episode.パラスス
あの独特の動きを嫌悪するのはもう、DNAに刻まれているのだろう。
キモいという他ない。
……新しく現れた 妖蜚蠊や邪虫にも、花が咲いているな。
もしかして、保護対象が進化したのだろうか?
何年放置しているか、覚えていないしなぁ。
エサが減った環境に適応した可能性はあるな。
俺が思案している間、姫さんは泡を吹きかねない勢いでガクブルしているだけだ。
守られるのが当たり前になっているのか?
自ら行動しようとする姿勢が、微塵も見えない。
有事には率先して最前線に立つ事もあるのが王族なのに。
ソレではダメだろう。
俺も気色悪いので、即行殲滅したい気持ちはある。
だが今はまだ、ガマンだ。
この姫さんには、手痛い思いをして貰わねばならない。
恨むならツマラナイ、外へ出たいとワガママを言い、周囲の人間を困らせるような人間に育った自分と、ソレを一時的にでも良しとした親を恨め。
「た、たたたたた、たす、たすけ……!」
最前線で虫型の魔物に囲まれたのだ。
余程怖い思いをしたのだろう。
無意識に風精霊術で俺の元へと高速移動をした姫さんが、現状を何とかして欲しいと、懇願してくる。
目一杯涙を浮かべているが流さないのは、教育の賜物か、それともプライド故か。
幼女を痛め付ける趣味は無いし、トラウマを植え付けるのもよろしくないので、ここら辺で辞めておくか。
これ以上の事は、また今度だ。
「殿下。
コレから使う術は、殿下がキチンと課せられた勉強をこなしていれば、殿下でも使えたはずのものになります。
よく見ていて下さいね
――聖加護の衣」
洞窟の中に、白い光の帯が走る。
ソレに触れた魔物はことごとく浄化され、瞬時に塵と化し、その塵さえも瞬きの間に消えた。
やり過ぎると、保護対象の魔物すら消してしまいかねない。
そろそろ止めねば。
聖加護の衣は消したのだが、その残滓によって、洞窟内はキラキラと輝いている。
結局、やり過ぎてしまったらしい。
俺も、まだまだだね。
姫さんの授業とするならば、こういう場合に使うべき正しい精霊術が何なのかを考えさせ、合っていたなら俺がお手本として手加減をして術を発動させ、ある程度の魔物を残し、弱体化させた所を姫さんの術で一気に殲滅するのが適当だっただろうに。
俺は教育者としての才能はないな。
「大丈夫で……は無さそうですね。
如何致します?
もう、帰りますか??
時間までそうやって座ってますか???」
「わたくしがこんな場所に、望んで座っているとお思い!?」
「言われなきゃ分かりませんよ。
突然地の精霊の魅力に気付いて、地面を愛でている可能性だってありますから」
シレッと有り得ない事を言えば、顔を赤くして黙り込んでしまった。
言葉にするのは嫌なのか、無言で俺に両手を広げて差し出して来る。
応じて良いのか、微妙な甘え方をして来るな。
甘えたい年頃なのは、分かる。
立場がソレを許してくれないから、表現の仕方が分からずに、癇癪を起こして周囲を困らせてしまうのも、理解出来る。
決して、困らせたいからやっているのではないという事も。
メイドがケガをした時、しまったって顔をしていたからね。
根っからの悪役令嬢にはなれないのだろう。
まぁコレは、命令すれば何でも言う事を聞いてしまう、周りの問題でもあるわな。
かまって欲しいのであって、言うことを聞いて欲しいのではないのだから。
時には諌めて、目を見て何がダメで、何なら良いのかを教えて欲しいと、触れ合いを願ってしまうのだろう。
だから誰もいない所で、絶対的な強者である俺に甘えるのだ。
彼女の威光は、俺には通用しないから。
そして何かあっても、必ず守ってくれるから。
……本当に甘えたいのは、俺ではないのに。
「……ゴメンな。
お前から爺さん、奪っちまって」
抱き上げまではしたものの、意外と重くて身体強化を使ってしまった。
真面目な雰囲気だか、落として空気をぶち壊しでもしたら事である。
全力でギャグを回避しなければ。
十歳を超えている上、装飾華美なドレスをお召しなのだ。
そりゃ重くて当然だよな。
口には出さないが。
俺の矜恃と、姫さんの女の子としてのプライドの両方を守るためにも。
「賢者様は、世界を守っていなくなったと教わりました。
あなたのせいではないでしょう?」
