第1章 13話『受容と前進』
「もう大丈夫、ちょっとだけそこで待ってろ、少年。」
突如現れた青年はそれだけ言うと化け物の方へ向き直る。
何の変哲もない、ただの直剣にしか見えないそれで、軽々と自慢の爪を防がれた事に矜恃が傷付けられたのか、化け物は更に力を込める。
「グルルァ!」
「…にゃろ!」
しかし、それすら問題じゃないかのように青年は受け止め、鍔迫り合いの様な形になる。
否、それどころか青年は化け物を押し返し始める。
「獣風情が…あんま舐めんなよ?」
「グルァ!?」
遂には青年は相手を弾き飛ばし、化け物は体勢を崩す。
その隙を見逃す事無く間髪入れず青年は化け物に拳を叩き込む。
「吹っ飛べや!」
「グルルァァ!」
大きく吹き飛ばされた化け物だが、ダメージ自体は大した事が無かったのか直ぐ様反撃の為に突進して来る。
単純な攻撃、しかしその巨体による質量を伴った攻撃の効果は絶大である。
「厄介だな…。」
ちらりと真後ろに居るルクスの方を見た青年はそう呟くと、深く呼吸をして集中を高める。
「忘れ去られし英雄譚」
そう青年が言葉を発すると同時に理が歪む感覚が、いや、理が書き換えられる感覚がする。
初めて味わう感覚にルクスは驚きに目を見開く。
「コティノスの棍棒。」
続けて青年が言葉を発すると、いつの間にか青年の手には直剣では無く、棍棒が握られていた。
一目見て尋常ではない事がわかるその棍棒に、化け物は一瞬速度を緩めるが構わず突進して来る。
しかし、青年は避ける素振りすら見せず棍棒を両手で確と握りまるでバッターの様に構える。
「いち、にの…!」
「グルルゥァ!」
「どっせい!」
大きく振りかぶった棍棒は化け物の側頭部に直撃し、化け物を遥か彼方へ吹き飛ばす。
吹き飛ばされた化け物は幾つもの木を薙ぎ倒した所で止まる。
「す、すげぇ…っ!」
目の前で起きたあまりの出来事にルクスは息を飲む。
そんなルクスの元へ化け物が動かなくなった事を確認した青年が近づいて来る。
「動けるか?少年。」
「すみません、まだちょっと時間が掛かりそうです。」
「そうか、なら仕方ない。」
そう言うと青年はルクスを背負い歩き出す。
「あ、あの…?」
「ん?気にすんなって、死力を尽くしたんだ、恥じる事は無い。」
「いえ!そうじゃなくて!」
「あん?」
大の大人の自覚があるルクスにとっておぶられるのは確かに恥ずかしい事ではあるが、それよりも気になる事が山程ある為疑問を呈す。
「…あいつはもう、死んだんですか?」
「ああそういう…いや、死んでないと思うぞ。」
「え?」
淡々と告げられる事実に思わず動揺が口をついて出るが、青年は気にした様子も無く続ける。
「あいつはハンニバルって言う種でな、目が見えない代わりに電気定位って言って電気を使って生物の気配を感知するんだよ、ま、気付いてるだろ?」
「それは…まあ、はい。」
「凄いな、ハンニバルを知らないのにそこまで気付くなんて。」
「あ、ありがとうございます。」
裏表の無い、ただただこちらを賞賛する言葉にルクスは素直に謝辞を述べる。
「まあでもあいつはその中でもハンニバル·レクス、王の名を冠する特別な存在だ、あれくらいじゃ死なない。」
「…そうだったんですか。」
「ああ、それに恐らくあいつは特位個体、一層特別な存在だ。」
次々と明かされる自分にとっての未知を、既知のものとして話す青年にルクスは世界の広さを痛感する。
沈んだ表情を浮かべるルクスを、不安がっていると解釈したのか青年は笑顔を浮かべる。
「ま、俺にとっちゃなんて事ない相手だから、安心しろよ。」
「…はい、ありがとうございます。」
「そういえば少年、名前は?」
尚も沈んだままの空気を紛らわす様に青年が問う。
「ルクスです。」
「そうかルクス、良い名前だな。」
