第1章 14話『戦いの余熱』
ルクスとロシェルは抱擁を交わす。
どれ程の時間をそうしていたのか、痺れを切らしたアルケイデスが声を掛ける。
「感動の再会をしてる所悪いんだが…ルクス、お前急がなくていいのか?」
「あ!そうだ、ロシェル!父さんは…?」
「そうだよね、ごめん…おじさまはまだ頑張ってる、お婆も驚異的だって。」
「なら急がないと!」
それだけ言うとロシェルの手を取りルクスは駆け出す。
些か強引ではあったがロシェルは満更でも無さそうな笑みを浮かべている。
しかし、勢いよく走り出したは良いものの、のんびりしているようにしか思えない速度のルクスにロシェルは思わず口を挟む。
「…ルーくん、遅過ぎない?」
「悪い!けどこれ全速力だから!」
「そんなヘロヘロになって…どうやって勝ったの?」
ルクスの勝利を信じて疑わないロシェルの言葉に、毅然とした態度でルクスは答える。
「いや、負けたよ…完敗だった。」
「え?」
「僕が今生きていられるのはそこに居る、アルさんのおかげだ。」
そう言われて初めてその存在を認識したかの様にロシェルはアルケイデスを見る。
「どうも。」
「あ、どうも…。」
軽く会釈をするアルケイデスに、ロシェルも気まずげに会釈をする。
何処か見定める様な視線を向けるアルケイデスに居心地が悪くなり目を逸らす。
「父さんを救う手段として、星遺物もくれるって。」
「そんな事まで…?」
「な、太っ腹だよな。」
ロシェルはアルケイデスの事を信用ならないと思いながらも、楽しそうに話すルクスの態度にその気持ちを押し込める。
「ありがとうございます、ルクスを、助けてくれて。」
「礼には及ばないよ、俺がしたくてしたんだから。」
最低限、ルクスを救ってくれた事に関しての感謝だけすると前を向き走る。
ルクスの速度に合わせて走っている為、村から程近い場所で合流したとはいえ未だ村には着かない。
すると、思い出したかのようにルクスが言葉を発する。
「そういえばロシェ、なんであんな所に居たんだ?」
「…それ、言わせる?」
「うん、聞きたい。」
暗に言いたくないと態度で示したロシェルに対し、ルクスはあっけらかんとした態度で続きを促す。
「ルーくんの事が心配だったからだよ…これで満足?」
「…おう。」
「態々言わせたんだから照れないでよ!」
「いや、だって本当に言うとは思わないじゃん…。」
2人顔を見合わせて笑い合う。
うら若き男女の微笑ましいやり取りを、傍らのアルケイデスは何とも言えない顔で見ていた。
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満身創痍の状態で、漸くルクスは村へと辿り着く。
既に限界を超えている様子のルクスを見兼ねてロシェルが気遣わしげに声を掛ける。
「ルーくん、後は任せてもう休んだ方が良いんじゃない?」
「馬鹿言え…折角ここまで来たんだ、最後までやり切るよ。」
「それに、父さんの驚いた顔を拝んでやらないとな。」
「そっか、そうだよね。」
そう笑顔で答えるルクスにロシェルも安心したように笑みを浮かべる。
終始無言を貫いてただついてきたアルケイデスの方へルクスは視線を向ける。
「ごめんなアルさん、もう少しだけ付き合って。」
「気にすんな、ここで投げ出す程人間性終わってねえよ。」
「…ありがとう。」
いよいよ目的地へ着くと扉の前で深く呼吸をする。
緊張したまま扉を開くとこちらを見ていた人物と目が合う。
「…よう、上手くいったみたいだな。」
「僕が帰る前にくたばってないかヒヤヒヤしたよ。」
「悪いな、まだまだ死ぬ訳にはいかないんだ。」
「よく言うよ、死にかけの癖に。」
「うっせ。」
互いに憎まれ口を叩きながら戯れ合う。
未だ横になったままのグリームが体を起こすと、近づいて来たルクスと無言のまま拳を合わせる。
「…本当に、成長したなルクス。」