「直接的にはそうなんだけど、俺がもっとうまく立ち回れていたら、とは考えてしまうよ。
俺が無知で、力が足りなかったから、彼が犠牲になった。
んんっ……他の者も同様に考えているのでしょう。
だから殿下には同じ思いをして欲しくなくて、アレをやれ、コレをやれと、つい、口を出してしまうのです」
うっかり素の口調が出てしまったので、咳払いをして誤魔化した。
誤魔化せていない気もするが。
「お兄様が亡くなったから、王位継承争いに巻き込みたくてではないの?」
「違いますよ。
ですが殿下が望むなら、その権利はあります。
今以上に勉学に勤しむのであれば、後ろ盾も出来るでしょう」
アレコレ吹聴しているバカがとこかにいるらしい。
身内でケンカさせているような余裕は、世界にはないのだ。
王位継承争いなんてバカげたお家騒動なんて、させてやるつもりはない。
後で国王なりアリアなりに報告しておこう。
姫さんは勉強の言葉を聞いて、女の子がしてはいけない顔をしている。
確かにどう考えても、机に向かっているより、外で駆けずり回っている方が似合っているもんな。
適材適所と言う言葉もあるのだ。
この子の兄だって、外に飛び出して薬の研究をしている方が性に合っている雰囲気だった。
冒険者になりたいと言うのなら、気前良く背中を押してやる度量くらい、見せてやれば良いのに。
「うわぁ、きれい……!」
暫く洞窟の中を歩いた先に見えたのは、枝の先を薄紅色に淡く光らせている、大きな木だ。
所々水色が混ざるその枝が、花弁のように見える小さな実りのピンク色を際立たせている。
女の子には特に、魅力的に映るに違いない。
例え性別が違おうと、水辺に映し出された姿と、ソコから立ち上る煌めいている輝きが、幻想的な雰囲気をより一層高めている。
通り掛かったら、思わず足を止める程度には、誰もが見惚れる美しさが、確かにある。
「あちらは魔物ですよ。
カノンの偉人伝に登場しています」
「え”っ……!?
あ、もしかして禄桜……?」
「正解です」
抱えてて良かった。
心から、そう思う。
そうじゃなかったら、即行駆け寄り、あの卵の主に寄生されていたに違いない。
見目こそ美しいのだが、蠱惑的な香りで魔物を、あの幻想的な景色でヒトを誘き寄せる、れっきとした魔物である。
薄紅色に光っているのは無数の卵で、所々水色になっているのは、寄生する宿主を待ちわびている幼体だ。
触れればたちまち殻が割れ、穴から体内に侵入し、脳を破壊されていたに違いない。
「怖いけど、キレイね……」
「感じるままに、この景色を美しいと称えられるのが、殿下の良いところですね」
「危機感が足りない?」
おんぶも抱っこも、年頃の女の子にするのは酷だろうと思い、お姫様抱っこをしているのだが、首に回された腕に、ギュッと力が込められた。
浅慮さや危機意識の低さを、何度も咎められているんだろうな。
だが俺は、綺麗なモノをキレイだと言える、その素直さと感受性の豊かさこそが大切だと思う。
危機感なんて、後から幾らでも育てられるのだ。
しかし外界からの刺激を感じ取る能力を後発させるのは、なかなか難しい。
長所として守るべきだと思う。
好奇心は時に危険を招くけれど、同時に世紀の発見をするポテンシャルも秘めている。
「危機感なんてものは、対処出来るようになれば、持つ必要はないのですよ。
……まぁ、殿下はまだ、足りないようなので、危機感を持ちつつ、景色を楽しんで下さい」
「たしか、毒があると聞いているわ。
長居したら、たぶん危ない。
だから、もう堪能したし、離れていいわ」
「そうそう、そういうのが持つべき危機感です。
偉いですね」
ハッハッハッとわざとらしく笑いながら、禄桜の横を通り過ぎた。
幻覚を見せる類の毒を吸い込んではいけないので、もちろん防護壁を展開している。
自分でも出来ると言って聞かない姫さんだったが、壁の厚さが不十分で毒を吸い込み、目を回していた。
子供には刺激が強かったらしい。
静かになったので、これ幸いと判断し、颯爽と洞窟を後にした。
もう大丈夫と言って地面に下ろそうとすれば、しがみついて離れようとしなかった。
若干首が締まってる。
可愛い所があるじゃないかと思ったが、踏んだら可哀想だからだとすぐに否定された。
