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もと神さまの、魔物手帖。  作者: 可燃物


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episode.ルキフガ


「御祖母様ったら酷いんですよ!」


目の前の少女は、声を荒らげ、力を込めて乱暴に机を叩いた。

しかも、グーでだ。



ドンッ! と勢い良くコブシを叩き付けられ、机の上にあったインク壺は傾き、積み上げられた書類が雪崩を起こす。


辛うじて机の上に留まった紙は、倒れた瓶の中身によって、徐々に黒く染まっていく。



目の前の少女は慌てて立ち上がり、「スキル」を使って机上を数秒前の状態に戻していた。



そそっかしく注意力散漫な彼女にはピッタリの「スキル」だとは思う。

しかし代々継いできた貴重な「スキル」を、そんな軽々しく乱用しないで頂きたい。



血族固定の精霊との契約もあるのだ。

ソッチを使えと苦言を漏らしたくなる。



同じだけの力を消耗するのなら、霊力を使った方が世界貢献出来るのだから。

立場を考えても、そちらを選択するべきだろう。



……ムリか。

そういう事を咄嗟に判断し、適切な行動が出来るような子ではない。


仮にソレが可能だったのならば、教育係もメイドも、もっと言うなら国王達も苦労していない。



書類仕事こそ徐々に増えて来てはいるが、まだまだ子供だ。


この世界における精霊の重要性を説いても、身近過ぎるからか、イマイチ理解に欠けている。



だから王宮に引っ込めたままにしないで、聖地巡礼をさせたり、精霊の恩恵が強い場所と弱い箇所を現地まで足を伸ばして実際に見せろと進言しているのに。


過保護な連中ばかりで困る。



将来は世界を統べる立場になるかもしれないと言うのに。



子供のうちから、見識を広げておくべきだと思うのだが……



まぁ、所詮は他人の子だ。

親しい仲と言えど、教育方針にうるさく口を出すのは、御法度だ。



また同じ事をされたらいけないと、インク壺のフタを閉めながら問い掛ける。


「今日は何をされたのですか?」


「御祖父様との、思い出話をされました。

 わたくしは、一度もおめもじ叶ったことがないのに……」


「殿下。

 正確に言うならアリア様は大叔母様です。

 また賢者様の事は様付けでお呼びしなくては、貴女様の実の祖父と言えど、殿下とて処罰の対象になり得ます。

 ご注意下さい」


「うるさい!」


叫んで、威嚇のつもりだったのだろう。

風精霊術をで文鎮をメイドに投げつけた。


しかし力加減を間違えたのだろう。

ガラス製のソレは壁に激突し、砕けた欠片がメイドに降り注いだ。



悲鳴を上げたメイドの声に、ハッとした姫さんは、バツが悪そうに、しかしどうして良いか分からないのだろう。

視線を彷徨わせた。



謝る事が出来ないのは致命的だと思う反面、王族が簡単に頭を下げてはいけないとも思うので、どう注意すべきなのかが考え所だ。


まぁ、ソコ等辺は教育係に丸投げすれば良いか。



あ〜ぁ、可哀想に。

メイドの頬に走る赤い筋からは、幾つも血が流れていた。


コレは結構傷が深い。

女の人の顔は、野郎以上に傷を付けてはならないと言うのに。


恨みによって、立場も忘れて最悪な結果を招いたらどうするんだ。


イヤ、俺がいる時にそんなマネはさせないけどね。



ショックで静かに泣いているメイドを立ち上がらせ、廊下で待機しているように伝えた。

護衛騎士にも、落ち着かせるように声をかける。



もちろん、傷は修復済みだ。

痕は残らないが、伝って落ちた血液に染まったエプロンはどうにもならない。


後でオキシ漬けにでもしてくれ。






「貴方は呼び捨てではありませんか!

 ズ〜ル〜い〜!」


後ろめたさを感じる対象が、目の前から消えたからだろう。


目の前の少女は握っていたペンを振り回して、地団駄を踏み始めた。


先程まで使っていたペン先に付着しているインクは、乾いていない。

同然のように周囲に飛び散っている。


イヤ、どこぞに付着する前に防いでいるけどさ。



ビンのフタ、閉めなきゃ良かった。


空中にインクを留めてくれている水の精霊(アクア)達が、どうすれば良いのか分からず困惑している。



……誰か、このワガママ姫をどうにかして下さい。






ようは自分は会った事もない、世界中から敬愛され、自分も漏れなく尊敬しているような、雲の上の人とも言える有名人との親密な思い出話を聞かされて、羨ましくなったのね。



数々の武勇伝は色んな人から聞き、本を読んで知っているけれど、そういう後世に伝えたい内容からは、人間臭い部分は除外される。


苦労性で眉間に皺を寄せながら溜息をしょっちゅう吐いていた事とか、ツッコミを入れずにはいられない性分ですぐにデコにチョップを喰らわして来たような事とかは、当然のように書かれていない。