「僕1人の力じゃ無いよ。」
「それでもだ。」
感慨深そうに呟くグリームに対してルクスは照れ隠しの為か素っ気ない。
そんな親子のやり取りを周囲の人達は喜ばしく思いながらも、自らの責務を果たす為にお婆が割って入る。
「ほらほら、感動の再会をしてる所悪いけど、こいつはまだ今際の際だよ。」
「さっさと出すもん出しな、全部無駄になっちまう。」
「っああ、ごめんなさいお婆…アルさん、良い?」
「おう。」
短く答えるとアルケイデスは懐から小石を取り出す。
一見するとただの小石、だがその内には凄まじいエネルギーを秘めている。
「…何回見ても、綺麗だな。」
「うん…凄く綺麗。」
「これを砕いて少量ずつ飲ませればルクスの父君は助かるはずだ、ご婦人。」
「あいわかった。」
お婆はアルケイデスから星遺物を受け取ると直ぐ様準備に取り掛かる。
待っている間にその場に居た人達にアルケイデスの事を軽く紹介する。
「皆、この人はアルケイデスさん、僕が死にそうな所を助けてくれたんだ。」
「どういう事だよルクス!?」
「ルクスくん、そんな事になってたの!?」
「ふざけんなよお前…。」
なんて事無いように投下される爆弾発言に馴染みの三人から待ったが掛かるが、村長が制する。
「これお主ら客人の前だぞ、そう騒ぐでない。」
「いえ、賑やかで良いですし、気にしないでください。」
「寛大なお言葉感謝します、重ねて、我が村の住人を、ルクスを救って頂きありがとうございます。」
「この者は村の住人にとっても、私個人にとってもかけがえのない、光のような存在故。」
深々と頭を下げそう告げる村長の姿に、ルクスは何も言えない。
固唾を飲んで様子を伺う周囲の視線を受けてもアルケイデスは平然と言葉を紡ぐ。
「…こいつは、ルクスは俺にとっても光に成ってくれると思ったから助けたまでです。」
「巡り巡って自分の為なので、そこまで感謝されると逆に申し訳ないですよ。」
「ほっほっ、実に謙虚な姿勢、見習いたいものですな。」
言いながら若人に向けられる村長の視線に、若人達は慌てたように顔を背ける。
目の前で繰り広げられるやり取りにアルケイデスは苦笑を浮かべる。
「ところで、この村には滞在される予定で?」
「はい、よろしければ森の異変が落ち着くまではお邪魔させてもらおうかと。」
「度重なるご配慮、痛み入ります、何不自由無く過ごせるよう精一杯おもてなしさせて頂きます。」
「…ありがとうございます。」
その人柄をよく知る人からすれば村長が只者では無いと理解している。
しかし、客観的に見れば長とは言えたかが片田舎の村長に対して丁寧な姿勢を崩さないアルケイデスに驚いたようにグリームは小声でルクスに話し掛ける。
「あの人何者だ?あの化け物からお前を助けて生還したってだけでとんでもない人だってのはわかるが…。」
「実は僕もよく知らないんだよね、でも短い付き合いだけど信用出来る人だと思うよ、後滅茶苦茶強いし。」
一番関わりが深い筈のルクスですらよく知らない人物にグリームは一瞬警戒するべきか思案するが、息子の様子から杞憂だったと考えを改める。
何より、息子の命を救ってくれたという事実だけで充分だった。
「ほぉ〜ん…ってかしれっと言ってたけどお前死にかけたって事は負けてんじゃねえか。」
「るっせぇ、後一歩だったんだよ。」
「本当か〜?」
各々好き勝手に言葉を発し、まさか死にかけの人が居るなんて思えない程に場が喧騒に包まれるがそれを落ち着かせるようにお婆が戻って来る。
「出来たよ、飲みな。」
それだけ言うと薬の入った容器を差し出す。
「…前にもあったよねこんな事。」
「こういう見た目じゃないといけないのか…?」
またしても出来上がった薬は到底人が飲むとは思えない様な見た目をしていた。
「でも効果は確かなんですよねお婆?」
「…。」
「お婆!?」
しかし、今回は自分の知識の外の領域の為か自信なさげに視線を逸らす。