あ、俺は花以下ですか。
洞窟から出た先に薄紫色に広がるのは、一面の薫衣草だ。
花弁の色の違いでナルドやラーヘンデルとも呼ばれるが、基本的な薬効は同じになる。
染料にする時の発色に違いが出る程度だ。
その他にも、料理や回復薬、香油や肌荒れ対策と幅広く使えるために、この地でも量産出来ないかと随分昔――それこそ、伝記に書かれた時代の少し後に、賢者が植えていた。
忙しい毎日を過ごす、当時国王の座についていた愛しい妹御が、少しでも心穏やかに眠れるようにと植えられた。
なのに収穫する当人は、いなくなってしまった。
育てるのは難しいからと言われ、土地に霊力を注ぎまくった覚えはあるけれど……
思っていたよりも繁殖しまくっていて、凄いことになっている。
記憶にある薫衣草よりも、花が大きく香りも高い。
風が頬を撫でるたびに、水面が波打つように、少し灰を帯びた薄紫がザァザァと音を立てながら揺れる。
鎮静効果のある香りは、ふくよかさを残しながらも特徴的な清涼感で鼻腔をくすぐった。
「このお花……摘んでも、いいかしら?」
普段は何でも破壊して回る子供のくせに。
遠慮をしていると言うよりは、美しいものを見て感化されたのだろうか。
つまりコレは、アレか。
花も恥じらう乙女というヤツか。
イヤ、あの言葉は花が照れているんだったか。
どうぞと言って、今度こそ地面に下ろす。
地の精霊に協力して貰い、キチンと足場は確保済みだ。
「薫衣草の花言葉は優美や清潔、幸福の到来……他には、‘’あなたを待っています‘’」
「あなたを……?」
「想い人に恋心を告げられずにいた少女が、ラベンダーの姿になってしまった逸話からつけられたそうです。
愛のハーブとも呼ばれているため、花嫁のブーケにも多く使われていたそうですよ。
手折った後は、生花としての寿命は短いけれど、乾燥させれば、長い時間その香りを楽しむ事が出来ます。
多めに摘んで、ポプリでも作って大切な人に配れば、皆喜ぶのではないでしょうか?」
視線を手前に戻すと、摘もうとしている花にトドメをさす手前で、ポカンと口を開けたまま、姫さんが固まってしまった。
知識をひけらかし過ぎただろうか。
周囲の空気も読まずに、ウンチクを語るようなオッサンにはなりたくないと思っていたのに。
遂に俺も老害の仲間入りか。
だが俺の心配とは裏腹に、姫さんはもっと沢山の話が聞きたいと目を輝かせた。
もうすぐ約束の時間になるから、花を摘みながらしようと提案すると、急いで両手いっぱいに抱えて風精霊術を使って刈り取った。
わぁ、とっても効率的。
なるほど。
興味がある物、楽しいと思う事をするための、最短ルートを取ろうとするクセがあるんだな。
癇癪を起こすのも、ソレが自分の望む結果を得るために、一番手っ取り早い方法だからか。
ソレが分かれば、教育方針も定まるかもしれない。
城に帰ったら、教育係に進言しておこう。
「殿下、ひとつ、お願いをしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「わたくしのお願いも聞いてくれるなら、よろしくてよ」
地の精霊によって作られたイスに座り、暫く雑談を楽しんだ後。
すっかりガス抜きが終わったのか、落ち着いて着席している姫さんの様子を見て、今なら言えるかもしれないと思い、‘’お願い‘’という形で、要望を伝えようとした。
だがなかなかに強からしく、交換条件を突き付けてきた。
さすが、アリアの血縁者だ。
「俺が叶えられる事でしたら、何でも」
「これを、御祖父様に渡して。
わたくしが、死んだ後でもいい。
必ず、届けて」
言って託されたのは、水分の抜き方が上手だったからか、色がキレイに残った、出来たての薫衣草の花束だ。
‘’自分が死んだ後でも‘’
そう言わせてしまった事実が、酷く心に刺さる。
「俺が渡すのではなく、殿下が直接、渡すべきですよ。
……俺が殿下に願いたかった事を、殿下が果たしてくれれば、あるいは、ソレも叶うかもしれません」
なにせ彼の孫だ。
きっと彼女も、俺の予想を遥かに超えて、自分の興味のある事には、愚直なまでに邁進出来るだろう。
この目の輝き方を見ると、もしかしたら、再び彼と相見える日も、遠くないかもしれない。
そんな希望が、胸に宿った。




