそうな匂いすらしてこない。

 噎せ返る様なアスファルトの匂いは感じ取れる為、嗅覚自体が機能していない訳では無さそうだ。


「となるとここは、やっぱり夢の中なんだろうな。」


 新たに集まった情報から、ルクスは一つの仮説を立てる。

 確かに、そう仮定すると今ある疑問の全てに説明がつくのだ。


「じゃあこの景色はルクス(ぼく)のじゃなくて巫光星(おれ)の記憶なんだろうな。」


 何気なく自らが呟いた言葉に違和感を覚える。


「いや、誰だよカンナギコウセイって。」


 我が事ながら、あまりに突拍子の無い発言に思わず笑みが零れる。

 自分の中の境界が揺らいでいくような感覚に空恐ろしさを感じる。


「僕はルクス、ただのルクスだ。」

「それ以外の誰でも無い。」


 自分自身に強く言い聞かせるように呟くとルクスは再び歩き始める。

 特に行く宛ても無くふらふらと彷徨っていると、とある場所に着いた。


「学校…良い思い出無いんだよな。」


 当然校門は閉まっているし、特に用事も無い為そのまま通り過ぎようとした時、ルクスの脳内に声が響く。


『ーーーきて。』


 いつか聞いた、聞き覚えがあるようでいて、それでいて何処か安心するような少女の声。

 ただ、以前と違って今のルクスには五感がある為、あの時感じたような恐怖感は無い。

 それに今までに無い程ハッキリと、近くに声の主の存在を感じる。


「夢の中でも律式って使えるものなのか?」


 胸に去来する熱によって落ち着きを失わないよう、ルクスは努めて冷静に思考を巡らせる。

 その結果として少女の存在を身近に感じる理由を、自身の感知に関する能力が向上したが故のものであるとルクスは結論付ける。


「…まあ、行くしかない、よな。」


 夢の中で干渉してくる存在、それに対して一抹の不安も無い訳ではない。

 だがそれ以上に後から後から湧いて出てくる好奇心を抑えきれず、ルクスは校門を飛び越え学校へ侵入する。


 校門が閉まっているという事は即ち、昇降口も閉まっている訳で、校内に入る手段等無いかに思われたが、途方に暮れそうになったルクスは、別に近くも無い窓の前まで行くと手を掛ける。


「あれ、ここ開いてる。」


 何故か鍵が掛かっていなかった窓から、ルクスは校内へ侵入する事にも成功する。

 若人の命を預かる教育機関にしては有るまじき無用心さだと思いつつも、今回に限って言えば好都合である為それ以上は何も言わない。


「なんかじめじめしてるなここ。」


 そうして足を踏み入れた場所は、学校という公共の場でありながら何処か生活感を感じさせる。

 入口からの視線を本棚で隠すような、奥まった位置に置かれた二人掛けのソファは、人目を憚り逢瀬を交わすにもってこいな印象を受ける。

 何の気なしに本棚に並べられた書籍を手に取ろうとしたら、横から話し掛けられる。


「なぁ〜にしてんのっ?」

「!?」


 誰も居ないと思っていたところに声を掛けられルクスは、必要以上に驚き飛び退いてしまう。

 そんなルクスの行動に少女は呆気にとられた様に言葉を発する。


「…驚き過ぎじゃない?」

「安心しなよ、ここには私と君以外来ないから。」


 当たり前の様に親しみを持ってこちらへ接してくる目の前の少女に、ルクスは二の句を継げない。

 ルクスはその少女の事等知らない、だと言うのにその少女はあまりに自然体でルクスに笑顔を向ける。

 何より、その事に違和感を抱く事すら出来ない事実に気持ち悪さを抑え切れない。


「ちょっと、大丈夫!?」


 思わず蹲るルクスに慌てた様に少女が駆け寄りソファへと座らせる。

 背中を撫でる少女の優しい手つきで、落ち着きを取り戻したルクスが顔を上げるとガラスに反射した自分と目が合う。


 (あれ、なんで僕制服着てるんだ?)


 何時の間にか変わっていた自身の装いに疑問を抱くが少女の言葉で遮られる。


「落ち着いた?」

「うん、ありがとうもう大丈夫。」

「そっか、なら良かった。」


 心配そうな視線を寄越す少女に、思考するよりも先に咄嗟に言葉が零れる。

 ルクスの返事に安心した様子で少女は続ける。


「光星君、最近色々と大変そうだったからさ、私に出来る事があったら遠慮無く言ってね?」

「コウセイ君…?」

「…寝惚けてるの?自分の名前まで忘れちゃうなんて。」


 ルクスの事をコウセイ君であると断定した少女の物言いに考えるまでも無く疑問が確信へと変わる。


 (これは…カンナギコウセイの記憶の再現、という事なんだろうな。)