「…自分では大層な名前だと思うんですけどね、はは。」
「そんな事ないぞ。」
「え?」
自嘲するように顔を伏せそう言うルクスを青年は即座に否定する。
そんな言葉が返ってくると思ってなかったルクスは顔を上げ青年の方を見る。
「正直、最初にルクスとハンニバルが対峙してるのを見た時、直ぐに助けに入ろうと思ってたんだよ。」
「でも止めた、今持てる全てを使ってあいつの喉元に迫ろうとするのを邪魔する訳にはいかないからな。」
「…見てたんですか。」
「ああ、助けに入るのがギリギリになって申し訳ないが、それでも見ていたかったんだ。」
死ぬ覚悟で臨んだ、全力を尽くした、限界を超えた。
それでも及ばなかった。
惜敗では無く、完敗。
心身共に完膚無きまでに叩きのめされた事は、ルクスに少なくない影響を及ぼしていた。
それでも、圧倒的強者からの言葉にルクスは救われた様な気分になった。
「まあ、ルクスがあそこまで追い詰めてくれたからこそ俺も余裕を持って対処出来たってのもあるが…泣いてる?」
感極まってしまった事で涙を堪えられないルクスに思わず青年は声を掛ける。
しかし、初対面の相手にそんな姿を晒す事を恥と思ったのか、ルクスは涙を拭い叫ぶ。
「…泣いてません!」
「!…はは、だよな、俺の勘違いか。」
「…はい、勘違いです。」
虚勢を張り、小さな、でも確かな少年の矜恃を守る為に青年はただ前だけを見て歩みを進める。
暫くの沈黙の後に、漸く涙が止まったらしいルクスが言葉を発する。
「…所で、貴方の名前ってなんなんですか?後なんでこんな夜中に森の中に居たんですか?」
「おうおう、一気に来たな。」
気持ちを落ち着かせた事で頭が働く様になったルクスは当然の疑問に思い至る。
いくら窮地を救ってくれたとは言え、名前も知らない、夜中に森を歩く様な客観的に見たら不審者としか思えない人におぶられているのは如何なものか、と。
「まず、俺の名前はアルケイデス、長いからアルで良いぞ。」
「後なんで夜中の森に居たのか、か。」
アルケイデスと名乗る青年は暫し考え込んだ後にこう続けた。
「う〜ん、そうだな…俺は太陽に嫌われてるんだよ。」
「俺は夜じゃないと本来の力を発揮出来ない、だから自然と夜に活動する事が多くなった、それだけだよ。」
「それって…?」
「そう、唯一神である太陽神に呪われた哀れな男だよ。」
そう笑顔で告げる青年の瞳は一切笑って居なかった。
そんなアルケイデスの姿にルクスは底知れない怒りを感じ取ったのだった。
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アルケイデスに背負われながら森を進む。
短い時間ではあるが、ルクスの未知への探究心とアルケイデスの豊富な知識が噛み合ってその距離を一気に縮めていた。
「じゃあ僕が律式を使ったのを範囲内に居ればわかるの?」
「ああ、それに感覚が鋭いやつならある程度の位置まで把握出来る。」
「確かに、あいつは僕が律式を使った瞬間にこっちを見てた。」
「だろ?まあ、便利ではあるから使い所だけ気を付けないとだな。」
既に空は白み始めており、疲労もあって眠気は限界だったがそれ以上の知識欲がルクスを動かす。
「星遺物は少量ずつなら経口摂取が可能だ、ただ、星印を過剰に保持する事はそれはそれで危険だから気を付けないと。」
「なら、星遺物があれば父さんを救う事も…?」
「ああ、出来る、なんなら俺が持ってるのをあげてもいい。」
「本当!?」
「おう、良いもの見せてもらった礼だ、そうと決まれば少し急ぐぞ。」
今夜が峠だと言っていたお婆の見立てが正しければ、既に手遅れかもしれないが、それでも助かる可能性が微かでも見つかり、ルクスは喜びを露わにする。
まだまだ予断は許されない状況だが、僅かに余裕が生まれた事でルクスはとある疑問を口にする。