流石のグリームも不安が勝ったのか飲むのを躊躇している。
不意に、アルケイデスが言葉を漏らす。
「へぇ〜、素晴らしい腕前ですねご婦人、まさか蓬莱の薬を作ってしまうなんて。」
「ホウライの薬?何それ。」
「飲めばたちまちどんな傷でも治す幻の薬だよ。」
「へぇ〜、何でも知ってるなアルさんは。」
既に只者では無い事をこれ以上無い程示しているアルケイデスの言葉で、薬に対する周囲の視線が変わる。
「ルクスの父君、こんな薬滅多に飲む機会ありませんよ、さあぐいっと。」
「そ、そこまで言うなら。」
そう言うとグリームは一気に薬を呷る。
しかし、グリームの外見に特筆する様な変化は現れなかった。
「ほ、本当に治ったんです?」
「即効性がある訳では無いそうです、でもほら力が漲ってきたでしょう?」
「そういえば確かに…、うっ。」
笑顔を崩さないアルケイデスに、違和感を覚えながらもそれ以上何も言えずグリームは納得を示すと同時に緊張の糸が解けたのか意識を失う。
「おじさま!?」
「父さん!…アルさんこれ本当に治ったの?」
「ああ、問題無い効果の程は俺がよく知ってる、直に目を覚ますさ。」
「それなら良いけど…。」
散々ルクスに知識を授けてくれたアルケイデスが断言する為、大人しく引き下がる。
「それにしても凄いな、ホウライの薬だっけ?本当にどんな傷でも治せるの?」
「ああ、そんな薬無いぞ?」
「え?」
「ああでも言わないと飲みづらいだろ、あの見た目だし。」
思わぬ発言がアルケイデスから飛び出し、周囲の人間は驚きに目を見開く。
しかし、気にした様子も無くアルケイデスは続ける。
「そもそも体内に星印が少ない状態じゃ治癒の律式なんかを使った所で効果は無いんだよ。」
「…どういう事?」
「あれは体内の星印を使って自己治癒力を高めてるだけだからな。」
「体内の星印が少ない状態でするべきなのは、直ぐに死ぬ事が無いように星印で満たして傷が治るのをじっくり待つ事しかない。」
次々と明かされる新たな情報に、早々に周囲の人達は理解を諦めるがルクスだけは頭を回転させ喰らいつく。
「…つまり、まだ確実に安全な訳じゃ無いけど、安静な状態で傷が治るのを待てば良いって事?」
「ああ、いつ容態が悪くなるかわからないから定期的に確認しないとだけどな…まあでも峠は越えた。」
「そっか、良かった…。」
「ルーくん!?」
その言葉を最後にルクスも意識を失い倒れる。
慌ててロシェルがルクスに駆け寄り意識を覚まさせようとする。
「ルーくん!しっかりして!」
「やめな、ロシェル。」
ルクスの体を揺さぶるロシェルにお婆が待ったを掛ける。
しかし、冷静でないロシェルは聞く耳を持たず食い下がる。
「でもお婆!ルーくんが!」
「…極度の疲労で気を失ってるだけさね、寝かせといてやんな。」
「なんだ…そっか…。」
お婆もまた、ルクスに近づき首筋に触れ脈拍を測ると心配は要らないと判断する。
それによって漸く落ち着きを取り戻したロシェルはルクスの体を寝かせる。
「俺がルクスを家まで運ぶ、心配ならロシェルもついて来いよ。」
「うん…そうだね、ありがとう。」
そう言うとオリバーはルクスを背負って歩き出す。
ロシェルもそれに続こうとして振り返る。
「…アルケイデスさん、本当にありがとうございました。」
「…おじさまの事、それにルーくんの事。」
「そんな何回も言われなくても伝わってるよ。」
「それでも言いたかったので、それでは。」
少し前にしたやり取りと似たやり取りをする2人。
しかし、ロシェルの態度は心なしか軟化している。
「次は、絶対に…。」
歩き出して直ぐに寝ている筈のルクスから声が聞こえる。
「ふふ、どんな夢見てるんだろ?」
「碌でも無い夢だぜどうせ。」
「良い夢見てると良いな。」
気持ち良さそうな寝顔を見せるルクスを、ロシェルは楽しそうに見つめるのだった。