「あんまり寝れてないのかな?…そうだ、ならお姉さんが寝かしつけてあげるね?」

「いや、大丈夫だって。」

「遠慮しないの…ほら、おいで?」


 少女の誘いに抗う事が出来ず、促されるまま吸い込まれるように横になる。

 大した抵抗も無く自らの膝に収まったルクスを少女は揶揄う。


「なんだかんだ素直だよね、光星君は。」

「…うるせ。」


 照れ臭さを隠す為に寝返りを打つと少女のお腹側へと顔を向ける。

 鼻腔を擽る甘い匂いがルクスに安心を齎す、警戒心が解かれていく。


「…やめろよ。」

「え〜なんで?」


 ルクスの髪を弄る少女に抵抗の意思を示すが少女は何処吹く風だ。


「光星君は全然私を頼ってくれないからさ、こうして定期的に甘やかさないとふらっと居なくなっちゃいそうなんだもん。」

「そ、れは…。」

「ね?だから大人しく甘やかされて?」


 続く少女の言葉を否定する事が出来ず、されるがままを受け入れる。

 どれ程の時間そうしていたか、夢の中である筈なのに睡魔がルクスを襲う。

 ここは何処なのか、何故自分はここに居るのか、目の前の少女は誰なのか、そういった疑問が何一つ解消していない為、眠気を受け入れる訳にはいかないと起き上がろうとするも少女に止められる。


「良いんだよ、また何度でも会えるんだから…だから、今はお休み。」


 そう告げる少女の眼差しは何処までも優しくて、ルクスの意識は沈んでいく。


「でも、あんまり待たせないで欲しいからさ、早くーーにきて、ね、ルーくん(・・・・)?」


 ルクスが意識を手放すその刹那、少女の声が鼓膜を震わせる。

 目を覚ましたルクスが周囲を見渡すとそこは見覚えのある自室で、ここが現実であると認識する。


「…何だったんだ、あれ。」


 そう独り言つルクスの脳内を少女の最後の言葉が木霊していた。



 ****



 窓から射し込む夕陽が時間の経過を雄弁に語る。

 先程見た夢について考えようにも重さを主張する頭が思考を拒む。

 状況確認も兼ねて井戸で顔を洗おうと外に出ると扉のすぐ傍にロシェルが居た。


「どうしたロシェ、そんな所で蹲って。」

「ううん、なんでもないよ…おはようルーくん、良く寝れた?」


 何処か様子のおかしいロシェルだったが、何ともない様に笑う為ルクスは踏み込む事を止める。


「おう、ばっちりよ…って言いたいとこだけど、何か夢見が悪くて頭が重いんだよな。」

「ふ〜ん、どんな夢だったの?」

「う〜ん…なんか、知らない人に親しげにされる夢。」

「ふふ、何それ。」


 二人談笑しながら村内を歩く。

 既にルクスの成した事が広まっているのか、村の人々はルクスを褒め称える。


「やったなルー坊!親父さん、元気になったって?」

「ルーちゃん、本当に立派になったわね。」

「ルー兄!今度僕にも弓の打ち方教えてくれよ!」

「「「それにしてもやっぱり二人は仲良いね。」」」


 それと同時に、当然のように一緒に居るルクスとロシェルを揶揄うような声も聞こえてくる。

 恥ずかしさから曖昧に笑ったままルクスは手を振りその場を離れる。


「まったく、毎度こうだと参っちゃうよな…ロシェ?」

「…え!?ど、どうしたの?」

「いや、深刻そうな顔してたからさ、何かあったのかなって。」


 先程から何処か浮かない表情のロシェルにルクスは思わず声を掛ける。


「…ちょっとね、考え事してただけだから、大丈夫。」

「そっか、俺に出来る事があれば何でも言ってくれよ。」

「……うん、ありがとう、でも大丈夫だから。」


 頑なな様子のロシェルにルクスはそれ以上言葉を紡げない。

 気まずい沈黙が続くのを誤魔化すように周囲に視線をやると困った表情を浮かべていた幼女と目が合う。


「どうした、困り事か?」

「お兄ちゃん!えっとね、家で飼ってるペスがどこかに行っちゃったの。」

「どうしよう…寂しい思いをしてるかも。」


 今にも泣き出しそうな少女の頭を優しく撫でるとルクスは安心させるように笑う。


「大丈夫、兄ちゃんが探してやるから。」

「本当!?ありがとう!」

「因みにそのペスは何の動物なんだ?」

「ハムスターだよ!」

「…確認しといて良かった。」


 幼女に笑顔が戻った事を確認すると集中を高める。


「感じろ…居た。」


 幸いすぐ近くに居た為難無く見つけられる。

 どうやって登ったのか、屋根の上から降りられなくなっていた為助走をつけて大きく跳ぶと一掴みにする。


「ほらよ、もう離すなよ。」

「うん!お兄ちゃんありがとう!」


 無事幼女の元へ送り届けると眩い笑顔で感謝を告げられる。

 手を振り駆けて行く幼女を手を振り返し見送る。

 不意に沈黙を保っていたロシェルが口を開く。


「…やっぱり、ルーくんは優しいね。」

「そうか?これくらい当たり前だと思うけど。」

「ううん、そんな事ない…ルーくんは誰にでも優しいから、だから皆から好かれてるんだよ。」

「そうかな〜?」


 ただルクスは、ロシェルとのやり取りに確かな幸福を感じる。

 それに気が付いた時、ある可能性がルクスの脳裏を過った。


 (やっぱり、そうなんだろうな。)


 夢で不思議な少女と出会った事、転生という荒唐無稽な経験をした事、胸に残る確かな熱がある事。


 (…あれは、ロシェルだ。)


 そう考えると色々と納得する点がある。

 ロシェル自身、前世の記憶がある事を匂わせている。

 何より似ているのだ、纏う雰囲気が、安心するのだ、その距離感が。

 

 最早確信に近い程その可能性を信じ切っているルクスは浮かれていたのだ。

 だから、その時ロシェルがどんな表情をしていたのか気が付かなかった。

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