「あの、アルさん。」
「なんだ?」
「あいつ…ハンニバル·レクス?に止めを刺さなくて良かったの?」
「あ〜、それな〜。」
自分の安全を優先してくれたのだという事は、短いやり取りの節々から感じる優しさから理解出来たが、やはりそれでも一抹の不安が拭い切れず問う。
もし、自分が居なければハンニバル·レクスを、森に跋扈する脅威を討つ事が出来たのでは無いか、そう思わずには居られなかったがアルケイデスの返答は思っていたものと違った。
「特位個体ってのは本来、それ専用の討伐部隊が編成されるような脅威だ、単身で挑む様な存在じゃない、俺は別だがな。」
「それなら。」
「まあ待て、話を最後まで聞けよ。」
アルケイデスの物言い的に不可能では無いと察したルクスは言い募る。
しかし、そんなルクスを制すると人差し指を空へ向ける。
「あの時点でもうすぐ夜明けなのはわかってたからな、長期戦になれば不利なのはこっちだ。」
「そっ、か。」
「それに、恐らくだがあいつはまだ奥の手を隠してる。」
「…奥の手。」
完敗ではあった、それは認める。
しかし、後一歩まで追い詰めたというのもまた事実であると認識していたルクスは、自身の考えの甘さを実感し、悔しさに唇を噛み締める。
ルクスのその姿にアルケイデスはどう思ったのか言葉を紡ぐ。
「ま、ルクスの話じゃお前ん所の村長はやり手みたいだしその内討伐部隊が来るだろ。」
「それに、万が一に備えて俺も暫く村に滞在する予定だから、よろしくな。」
「…ならさ、僕に戦い方を教えてくれよ。」
自分の弱さを嫌という程痛感したからこそ、ルクスは前を向き一歩を踏み出す。
その足掛かりとしてこれ以上ない存在が居るのだから頼らないという選択肢は無い。
深い覚悟を滲ませながらそう言うルクスに、アルケイデスは一瞬驚いた様子だったが即座に真剣な表情へと変わる。
「良いのか?」
「何が。」
「…親父さんの事、尊敬してたんだろ?態々俺に戦い方を教わるって事は、狩人としての生き方を否定しかねないぞ。」
アルケイデスは親切心からそう言っているのだろうが、ルクスからしてみれば心外である為、苛立ちを募らせる。
「良いんだよ、自分を曲げてでも成すべき事を成す、優先順位の問題だ。」
「それに、僕は父さんから生き様を教わった、そういう技術なんかよりずっと大事だと思う。」
「そうか…ならいいよ、俺がお前を強くしてやる。」
ルクスの物言いに気分を悪くした様子もなく、それどころか何処か楽しそうに笑う。
「それじゃ早速…もう歩けるだろ、降ろすぞ?」
「え?ちょっ、いきなりーーぐぇ!」
そう言うやいなやアルケイデスは、降ろすと形容するには些か乱暴にルクスを投げ飛ばす。
当然、ルクスは恨みがましい目でアルケイデスを見るが当の本人は何処吹く風だ。
「俺はスパルタだからな、ついてこられるか?」
「〜〜っ、上等だ!」
試す様な笑みを浮かべこちらを見るアルケイデスに、ルクスは言いたい事を抑え、ただ応える。
差し出されたアルケイデスの手を取り立ち上がったタイミングで、少女の声が響く。
「…ルクス?」
声がした方に視線を向けると、そこには目を腫らしたロシェルの姿があった。
「よ、よう。」
しかし、それ以上何も言わずに黙ってこちらを見るロシェルに何と声をかければ良いのかわからず、気まずげに手を挙げる。
すると、瞳から涙を溢れさせながら駆け出しルクスの元へ来ると勢いそのままに抱き着く。
「良かったぁ!全然帰ってこないから、もう会えないんじゃないかって…!」
「…心配かけてごめん。」
「ホントよぉ!」
ロシェルをただ受け入れるだけでなく、背中へ手を回しより強く抱き締める。
「…おかえりなさい。」
「…ただいま。」
短いやり取り。
たったそれだけの事なのに、ルクスの胸中には万感の思いが去来していた。