特に賢者の妹であるアリアは、彼に溺愛されていたが故に、顔を顰めたくなるような人間臭過ぎる部分を、さぞかし多く見て来た事だろう。



ヤツを思い出した拍子に、誰かに語って聞かせたい。

溜めていたその欲求が、つい、出てしまったに違いない。


まぁ、アリアの場合は、ワザとな気もするけれど。



俺が王宮に来ているのは、耳に届いているだろうし。


なのに自分の所に顔を出さない事に、お怒りに違いない。



仕方がないじゃないか。


後継ぎと言われていた、現国王の長男の死亡が確認されたんだぞ。



事実なのかの確認が取れるまでは、俺とて自由に身動きが取れなかったのだ。


長年かけてようやく見付けたのに、既に故人だったと知った時の、俺の喪失感なんて誰も気にも止めてすらくれやしない。



元はと言えば依頼を寄越したヤツのせいだと、ささやかな報復くらいしたって良いじゃないか。



……その結果がワガママ姫の相手となると、やらなきゃ良かったと思わずにはいられない。


彼女に恨まれている事を考えれば、仕返しにしては甘い仕打ちだとも思うが。



「彼女は、どのような話をされたので?」


「賢者様とお花畑に出かけたお話です。

 城の庭にある花は、その時二人が採種したものを芽吹かせたのだそうです」



……あぁ、何で王宮内の花壇に薬の材料が植えてあるんだろうと不思議だったけど、アレってそういうルーツがあるのか。


咲けばただのキレイな花だけど、その実、根や実は回復薬の作成に使える。



稀に毒にもなるモノも紛れているのだが、庭師かそのままにしているのだから良いのだろうと、スルーしていたわ。



日々狭い部屋に押し込められて、作法に精霊術の勉強。

書類仕事に、出たくもないお茶会で上っ面だけを整えた、実りのない会話が繰り広げられるムダな時間。


ソレ等全てが不満で、積もりに積もった鬱憤が、アリアのせいで爆発してしまったようだ。



十歳程度の外見のこの少女には、いくら広い城内と言えど、窮屈に思える時もあるだろう。


しかもこの子の血縁者を思い浮かべれば、長時間同じ場所でジッとしていられる性分なワケがないのだ。



ガス抜きが、時には必要だ。



「少々お待ち下さい」と断りを入れ、ドアの外に待機している、泣き止んだメイドと護衛騎士に、何が起ころうと一時間の入室禁止を命じ、砂時計を渡した。


呆気に取られて、仔細を尋ねる事すら出来ないとなると、特に護衛騎士は交代させるべきなんじゃないかと考えてしまう。


俺が人事を担当しているワケじゃないから、良いけどね。



「殿下、課外授業に出掛けましょう」


「ホント!?」


コトリと机の上に修復した文鎮を置きながら声をかけたら、思いの外嬉しかったらしい。


目の前に突然提示された魅力的な提案に、バンザイをして喜んでいる。



俺も長期間、城内待機をお願いされて、いい加減外に出たかったのだ。


たが本来は、決して許される事ではないと、分かっているのだろうか、このお嬢さんは?



俺がイケナイ大人だったらどうするんだ。






移動したのは、とある洞窟だ。

現在はヒトの立ち入りが禁止されている。



多数の犠牲者が出た、凶悪な寄生生物がいるのが主な理由になっている。


その魔物は、この洞窟以外では既に絶滅している。

保全をしなければならないのだが、ヒトの被害を出すワケにもいかないので、侵入禁止となった。



まぁ、隠れ蓑にするにはとても良い感じの立地にあるため、たま〜に頭がお花畑なヒトが現れるが。


気配的にヒトはいなさそうだし、大丈夫だろう。



到着した途端、姫さんは抱えられた腕を振りほどき、周囲を確認せずに走って行ってしまった。


その行動は、俺を信用しているからなのか、ただの無謀な無鉄砲なのか。


少なくとも、動きにくそうなドレス姿のままなのだから、走るのは辞めた方が良いと思う。



……あぁ、言わんこっちゃない。

派手に転んで、泣き出した。



「こんな所に石があるなんて聞いてない!

 不敬だわ!」



無機物に無礼だと言い掛かりを付けるヤツ、初めて見たよ。

とんでもねぇワガママ姫だな。



顔が良くても、コレは矯正しないと嫁の貰い手も婿の入りようもないぞ。


立場があり権力を持つ人間として、この性格は致命的だ。



「殿下、課外授業、ですよ。

 光の精霊(ルーメン)に周囲を照らす明かりを用意して貰えば、足下が見えるようになります。

 地の精霊(テルモ)に整地をお願いすれば、ダンスホールのように真っ平らな地面になります」


癇癪を起こして、ベンベンと湿った地面を叩いて手が汚れたと怒り、自分を転ばせた犯人である石コロに八つ当たりをすべく蹴り飛ばそうとしてはすっ転んでいる姫に声をかけた。


「分かってるわよ!」と声を荒らげるが……分かってないだろ?

大きな声を出したら、危ないぞ??



気配探知を教わっていないのか?

基礎学習のうちだよな??



照明を作る輝光球(レディアント)を唱え、見事に光る球が生成された。


メイドに文鎮をぶつけ掛けた時も思ったけど、精霊術のセンスはあるんだよなぁ。

詠唱をしなくても、術を発動させられるんだもの。


流石賢者の孫だ。


チョイスは最悪だけど。



「殿下、輝光球(レディアント)ですと、熱が発生します。

 周囲にいる虫が寄ってきますよ」


「え?

 き……きゃあぁぁぁああッッッ!!!!!」



……こんな天井の低い洞窟で、腹の底から大声を出さないで欲しい。



反響しまくった悲鳴によって、見た目がグロい虫型の魔物が上から降って来るわ、輝光球(レディアント)と久方ぶりのご馳走(人間)に引き寄せられて続々と押し寄せて来るわ、俺でもドン引く状態に陥っている。


どデカく黒光りする 妖蜚蠊(ルキフガ)なんかは、その筆頭だ。

ようは、人間くらいの大きさのゴキブリだし。


無駄に長くなったので、前後編になります。

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